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4「外れにある工場」


 西の街カシーアは広大な畑で採れる作物や木工工芸品が特産品である。

 その白く縮れた花房が複雑かつ綺麗に、まるで『聖都』の魔術式のようにぎっちり詰まっており、緑の葉っぱの作物を手に取ってみるとそれなりに重みがある。


「これください」


 食べ方は茹でたり煮たりするのが定石であり。

 この西のカシーアで食べるこの作物の料理は、とても絶品だと聞く。

 それにこの作物で作るおつまみが、お酒と共に食べると絶品であるとも噂されていた。


 なんて思案しながらシャルロットは、畑のあぜ道を歩いていた。

 その顔には上機嫌が伺える。

 彼女がどうして機嫌いいのか。

 それは仕事の予感がするからである。

 『お使い屋』シャルロットは基本的に、掲示板に自身の連絡先を残している。

 文面はこうだ。

 【探し物や喧嘩等、この『お使い屋シャルロット』にお任せよ!】

 酷く簡潔だがその分、長々しいどっかの騎士団よりかは分かりやすくていい。

 とシャルロットは自負している。

 ……それはそれとして、その文面で大多数の人は胡散臭いと感じる事を、シャルロットはちっとも分かっていないのが現状であったりもする。


 この世にある魔術は便利である。


 その胡散臭い文面が書かれた色紙にはとある魔術式が組み込まれていて、色紙に触れ用件を口で詠唱すれば、なんと術式に口に出した言葉が色紙に記録され、オレンジの印が付く。

 依頼人は依頼したいという意思を表面的に残すことが出来るのだ。

 シャルロットの毎日の日課はその確認である。

 因みにこの色紙はシャルロットだけの技術ではなく、西の方では一般的でギルドでも使われている公用魔術だ。


 それで、彼女の仕事の予感というのは、何もただの勘ではない。


「ほい」


 彼女がターンをして掲示板を覗くと、オレンジ色の封蝋が一つ現れていた。

 シャルロットの予感はよく当たる。


「どれどれ~、今日はどなたがお困りかな」


 掲示板の用紙に手をかざすと、術式がありありと脳内に映像として流れた。

 魔術はイメージの世界である。

 魔力を言葉や線という式に従い変形、変換、そして変異させる。それが魔術の基礎だ。

 つまり魔術というものは、直接触れれば中身を覗くことができるということ。


 術式を構成するのは『図形』や『言葉』というとおり、覗いて一か所一か所をよく注視すれば解読自体難しくない。

 魔術は魔力さえ持っていれば、訓練次第で誰でも使える。


「えぇと何なに……」


 シャルロットは鼻歌を歌いながら文章を復唱した。

 復唱しながら、どんどんと難しい顔になり、首が折れ曲がっていく。


「『数日前に無くしてしまった大事な物を探しています。一度お話がしたいのでお会いできませんか? 出来れば、内密に』……」


 人通りが激しい道の途中、役所の前に置かれていた掲示板には、依頼が一つ。


 *


「ものさがしぃ……?」


 宿に戻り依頼の全容を話しながら、シャルロットは買ってきた作物を包丁で切り分けていた。

 その後ろから机で読書をしていたカルが聞いて疑問符を打つ。


 「それって……」と困った表情を浮かべ「何も具体的な事を書いていないじゃないか」


 カルはため息をついた。


「そうねえ。でもやるよ」


 シャルロットは意外にもあっけらかんとしながら述べた。

 その反応にカルは呆れて息を落として視線を彼女の背中に投じる。


「というか、どうして直接会う必要があるの? 依頼内容に書き込めばいいのに。もし『聖都』の奴らの罠だったらどうするつもり?」

「その場合は逃げればいいだけでしょ?」


 カルの真剣な言葉に、シャルロットは料理を続けながら背中で気にも留めていないように語った。

 カルはその様子に曖昧ながら違和感を覚えた。

 訝しんだ表情を作り、彼女が料理している背中を見つめる。


「お気楽なんじゃないのシャルロット。あの『無名の魔女』がこんな不用心だと廃れるよ」

「独り歩きする通り名なんて、勝手に泣かせておけばいいのよ」


 カルはじーっと彼女を凝視した。

 ――『無名の魔女』という名前を勝手につけられた通り名と吐き捨てた。

 だがその実わりに通り名を彼女は気に入っているはずだ。

 それは彼女と一緒に過ごしてきたカルだからこそ分かるシャルロットの残念な一面だが、彼女は自分が『異名』の付くくらいに有名人であることについて、それなりに自信を持っているはず。

