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幕間7 幼女探偵

 藍色のひらひらスカートの元で足を組み、山桃色のインパネスコートを着込んで。

 黒髪を以前より長くしてうなじから右肩へ流している碧眼の幼女が、宿の窓辺で頬杖をついていた。


 北の技術都市グラネイシャのとある村の宿の一室で、『幼女探偵』ニーナ・ヴァレンタインが弟のオトの話を聞いて、退屈そうな顔をしていた。

 厳密に言えば、それはオトではない。


「あのさ。ボクはずっと興味がないって言ってるじゃん。なんでそんなに引き下がらないの?」


 ニーナが目を細め言うと、オト(?)が嫌に恍惚な笑みを浮かべて肩をすくめた。


「――だから言ってるじゃない。そうはなから否定しないでって。ねぇ? わたくしの言う事が聴けないの?」


 ニーナはほとんどノータイムで頷いた。


「あっそ」


 とオト(?)はため息をつく。


「ところで、あなたは本当になんで探偵なんてしてるのよ」

「なァに?」


 ニーナは不服そうに首を傾げる。オト(?)は薄ら笑いを浮かべる。


「ただの使い魔だったオトくんに人並みの知能を与え、変身魔術で弟にするなんて、わたくしの想像を既に逸脱してる。教職の方がいいんじゃないの? ニーナ・ヴァレンタイン」


 その言葉に、ニーナは「分かってないなぁ」と呆れてみせる。


「いい? ボクは『謎』が好きなんだ。ボクの邪魔をしないでほしいね」

「あなたにとって、『魔女』と『司教』は魅力的な謎ではないのね」

「言うまでもないでしょ。ボクは面倒ごとはお断りだよ」


 「いつもは自ら面倒ごとに突っ切っていく癖に」とオト(?)は皮肉を云うが、ニーナは無視をした。


「ふうん」


 オト(?)は拒絶を続けるニーナをじっと見つめた。


「そーいえば最近は、もっぱらあの『怪盗』とやらにご執心らしいじゃないの。今回このグラネイシャにやってきたのだって、その『怪盗』絡みなんでしょ?」

「答える義理はない! プイ」


 ニーナは豪胆な態度でそう腕を組んで、オト(?)から視線を逸らした。

 「ふうん」とまたオト(?)はいやらしい視線でニーナを見つめる。


「まあいいわ。じゃあわたくしが、あなたの興味を引けばいいのだから」

「…………」

「そろそろよ、ニーナ」


 その言葉を皮切りに、宿の一室には張り詰めた静寂がやってくる。

 冬の風が窓を叩き、ニーナはあたりを見回す。


「――――え?」


 窓の隙間に、一枚のトランプが挟まっていた。


「ニーナ」


 オト――いいや、彼女は囁いた。

 魅惑的であり、威圧的であり、狂気的な声で。


「……」

「わたくしは、情報を流した」


 オト(?)はそう云う。ニーナは勢いよく立ち上がり、彼女のことを強く見つめてからすぐ視線を戻す。一枚のトランプには短い文章で、あの男からの予告が記されている。月光に晒され、そのトランプはきらりと光る。

 末尾に『怪盗 ジェイ』と刻まれていた。


「……」


 ニーナは、興奮を抑えきれない顔でトランプを窓から引き抜いた。

 そして、書かれた文章を読み上げた。


「『最も崩壊が近い村ラカイムに参上し、魔女たちの隠された秘密を頂戴する。怪盗 ジェイ』」

「うわっ」


 とたん、室内で目を覚ました少年オトは周囲を見回す。


「お姉ちゃん……? 僕は一体なにを……?」


 オトは眼帯をしていない方の目でニーナをみるが、ニーナは窓辺で何かをじっと凝視して静止している――。と思いきや、突然ニーナは窓を勢いよく開いた。


「お姉ちゃん⁉」

「――――」


 夜風に当たる。これはニーナにとって落ち着くための癖であった。

 探偵ニーナ・ヴァレンタイン、いや。

 ――『魔女の卵』ニーナ・ヴァレンタインは、武器の魔女の手引きにより駆り立てられた。


「オト、ラカイムへ急いで向かうよ! 『怪盗』と、推理バトルだ」


 彼女が解き明かす謎の先に、一体何があるのか。

 それは、彼女自身も知り得ない――。


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