その日の夜。
締め切った劇場内の幕が下りた舞台。
その影を、音を殺して進ませる人物が居た。
影は月光に晒され肥大化し、また小さくなったり、完全に闇の一部になったりとせわしなく動いている。
それは影の元である人物を象徴しているようであった。
時に大きくなり、時に真面目になり、時に嫌悪する。
これはその人物が、生涯をかけて培ってきた尊き行為。
影は舞台の端へ移動し、赤い幕にかぶさる。
その人物は幕に触り、そして、その中から薄い木箱を取り出した。
「…………」
幕の中にスペースを作る。
今回このために、この人物は舞台美術のサシーアを上手く説得し、幕の素材を変えさせた。
何も、今回の舞台は『水』を使うから、水で濡れても大丈夫な幕にしておいてくれと。
サシーアは故に、既にボロボロでもあった幕を新調し、分厚いものと変えた。
本来なら事件を起こした昨日、これを回収したのだが、あのエイモンが関係者の侵入を許さなかった。
幸い、奴らの現場検証でこの幕は調べられなかったようだ。
なんせ、ぱっと見では分からんし、重みも大して変わっていない。
何よりあのエイモンは関係者全員を隔離して、強行捜査をしたせいで、
幕の外し方も分からなかったのだろう。
今日、やっとエイモンの監視が少し緩んだ。
今の内だ。
そしてその人物は木箱をゆっくりと開くと――その中には、残忍さが残る血痕で汚れた剣があった。
あとはこれを隠してしまえば、全ては終わる。
自分が犯人であると疑われない。
急げ。昨日は忍び込むことができなかったが、今日のこの時間なら――、
「そこまでだ」
低い声だった。その人物は、静止する。
そして次第に、舞台の照明が音をたてて灯る。
その人物は振り返る。そこには、ザザ・バティライトが鎌を構えて立っている。
「まさか、お前だったとはな」
ザザはその人物を、じろりと睨む。
黒い短髪の爽やかな男性で、顔立ちはとても綺麗な男性。
ノエル・ヴィンセント。
「……」
緞帳は降りたままなのでこの舞台は観客席から見えない。
故にこの場所は舞台というより、ただの照明がついた一室の様に感じる。
ザザが舞台脇に立っていて、その反対側にノエルが血痕のついた剣を持っている。
「脇幕の中に凶器を隠すとは、流石に分からなかったな」
ザザは男を睨みながら云う。ノエルは決して焦らず、同じようにザザに視線を注いだ。
「その様子だと、この凶器の隠し場所を知っているのは君だけなのかな、ザザさん」
彼は無表情のままそう云った。
「申し訳ないんだが」
ザザは鎌を改めて強く握る。
「俺はお喋りな方じゃない」
刹那、ザザは地面を蹴ってノエルに向かい鎌を振りかざす。
だがその時、ノエルが握っている凶器に閃光が迸り、――ノエルはザザの動きに反応し剣を振った。
大きな金属音がして、緞帳にザザが吹き飛ばされる。
ザザは顔を顰めた。
「これは……」
「付け焼き刃だけど、僕はこう見えて騎士と同等の剣術が扱えるんです」
ノエルは剣を横向きに自分の前に構え、刃に付着した赤い血に反射する自分の顔を見た。
「ザザさん。あなたは気づいてしまったんですね。僕が彼女を殺したと」
「だったら、どうする?」
ノエルは緞帳の下で膝をついているザザを見下ろす。そして剣を縦に構え、
「あなたを殺しますよ。ちょうどよかった。ここが、舞台の上で」
「黒魔術」
「……は?」
紫の剣がノエルに直進するも、それを咄嗟に剣で防いだノエル。
だがその隙にザザは立ち上がり、ノエルから距離を取った。
「……小細工、とは思えませんね。どういうことだろう?」
「説明義務はないからな。勝手に想像でもしてくれ」
ノエルが片手で顔の半分を覆いながら問うと、ザザは鎌を構え直す。
「どちらにせよ、僕はあなたさえ殺せばまだ助かる。そうでしょ?」
「…………」
「…………」
突如沈黙が舞台の上に伸し掛かる。
二人は互いに見つめ合い、剣を、鎌を構えている。
――甲高い笑い声が舞台に響いた。
「あ?」
ノエルが気の抜けた言葉を漏らし、声の元を探る。
