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3「如何にも」

 一行が長い階段を下っていった。

 あの噴水の地下に作られたにしては異常なほど長く、そして底が全く見えなかった。

 だが心細い訳ではない。

 何故なら、階段の脇にかけられた白いランプが、わざわざ行くべき道を記すように点灯するからだ。

 五人が進むべき道を光で伝え、通り終わると光はいつの間にか消えていた。


 しばらく進んでいると、階段の脇に通路があった。

 ランプの案内によると次に通るのはその通路のようで、五人は顔を見合わせて狭い道を進んだ。

 ふと振り返ると、先ほどまで通っていた道が土で埋まっている。


「いくらなんでもおかしいな、さっきまで道があったはずだ」

「それだけじゃないよ。さっきの螺旋階段でのランプも不思議な点灯の仕方をしていた。……一体この場所は何なんだろう?」


 ザザの言葉にカルが疑問符を打った。

 確かに不自然だと思い、各々が考えにふける。

 シャルロットは土の壁を触っていた。

 感触があり、冷たい訳じゃない。でも、この感覚は、


「壁に魔力が通っている」

「え?」

「いや、違う。壁に魔力が通っているんじゃない。もしかしてこの空間は『結界』?」

「結界ってそんな万能なの?」


 カルの問いにシャルロットは振り返って答えた。


「結界っていうのは確かにそういうものじゃない。あくまで外界と内界を作り、閉じ込めたり防いだりすることができるだけ。でもその結界は、魔女レベルになると飛躍的に化けるって言われている」

「『魔女の結界』か」


 ザザが思い出したように呟くと、シャルロットは頷いた。


「曰く『魔女の結界』は、魔女たちの想像するもの全て再現し作りだす。望めば美しい空を描き上げ、望めば荘厳な王城を築き、望めば望むほど万物を内界に構築する。それが、魔女の結界。これは魔女伝説でも有名な一説ね」


