「前回も報告した通り、竜人族の里は焼失。生存者はライラちゃんを除いてゼロ。里の全域が燃えちゃっているから、遺体の損傷もひどい……んだけど、恐らく直接の死因は、火災じゃなくて、
胸の真ん中を指して、キッドが渋い顔をした。ライラは首を傾げる。代わりにアルが口を開いた。
「胸を貫かれたことによる、失血死だったな」
ライラの息が止まる。
胸を貫かれた? まさか、里の全員が?
衝撃を受ける傍ら、キッドの報告は続く。
「ここまでは前回の報告書の通りだね。凶器はおそらく、致命傷の胸の穴の形状からして弓矢だろうと推測される。ただそうすると、いくつか疑問点が湧いてきちゃうんだなぁ」
そう語るキッドの声色も表情も、いつになく真剣そのものだ。
「一つ目。凶器は弓矢……の線が濃厚だけど、そのわりに矢が遺体の近くに一本も落ちていない」
キッドの報告に、アルは眉を顰めた。
「……それは奇妙だな」
「どういうこと?」
思わずそう問いかけると、彼は表情そのままにライラに向き直った。
「想像してみろ、二百人だ。そいつらをひとりひとり、胸を矢で射抜いていく。それが遂行できたとしよう。仮におまえが犯人だったとして、いちいち矢を回収するか?」
間髪容れずに答えられる、想像の余地もない。「しない」。そんなことはしない。する理由が無い。……けれど実行犯には、そうする必要があったということだろうか。
「そして二つ目。もっとも奇妙なのはここかな──亡くなった竜人族の全員に、抵抗したり、争ったりしたような形跡がまるでなかったんだ」
「なんだと?」
出会ってほんの数日ではあれども、アルがここまで大きな反応を見せたのは初めてのことだった。
「竜人族だぞ。ヒューマンならともかく……あの竜人族が、無抵抗に、一方的に虐殺されたということか?」
『虐殺』。弓矢でひとりひとり、胸を射抜いて。抵抗する間も与えず全員の命を奪い、すべてを焼き払っていった──いったい誰が、どうしてそんなことをしたというのだろう。考えれば考えるほど、息が詰まりそうだ。
「遺体の状態を見るに、武器を取りに行こうとした様子もない。ただただ平穏な日常を過ごしていたのに、道端で急に命を吸い取られたみたいな……そんな様相でさ」
「……上への報告に困るな、それは。あまりに現実味がなさすぎる」
深い溜め息とともに頭を抱えるアル。彼の表情にまたひとつ、暗い陰が落ちる。
「しかも、ね。
「強盗目的でもなければ、“万能薬”を狙った、ならず者の仕業でもない、と」
キッドは深く頷いた。
「そういうこと。おっさんも現場を見て、さすがにゾッとしたわ。ただ殺したくて殺した……そんな意思を感じてさ。──とりあえずの報告は、以上ね」
二人の会話の最中にも、ライラは臓腑を掴まれたような心地でいた。やはり聞かなければよかったのかもしれない……そんな弱い心が、そっと耳打ちしてくる。
グラグラ揺れる視界に耐えながらそっと立ち上がると、自覚できるほど下手糞な笑みをライラは顔に張り付けた。
「あの──ボク、狩りに行ってきます。ウサギも探せばいるかもしれないですし。これからまだまだ山越えをするなら野菜だけじゃなくてお肉も食べなきゃ、ですよね!」
そう言いながら、アルに視線を投げてしまう。肯定されるのを期待して。
「……あまり遠くへは行くなよ」
「うん! それじゃ行ってきます!」
弓矢を抱え、二人のもとを去る。探すべきは巣穴だ、足跡だ。今はそれ以外のことを考えないようにしようと、静かに決意をした。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
空になった鍋を小川で濯ぎながら、
「やっぱり、聞かせるべきじゃなかったかねぇ」
キッドがそんなことをぽつりと口にした。アルは表情そのままに、件の報告書に目を通している。
「アイツが自分で聞くと決めたんだろう。誰も強制はしていない」
それはそうだけど、とキッドはどうにも煮え切らない。
「……ライラちゃんが助かったのって、偶然なのかなぁ」
「何が言いたい?」
「里を襲った連中の規模とかにもよるんだろうけどさ。竜人族を里ごと滅ぼすほどの力を持った相手がよ? たったひとりとはいえ、見落とすかねぇ。あれだけ殺害方法にこだわってるのに、たったひとりだけを取り逃がすなんてこと、有り得るのかなと思ってね」
その点については、もっともな疑問だとアルは思う。不可思議な点、奇妙な点がこの一件には多すぎる。けれど考えられる可能性のひとつ。それがもし真実だとしたなら、むしろ合点がいくのだ。
「アイツが犯人ならどうだ?」
「……アイツって、まさかライラちゃんが!?」
キッドがひどく驚いているのをよそに、アルは淡々と言葉を吐いていく。
「同じ里のよしみだ。たとえ奴に弓を構えられたとしても、まさか本気で射抜いてくるとは誰も考えないだろう。だから竜人族の連中には抵抗した形跡がなかった、そう考えれば辻褄が合う」
「……矢をわざわざ回収した意図は?」
「里の中で矢を調達していれば、内部の者の仕業だとすぐに足が付くだろう。外部の者の犯行に見せかけるため、なんてのはどうだ」
そう、ライラが犯人であれば謎は容易く氷解する。なにより現実的なのだ。少なくとも、ライラが見たという“天使”の話よりは。
もちろん推論でしかない。
他国が内密に飛行船の開発に着手していたことが判明した今、対空戦術に秀でる竜人族が滅ぼされたのも、偶然とはアルには思えないのだ。
キッドは思案顔を浮かべ、溜め息をひとつ。
「……アルくんは疑っているみたいだけど。あの子が嘘をつけるような器用な子には、おっさんには見えないけどなぁ」
アルは吐き捨てるように笑った。この短時間でずいぶん懐柔されたものだ、とでも言いたげに。
「は、そうかよ。俺は、あいつが本当に竜人族かどうかも疑っているがな」
「ああ……命救ってほしさに身分を偽った可能性を考えたんでしょ? でも、あの子の教えてくれた里の情報は昔、おっさんが竜人族の連中から聞いた内容と一致してたわよ?」
「ふん。それじゃ、あとはヤツの力量でも確認してくるとするか」
報告書をいったん仕舞うと、アルはすくっと立ち上がった。
「力量って?」
「アイツは狩りに行くと言っていた。後を追うぞ」