ザザの背後の暗闇からその声はしていた。ノエルはじっとその場所を見つめる。
「なるほどねぇ」と幼女は暗闇から頭をだして呟いた。
その暗闇から、ニーナとオト、そしてカルとシャルロットが神妙な表情で顔を出した。
「脇幕の中に凶器を隠している。よく気づいたね、カルくん!」
とニーナがとことこと舞台を進み、ザザの横に並んで云った。
ノエルは幼女をよく物色してから口を開く。
「招待されていない観客が多すぎませんか。僕はこの事件が、身内で完結することを望んでいたのに」
「だから僕とザザがエイモンさんに連れてこられた時、嫌そうな態度を取っていたんですか?」
カルは一歩前に出て訊くと、ノエルはカルを見て頷いた。
ノエルはその時、薄ら笑いを顔に浮かべている。
「そういう事になるかもしれないね。でも、そうだね。カルくんが結局気が付いたんだ。そこの、如何にもな探偵さんではなくて」
ノエルの言葉に、ニーナは「ボクだって真相や穴には気づいたさ! ふん」とそっぽ向いた。カルはまた一歩前に踏み出した。
「はい。僕はずうっと疑問だったんです。外で会った男の人、ジェイムズ演じるエリオスカ、監督さんの特徴的な喋り方。確かにそれらは『ある目的をもってそういう風にしている』のは分かりました。でも、僕は同じ畑であるあなたがそういう素振りを見せないことが、引っかかっていた。あなたはそういう『語り』の個性を持たない人なのかと最初は思っていましたが、それは違いますね」
「…………」
「あなたはずっと最初から『演技』をしていた。それは、アリバイの穴と凶器の事を隠すため、そして、その箇所を探る僕たちを監視するために」
舞台の上で彼は黙る。血だらけの剣をこちらに向けた。
彼の視線はとたんに、無機質なものに変貌した。
彼は力を抜いて僕らを順番に見る。
何かを悟ったように彼は小さく息を吐いた。そして彼は、
「僕は骨の髄まで役者だ」
そう自己をたたえ、魔力を伝わせた剣を素早く振り下ろした。
まだ、彼らは幕の中にいる。
*
天才と呼ばれることについて、僕は特別な拘りみたいなものはない。
人は僕をそうやって褒め、演技を要求する。
僕はそれを信じて演技を続ける。
監督の言う通りの演技を忠実に、真面目に、愛を持ってこなしていった。
僕にとって演技は全てである。
なんて、短い言葉で表せるようなものではない。
僕は『演技』、【
物語を表現すること、観客を喜ばせること、語りに付加価値をつけること、動きを研究すること、泣くこと、僕そういう演者の営み全てを愛していた。
それこそ、僕は自分が役者の体現であると自負するくらい、
僕は自分の演目にプライドを持って挑んでいる。
いうなれば、僕にとって『演技』は『神様』だ。
ノエル・ヴィンセントは僕が演じる人物の一人であり、本来の僕は常にひた隠しにしている。
僕は自分がノエル・ヴィンセントであることに誇りを持っていた。
名を偽り、自分を偽り、あの監督ですら僕が、あの孤児院でたまたま出会った少年であることに気が付いていない。
欺き、嵌め、魅了させる。
これは僕が磨いて来た集大成。
息がするのに必要な、資格だった。
彼女がスポットライトを浴びたその日まで、
彼女はゴミが付いた黒髪を持ち、人形のように捨てられていた。
監督は彼女を善意で保護し、育てた。
すると彼女は次第に演劇に興味を持つようになった。
彼女が稽古場に現れるようになって、僕の演技をじろじろと見ていたのは、今でも覚えている。
そうして彼女は歳を重ね、初めて役を貰った。
彼女と対話したのは、その舞台で初めてだった。
僕は彼女がどういう人間なのか、その時までまるで知らなかった。
とりあえず挨拶をした。
そして、演技について語り、稽古をした。
本番になり、彼女は僕の手を引いて「よろしく」と云った。
その舞台で僕は演技中に転倒してしまい、客はしらけてしまった。
こういうことはよくあることではない。
僕は自分が上手く演じられなかったことや、初めて共演する彼女に格好がつかないと、酷い失望した。