 だというのに異名をどうでもいいと吐き捨てるシャルロットには、違和感があった。


「ねえ、なんかいいことあったでしょ?」


 そういうと、彼女は言葉こそ発さなかったが肩が少しビクッと揺れた。

 彼女は隠し事が大の苦手である。


「なんのことかしら」


 彼女が振り返るも、破顔していた。

 図星を突かれて平然を装う事すらままならないらしい。


 「ふ~ん?」とカルはわざとらしく首を傾げると。

「アハ、アハハ」シャルロットは白々しい笑い方をした。


 カルは「もう……」と吐露する。

 ともかく、シャルロットが口を割らないのならば、あとは推理するしかなかった。

 カルはひとりでに右手を組んで、顎に指を添えた。


 (今までの経験からあてはめてみよう。

 まず、『大金が舞い込む仕事』だ。

 でもならどうしてわざわざ隠す必要があるんだろう?

 いちいち取り繕うなら、後ろめたいことがあるはず。

 二つ目は『サーカス劇団が来た時』だったかな、あ、そういえば……)


 シャルロットが自分の隣の子供よりもはしゃいでいたのを思い出して、途端に抗えぬ羞恥心に襲われる。


 (……気を取り直して。

 三つ目は『新しい服を買ったとき』だったな。

 一応それなりにお金は貯金しているけど、

 金遣いの荒い彼女の無駄使いは僕が許していないから流石にそんな事はしないはず)


 ふーん、とカルはかぶりを振る。


 (じゃあ、どうしてシャルロットはあんなにも浮かれているんだろう?

 少なくとも当の本人は隠したがっているし、……後ろめたい事のはずだけど)


