次の日になった。
夕方に、隣の部屋を借りた幼女が扉を叩いて訪問してきた。
シャルロットとカル、そしてザザは幼女と少年を受け入れ、共に机に座る。
「さーてさて」
ニーナは机にちょこんと座ると、口を愛らしく結んで得意げな顔を見せた。
「色々とエイモンちゃんと話し合ってまとめてきたよ~」
ニーナとその弟、オトは貰って来た書類を机に広げて事件の詳細や事の顛末について事細かく説明してくれた。
まず、ノエルの死亡についてだ。
彼を殺したのは第三者である。
現場に残された四つの棘、ノエルの死に方、点灯していたスポットライトには人が操作した形跡があった。
何よりそのスポットライトには一枚のトランプが挟まれており、そこの末尾に、怪盗 ジェイと名前が刻まれていた。
そして役者、ジェイムズ……いいや、本名『ミネルヴァ』である殺人事件も捜査が終わった。
全てはノエルの計画的犯行であり、ニーナの手伝いにより確かな証拠がいくつも出て来たらしい。
「結局犯人は死んじゃったけど、これで事件は終わりだよ。色んな事が不明瞭のまま終わったから、きっとみんな凄く悲しい気分かもしれないけど、これ以上、ボクらはこの事件に関与できない。あとはエイモンちゃんにお任せしよう」
ニーナは丁寧に説明を終えた。
彼女はいつも、謎のハイテンションで周りを振り回しているようなイメージだったが、何故かこういう時は凄く真面目な顔をしていた。
「ありがとう」
お礼を言ったのはシャルロットだ。
ニーナは巻き込まれただけだというのに、今回の様々な後始末を請け負ってくれた。
エイモンからの事情聴取や騎士たちへ話をつけるのも、全て彼女が行ってくれた。
彼女はやはりその筋では有名らしく、通常より仕事の後処理がスムーズで助かっていたとエイモンも思っていることだろう。
「僕からも、ありがとうございます」
「俺も。助かった」
シャルロットに続き、一行は頭を下げた。
ニーナはそれに「くるしゅうない!」とドヤ顔で云った。
「ってな感じで事件はおーわり! 解散解散! ボクらはこれからラカイムへ目指すので、また会う事があったら会おうね~~~~」
「ちょっっと待ちなさい」
ニーナとオトが荷物を纏めにこにこしながら玄関を飛び出そうとするので。
シャルロットは彼女と彼の襟を後ろから掴んで止めた。
「んあああ~くるじい~」
「し、シャルロットさん! ご容赦を~!」
「まず説明しなさい。事件については凄く助かったけど、あなた達が魔女の卵なのは初耳よ。それに、どうせラカイムに行くなら一緒に行くわよ。私達も向かっているんだから」
うわあん、と二人は子供の様に泣き叫んだ。
シャルロットはやれやれとニーナをその場に置いた。
ニーナは振り返り、じっとシャルロットの眼を見て、すぐに歪む。
「だから、ボクも魔女の卵なんだ!」
ニーナはシャルロットに向かって叫んで、口をぷくっとさせた。
「つまり年末の吹雪村って、あの場に『魔女の卵』が三人も居たってこと?」
背後でカルが呟くと「そうなるな」とザザが肯定した。
「てか! ちょっと待てよ!」
すると唐突にニーナが人差し指を掲げ、振り下ろしザザを指さした。
「確かにボクはシャルロットが魔女の卵なのは前々から気が付いていたけど! お前は知らなかったぞ!! 言ってくれてもいいじゃないか!! ボクは依頼主だぞ⁉」
(そういえばニーナはあの事件の時、ザザを雇って仲間にしていたな……)とシャルロットは思い出した。
「聞かれていないからな」
「大体! 男なのに『魔女』の卵ってどういうことなんだ! 『魔女』だぞ『魔女』! 男が『魔女』になったらどうなるんだ!」
(あれ、そういえばそうだな。
ザザって男なのに、どうして魔女になる資格があるんだろう?