 指を顎に当てはめ、記憶の奥底で疼くものを掘り起こし、今の一説を復唱した。

 魔女の結界は黒魔術に並ぶ、魔女の強大な力を表す逸話だった。


「そ、そんな規格外な魔術が本当にあるの?」


 カルはどうやらまだ半信半疑のようだ。

 それもそうだろう。魔女というのはその目で見なければ存在を信じることができない。

 それらは妄想、おとぎ話の産物であると思っている人々もいる。

 だからこそ、魔女が持つ『特異性』や『能力』について実感が持てないのだ。


 その魔女の特権を、目の前で見た事がある魔女の卵たちだからこそ、シャルロット、ザザ、ニーナは『魔女の結界』という結論を瞬時に呑み込み、納得できたのだ。


「例えるならね、カルくん。あの劇場でボクが見せた技を覚えているかな?」


 ニーナは真剣な表情を作ってカルに問いた。


「確か、――推理領域。でしたよね?」

「その推理領域は、ボクが編み出した創作黒魔術だ」


 ニーナは人差し指を立てながら解説する。

 その姿は、推理しているときの真面目なニーナ・ヴァレンタインだった。


「あの力を思い出してみて。何せ、僕の推理領域のベースが『魔女の結界』なんだから」


 カルは思い出す。確かにニーナがあの場で使った『推理領域』という技は、黒魔術よりも常軌を逸しているように感じた。

 対象者を結界に引きずり込んで、自分が作った舞台に放り込む。

 言われてみれば、確かに『魔女の結界』をベースとしているかもしれない。


「そうだったんだ……。それで、つまりこの場所が?」


 納得したカルは前を向いて呟いた。すると、


『アア、その通りだ。この場所は『魔女の結界』であり、とりわけその中でも異質とされる『鏡の間』と呼ばれる結界だよ』


 やけに曇った声、だが図太い芯が根幹を支えるような渋い声がシャルロットの背後から響いた。

 一行が音の元へ視線を投じると、そこには――、


『じろじろと見てどうしたんだ。わたしの声が、そんなにおかしいか?』


 そこには、カルよりも幼い男児が、ダンディな男声を出している光景だった。



 *



「……あなたは、誰?」


 最初に言葉を投げかけたのはシャルロットだった。

 周辺を見回すと土の中に開けられた狭い通路から、いつの間にか真っ白い石で構築された神殿のような場所に立っている。

 一行がいるのは神殿の模様がある床の上で、その男児は柱の影から今さっき出て来たような立ち姿でこちらを見つめている。


『そんなに焦らなくとも、直に分かるさ』


 色素が抜けた短髪に青と水色のオッドアイという不思議な容姿をした男児だった。

 彼はやけに大人びた言葉遣い、そして声帯を披露し、その場にいるシャルロット一行を警戒させる。


『アア、やはりわたしは見た目のインパクトが強いようだ。申し訳ない。どうか勘違いしないでほしい。わたしは、君たちと同じ境遇に身を置いている人間さ』

「み、見た目が子供なのに、声が凄く大人だ……」

『アアこれか。変声機を使っているんだ。ほら』


 カルの小さな言葉に男児は反応し、指で自身の首元についた首輪を叩いた。

 これで声を変えている。と説明したようだ。


『幼い男の声は頭によく響いたもので迷惑だったんだ。だからコレで、わたしの元の声をこうして再現している。最初は慣れないだろうが、どうか気にしないでほしい』

「……元の声を再現しているって、どういうことよ」

『そのままの意味だよ。わたしはこの体になる前はこういう声だったんだ』

「――あのさー、横槍して悪いとは思っているんだけど」


 見知らぬ声がまた一つ、神殿に反響して脳に届いた。

 声の元へ再度視線を投じると、そこには苛烈な赤髪に碧眼を持った青年が、右手で頭の裏を掻いてい立っていた。


「きっと君たちの最初に出会った同士が、この胡散臭い子供だったのが悪いと思うんだ。すまんね、俺が先に出たほうが好印象だった。謝るよ」

「あなた達は何者!」


 次から次へと登場する人物に、シャルロット一行は警戒を緩めることができなかった。

 例えばこの人物たちが司教だったら、きっと自分たちは一巻の終わりだろう。

 なんにせよ、素性が分からない人物は警戒するべきだ。


「俺は名乗るぜ、いいな?」


 赤髪の青年はそう男児に尋ねると、『好きにしたまえ』と男児は云って一歩引いた。

 青年は「さて」と仕切り直し、一歩前に出た。


「ディーン。俺の名前はディーンって言うんだ。よろしくな」


 ディーンと名乗った青年は、黄金の鉢金で赤髪をかきあげて快活に笑った。

 その笑みからは悪意のあの字も感じる事は出来ず、シャルロット、ザザの警戒を少し緩めた。


「……ディーンさん、あなたは何者?」


 と訊いたのはシャルロットだ。


「同士。同種。そういう類のものさ。有体に言うなら」


 ディーンは妙に溜めてシャルロットに近づき、そして両手をばっと開いて宣言してみせた。


「俺は『穹の魔女』の寵愛を受けた『卵』の一人、フレキシブル人間、『ディーン』さ」


 赤髪の青年ディーンは自身を卵と自称し、また悪意を感じない笑みで一行を見つめた。


 「…………あなたが、魔女の卵?」とシャルロットが青年をまじまじと見ながら半信半疑な視線を向ける。だが、ディーンはその視線を気にも留めずに平然と、


「その通り」


 何てことないように肯定し、肩を落とした。


「証明は出来るか?」

「……証明?」


 すると一番後ろで様子を見ていたザザが、ディーンに向かってそう問いた。

 ディーンは言葉を復唱して顔を顰めた。


「おいおいあんたら、ちぃーと神経質なんじゃないの? ここは魔女の結界の中、ようは茶会の会場だぜ? ……まてよ、まさかあんたがこのメンバーの中で司教に襲われてたりするのかい?」


