そこから帝国軍医のクリア・クラックさんとパンドラ・クラックさんが招集されて、ブライさんと師匠の治療を行い。
「ブライ、おまえを畳むのは次会った時にする、あと三回は畳むからな。それとジャンポールは怠けすぎだ。何回天井に埋まれば気が済むんだ馬鹿、照明器具にでもなりてぇのか? まあ今日のところは晩ご飯の支度があるから帰るよ、鶏肉と大根炊いたやつだから鍋を見る時間に感謝しろ」
そう言って父は長距離転移魔法で帰った。
今日は鶏肉と大根の炊いたやつか……、あれ正式にはなんて料理名なんだろうか。
そんなことより、二人が気を失っていた間のことを師匠とブライさんに伝えると。
「ブライ貴様……っ、クロウさんのことは軍事機密中の軍事機密だというのに……、シロウにも言ってはダメだと多分この十八年で累計で三日は説明したはずだぞ」
「ああ残念、三日じゃちょっと足んなかったな。つまりおまえの怠慢だジャンポール、反省しろ」
「いつか必ず貴様の首を跳ねる」
「首だけになってもてめぇくらいなら噛み殺せるけどな」
師匠とブライさんはそんな会話をした後。
「……シロウ、こうなったらマジで強くなるしかないぞ。クロウさんは
わかりやすく頭を抱えながら、ジャンポール師匠は俺に向けて言う。
「……覚悟しています」
戦慄する師匠の言葉に、俺はゆらりと目から炎を揺らして答える。
その日から地獄の訓練が始まった。
「競技外での『纒着結界装置』を用いた模擬戦並びに稽古は禁止だ! 『纒着結界装置』は優秀だが保険程度に考えろ! 避けて躱すか、喰らう前に倒せ!」
師匠は俺の甘えを消すべく『纒着結界装置』は禁止し、避けられなければ怪我をする緊張感で稽古をするように命じた。
「身体強化なしで三十キロの行進後は我々との模擬戦! 殺す気で来い、こっちも容赦なく行くぞ‼」
そんな師匠の言葉で、毎日ヘトヘトになりながら第三騎兵団名物【暴れ過ぎる捕虜】と帝国最強にズタボロにされた。
「基本的に負傷は自身の回復魔法で治療を行え! 難しい治療はパンドラから習え‼」
ズタボロの俺に師匠はそう言って、毎日ズタボロの状態から迅速に自分で手当を行い魔力枯渇でぶっ倒れたらパンドラさんが治療してくれた。
「競技の中で三分以上の戦闘は競技の勝敗とは別に、全て敗北と考えろ! 実戦の基本は連携だ、三分以内で倒せなければ必ずカバーが入る。迅速な制圧こそが最も安全な方法だと考えろ‼」
師匠は俺にそんなルールを追加する。ブライさんに模擬戦モドキごっこと馬鹿にされる競技も、勝手に実戦を想定した訓練とした。
「これからは罪人の処刑も行ってもらう、人の命を奪うことに躊躇いをなくせるようにならねばならない。殺人と向き合え、自分の中での正当性を固めろ」
師匠は冷たくそう言った。これが一番キツかった。それでも、俺はやり遂げた。
そして、
戦闘理論を身につけて、徹底した遂行を覚えた。
パンドラのおかげである程度の回復魔法も身につけた。
おかげでパンドラとは、
母から最新鋭の試作魔動兵器を融通してもらって、色々と試した。
使えるものは何でも使う、じゃなきゃ世界最強には届かない。
直近一ヶ月の師匠との勝率は五割、ブライさんとは四割だ。
全帝国戦闘競技大会も二連覇し、ほぼ無傷でほぼ二分以内に勝利した。
まだまだ足りないものだらけだが、それでもかなり変わったと言えるだろう。
しかし、まだ成し遂げていないことがある。
どうしても勝てていない相手がいる。
ライラ・バルーン。
父と母の友人であるバルーン家の娘であり、競技者だ。
かなり幼い頃にあったことがあるらしいが、記憶にはない。
全帝国総合戦闘競技選手権大会でも二回当たっていて、競技の上では二回とも勝利をしているが。
二回とも判定勝利、制限時間までたっぷり使って『纒着結界装置』のダメージ量で勝っただけだ。
実戦ではこれだけ時間をかけたら、援軍が到着するし援軍が無かったとしてもあのまま三日三晩戦っていたら体力差で俺が負ける。
俺は納得していない……、俺はまだ勝てちゃあいないのさ。
今年こそは、真の勝利を掴む。
その上で三連覇、これで俺はまた一つ強くなる。
さらに、今大会においては軍からの要請で俺には任務もある。
第三騎兵団が掴んだ情報によれば【ワンスモア】が今大会に何かしらの干渉をしてくるというのだ。
【ワンスモア】は昨今、スキル関連の資料を盗み出したり。
各地域からかなりの人数の民間人の誘拐拉致を行っていたり。
軍施設に対して攻撃を行ったりと。
かなり無茶苦茶だ。
大会には多くの人が集まるし、準々決勝からは全土に生放送も行われる。
そして恐らく選手の中にも【ワンスモア】の者が紛れ込んでいることも考えられる。
二回戦に上がった中で怪しいのはラビット・ヒット、ロッコツ・ブレイク=ニューイーン、ナナシ・ムキメイ、マックス・プラスマイナー。
この辺りは警戒しておくとして。
「今日だろう? ライラちゃんとの試合は。私は君の恋人ではあるが、残念ながらライラちゃんのファンでもある。なので私はライラちゃんの応援をする、すまんなシロウ」
士官学校の宿舎で全帝国総合戦闘競技大会二回戦に臨むため着替える俺に、ベッドの中からパンドラが堂々とそんなことを述べる。
「……好きにしろ、俺が勝つのは前提だ」
俺はズボンにベルトを通しながら、呆れ気味に返す。
「ああ私もそう思っている。だからこそ、負けそうな方を応援したくなるものさ。ライラちゃんとはお友達でもあるしね、昔はクライスと一緒にバルーン家へと会いに行ったりもしていた。そのころからずっとあの子は可愛いな、ムチムチしていて羨ましい限りだよ」
すらりと艶めかしい長い足を、ベッドから上げながらつらつらとパンドラはそう返す。
「何が羨ましいだ……自分の身体に自信満々な癖に、服を着ろ、服を」
パンドラの生脚を横目に、俺はインナーシャツを選びながら言う。
「ふふ、クライスとクリアが治してくれたこの身体が美しくないわけがないからね。君も好きじゃないか、私の身体は」
にやりとからかうように笑いながらパンドラは言うが、俺は無視をする。
「そう妬くなよ。それでも私は君の勝利を疑っちゃあいないさ……さて」
そう言ってパンドラはベッドから跳ね起きて、全裸のまま俺に近づき。
せっかく着たインナーシャツを捲り上げて、俺の胸筋の真ん中辺りにそっと触れる。
「……うん、万全だ。健康状態に異常なし、強いて言うならやや鼓動が速いが……。さんざん抱いておいてまだドキドキしているのか? 可愛いな君は」
「するだろう……、だから服を着ろと言ったんだ」
悪戯な笑みを浮かべるパンドラの問いに、俺はどぎまぎしながら答える。
「ベストパフォーマンスは確約されている。私の視る力を信じて、当たり前のように勝ってくるといい」
パンドラは俺の耳元まで顔を近づけて、そう言った。
「…………ああ、クラック家の視る力に疑いの余地はない。当たり前のように勝ってくるさ」
俺はそう言いながら上着を一枚パンドラに羽織らせて、サクッと支度を終えて会場へと跳んだ。