少なくとも、ノエル・ヴィンセントはそういう奴だから、僕は心から沈んだふうに取り繕う。
すると彼女は、ラストシーンに向かう時、僕の顔をみてこういった。
それは、今まで僕が感じていた彼女の全てに反する言葉だった。
「ノエル」
彼女は美しい声で僕の名を呼ぶ。
僕は振り返った。
客はしらけきって、席からの視線が鋭く痛いものになっていた。
いま舞台に上がり自身のシーンをやっているドリスタンも、内心はすごく怖がっているのが見て取れた。
僕は彼女を見つめる。彼女は澄んだ瞳で僕に云う。
「拍手っていうのは起きるものじゃなくて、起こすものなんだ」
彼女はそう云って、ドレスを揺らし舞台へ上がった。
スポットライトを当てられ、初めての演技を観客に披露した。
――――うつくしい。
僕は息を殺した。殺すことしかできなかった。
彼女は、僕よりも『役者』だったのだ。
スタンディングオベーションの中で、彼女は花のように笑った。
僕ら他の演者にも見せた事がない、あどけなさがあり、可憐であり、妖艶でもある笑顔を観客に向けた。
彼女は舞台の上ではジェイムズと名乗った。
その名は僕が彼女に送った、僕の本当の名前だった。
ジェイムズはいつしか天才と呼ばれるようになった。
監督に対し唯一自己主張を許される。
僕は彼女の方が、ジェイムズ(=役者の体現)であると知っていた。
だから僕は彼女の隣に立ち、共に演技をした。
彼女はプロフェッショナルであり、百面相であり、奇人であり貴人であり鬼人で喜人で祈人であり、そしてジェイムズであった。
彼女の演技は見る者の心を抉り奪い、時に舐めまわし、時に愛を囁き、時に儚く散った。
それを、その傷を心に刻んでいった。
さながら彼女は殺人鬼のようだ。
「私、役者を辞めようと思います」
彼女は僕に打ち明けた。「監督にすら云ってない」と、枕詞をつけて。
僕はその時、ノエル・ヴィンセントとしてではなく、彼女の優秀な相談者の演技をして彼女の話を聴いた。
「私にとってこの役者は、確かに素晴らしいもの。人を喜ばせ、悲しませ、そして理解を深め合う。その指標に私は、確かになれている。でもそれは、私の幸せではなかった」
幸せではなかった?
「私はこれしか知らなかった。あなたを見て、監督をみて、他の人をみてきた。役者しかない。役者しかできない。実際、それはその通りで、私の一挙手一投足は全て意味を持っていた。自身が、社会の大きなパーツとして機能している実感がある。歯車の一部として、せわしなく回って、接する全ての歯車の潤滑油になっているという、実感はある。でも私は、本当に歯車になりたかったのかな」
…………。
「だから私は辞めようと思う。ジェイムズを辞めて、本当の名前で生きてみたい。舞台以外の景色を見て回りたいの。一人で」
…………そうか、
僕は、なるほど、といった。そして、わかった。
君は、神ではなかったんだな。
*
僕は全てを計画した。引退を誰かに伝える前に。
役者は、役者として死ぬべきだ。
全てを舞台の上で行い、何もかもを舞台の中で終了する。
完結させるんだ。
でも、希望を残そう。
――もし彼女が『神』ではなく人間としてありたいのなら、きっとエリオスカとして岩の上に倒れているとき、下で待機している僕の姿を見て、人間として、死体であることを忘れ、避けるように動くだろう?
君が本当に役者なら、死体を演じ、そしてドリスタンの足蹴で力なくおちなければならない。
君はそれを選び、役者として死ぬのか。
それとも、僕の剣を避けるように落下し、お客をしらけさせてでも自身の命を取るか。
死に方を、君が選ぶんだ。
熱い。熱い熱い熱い熱い熱い。
これが血か。
これが体温か。
彼女は、僕の剣に堕ちた。
貫かれ、彼女は死んだ。
「…………」
この血を僕は顔に塗りたくってでも、このニヤケを止めなくてはならなかった。
でも耐えて、僕は全てをその場に放棄した。
恐らく僕はずうっと、悪魔のような笑顔を浮かべていた気がする。
だって、そうだろう?
