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01世界は顧みないが家族は顧みる

 俺、シロウ・クロスは帝国軍士官学校に通う訓練生だ。


 帝国軍人になるべく、日々研鑽を積んでいる。


 師はジャンポール・アランドル=バスグラム。

 第三騎兵団の団長であり、帝国最強の軍人と呼ばれる人だ。


 実際、強い。


 幼少の頃より、ジャンポール師匠から稽古をつけてもらってきたが……未だに敵わない。


 十五年前、五つくらいの頃。

 母に手を引かれて帝国軍の訓練場へと『纒着結界装置』の試験運用模擬戦を見に行った。


 そこで、俺はジャンポール師匠とブライさんの戦いに目を奪われた。


 端的に、かっこよかった。

 俺は二人に戦いっぷりに憧れたんだ。


 決着の後、俺はそのままジャンポール師匠へと弟子入りを志願した。


 師匠は困っていたが、何だかんだで月に何度か基礎的な身体操作や剣術、攻撃魔法や防御魔法を教えてくれた。


 さらに師匠が空いてない時は頼んでもないのにブライさんがより深い部分の身体操作や動き方の稽古をつけてくれた。


 稽古のない日は家でひたすら剣を振りながら精度の高い運足や力の流れを意識する訓練や、魔力との親和率を上げる為の魔法鍛錬を行った。


 母は仕事が忙しかったが、時々魔法に関する知識や魔道具や魔動機械の仕組みなど勉強に付き合ってくれたが。


 父はあんまりいい顔をしなかった。


 特に止めたり邪魔をしたりってことはないし、家事や俺の世話をよくしてくれて色々なところに旅行に連れて行ってくれたり遊んでくれたり。


 基本的に良い父親なのだが、俺が武術を学ぶことを快くは思っていなかったようだ。


 まあ一般的に、こういった人を傷つけることに繋がることだったり怪我をする可能性の高いことを子供から遠ざけたいと考える親というのはいる。

 でも同時に運動や勉強に精を出していることを止めたくもないと考えるのも親なのだ。


 父はもしかすると争いとは縁遠い人生だったのかもしれない。

 それなら納得できたし、むしろ少しだけ申し訳ない気持ちもあった。


 そこから【総合戦闘競技】ブームが到来し。

 俺が十歳くらいの時に、ジュニア大会が開かれるようになった。


 俺はもちろん出場したし、負けることはなかった。


 それはそうだ。

 帝国最強と帝国最強に勝ち越す謎の男に鍛えられてきたのだから、同年代の子供たちに負ける要素がない。


 父も母も喜んでくれて、応援してくれた。

 母の働く魔動結社デイドリームからも『纒着結界装置』の安全性を広める広告塔として、応援もしてもらった。


 帝国第一魔法学園に入学し、戦闘競技部に所属してからも勝ち続け。

 ついに、全帝国総合戦闘競技選手権大会でも優勝を果たした。


 この経歴が欲しかった。


 全帝優勝は色々な進路に対して有利に働く。

 打算だけで【総合戦闘競技】をやっているわけではないけれど、少なからず打算もあった。


 俺はずっと、帝国軍に入隊したかったんだ。

 師匠のような軍人になることを目標に、ずっと鍛えてきた。


 ただ強いだけじゃあ意味がない、ブライさんのような戦闘狂でもない限りそれじゃあ食っていけないし……何より義がない。


 力ある者は、それが故の責任を持たなくてはならない。

 民を守って多くを救い、時には立ち向かう。


 それが帝国におけるかなりポピュラーな思想だ。


 帝都生まれ帝都育ちで帝国民として教育を受けてきた俺も、多かれ少なかれそれが正しいものだと認識している。


 それに俺は憧れてしまったんだ。戦う師匠の姿に、帝国最強の軍人に。


 俺はそれを父と母に打ち明けて、帝国軍に入るべく帝国士官学校に進学する旨を伝えた。


 しかし。


「うん、ダメだね。僕は反対だ、軍人はやめておいた方がいい。立派な職業だと思うけど、シロウがやることじゃあない。君は僕と違って器用で優秀なんだから戦いなんてことに人生を使ってはダメだよ」