あいや、確かに歴代に男が居なかったってだけなのかもしれないけど……)
「分からないぞ。もしかしたら俺が魔女になった暁には、女体化するかもしれん」
「「んまじか」」
シャルロットとニーナの驚きの声が恐ろしく綺麗に重なり、そうして部屋には、吹き出したカルの爆笑が響いた。
その光景を傍からみて困ったような顔をするオトとザザの目が合い。
二人は三人の愉快さに思わず首を振って呆れてみせた。
穹に魅入られたシャルロット。
武器に遊ばれたザザ。
武器に見込まれたニーナ。
三人の卵保持者がこうして巡り合ったのは偶然か、はたまた必然か……。
ともかく、一行の旅路に二人のメンバーが参戦したのだった。
*
それから三日が経過した。
「怪盗ジェイ……」
と呟いたのは、吹き始めた春風にコートを靡かせるエイモンだった。
彼はシーラから少し外れた荒れ地にある墓地にやってきていた。
一面に建てられた墓は均等に隊列を作り、閑散とした侘びしさを匂いで表現している。
エイモンは墓地へ足を踏み入れ、しばらく進んだ場所で立っている男性に声をかけた。
「おはようございます」
男性は驚いた様子で振り向く。そしてエイモンの顔をみて、呆れたような仕草をした。
「何か御用ですか」
ヨリック・ベンソン。あの劇の監督であった。
「いやはや、何もあなたに会いに来たという訳ではありませんよ。ほら、この場所って南側でしょう。もう数十分もすれば、カルくんやニーナちゃんが街を出るそうなんです」
「『ニーナ』。怪盗のライバルでしたかな?」
ヨリックは低い声で語り出した。
「お調べに?」
「そういう『虚実皮膜』じみたことは、気になる『質』なんだ」
「そうですか。それで、何故この場所に?」
エイモンが首を傾げて問うと、ヨリックは虚ろな瞳で彼を見つめた。
その瞳は隈がよく目立ち、思い詰めていた。
エイモンは声のトーンを改める。
「どなたのお墓参りに?」
「ミネルヴァだ。彼女の墓だよ。花と煙草を届けにやってきた」
「そうですか……お邪魔でしたか?」
「『いい』。気にならないさ。それに丁度、いまから別れを送る」
送った?
とエイモンは気になるも、空気を読んで口をつぐんだ。
ヨリックは酷くやさぐれている。
恐らく、大事に育ててきた二人の若人を失ったことによるショックだろう。
エイモンは気を回して黙っている。
「『――繰り返される夢から覚めたい。自認する自分と、他者が見る私と、自分がなりたかった存在の差異は私を苦しめる。誰を恨むことはできない。だが、自らを責めることはできる。生きてやろうじゃないか。これが私の処世術だ。痛みも悲しみも燃料に変えてやろう。……私はまた、愛を数えるんだ』」
「それは?」
「輝かしき魔術の旅の引用だ。いや、正確に言えば、アプエラの言葉だな。彼女は自身の冒険で別れを味わい、己の無力を恨んだとされている。その時に、前を向こうと自分に言い聞かせるアプエラの言葉がこれだ」
「詳しいんですね」
「俺の『先祖』だからな」
「え?」
「さほど隠していることでもない。『では』」とヨリックは何てことないように云った。
そして墓石をぼうっと眺め、歩き出した。
エイモンは彼の去る背中をじっと見つめる。
彼は墓地の入り口に戻るのではなく、墓石の隊列の奥へ黙々と進んだ。
彼の右手にはもう一輪の花が揺れている。
それをどこに置くのかはあまり詮索しないようにした。
*
しばらく待つと、シャルロット一行が街から顔を出した。
「やあ」
エイモンが手を振ると、どうやら彼らは御取込み中のようである。
「この野郎ッ! よぉくも今朝私の服に粘着剤を仕込んだなァ!」
「屁のかっぱ! シャルロットのハゲ! バカ!」
シャルロットとニーナはお互いの体を這いながら掴み合って罵り合っていた。
他人のフリをしようかとエイモンは考えたが、喉を強く鳴らし、気張って手を上げて声をかけた。
「やあ」
「いくらなんでもっ、度を超えてんのよ! それも的確に私だけを狙ったわね! 狙ったわね!」
「ひっひー! 的確に狙われるほうが悪いんだヨ! ボクはいい音で鳴る玩具で遊んであげてるだけナノ!」
「ぃ、やあ?」
「このこのこのこのこの! うわああああん、買ったばかりのロォーブが!」
「その程度の動きでボクに勝てるとで、あ、あああ!」
「捕まえた! おら、おとといきやがれ!」
「邪魔したな」
「ちょ、ちょっと待ってください……!」
二人の喧嘩の一部始終を双眸で見届けたエイモンは、気まずそうに片手で帽子を深めて去ろうとした。
それを止めたのは、ニーナの弟であるオトだった。
「何かご用件がありましたか?」
オトは丁寧に首を傾げて尋ねる。
エイモンはオトを見下ろしながら、えらく美形な男の子だなと思いつつ、口を動かす。
「いや、用件って訳じゃないさ。挨拶だよ。旅立つんだろう?」
「わざわざお待ちしてくださったんですか?」
「ああ」
「そうだったのですね。でしたら尚更、お見苦しい場面を見せてしまいすみません。あの通り、二人の喧騒は最近では珍しくないのです」
「そうだったのか……」とエイモンは視線を彼女らに向けると、カルがニーナの脇をがっしりと確保し、シャルロットの脇はザザが何てことない顔しながら捕まえている。
仲が深まりやしないか?
