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03思いもよらぬ奇跡は感動よりも動揺が先にやってくる

 アカカゲをぶん投げたのと同時、チャコはじょうを捨てて大斧を武具召喚で引き寄せて。

 目視転移でソフィア嬢の目の前へ跳んだ。


 しかし跳んだ瞬間、ソフィア嬢の股下辺りに隠れていた空間領域出入口から終端速度棒手裏剣が射出。


 これを読んでいたのか、たまたまそうなったのか。


 大斧を振りかぶった動きで、チャコは棒手裏剣を弾く。


「――――ぃぃいぃ…………ッ‼」


 チャコは食いしばった歯の隙間から声を漏らして、全身の筋肉が隆起する。


 視覚的な恐怖。


 目の前で大男が目から真っ黒な炎を揺らしながら、あんな質量の見ただけで絶対に身体を分断して通り抜けることしか想像が出来ない鋼鉄の大斧を振りかぶられて。


 正常に動けるわけがない。


 そのままチャコは一撃必殺で勝負を決め――。


「――――だぁからぁ、やめろってえええええええ――――えぇえッ‼」


 空間領域の出口から、目を赤く燃やし炎を撒き散らしてアカカゲは、凄まじい勢いで飛び出してチャコの腹に突き上げるような飛び旋状蹴りを喰らわす。


 チャコにぶん投げられたアカカゲは、格技場の壁に激突する瞬間に空間魔法を使用。


 各地に展開していた空間領域をぶん投げられた勢いのまま伝って、ソフィア嬢の股下の終端速度棒手裏剣を射出した出入口からぶん投げられた勢いのまま蹴り抜いた。『忍者』の補正がなせる技だ。


 チャコの身体が浮いて、吹っ飛ばされる。


 斧を持ったチャコの全備重量は三百キログラム近い、それを浮かせるほどの蹴りをチャコはまともに喰らった。


 やっべぇ……。

 ここに来てアカカゲが目の前で動いている感動が押し寄せてくる。


 ライラが生まれて、ライラが健康に育っていく代償のように俺は涙脆くなっちまってんだよ。


 涙が止まらねぇ……、ふざけんなよ。

 残酷かもしれねぇけどキャミィにも見せてやりてぇ、なんかアカカゲいるんだけど。ブラキスにもクロウにもセツナにもブライにもメリッサにも、教えてやりてぇ。こんなことあんのかよ。


 蹴り飛ばされたチャコは、斧を投げ捨てて綺麗に受け身をとって着地しつつも驚愕の表情でアカカゲを見る。


 筋肉を隆起させて頑強さが上がっていたことでギリギリ『纒着結界装置』が削られきられずに済んだみたいだ。


「……ブラキスてめえ、いい加減にしねえとマジに殺すことになるぞ。つーか、いつの間にそんな魔法使えるようになっ――――」


 蹴り飛ばしたアカカゲがチャコに向けて、最終警告紛いの説得をしようとしたところで。


 がちゃりと。


 チャコを蹴り抜いたアカカゲの右脚が、


「……は? なんだこれ、おいキャミ……え、誰だ……? あれ? ブラキスじゃねぇや、誰だおまえら…………、俺は……なんで――――――………………」


 混乱して狼狽するアカカゲはみるみる生気を失って、元の無機質な人形に戻って。


 完全に停止した。


 ガス欠……というか魔力切れか。恐らくあの『自動人形』は『予備魔力結晶』みたいなのに溜めておいた魔力で動いていたんだろう。

 流石にあんだけ動きまくったら魔力が持たない。

 人間サイズの人形に内蔵できる『予備魔力結晶』の容量なんてたかが知れている。


 右脚も三百キログラム近くある物質を浮き上がらせるくらいの勢いで蹴り抜いて無事なわけがない、あれは『忍者』による忍耐力とキャミィの回復魔法をあてにした単なる無茶だ。


 アカカゲの無茶に付き合える強度は人形の身体にはなかった。

 トーン最強前衛回避盾であるアカカゲの根性を舐めていたな、ソフィア嬢。


 さあ、ここでチャコは螺旋光線魔法を連射。


 ソフィア嬢は回避も防御もせず、受け入れるように。


「し、試合終了ぉ――――――~~~~っ‼ 勝者! チャコール・ポートマン選手っ‼ セブン地域代表同士の戦いを見事に制しました‼」


 実況のアルコ・ディアールが高らかにチャコの勝利を伝える。


 ギリギリだった。単純にアカカゲが強すぎた、もしライラが当たっていたら…………いやそういやアカカゲは巨乳好きだったな。ライラなら余裕で勝てたか。


「……さて、急ぐぞリコー。東側選手控え室だ」


「了解!」


 俺はすぐに切り替えて、リコーと共に席を立つ。


 いい試合だったし、アカカゲ見てめちゃくちゃ感動したがそれはそれだ。


 ソフィア・ブルーム嬢、あれはダメだ。

 擬似的な死者の蘇生、しかもスキルごと再現させている。


 こんなのはあらゆる悪い輩に目をつけられる。特に昨今は【ワンスモア】なんて懐古主義者が暴れまわってやがる、職員会議でも議題に上がるレベルで蔓延っている。


 単純に危ねぇし、そんなテロ組織にあの技術が漏れるのは相当やべえ。


 俺とリコーは走るのと早歩きの間くらいで控え室へと向かいながら。


「…………ああクライス君か? 可能な限り偉くて話が早い帝国軍人へ早急に繋いでくれ、緊急事態だ――」


 俺は『携帯通信結晶』でクライス君へと連絡をする。


 クライス君は勇者パーティ解体後、帝国軍抱えの病院で医師をしている。

 さらに後見人というか、婿養子というかたちで軍人の家に厄介になっているので俺のような旧公国生まれのしがない教師が手っ取り早く軍の人間に繋ぐにはぴったりだ。

 まあもし繋がらなかったらクロウにでも連絡しようと思ったが、あいつはなかなか捕まらないので面倒だ。今は主夫で昔ほどがむしゃらに働いてない癖に……どっかで女でも口説いてんのか? いい歳こいて何やってんだ。


 何だかんだで軍の人間に話を通して通信を切ったのと同時に、俺たちは東側控え室に到着する。


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