かれが亡くなると支遁はがっくりとき、
往時の精彩が失われてしまった。
常々、人に言っていた。
「斧の名手、
親友の
琴の名手、
親友の
琴を破砕し、弾かなくなった。
なるほど、彼らは
このような気持ちだったのだな!
まことにもっともなことである。
我が言葉を
真に
あぁ、我が心。
鬱々とした、我が心よ!
もはや、我もまた死んでいるのだ」
それから一年後、支遁も死んだ。
それからしばらくして、
支遁の墓に一人の隠者が訪れる。
その墓の周りが
草木に覆われているのを見、
戴逵は言う。
「かのお方のお言葉は、
いまなお我が耳に残っている。
だというのに、墓は既に、
草木で覆われんばかり!
あぁ、どうか、
かのお方の教えが
連綿と引き継がれ、
時の流れに
埋もれてしまいませんように!」
支道林喪法虔之後,精神霣喪,風味轉墜。常謂人曰:「昔匠石廢斤於郢人,牙生輟絃於鍾子,推己外求,良不虛也!冥契既逝,發言莫賞,中心蘊結,余其亡矣!」卻後一年,支遂殞。
支道林のは法虔を喪ぜる後、精神は霣喪し、風味は轉墜す。常に人に謂いて曰く:「昔、匠石は斤を郢人に廢し、牙生は絃を鍾子に輟む、己を推し外に求むに、良さに虛しからざるなり! 冥契は既に逝き、發言に賞さる莫く、中心は蘊結す。余は其れ亡きなり!」と。卻きて後一年にして、支は遂に殞ず。
(傷逝11)
戴公見林法師墓,曰:「德音未遠,而拱木已積。冀神理綿綿常,不與氣運俱盡耳!」
戴公は林法師が墓を見、曰く:「德音は未だ遠からざれど、拱木は已に積まる。神理の綿綿と常にして、氣運の俱に盡かんことを冀わんのみ!」と。
(傷逝13)
匠石
親友の郢人の鼻先にちょこんと泥をのせさせ、その泥だけを斧でこそぎ取るという謎の大道芸をマスターしていた人。ちなみにこの話は、
伯牙
伯牙が琴を弾くと、鍾子期は褒めた、めっちゃ褒めた。ヤバいくらい褒めた。それくらい褒めてくれるのが鍾子期しかいなかったので、伯牙はもう他の人になんて琴を聴かせてやれる気にならなかったという。小説界隈にいると「おれは褒められて伸びるタイプだ」と仰っている方が非常に多く、ほへーそんなもんなんですねと思っていたが、昔からそんなもんのようである。