とエイモンは口まで出かかっていたが、ぐっと飲み込んだ。
……だがしばらく二人の喧嘩を眺めていると、どこか心の内で沸騰したように力が湧き上がってくる。
「俺は行くよ」
「あっ、分かりました。またご縁がありましたら」
「ああ。また出会う事があったら」
騒がしい一行を見届け、エイモンは五人の影が見えなくなるまでぼうっと眺めた。
不思議な連中だった、と心で彼らを評価し、エイモンは微笑を口元に添えた。
幕は閉じたが、次の幕はすぐ上がる。
エイモンもシャルロットも、生きる者。
「また会おう」
エイモンは一人でに呟いて、街の喧騒に戻っていった。
微かな哀愁が後に風となり、風は誰かの背中を押した。
*
「それでニーナ、あなたが言っていた移動方法って何?」
森に入り、周囲に人がいないことをチビで確認してからシャルロットは尋ねると、ニーナはうふふんと振り替えった。
そう、考えてみればそうなのだ。
――ニーナとオト、そして怪盗ジェイはたった一ヶ月で北の都市から南の果てに移動している。
シャルロットはそれに怪盗の目撃情報(エイモン調べ)とニーナから『移動方法』について聞いた時から、ずうっと気になっていた。
「それはね、これだよ!」
ニーナは愛らしい声を発し自身の荷物を漁った。
そして、荷物の中から小さな物体を取り出した。
木を四角形に加工している工芸品? のようで、中心に3000と数字が刻まれている物体だ。
「それが一ヶ月で移動した方法?」
とシャルロットが首を傾げる。
「そうそう。さ、みんな手を繋ごう!」
「え?」
「ちょっと姉さん、説明を」
「いいからいいから、百聞は一見に如かずって言うし!」
唐突に提案にカルは戸惑って見せるが、シャルロットのカルに向けた会釈に気が付いた彼は心配そうにニーナの手を握った。
カルの右手にザザが、ザザの右手にシャルロットが、シャルロットの右手にオト、そしてニーナと一周し、物体を中心に五人は『円』」になる。
「じゃあ魔力を流すよ! 衝撃に備えて!」
ニーナの言葉に一行は構えた。
そうしてニーナの手元から魔力が流れ、それは全員の腕を通して通った。
すると――その物体は突然「チン!」と鳴り、周囲の景色が変化した。
呆気に取られていると、ニーナの声が響く。
「これは『
黒機――。その名を久しぶりに聞いたシャルロットは移り行く景色に視線を移した。
緑が流れ、灰色になり、水の音がして、人の声が聞こえた。
瞬間的に三千歩移動していた。
しばらくして景色の移り変わりが終わり、全員が顔を上げる。
太陽が沈み、大きな石の瓦礫が浮かぶ荒海があり、冷たい風雨が頬を叩いた。
地面に亀裂が走り、そこから奥は狂濤に呑まれ消えてしまったような忽然とした寂しさがある。
数千年前に起こった崩壊の災害の爪痕が、こうして刻々と残されているのだ。
ここはラカイム。『崩壊』に、最も近い村である。