 父は明確に、反対をした。


「君は確かに武術を学んだし、競技ではかなりの成績を残している。護身としては十分すぎる技量もあるし、もし戦い自体が楽しいのなら競技を続けていけばいい」


 父は淡々と、俺を説得を続け。

 俺は折れずに食い下がって、反論していたのだが。


「……じゃあ今から僕が帝国を滅ぼす為に立ち上がった時、君は僕を殺せるのか? シロウ、軍人っていうのはそういうものなんだよ」


 凄まじいプレッシャーを放ちながら垂れた鈍色の瞳から真っ黒な炎を揺らして、父はそう言った。


「………………で? ビビって言い返せずに話し合いが終わって、拗ねて俺んとこに来たと。馬鹿かおまえ、俺が慰めたり相談に乗ったりするわけねえし出来るわけもねえだろ」


 第三騎兵団の訓練場で双剣の手入れをしながら俺の話を聞いていたブライさんはうんざり顔で返す。


「ビビって……、まあ驚きましたよ。父があんな圧力のある口調で反対するとは思ってなかったから」


 俺は鉄六角棒で丹田に落とす素振りをしながらブライさんに言う。


「まあでも、クロウの言うことはもっともだな。もしあいつが帝国を滅ぼすって言い出したら、俺ならほっとくというか……ほっとく選択肢がある。でもジャンポールとかはその選択肢がないから


 ブライさんは片目で剣の歪みなどがないかを確認しながら、いつもからじゃ考えられないくらい攻撃的じゃあないことを漏らす。


 俺はブライさんの言っている意味がわからず、頭に疑問符を浮かべ。


「死ぬ……? まあブライさんは父や母と昔馴染みだし軍人でもないから断るのはわかりますが、ジャンポール師匠が父に立ち向かって死ぬなんてことあるわけが――」


「いやジャンポールごときがクロウに勝てるわけねえだろ、クロウが帝国滅ぼすって言ったら帝国は滅ぶ。世界を敵に回しても勝てるからクロウは世界最強なんだよ」


 俺の疑問に、被せるようにさらりとブライさんは荒唐無稽なことを言う。


 父が世界最強……? 主夫でやたらテキパキと家事をこなし、何故か長距離転移魔法を使えるそれなりの魔法使いではあるけど……それだけの、ただの男だ。


 母の仕事を支えるというこで家のことは基本的に父が行っていた。


 戦いとは無縁の……全良な市民のはずだろう?


「まあクロウやセツナやジャンポールやらに軍事機密だとか言われていたが……、別に俺が従う理由も義理もねえ、聞かれたら答えるさ。つっても、俺もあいつが何をしたかったとかは知らねえし興味もねえんだがな」


 ブライさんは手入れの終えた双剣を軽く振りながら語り出す。


「クロウは【史上最速の国落とし】の発案をして、ジャンポールやガクラを含む帝国軍を鍛えて、セツナの『小型範囲転移結晶』をデイドリームに量産させて、一人で当時公国最強だった勇者パーティを畳んだ。世界最速最強の怪物なんだよ」


 淡々と、とんでもないことを語る。


「元々クロウはトーンの町で冒険者ギルドの職員だった。俺もセツナも勇者だったメリッサも、他にも馬鹿のバリィや馬鹿のリコーや馬鹿のブラキスやらも、ああキャミィはそんなクロウから直接鍛えられてねえけど多少なりと影響は受けてるな」


 さらに淡々と、父の昔について語り。


「そんな怪物がやめとけって言ってんだったら、やめといていいんじゃねえか? 軍になんか入ったって勝手に人畳めねえから、めんどくせえだけだぞ」


 ブライさんはあっけらかんと結論を出す。


「軍に入らなくても勝手に人は畳んじゃダメでしょうに……」


 そんな結論に俺はかろうじて反論を返す。


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