神はいたんだ!
*
ノエルは混乱する舞台裏を駆け抜けた。
崩れ落ちるセット、宙を舞う小道具。照明の支柱を狙い、剣を振る。
「逃げられないぞ!」と追っ手の声が響く。
だが、彼は役者だ。演出を作るのは、彼の方だった。
「魔術、豪快」
僕が杖を構えて背後にそれを発射すると、それは鉄の足場を破壊して大きな瓦解が起った。
誰かの悲鳴も聞こえて来たが、それもいいアクセントだ。
『逃げろ』
僕がそう云っている。
だから僕は、ノエル・ヴィンセントはここから逃げる。
喧騒が増し、暗闇でまだ雪崩のような音が聞こえる。
地面は激しく揺れ動き、物は落下し、はたまた破損した。
僕はこの世界を歩いている。
この舞台の上で、ノエル・ヴィンセントを演じている。
『やめろ』
僕もこう云っている! さあ逃げよう。逃げて、舞台で踊るんだァ!
*
暗くて見当たらない。
シャルロットは逃げ出した男を追いながら焦っている。
「カル! 居る?」
「いるよ!」
シャルロットは小道具と衣装が並んでいる部屋に立っている。
主にノエルを追っているのはザザとエイモンさんが呼んでいた応援の騎士達だ。
だがどうやら、その追跡は上手くいっていないらしい。
シャルロットが前を見る。ややあってから暗闇に目が慣れ、徐々に視界がうまく開ける。
「まるで迷路ね……」
その部屋には様々な小道具が積み重ね、立てかけてありかなり危険だ。
もしどれかが落下して、人がその真下にいたら命はないだろう。
こんな場所に逃げ込まれるとはついてない。
ノエルはそういうのを込みで照明を壊したのだろう。
「怪我しないように行くよ!」
シャルロットは顔を歪ませ、そうせざる得ないと判断する。
カルは「分かった!」と云って、共に迷路に入ろうとしたその瞬間――、
「じゃああま!」
眼前の暗闇を突っ切っていったのは、幼女探偵だった。
「ニーナ⁉ 気を付けて!」
シャルロットがそう叫ぶも、声はまるで届いていないようだ。
彼女は小道具の上に飛び乗り、その上を乗り越えてジャンプした。
それは、彼女が身軽だからこそできる移動だ。
そしてニーナは杖を取り出し、呟いた。
「黒魔術」
唱えると、彼女の杖は眩い光を放ち、そして魔力は室内に即座に充満した。
「時刻は夜の十二時、彷徨う野兎が屋敷を見つめる。鐘が鳴り響く夜の十二時、屋敷の中で人が叫ぶ。――推理領域」
室内に充満した魔力が、上部からふんわりと暖かな光で姿を変える。
ニーナ・ヴァレンタインの碧眼が淡く光り、彼女はその瞳に満月を見た。
そこは、夜中の十二時、屋敷の中。
*
景色が変わった⁉
ノエル・ヴィンセントは周囲を見回した。
瞬きの内に、風景が変わっていたのだ。
アンティークな椅子が置いてあり、暖炉がぱちぱちと火花を生む。
深緑の絨毯と赤いカーテン、濃い茶色の塗装がよく見える。
自分は、どこを歩いていたのか。どこかのセットに迷い込んだのかすら分からない。
ノエルはこう思った。
「面白い演出じゃないか」
そうやって、懲りずに駆けだす。
すると、十二時の鐘が鳴った。
――屋敷の中に悲鳴が響いた。
ノエルはそれを無視してとにかく走る。
自身の脳内は大いに混雑している。
誰かの叫び声が反響し、そして誰かの声がする『やめよう』『観念したまえ』『君が殺人鬼なんて耐えられない』全員、知っている名前だ。
ノエルが培い、愛したキャラクターたちだ。
彼らは僕の云う通りに動き、表情を変える。
全ては別の人格のようなものではない。僕の都合がいいキャラクターたちだ。なのに。
「今日はやけにうるさいな」
ノエルは急停止し、周囲を見回す。
