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2「ようこそ魔女の茶会へ」

 中型魔物の討伐を終え、各々戦闘の後処理をしていた。

 シャルロットとニーナは周辺の警戒と魔物の死体を漁り、ザザとカルはその様子を休みながら見ている。

 そしてシャルロットのチビ、ザザのネックレスに化けていた黒と灰色の使い魔と、オトくんが人間体のまま魔物の肉を口に含んで食べている。

 オトは肉に被りついて食べていると、ふとカルの視線に気が付いてそちらに歩いて行った。


「そういえばカルさんは、赫病者なんですよね。さっきの戦い方は凄まじかったので」


 もぐもぐと肉を咀嚼しながらオトは話しかけた。


「そうだよ。でも赫病の力と亜人の力もあるかな」

「凄い血筋なんですね」

「血筋って訳じゃないんだけどね」


 とカルは微笑みを浮かべて云った。


「それにしても、オトくんはその姿のまま魔物を食べるんだね。びっくりしちゃった」

「顎の力は据え置きなんです。あと、姉さんに知識を与えられてから、あんな風に裸体で食事するのがどこか気恥ずかしくて」


 オトくんはニーナさんの使い魔、ドラゴンであった。

 本来、ドラゴンは人間の知能を持っていない。

 もちろん賢い生き物ではあるけど、こうして言葉を扱ってコミュニケーションをとれるような存在ではないのだ。


「知識を与えるって、改めて考えると凄い事だよね。ニーナさん、探偵なのに」


 カルは遠くで作業しているニーナさんを見つめながら呟いた。


「探偵だからかもしれませんよ」


 オトは咀嚼している魔物の肉を大きな音をたてて飲み込むと、また右手と左手でジェスチャーを見せる。


「姉さんは元々頭の良い人だったらしいんですが、探偵に憧れてからその知識の使い方を見つけたと、ご両親から説明されたことがあります。そういう人なんです。助手が欲しいあまり、助手を作っちゃう人なんです。……にしても、カルくんの能力には目を見張るものがありますよね」


 突然、くんくんとカルの体に鼻を近づけ匂いを嗅いだ。


「えっ、匂う?」

「はい。美味しそうな匂いです」

「あぁ、体臭じゃないのね」

「魔物因子を増幅させてから発散、不思議な扱い方をしていますね。というより、赫病は突然変異のようなものだから、臓器に元々そういう機能があったのかも。エネルギーの構築か。一度、中をみて見たくなりますね」

「冗談だよね?」

「冗談ですよ」



 *



 しばらく歩くと、やっとその看板を発見した。

 豊の村、ラカイム。

 その村は崖の縁に存在し、豊の村という元々の肩書とはまるであっていないような風情をしている。廃れた家屋が軒を連ね、人の気配が一つもない閑散とした場所が広がっていた。

 家は五、六個並んでいるがうち四個は既に壊れていて、残りの無事そうな家にも照明はついておらず、人気もない。


「もしかして、村人ってもういないのかも?」


 ラカイムという村が有名なのは前述の通りだが、思えばそのラカイムに今も人が残っているとはあまり聞いた事がない。


「既に廃墟となっているかもしれんな」


 一行は村の中を歩いた。

 冷たい風と粒の小さい雨が額を掠め、足元に一そうひんやりとした冷気が通る。

 街の中心部に着くと、水の枯れた噴水のようなオブジェが残っていた。

 そのオブジェの一部に、刻まれるような形で文章が残っている。


 『蒼を観察し、価値を内包し、植物の餌となる場所』


「……これはなんだろう?」


 とカルは文字を読んで呟いた。


「ひっかけ問題みたいな感じかな? 蒼を観察し価値を内包し、植物の餌となる場所、ねぇ」


 カルに同調するようにシャルロットも首を傾げたが、

 すぐ「あ!」と声を上げたのはニーナだった。


「これはそっくりそのままこの場所をさしてるね」

「分かったの?」

「もちロン」


 ニーナは噴水から少し離れ、そしてどこかから枯れ木を持ち出して帰って来た。


「蒼を観察するっていうのはきっと、この噴水に水が満たされているとき、その水面が青空を反射していたから。そして価値を内包するは、枯れた噴水の底に、ほら」


 彼女は小さな人差し指を立て、噴水の底に向けた。

 一行が視線を注ぐと、底で黄色の輝きが光り出した。


「あれは……硬貨かしら?」

「そう。噴水に硬貨を投げてお願い事をするって、ベタな話だとオモウ!」

「なるほど……」

「そして最後の『植物の餌となる場所』は、単純にお水の事だね。だから」


 ニーナはよいしょと杖を取り出し、軽い詠唱をして魔術を使った。

 杖の先に魔力が集まり、それらは水へと変異する。


「噴水に水を溜めてるのか」


 とザザが云うと、ニーナは「その通り」と肯定した。


「あと必要なのは、アレだね、シャルロットー!」

「え? 私がやるの?」

「どうせならシャルロットがやったほうが良いじゃん! ほら、あの館でボクがお願いしたアレだよ!」


 シャルロットは「自分でやればいいのに」と呆れつつ、杖を取り出し、天空へ向けた。


「黒魔術、雲消し」


 白い光が空に延び、そしてすぐに暗かった雲を円形に広がるように打ち消した。

 こうして、雲に隠れていた青空が再びその奥行きを取り戻す――すると、


「え?」


 ガクン。と眼前の噴水の内部で何かが動いた音がした。


「シャルロット! 噴水の底が!」


 カルが何かを発見したようでそう声を大きくした。

 一行は、カルが発見した場所に視線を投げた。


 噴水の底に四角い穴が現れていた。

 それは満たした水を強引に奪い去り、また水が枯れたその時、その穴の中に石の階段が現れ、内部から甘い女性の囁き声が反響して鼓膜を叩いた。


「ようこそ魔女の茶会へ、お入り」



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