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3「魔女の茶会と、崩壊の地」ラカイム編

1「それには理由があるのです」

 崩壊の魔女。

 魔女とは適格者が突発的に覚醒する災害である。

 かつて、この穴となった海上には文明があった。

 今とは全く違う、科学文明が栄えていた。

 しかしかの、失われた星々の戦いにて世界中で混沌が蔓延した時、名も残っていない人物が魔女として覚醒した。

 彼女は覚醒の後、自らの命をもって、その化学文明を崩壊させた。

 文明の科学技術は残されておらず、彼らが僻地に残した研究所(崩壊の遺跡・星の聖堂と呼ばれオリアナ南部に点在している)は魔物が巣くう巨大な迷路と化し、今もなお冒険者達の攻略が進められている。


 ラカイムが、崩壊に最も近い村と呼ばれる理由は、崩壊災害がぎりぎり及ばなかった奇跡的な村だったからだ。


「この黒機、便利だね」


 地平線の彼方まで続く大海原を横目に捉えながら、カルは頷いて云った。


「そうだろう、そうだろう?」


 潮の匂いが漂う強い風にインパネスコートを靡かせ、ニーナは腕を組んだ。


「別にどうでもいいことだが、探偵」


 ザザが向きを変えてニーナを見た。


「逆に疑問が浮かんだ。なぜこの黒機を使っておいて一ヶ月もかかった? これを使えば、一週間くらいで到着すると思うのだが」

「それには理由があるのです」


 と、青髪のオトが澄んだ瞳をザザに向けた。

 彼は右手を前に出し、ジェスチャーをしながら説明を始めた。


「『三千歩』は使用者の歩幅によって移動する距離が変動するのです。僕と姉さんだと、この通り体が大きい訳ではないので歩幅はそれほどありません。ですが今回、比較的に身長が大きい方であるザザさんがいた。だから移動距離が飛躍的に伸びたと、考えることができます」


 やけに説明口調に語り、常に左右の腕で謎のジェスチャーを披露しながらオトは納得できる説明した。

 「なるほど。面白い」とザザは顎を触りながら口角をわずかに上げる。


「まぁあと、なんか分かんないけど途中で《この黒機を失くしたりした》しね!」

「確かにそれもありますが、別にすぐ見つかったので大きな影響はありませんでしたよ」

「ボクの推理じゃ、誰かが持ち出さなきゃああいう失くし方はしないと思うんだけどなぁ~」

「はいはい。与太話はそのあたりで。ラカイムまで少しあるからみんなで歩くよ」


 オトとニーナの会話にシャルロットが割って入り、そうして一行は進み始めた。

 正面をシャルロットとニーナ、二列目をカルとオト、最後尾はザザで歩く。

 特にこの並び順に特に意味はない。

 シャルロットは先頭で周囲をざっと見回す。


 閑散とし一帯の地面は日陰に呑まれていた。

 じめじめとした感じであまり落ち着けない。

 雲空。遠くの方では微かに雷鳴が猛威を奮っているようで、時折地面が不思議な揺れ方をする。


「魔界みたいなものがあったら、こういう場所のことを言うのかしら」


 と呟くと、また微かに地面が揺れた。

 シャルロットから右手に大海原、左手にはこれまた鬱蒼と生い茂った森林が揺れていた。

 一帯が日陰であるせいか、森は黒々とした影を上から纏っているように見える。

 その時、明らかに地面の揺れが大きくなった。


「何⁉」


 カルが思わず呟くと、一行の前に一匹の巨影が姿を現した。


「魔物?」

「それも、中型だな」


 五人がその存在をじいっと観察した。

 魔物は白い息を漏らして獰猛な歯によだれを伝わせ、こちらを真っ赤な瞳で見ている。


「中型。それもあまりみないタイプね。ザザは経験ある?」

「勿論」

「じゃあ、私とザザが先制で様子を見る。ニーナとカルは後方支援」

「ちょっと、たった一匹に慎重すぎるんじゃないのー?」


 シャルロットの指示にそう茶々を入れたのはニーナだ。


「……そっか、ニーナはあまり使い魔で偵察をしないんだ」

「当たり前じゃん、ボクにとって使い魔は弟だ」

「じゃあ気が付いてなくても仕方ないね」

「……どういうことー?」

「もう囲まれてる」


 シャルロットの言葉でニーナとカルは周辺を見回した。

 すると、黒々とした森からいくつもの赤い眼光が自分に向かっている事に気が付く。

 その眼光はざっと数えただけで十。


「ひっ」

「なるほどね」

「シャルロット」


 オトくんが恐怖で声を漏らし、ニーナは得意げに腰に両手を添え、そしてカルはシャルロットのローブを掴んで、


「後方支援は任せて、この為に血を温めていたんだ」

「……うんッ!」


 シャルロットはザザの隣に立ち、目配せしてお互いに意思を確かめた。

 森が静かな風に揺らされ、草木がかすれた音が落ち着いた波の音と静かにぶつかった。


「蛮地解放せし我が身、世は渦中連戦、破滅の音。救うは我が身と仲間の命、戦うは我が敵仲間の敵。解放せよ! そうして我怒り狂いし人間なり!」

「豚の牙、不躾な凛、いざなう衣」


 シャルロットの杖を伝って伝播する魔力は、これまでとは違う挙動を見せた。

 彼女がこれから見せるのは、彼女が持つ三つの礼装の最後の一つ。


 ザザの右手で肥大化する鎌は脈を打ち、生命が宿ったように呼吸を取り戻す。禍々しい様相の大鎌は、黒い波動を周囲にまき散らして変態を遂げた――、


「示せ、黒狼剣ルーノワール

「骸に還そう、大鎌ソリテール


 静かな風が魔力を運び、二人の前髪を羽毛のように浮かび上がらせ、赤い視線と戦意が交差する。


「ザザ」

「なんだ、シャルロット」

「どっちが多く倒すか、勝負ね」

「……望むところだ」

「みーんな! 合図するよー!」


 魔物は数を増やし着々と五人を取り囲んでいた。

 潮風に紛れて、遠くで大きな雷鳴が地に着地する。

 同時に、ニーナの声が四人を突き動かす。


赫血稚ブラッド・レイン、鳥かご」


 カルの血と未知エネルギーを混ぜた物質が地面を伝い、同時に二人の前衛は魔物を一匹ずつ仕留めた。その戦いで一番よく目立っていたのは、言わずもがな少年の赫い力であった。


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