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26「僕に”触らない”ほうがいいよ」

「ぼくらは代弁者である」


 炎熱の激しいノイズ音が耳を掠め、シャルロットとオーロラは片手で顔を守らなければ立っていられなかった。


「っ」


 だが、はっきりと聞こえたあの言葉、「代弁者である」は、シャルロットにとって過去の情景を思い起こさせるのに十分な言葉であった。


「聖書第四章『爆裂』。『瞠目』せし者、その視線の先に破滅を見出せり。知能を有する者らは、その知識を振りかざし、弱きを救わんとするを傲慢と悟れり。かくして地に生けるすべてのもの、弱肉強食の理を知りけり。それには必然あり。それには価値あり。されば、奪うこと許されると知りたる者、奪い取る道を選びけり。その結果、彼らは『爆裂』の道を歩み、破壊を形作りたり。斯くして、力は暴走し、理の秩序は崩れ去りぬ」


 ――鐘が堕ちる。

 ザバクの全身を真っ赤な閃光が包み込み、おでこには羊のツノのような物が生え、ぼさぼさな髪が逆立ち、整った表情がよく見える。丈の長い白い服を地面に引きずりながら、彼は息を落とすと――その息は炎であった。


「ドラゴンみたいじゃない」

「馬鹿にしてる? このじょうきょうで」

「いいや、むしろ褒めてるわよ。ハーブクレイアより個性があっていいじゃない」


 下手な笑い顔を作りながら言うと、ザバクは「へえ」とまた息をついた。


「蒸されるか焦がされるか、えらばせてあげるよ」


 呟き、ザバクは右手を振る。

 すると――灼熱の波が廊下を襲い、シャルロットは咄嗟に結界を張ったが、


「…………っ」


 結界魔術、層は基礎的な魔術である。というのも基礎を使用するのには理由があり、それはシャルロットの魔力量が関係している。元来、結界魔術というのは魔力の消費が激しいものだ。一面に展開するだけでも消費スピードは侮れず、下手に使いまくると消耗するのは使い手。それもそれが、魔力量がさほどないシャルロットとなるとなおのこと。

 結界魔術、層は比較的制御がしやすく、魔力のコストパフォーマンスがいいことで多用している。しかし、どうやらそれは灼熱に対し有効ではないみたいだった。

 察したシャルロットは層を打ち消すと共に、オーロラの頭を抑えて、


「――土箱」


 生成した土の箱の中に身を隠し、灼熱を防いだ。

 しばらく炎熱が土箱を焦がそうと躍起になるものの、その間、シャルロットは土箱の中で対抗策を考える。


 (火属性特化の魔術礼装と見ていいのかしら……。

 ハーブクレイアの時がそうだったからふんわり分かっていたけど、司教の肩書は恐らく能力に因んでいる。ハーブクレイアの『救済』は『犠牲ありきの救い』から『傷を負っても回復する』というのが能力だった。となると『爆裂』は『火属性特化の攻撃型』なんだろう。問題は火力だ。


 『爆裂』なんて名前なんだから、調子乗って相手の炎を受けるという手段は出来るだけ取りたくない。単純な火力依存ならいいのだけど、もしそこに付加価値の可能性があると想うと、はっきり言って怖い。

 とはいえこのままではやはり追い詰められるばかりだ。ハーブクレイアの時はカルの加勢や私の機転でどうにかなったけど……)


「シャルロットさん?」

「ちょっと待ってね、考えてる」


 (とにかく、相手がオーロラの命を奪う事はできない前提で動くのなら、ある程度『隙』が出来るはず。どうしてシルバーさんみたいにオーロラが静止していないのかはさておき、状況を見て上手く立ち回らないと司教相手は命取りだ。

 隙を見極める。これが私の、いま出来ること……)


「カルが無事ならいいのだけど……」

「シャルロット?」


 声の元に振り向くと、オーロラが不安そうな表情でこちらを見ていた。


「あ、ごめん。考え事してた」

「ど、どうします?」

「まだ分からない、とにかく探らないと。走れる?」


 訊くと王女は頭を縦に振った。それに笑みを返し、シャルロットは彼女の右手を強く握り。

 廊下へ飛び出した。

 灼熱の大津波がごった返し色のない廊下に熱が蔓延る。シャルロットとオーロラは走り出すと、すぐ現状に気が付いた。


 (廊下が燃えていない)


 廊下が全く燃えていないのは不自然じゃないか、というごく当たり前の疑問。だがそれには何となく、ザバクが街で能力を使用できない理由と繋がっている気がした。この世界が『静止』しているような状態を、先ほど彼は『ラクテハードの技』と云っていた。

 恐らくザバクの能力は周囲の被害が酷い。だから、ラクテハードの『謎の静止』の魔術がなければ使えない。そう仮定するととある打開策が浮かぶ。


「オーロラ!」

「はいっ!」

「別の階層へ行く方法は何がある!」

「階段のみです! この階層だと……」


 *


 シャルロットとオーロラは廊下の突き当りに飛び出す。


「突き当りを左へ!」


 オーロラの声に従い、シャルロットは左の道を選んで走る。――しかし曲がると、前方から暴れ狂う大蛇のような灼熱がうねりながら這い寄ってくる。


「急いで!」


 シャルロットはオーロラを引っ張りながら思わず叫んで、ギリギリのところで階段に飛び込む。シャルロットはオーロラに覆いかぶさりながら階段の奥へ進。背後では激しい音を出す灼熱が通り過ぎる。


