そっかぁ友達ね、うーん、友達かあ、などと口では言いながら、キッドは片方の口角だけを上げている。どうやらライラの主張に、心から納得しているわけではなさそうだ。
「……ボク、里に友達なんて一人もいなかったんです。同年代の子たちがそもそも少なかったのもあるんですけど、ボクが本当に、ダメなヤツだから。物語の中の王子様を、いつも夢見ていました。こんな人になりたい、ってずっと思ってきました」
スプーンに、細かなハーブが浮かぶ。少しでもアルを元気づけたくて入れたものだ。
「初めて会った時に、思ったんです。アルくんのこと、王子様みたいだなって」
キッドは何も言わない。ひたすら耳を傾けてくれているのがわかる。
「アルくんは、ボクの目標そのものなんです。だ、だからアルくんみたいな人になれたらって。それで、あわよくば、あわよくば友達になってくれたらいいなー、なんて──ああ、贅沢言ってますよね!」
ライラが朱のさした顔を俯かせると、キッドは苦笑を隠しもしない。
「うーん。まあ、
「……や、やっぱりそうですよね。ボクみたいなのが掲げるには、壮大すぎる目標ですよね」
「ははは、そうじゃなくて。アルくんと友達になるってのは、ある意味、世界で一番難しいことかもしれないからさ」
キッドが、ライラの椀と自らのそれに二杯目の粥を注ぐ。
「友達ってさぁ、難しいのよ。一緒にいるのが気楽で、価値観がそこそこ似てて、喧嘩しても仲直りできて。そんでもって損得勘定なしに一緒にいられて……つまりは信用できる相手ってことだから。そんなの、恋人より見つけるのが難しいかもしれないよ。友達ってのは宝物なんだ、ほんと」
二杯目。ほかほかの湯気を立たせる粥。椀は温かいはずなのに、それを受け取る指先はやけに冷えていた。
「ボクがアルくんと友達になるのは、無理ですか?」
「無理ではないよ。ただ、難しい。だから“茨の道”」
穏やかな口調なのに、その言葉はライラの胸をきりりと痛めた。
「だってライラちゃんって、アルくんと一緒にいても、全然気楽そうじゃないしさ」
「そ、それは……」
言い返しようがない、彼の言うとおりだった。彼の友達観と現状を照らし合わせてみれば──この数日で痛感したことでもある。アルとの価値観の相違はすさまじい。
喧嘩なんてしても一方的に負けるだけだろうし、喧嘩に発展する前にライラは謝ってしまうだろう。
損得なしに一緒にいられるか、と問われれば答えは否。選挙が滞りなく終わってしまえば。白い羽根の持ち主が見つかってしまえば。自然とお別れとなってしまうだろう。彼が自分といま行動を共にしてくれているのに、損得勘定が働いていることくらいは、ライラにもわかっていた。
「それに、アルくんだってそこまで全方位完璧超人ってわけじゃないよ? 例の羽根の件だってそうだし……」
「え?」
思わず、胸に下がる羽根を握りしめる。
「なんでアルくんがその羽根の持ち主を捜しているのか……ライラちゃんがワケを知ったら、どう思うか……」
アルに訊きたくて、訊こうと思って、訊けなかったことだ。
「なっ、なんですかそれ⁉ 教えてください、知りたいです!」
「おおう、グイグイ来るね⁉」
「だってアルくんは……ボクには多分、教えてくれないから」
自分で言っていて悲しくなってきた。けれど訊かずともわかるのだ。きっとまた言われてしまう、「俺に構うな」とかなんとか。
「アルくんが話していないってことは、話したくないってことだからね。おっさんの口からは言えないな。ごめんね?」
「……そうですよね」
アルと友達になりたい。そのためにもアルのことをもっと知りたいとライラは思う。けれど当の本人はそれを教えてくれない。
なるほどこれは本当に、茨の道だ。
けれど、
「……里の外に出たことが、一度もなかったんです」
けれど、諦めたくない。
「里は柵で覆われていましたし、出られる機会もボクにはなくって。悪い人たちに攫われたと思ったら狭い檻の中に閉じ込められて……でもアルくんが救い出してくれて、あの平原まで連れてきてくれて。あの瞬間、ボクの中で世界が広がったんです」
景色に、色が付いたようだった。見慣れたはずの緑が、空が、彩度を増して視界に飛び込んで。見るものすべてが眩しく、輝いて見えた。
「吹き抜ける風が心地よかった。馬車に初めて乗った。地図なんて初めて見た。他の街なんて来たことなかった。売られている服が鮮やかで、あんなにたくさんの人が行き交う所なんて想像したこともなかった。天空の巨塔も、初めて存在を知った。怖かったけど、すごく……胸が
たとえどんなに強く拒絶されたとしても、憧れの気持ちは止まらない。
彼のように生きてみたい。彼のような人になってみたい。
どんな形であれ彼の隣に並び立つには、きっと今のままではいられない。
「だからボクは、たとえ茨の道だったとしても進んでみたいんです」