待ってくれ、どういうことだ?
父が世界最強……? 【史上最速の国落とし】の首謀者でジャンポール師匠より強い? なんならブライさんも父に鍛えられた……?
理解が及ばないというか信じられない。
だがブライさんは頭がイカレてしまっているけど、こんな荒唐無稽な冗談は言わない。
本当に……、いやでも。
「……それでもってんなら、勝手に軍に入るしかねえだろうな。でもクロウはそれを許さねえ……、じゃあ喧嘩だ」
そう言いながら双剣を鞘に納めて『携帯通信結晶』を取り出す。
「クロウか、てめぇんとこのガキがグダグダめんどくせえから殺すぞ」
「――そいつは困るね……で? なんの用だブライ」
ブライさんが受話口にそう言うのと同時に、晩飯の支度をしていたであろう黒いエプロン姿の父が長距離転移で現れた。
「てめぇんとこの馬鹿ガキが、世界最強の怪物に挑みてぇんだってよ」
現れた父に、ブライさんは『携帯通信結晶』を仕舞いながら言うと。
「……おまえ、言ったのかシロウに……はあ……――――」
そんなことを言ってため息をついた父が、残像を置いて消えたのと同時に。
ブライさんは手足をへし折られて、両肩に鉄製の変な槍のような武器が突き刺さった状態で磔にされた。
な、何も見えなかった……。
速すぎるというか……時間軸そのものがズレているような。ただ、ぶっ飛ばされたブライさんが壁に激突するまでに剣を抜いていたのは流石だと思った。
でも『纒着結界装置』を付けていない人間に対してこんな容赦なく……、なんだ? 何が起こってるんだ?
「後でクリアかパンドラちゃんを呼んでやるからそこで寝てろ、医者が来てからもう三回畳むからな。いい年こいて馬鹿が…………で、シロウ」
父は完全に気を失ったブライさんにそう言ってから、俺の方に向き直して。
「やるんだろ? やってみろよ、軍人になるんだろうがあッ‼」
凄まじい圧力で、声を荒げる。
これは、誰だ?
俺の父親って、こんなんだったのか?
おっかねえ……、なんだよこれ。
「何やってるんですかクロウさん‼ 何が――」
訓練場に入ってきてただならぬ空気を感じたジャンポール師匠がそう言いかけたところで。
父は残像を置いて消えて、同時に師匠も残像を置いて消えて。
さらにほぼ同時に、師匠は剣を握ったまま訓練場の高い天井へと突き刺さった。
「悪くない動きだったねジャンポール君、でも衰えた僕なんかに団長様が畳まれてんじゃねえぞ。もっと鍛えろ馬鹿」
父はエプロンをはたきながら天井から垂れ下がる師匠へと言う。
ああ、怪物だ。
帝国最強がこんなにも容易く……、父は本当に世界最強なんだ。
強すぎるというか、格が違う。
どうやったらこんな強さを得られるんだ?
何のために? 過剰すぎる強さだ。
そんな怪物が、師匠やブライさんを鍛えた……。
納得した。まざまざと証明を目の当たりさせられてしまった。
だからこそ納得ができない。
なんで俺には何も教えてくれなかったんだ?
なんで息子の俺は鍛えなかった?
なんで強さを隠していたんだ?
なんで主夫なんかしてるんだ?
納得と共に疑問が吹き出して、疑問は疑念に変わり、疑念は不満に変わり、不満は怒りに変わる。
腹が立ってきた。
やってやるよ、ふざけんじゃあねえ。
怒りが心に火を点けて、目から炎が漏れ出る。
まず『纒着結界装置』を起動して、武具召喚で剣を喚び出しながら身体強化をかけて魔力感知を最大に働かせて視力強化を使う。
どう動いても反応してやる。
これでもブライさんにも師匠にも何発かいいのが通るようになってきているんだ。
それに『纒着結界装置』が働いている間は俺には攻撃が通らない、その間になんとか動きを見切れば――――。
思考をぶった切って、おでこに軽い痛みが走る。
目の前には、一瞬で接近して人差し指を突き出した父の姿。
……え? デコピンをされたのか?
なんで……デコピンが『纒着結界装置』を貫いているんだ?
「……魔法融解だよ。あらゆる魔法を魔力に戻して散らす魔法だ。『纒着結界装置』は無敵じゃあない、消滅魔法や魔法融解、いくらでも攻略方法はある。実戦では当然、このくらいの対策は誰でも行う」
父はさらりと俺の頭の中の疑問符に答える。
「僕が悪い人だったら、君はこれで死んでいた。軍人になるってことは何の拒否権も持たずに、ただ相手より弱いってだけで死ぬことになる仕事なんだ。競技とは違う」
続けて、真摯な眼差しで俺にそう語る。
「僕はこうなるまでに『加速』というスキルを用いて体感時間で何百年も鍛えた。何度も死にかけたし、何人も畳んだし…………人も殺めている」
父は悲しそうに、自身について語った。
何百年……そういえば父が自身について語るのを初めて見た。
具体的なことは言わないけど恐らく、父には父で激闘の物語があるんだと思った。
「弱けりゃ死ぬ世界で生きるということは、そういうことなんだ。強くあり続けなくてはならない……でも僕に、シロウを鍛えることは出来ない……」
少し苦しそうに、父は言う。
「僕は君に死んで欲しくない、親のエゴかもしれないけど幸せに平穏な日々を送って欲しいんだ。それを、軍人として実現するだけの強さをシロウに求めれば……鍛錬は苛烈を極める。トーンの冒険者たちや帝国軍人たちの時とは比にならないくらい厳しくしなくてはならない……」
感情的に、しかして声を荒げないように努めて穏やかに語る。
「でも僕は厳しくは出来ない……我が子を痛めつけるような……そんなことは僕には出来ない、だいぶ変わったけどこれは僕の病いのようなものだと思ってくれて構わない。でも、出来ないものは出来ないんだ」
言葉を選ぶように、本質だけが伝わるように語る。
確かに俺は親父に一度たりとも叩かれたことはない。
単純に俺の聞き分けが良かったということもあるが何か至らぬ点があっても言葉や指摘で改善と反省を促した。
「だけど、君はもう大人になる。君の人生だから僕が君の進路を止めるのは筋違いだ。だから……士官学校に進むことをこれ以上止めはしない……でも、お願いがある」
父は穏やかに、しかして決意のみなぎる眼差しと口調で。
「強くなってくれ。僕やセツナが心配しなくても良いくらいに、軍人として平穏な日々を送れるくらいに。強くなってほしい」
力強く、そう言った。
「……はい」
俺は父の願いに対して、返事をする。
具体的に父の物語に何があったのかはしらない。
誰だってなんかある、俺にもあるし父にもあった。それだけの話だ。
強くなりゃあいい、父に心配かけないほど圧倒的に。
競技者としてではなく、軍人として、一人の人間として。
俺の返事を聞いた父は、にこりと笑って。
「もしシロウが、軍務の中で命を落とすようなことがあったら――」
穏やかに。
「――僕は迷いなく、争いを生むこの世界を滅ぼすよ」
冗談じゃ済まないことを、言った。