「ドラルゴ、おまえが犯した罪は決して軽いものではない。裁判は開かれるだろうが、極刑は免れないと思え。奇跡的に服役で済んだとしても、牢屋から出られる頃には骨になっているだろう」
ライラが息を呑んだ、瞬間。
「──だが、」
ライラの頭をアルが掴む。強く引き寄せられたせいで、体は前につんのめってしまう。その刹那、ほんの一瞬。アルの口角が僅かに上向いたのを、ライラは見逃さなかった。
「ここにいるコイツは、地上最後の竜人族。しかも今まさに国から招かれている、いわば国賓だ。身を挺してそれを守った行為は、これまでの悪事を相殺するほどの輝かしい功績──かもな」
アルの言葉の意味がライラに、その場にいた全員に染み渡っていくごとに、じわりじわりと。並んだ顔色は優れていった。
それに異を唱えたのはドラルゴだ。
「おいおい、いいのか。国王軍の兄ちゃんよ。自分で言うのもなんだが俺は大罪人だぞ。それを捕らえたとなりゃ、そこそこの出世は見込めるかもしれねえってのに」
「……出世、か。俺にはあまり関係のない話だ」
ため息交じりにアルは続けた。
「ただし、条件がある。今後、二度と海賊と名乗らないこと、海賊行為をしないこと。そしてこの飛行船の件も、俺と竜人族と出会ったことも、一切他言しないことだ。……つまり、おまえらは余計なことは何も言わずただただ国のために働けと言っているんだ」
ライラは目を見張った。そんな好戦的な、というか挑発的な物言いをしたらどうなるか、と。案の定、船員たちの目にはわずかに苛つきの炎が灯ってしまっている。
「もしお前らの中の誰か一人でもこの条件を破ったら、その瞬間に地の果てまでも追いかけて、全員まとめて牢屋にぶち込む。それでいいな?」
「な、なんなんだよさっきから! 偉そうに!」
とうとう漏れ出た不満の一言。
けれどアルは、
「はっ……『偉そう』、だと?」
鼻で笑った。心底、愚かな者を見下ろすようにして。
「状況がまだわかっていないようだから、教えてやろうか? 先ほどお前らに突き付けた甘っちょろい取引の内容は、紙面で契約を結んだわけではない。つまり俺の機嫌ひとつで条件が急に変わることもあるかもしれないな……それでも文句があるなら続きを言うがいい」
「っく……!」
(わあ、アルくんってこんな風に笑うんだ……。すっごく凶悪な笑みだなぁ)
ライラはこんな表情を浮かべたことなどない、こんな強気な発言だってしたことがない。それを自然とやってのけてしまうアルに、すごいな、と憧憬の視線を浴びせてしまう一方で──、やはり居丈高な態度は敵を作ることもあるのだと、船員たちの苦々しげな表情から察せられてしまった。
だからライラは、そっとドラルゴに近づく。
「ドラルゴさん。さっきは助けてくれて、ありがとうございました! これまで悪いこと、いっぱいしたかもしれない。国にも、たくさん迷惑をかけちゃったかもしれない……でも、機関車ができたら、この国がすごく発展するんだってアルくんが言ってました! それで少しは取り返せるかもしれません」
我ながら幼い意見だ、とライラは思う。けれどたとえそうだとしても、漂う険悪な空気を変えてしまいたい。
「それにボク、機関車にも乗ってみたいです! こんなすごい飛行船が作れるんだから、きっとすごい機関車もできますよね⁉」
ね⁉ とライラは船員たちを振り返る。
すると彼らはライラの言葉に、虚を突かれたかのようにまばたきを繰り返した。
「そう、か……そうだよ。俺たち、これでやっと恩返しができるんだよな」
「いつもみんなで話してたんだぜ。いつか……いつか俺たちの給料で、ボスに贅沢さしてやりてぇなって」
「だからさ、長生きしてくれよ、ボス。俺たちの給料いくら使い込んだっていいからさぁ」
めそめそという表現が正しいのだろうか。ドラルゴが極刑を免れたことへの安心感から今になって、再び船員たちは泣き始めた。その表情はここにいる誰よりも幼くて。ライラにはまだ、彼らがほんの小さな子供のように見えた。
そして、
「馬鹿だな、おめえら。こんな老いぼれじゃなく、てめえの人生にちゃんと使いやがれ」
そう言って微笑むドラルゴは、“父親”の顔をしていた。ライラは自分の父の顔を覚えていない。けれどそれでもドラルゴの顔は、“父の顔”だと思えた。そうとしか思えなかった。
彼らのやり取りを、傍らのアルは気だるげに見つめている。
「暑苦しい奴らだな……」
「……ありがとう、アルくん。ドラルゴさんたちのこと」
「あ?」
「ボク、アルくんって何を考えてるのかわからなくって、ちょっと怖いって思ってたかも。でも全然違ったね。やっぱり本当はすっごく優しいよね」
「優しい? なにを甘いことを言っている。まさか俺がセンチメンタリズムで判断を覆した、とでも思っているのか?」
「え、違うの?」
エメラルドの瞳が瞬く。
「この飛行船は、存在そのものが重要な機密事項だからな。下手に全員を牢屋にぶち込んで看守に情報を漏らされるより、恩を売って黙らせておいたほうが合理的だと判断した、それだけだ」
それだけ言ってアルは顔を逸らした。彼の言い分は恐ろしいまでに筋道が立っている。きっと嘘はついていないのだろう。
けれど少しだけ。本当に僅かに、情も入っているような気がして。もしそうだったら面白いのにな……と、思わず笑みがこぼれた。
「あ……あの、でも、ちゃんと謝らなきゃ、だよね」
居住まいを正し、ライラはアルに頭を下げる。
「隠れてろって言われていたのに守らなかったことも。それから……翼が生えていないことも、黙っててごめんなさい」
「……そのことか」
ライラは言い出せなかった。堕天のライラだなんて、知られたくなかった。もし知られてしまったら、きっとアルはもうこんな自分を恥じて、友達になんてなってくれないだろうと思ったのだ。里にだって、友達は一人もいなかったのだから。
今だって怖い。アルがどんな表情を浮かべているのか、わからないから。