「あつッ!」

「魔法、水滝!」


 背後に浴びせるように水が飛び出すが、灼熱に触れる前に水は蒸発してしまった。


「くっそ、オーロラも私も生きて捕まえなきゃ行けないの分かっている癖に!!」


 なんて叫びながら、シャルロットはオーロラと体を寄せ合いながら共に階段を降りる。

 何とか一階分くだるも、そこは予想とは打って変わり……。


「ここも『静止』してる……!」


 階段を降りた先は開けた大広間であり、壁にはソファや絵画が飾られ、地面には正方形の巨大な絨毯が広がっている。

 どうやら予想していたより、この『静止』の範囲は広いようだ。『静止』さえ抜ければザバクは戦えない。そんな打開策も、このままでは……。


「おもっていたよりよく逃げるじゃないか」


 ボト――。大広間の天井から巨大な水滴のような炎が地面に落ちると、その中からザバクが顔を出す。彼は鋭い目でこちらを伺いながら、その背中に炎で出来た翼のようなものを伸ばす。


「ざんねんだ。この先はぼくが塞いでしまった」


 ザバクは自らが塞がったことにより通れなくなった道を、そうやって表現した。


「もう、観念してくれないか。しってのとおり、ぼくは君ら二人を傷つけることはできないんだ。生きたまま捕まえるなんて、このぼくにとって酷な仕事だね」


 「じゃあ、ザザでも呼べば?」と言いながら、シャルロットは前に出て杖を構える。


「そうだよ。ほんらいはザザ・バティライトがきみたちの相手をするはずだった。ねえ、どこにやったの? きみらがザザをどこかへおびき出したんだろう?」

「知らないわよ」


 とぼけて言う。


「はは、あっそ。まあいいよ。ぼくにだってきみらを無傷で捕らえられるってことをみせてあげる。失敗はもういやだからね」


 呟きながら、ザバクは右の掌に炎を纏め、小さな球体に炎をぎゅうぎゅうに詰め――こちらをちらっと見た。


「僕に”触らない”ほうがいいよ」


 風船が破裂したような乾いた音がして、シャルロットは周囲を見回す。ザバクの掌に浮かんでいた球体が突如爆散し、曲線を描きながら室内を覆うように広がる。周辺から触手のような炎が数本、こちらに向かって急接近してきた。


「黒魔術、雪雲」


 淡い光と高い音が広がり、雪の結晶が地面に安全地帯を作る。雪雲で呼び出す氷雪は『熱で溶けない』。これで周辺を幾分か安全にしつつ、シャルロットは右手の中に魔力を籠め、


「――雪礼霜ノ剣せつれいしものつるぎ


 大剣を右手に携え、シャルロットは黒髪を揺らす。


「炎と氷でしょうぶする気?」

「だと言ったら、どうする?」


 ぼうと唸った炎の触手が、シャルロット目掛け突進した。地面が揺れ、霧が舞う。


「――黒魔術、水の業火」


 その霧の中から大剣を振りかぶる。ベルの音が響き、氷雪が剣から舞い落ちた。その舞い落ちた氷雪は形を変え――水となる。水の業火は炎のような勢いで部屋の半分を覆い尽くし、ザバクの灼熱を押し返した。雪礼霜ノ剣で撒く氷雪には魔力が込められており、それは様々な用途に転用できる。

 その一瞬の隙をみて、シャルロットはオーロラに一言、提案をした。


「ここから会場へ戻るルート、分かるよね?」


 その問いに、オーロラはきょとんとしたが。


「はい!」


 すぐ意図を察し答える。だが、『どうやって』という言葉が次に滑り出しそうになった。

 が、それは結局口に出さなかった。何故なら、


「じゃあ、――ここを突破するよ」


 シャルロットの背中に揺れるローブと勇敢な姿勢、そして自信満々な言葉。そこから感じる彼女の勇気に、オーロラは魅せられたのだ。


「生意気な!」


 身に余る怒りをそのまま焔に変化させるザバクは、炎の息を吐きながら地団太を踏んだ。すると地面がひび割れ、それはシャルロットの足元まで伝うと、――ひびの中からどろどろとした溶岩がたぷんと揺れて、中から放出される。


「黒魔術、真天・『水刃』」


 水色の魔法陣が十個、円形に出現し前方からやってくる溶岩の間欠泉に向かって高圧水が発射される。蒸発の音が室内に響き間欠泉は赤い光を失った。ザバクの顔が更に歪む。


「気持ち悪いたたかいかたをするな、で、まるではなしにならない!」

「これは公正な決闘ではない。その点、姑息なことをしても怒られない。もしかしてあなたは、戦闘中相手にスポーツマンシップを求めているの?」

「はあ?」

「甘ちゃんね」


 そう呟くシャルロットの手に、もう雪礼霜ノ剣はなく――両手に淡い光が集まる。

 頭に血管がめきめきと浮かばせ、不吉に微笑むザバク――背中の翼が揺らめき、炎の色が変色する。


「魔術礼装」

灼同素体エクスプロディーレンデ


 両手が肥大化し猫のような爪が鋭く伸びる。黒いオーラが両手を伝って魔力の脈動を感じさせるシャルロット。

 背中の炎が蒼炎と化し、室内を赤く染め上げていたものが真っ青になっていく。青い光を全身に纏いながら、一度焼け落ちた翼の代わりに『悪魔のような翼』を背中から伸ばし、黄色く色を変えた眼でシャルロットを捉える、ザバク・ジード・アルレイヒ。

 両者の息が落ちるとき、魔力は双方の拳に集まった――。


「拡張魔術、蒼穹の道しるべ」

「焼け」


 蒼炎が竜巻となり、空気を焦がしてシャルロットに迫る。

 蒼穹の道しるべ、

 大空の断片を落とし、壊せない破片を作る。

 ――『穹の魔女』の黒魔術である。


 向かってくる熱風と青い光を視界に収め、シャルロットは真紅の瞳を一そう輝かせた。



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