廊下は尽きない。ずっと先まで廊下は続いている。
終わりは見えない。永遠を思わせる、恐ろしい。
それは唐突にやってくる。
『謎は解き明かされた』
瞬きをすると、ノエルはニーナの前に立っていた。
「……何?」
男は目を擦って周囲を確認した。
だが、どれだけしっかり見ようとしても先ほどとは場所が離れており、そして目の前に、探偵服の少女が立っている。
「ニーナ! そいつは!」
瓦礫の上を渡った彼女の後を追ったシャルロットとカルが、立ち尽くしているニーナと、後退るノエルを発見し驚愕する。
「お、お前……」
ノエルは、目の前のニーナから距離を取ろうと動いた。
ニーナはひんやりとした冷たい視線を彼に注ぐ。
そしてニーナは、低く呟いた。
「幕引きの時間だよ、お兄さん」
ノエルの脳天から稲妻が走った。
彼は目の前の探偵が、その瞬間、人殺しの目に見えたのだ。
「!」
ノエルは瓦礫を受け身を取らず頭から降り、そして全身が悲鳴を上げているなか、無我夢中で駆けだした。
*
がむしゃらに走り目の前に現れた扉を強引に開いた。
するとそこは、最初の舞台の上だった。
ノエルは真っ青になり過呼吸を必死に整えながら、じわじわと幕に近づいた。
彼の脳内は非常に混雑している。
『巨星の墜落』『虚構の鳴れ果て』『愛の語り方』『ジェイムズの奇跡』『神は死んだ』『無謬のこえ』『人格否定』『掛け算』『度し難い』言葉はひしめき合い、理解を超える。
彼、ジェイムズは壊れていた。
いや、というより、きっと彼は自己肯定が出来ない人間だったのだ。
だから何かに縋るしかなかった。擬態するしかなかった。
縋って、惨めに叫ぶしかなかった。
彼の崩壊は近かった。
それは、彼女の幸せを破壊したことで始まった。
黒い衝動に従って彼女を殺したが、その黒い衝動は自らにも牙をむいた。
「――――」
彼は倒れる。舞台の上で、音をたてて倒れた。
呼吸が上手く出来ない。視界がぼやけて景色の判断ができない。
だが、彼は右腕で這って前進した。
そうして彼は、幕に触れる。
緞帳は上がっている。
彼が触れた幕は、脇幕。
彼が武器を隠した幕だ。
その幕が今では、舞台と客席を隔てていた。
彼は中心にいる。
立ち上がる。
そして左右の脇幕を掴み、勢いよくそれを除けた。
客席が見える。
彼は、そこにいない観客に向かって清々しいほどの笑みを見せた。
これは、自分が役者にとって一番素晴らしいと思う行為。
――スタンディングオベーションだ。
でも、あと一つだけ足りない。
それは、自分を照らすスポットライト…………。
とたん、客席の上に設置されたスポットライトが、
ステージの上で笑みを浮かべるノエルに当てられた。
「――――ぁ」
彼は息を漏らして、次第に笑った。声を出して大きく笑った。
スポットライトをその男に照らした青年は、山高帽を脱いでため息をついた。
そうして手元にあるトランプの山札を優雅に捲り、そしてトランプを捨てた。
「奇術、
青年は唱える。
そして、――ノエル・ヴィンセントの胸に、四つの巨大な針が突き刺さった。
聞くに堪えない音が劇場に響く。血しぶきが飛び散り、ノエルは笑顔のまま、力なく倒れる。
青年は一部始終を見終えて言った。
「ジェイムズ。君は自由意志を追い求める素晴らしき
怪盗 ジェイは哀しみを乗せて呟き、静かに劇場を去った。
彼は最後まで傍観者であり続けた。
それは、魔女の卵と、あの少年の技量を計るために……。
こうして幕は上がり、事件は終了した。
嫌な後味の悪さと、狂気に堕ちたジェイムズにあてられたスポットライトは、
駆け付けたヨリックにより停止された。