 そうしてやっと、一つの可能性に辿り着いてはっとした。

 カルは再度、シャルロットの背中に視線を投じる。


「ちなみに依頼の話し合いはどこでするの?」

「ギクッ」


 聞いてみると、シャルロットは擬音を口で漏らす。

 しばらく激しい汗を流していたが、カルの眼圧に耐え兼ね肩を落とす。


「……外れにある工場」


 唐突にしおらしくなった。

 カルは「なるほどな」と小声で呟く。


「確か依頼主の名前はあったんだよね?」

「……ナタ・カリベルト」

「カリベルトさんっていえば?」


 首を傾げて問いただすように尋ねる。

 だが、その名前が出て来た時点で、ある意味チェックメイトだった。

 カルは呆れて物も言えなくなった。

 流石にあのシャルロットも、自らの悪癖を白日のもとへ晒されると、流石に多少の恥じらいを覚えているみたいだ。

 ついにシャルロットは振り返った。

 カルが彼女の顔をみると、観念したような細目で脱力している。


「……『ワイン製造家』のカリベルトさんだよ」


 その時、さっきまで切り分けていた作物の余りが、別のお皿に移っているのを発見した。

 カルは得心がいった。

 シャルロットは大の酒好きだが、同時にお酒に弱い。


 *


 猫好きなのに猫アレルギーという事があるとおり、お酒が好きなのにお酒を飲むと大変な事になってしまう場合がある。

 シャルロットがまさにそれである。

 彼女はお酒が大好物でありながら、酔うととても面倒くさい。


 カシーアから数十分。舗装された道を歩くとそこには大きな工場が立っている。

 その玄関でシャルロットは待ち、手持ちの時計で時間を確認していると、工場の中から一人の男の子と大人の男性が出てきた。

 大人の男性はシャルロットの方をちらりと見たが、焦っているのかあっさり無視してそのまま隣の工房の奥へと進んでしまう。

 その様子を見ていた男の子は、見て取れる浮かない顔で振り返った。

 男の子とシャルロットは目が合った。

 子供はもじもじとして視線を逸らすものの、男の子には対話の意思があるようだった。

 シャルロットは笑みを作る。


「あなたがナタさん?」


 訊くと男の子は両手をぐっと握りしめた。

 髪の毛を逆立たせ、顔を赤く火照らせる。

 そんな状態でも男の子は勇気を出すように顔を強張らせてついに言った。


「……はい! こ、こちらへ!」


 男の子、ナタはそう言ってシャルロットを家に案内しようと手を差し伸ばした。


「おぉ、お茶とか出しますけど、どうされます?」

「うーん、ならワ……お茶を頂くわ」

「分かりました」


 部屋に入るとそこは、真っ暗で雑然とした一室だった。

 目を点にしているとナタが口早に弁明した。


「散らかっていてすいません。踏まないようにお願いします」

「ふーん、わかった」


 シャルロットは下に散乱している物を踏まないように避けていった。

 ――するとふと、外の光が差し込んでいる窓の前に置かれた写真に目がいった。

 そこには、ナタらしい子供と優しそうな女性が、笑顔で映っていたをとっていた。


 *


 その一連の出来事を、離れた場所にある民家の屋上からカルは見ていた。

 適当に買った望遠鏡で覗き見ていたのだ。

 兎にも角にも、相手が子供であることで一つの不安が杞憂と化した。


「なるほどね。子供だったから依頼文がおかしかったのか」


 最初こそ『聖都』の罠だと杞憂していたが、どうやらそうじゃなかったらしい。と溜飲が下げる。

 カルは心配だったのでシャルロットの様子を見に来ていた。

 実際はそれだけではなく、一日一度ある外出の時間と依頼の時間が重なってしまったというのもあるが、カルもこの依頼には裏があると感じていたため、シャルロットに着いてきていた。

 カルはとある事情から一人で外出できない。

 今はシャルロットがいつでも飛んでこられる距離にいるので、このくらいなら離れていても問題はない。

 カルは息をついてほっとした顔を浮かべると、横で影がもじもじと動き出した。


「うわっ!」

「……チゥ?」


 驚いたカルは身をよじって後退りすると、そこには使い魔のチビが愛くるしく座っていた。


「……なんだチビか、びっくりした。僕を守ってくれているの?」


 カルは手を伸ばしてチビの鱗を撫でた。するとチビは、嬉しそうに尻尾を振る。


「チゥ!」


 使い魔のチビとシャルロットは感覚的に繋がっている。

 だからよくシャルロットは、僕にチビを着けてから単独行動するのが常だった。

 カルはチビを手で弄んだ。チビも「チゥ」と繰り返し鳴いてくるくる回っている。


「はぁあ。チビはどうしてあんな人と契約しちゃったんだ、こんなに可愛いのに」

「チゥ?」


 そう呟いてカルは思いっ切りチビを抱きしめた。

 チビも落ち着いた様子で両目を閉じた。それが、とても愛くるしく感じた。


「チビ」

「チゥ」

「久しぶりにおやつ食べる? 僕も訓練したいから」

「チゥ!」


 カルが提案すると、チビはとても嬉しそうに羽をばたつかせた。

 「よし」とカルは息を呑んで、右腕を捲った。

 右腕の服に隠れていた位置の『赤黒いアザ』露見させた。

 そしてカルは左手で、首にかけている金属製のメーターを掴んで慎重に息を整える。

 数値は『十七』あたりを指していた。


「少し離れていて」


 そう呟くと、チビは二歩下がった。

 それを見届けたカルは右手に力を籠めた。


「くっ」


 ――赤黒いアザが途端に光り、その場に淡い魔力が漂い始め、空気が乾いて行った。

 するといきなりアザから四角形の赤黒い物体が、溢れるように生えてくる。

 針が行き過ぎないように力加減を調整しながら。

 その物体がそれなりの大きさになったところで、カルは息を短く吹いた。


「……出来た」


 メーターの値は『十八』をさした。

 カルはメーターから手を放し、アザから溢れ出た四角い物体を手で千切った。

 このとき痛みは特にない。

 それをチビに差し出すと、それを齧った。

 チビは美味しそうにモグモグと捕食すると、「チィゥ!」と羽を広げた。


「……はは、随分この力も落ち着いたなぁ」


 呟きながら、カルはふと過去の事を思い出した。

 そしてチビがおやつを食べているのを眺めて、ちょっとだけ微笑む。

 それは、自身の忌み嫌うこの体質で喜ばれたという、過去の自分では思いつかなかったであろう光景が、今まさに目の前で広がっていたからだ。

 静かに目を閉じる。すると、――瞼の裏に、あの暗闇がまだこびりついていた。


「なに私がいないところで、チビとイチャイチャしてるのよ」

「えっ」


 突如聞こえて来た声にカルは肩を揺らして声を漏らした。

 見上げると、シャルロットがローブを靡かせながら屋根の先端に立っていた。



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