「あれ? なんでパパとママが――――」
と、東側控え室で待機するライラが言い終わる前に。
リコーはまっすぐソフィア嬢に向かっていって。
「ぐ……っぷ……? ぱ……? …………っ」
よし、これで有無を言わさず拉致……失敬、保護を行えるな。
「うええぇぇえ⁉ 何してんのよ! なんでソフィアを殴っ……ええ? 何これ、夢?」
「ライラ、気にするな。試合に集中しろ、これは別件でおまえのストーリーにはあまり関係がない。悪いようにもしないから安心しなさい」
混乱するライラを俺は穏やかに諭す。
そんところで。
「――突然に失礼。クライスより呼ばれて参上した、バリィ・バルーン氏は……君か」
転移魔法……いや軍事用の『小型範囲転移結晶』ってやつで、軍人たちが現れて俺を見つける。
「あなたがガクラ・クラック将軍閣下ですね、私がバリィ・バルーンでございます。御足労感謝いたします」
俺はガクラ閣下にそう返す。
ガクラ・クラック。
二十年前、トーンの町に侵攻してきた山岳攻略部隊の隊長だった男だ。
クロウの異常性を最初に見抜いた帝国軍人であり、公国落としでも主要部隊隊長として活躍し公国統治後は第三騎兵団の団長を勤めていた。
現在は帝国軍本部で騎兵団の統括を行っている。
ちなみに公国占領後は解体された勇者パーティのクライス君の身元を引き受け、娘と結婚したタイミングで婿養子となったのでクライス君の義父でもある。
まあつまり、帝国内どころかこの大陸における超大物だ。
「よしてくれ、君のことはクロウさんから聞かされている。君らが我々に対してかしこまる必要はない……、迅速に本題へと入ろう」
ガクラ閣下はアゴ髭を撫でながら、早速話を進める。
流石クロウに付き合わされて来た男、話が早い。
「彼女の保護と、何がなんでも先の試合の放送を止めてください。あとすぐに魔動研究会から彼女の研究データの回収をお願いします」
俺は促されるまま、要求を伝える。
「クライスから大枠は聞いている。放送停止は既に第三騎兵団が大会運営と交渉中だ。魔動研究会には現在、ジャンポール直属の部隊を向かわせている……しかし問題は保護だ」
ガクラ閣下は当たり前のように有能すぎる回答を返して。
「現在軍内部に【ワンスモア】の工作員が紛れ込んでいることがわかっているが、淘汰には至っていない……故に軍施設での保護が難しい状態なのだ。信用に足り【ワンスモア】の魔の手から彼女守ることの出来る実力者と、安全を確保できる場所が必要なのだ」
続けて、つらつらとガクラ閣下は問題点を語る。
確かに問題はあるな。
信用に足り得る実力者……、ガクラ閣下の側近級やらジャンポールなんちゃら周りなら間違いないんだろうがそんな有能な人員を護衛任務に割くのも厳しいか……。
俺がパっと思い浮かんだのは、魔族領のタヌー・マッケンジィのじいさんとこにぶん投げることだが……。
最後のビリーバーでスキルやらの類いを復活させることに世界で一番反対してるから、安全性は折り紙つきとしても……他国にこの手の技術を漏らすのは、それはそれでとんでもなくリスキーだ。
あのじいさんは話もわかるし、ライラも可愛がってくれてたし、嫌いじゃあないが根っこのところがイカレてるからな……多分サクッとソフィア嬢を消しちまうことも考えられる。
「え、ダイルさんに頼めばいいんじゃない? 警察官だし一応帝国軍からの指令で動けるし、絶対【ワンスモア】とか関係ないし、めちゃくちゃ強いよ」
当たり前のように話を聞いておおよそ把握して、ライラが提案する。
「うちの娘は……天才か?」
「ダイル・アルターか……、不足はない。何ならメリッサ・ブロッサムも一緒に動かせるならなお良いか」
ライラの提案に大人たちは唸る。
話に出てきたダイル君とメリッサはクライス君やチャコの母親のポピー嬢と同じく元勇者パーティだ。
勇者パーティは解散後、まあまあな監視や行動制限付きで日常生活を行っている。なので【ワンスモア】と繋がる隙とかはない。
それに全員もれなく相当に強い、スキルを失って二十年で老いて弱くなったとしても揃えばジャンポールくらいなら畳める程度には強い。なんせ本気でクロウを打倒しようとしたやつらだ、目指した強さの格が違う。
そんな元勇者パーティの戦士だったダイル君は旧公都にて帝国軍傘下の警察組織で警察官をやっている。帝国軍から動かせる人間としてはこれ以上ない人選だ。
「保護する場所はトーンの町ならダイルさんのセブン地域外での行動不可制限にも抵触しないし、メリッサちゃんの故郷でもあるし、田舎過ぎてよそ者がうろついてたら一発でわかるから【ワンスモア】も紛れ込めないよ」
さらにライラは淡々とそれしかないという天才的な提案を語る。
「……不躾に失礼、お嬢さん帝国軍に入らないか? 小隊を一つ任せたい」
「えー、私あんまり軍とかは興味ないのよね。ごめんね」
あまりの天才っぷりにガクラ閣下はとんでも待遇で口説くが、ライラはけんもほろろに袖にする。
「そうか、残念だ……。直ちにセブン地域警察局へ連絡し、ダイル・アルター並びにメリッサ・ブロッサム=アルターをトーンへと招集! ソフィア・ブルームはこのままトーンへと護送し、保護用の住居を確保! 迅速に動け!」
「「「「了解‼」」」」
軍人たちは閣下の指示に個々で『小型転移結晶』を使って行動を始める。
「では私もそろそろ戻ろう、協力感謝する」
そう言ってガクラ閣下は『小型転移』結晶で帰還した。
「じゃあ俺たちも客席に戻るわ、そろそろチャコも戻ってるところだろうし。頑張れよ、今年は優勝だ!」
「私も応援してるからね! 勝敗とかは一旦忘れて、最後まで立って居ることを目的とするのが盾使いよ。頑張ってね」
俺とリコーはそう言って、二人でライラを抱きしめて席に戻った。
この後、トーンではソフィア嬢を守る激戦が繰り広げられメリッサとアカカゲの共闘だったりダイル君の憂さ晴らし無双が行われたりするのだが。
まあ、俺にはあまり関係がない。
確かにアカカゲ件には度肝を抜かれたが、それはそれだ。
俺にとっちゃあ娘の晴れ舞台の方がずっと重要だし、娘の婿になるかもしれねえ奴が勝ち進んでいることの方が大事だ。
でも何だかんだでこのソフィア嬢が、まだまだこの国を揺るがすようなことをしでかしたり。
わりと近しい未来【ワンスモア】の連中が、世界をひっくり返すようなクーデターを起こしたりもするんだが。
それは基本的にガクラ閣下やら帝国軍が頑張る話だ。
俺にはこれまた基本的に関係がない。
関係のない俺は今日も娘の活躍を応援して、愛する家族が健康で楽しい日々を送れる幸せを噛み締めて暮らしていくのだった。
結局またもや巻き込まれるその日まで、ね。