 「あっ、あなたも司教に襲われたんですか?」とカルは後ろから尋ねた。


「そうなんだよな、聴いてくれよ。俺も襲われたんだ。確か、ガディライカっていう『じゅういち』? だったかの司教によぉ。何とか追い返したから良いんだが、あいつ怪力すぎて骨が折れるなんの。んま、そこは俺の持ち前の勇者力で、シュババと解決はしたんだが」

『ディーン、その減らず口を治す薬を調合してやってもいいんだぞ』


 と、顔を出した男児が凄んだ声で恫喝した。


「おっとと、カーディナルさんは本当にそういう代物を作って来ちゃうから勘弁してくれよ」


 その男児――カーディナルと呼ばれていた人物の言葉を聴いて、ディーンは御免んだと三歩後ずさりして両手を小刻みに振る。

 シャルロットたちは退いたディーンから、顔を出したカーディナルへと視線を移すと、


『ついてこい、シャルロット、ザザ・バティライト、ニーナ・ヴァレンタイン。お前たち同胞と共に、今起こっている全ての問題と、その解決法について話し合うぞ』


 カーディナルは三人の名を呼び、神殿の奥へと進んで行った。



 *



 神殿を進んで行くと、円卓が部屋の中心に鎮座する部屋に到着した。


「き、綺麗……」

「本当に綺麗だね」


 そう関心して見回すのはカルとオトである。


「ここがその会場なのー?」


 ニーナが正面を歩いていたカーディナルに問うと、彼は振り返って頭を縦に振った。


『茶会はここで行われる。お前らが最後だ。席に座れ』

「ちょっと待って」


 説明を終え、片腕を振って着席を促したカーディナルに、シャルロットは静止を求めた。


『なんだ』

「五人しかいないわよね」


 シャルロット、ザザ、ニーナ、ディーン、カーディナル。

 そう――魔女の卵は六人いるはず。

 実際、円卓に設置されている椅子も六つだ。

 なら、あと一人がいるはず……。とシャルロットは考えていると、


「――これまた随分な集団でお出ましじゃないか。嫌だ嫌だ。凹むわぁ」


 男の声が部屋の天井に響いていた。

 シャルロットが音の元を探るように視線を動かすと、――ちょうど頭上、吹き抜けから見える二階部分に薄い赤髪と鋭い目つきをした男性が、手すりに腕を置いて覗き込んでいた。


『ベニ』

「わぁかってる。あんまりお客人を混乱させるなってことだろ? ディーンの二の前にはならない」


 薄い赤髪の男性はカーディナルから『ベニ』と呼ばれ、

 彼はぼさぼさで痛んだ髪を掻いてシャルロットを見る。


「あ、あなたが六人目の?」


 とシャルロットが訊くと、男は笑い出した。


「こんなおじさんが卵なんて大層な存在な訳ないだろう? 俺はただの付添人だよ。見たところ、君たちも付き添いを連れてきているんだろう?」


 ベニは見た目に反して愉快に笑い、そう黒目を細めた。

 付添人。ということはこの男は魔女の卵ではなく、カルのような卵の同伴者なのだろうか?


『自己紹介は済んだだろう。魔女を呼ぶぞ』

「カーディナル。確かに俺の自己紹介は済んだが、それだと結局こいつらの『六人目の質問』に答えていないってことになる。もう少し時間をくれ」

『……早めにな』

「さて」


 ベニは喉を鳴らし改めて口を開いた。


「俺はベニ。六人目の実の兄だ。だが今日は、付き添いに来ているただの一般人ってとこだ」

「……なるほどね。よろしく、ベニさん」


 シャルロットはお辞儀をすると、ベニも軽く頭を下げた。

 そしてシャルロットは再度ベニへ視線を向けて問う。


「それで、六人目はどこにいるの?」


 刹那、ベニはいきなり酒に酔っぱらった人の頬の火照りみたいなものを浮かべ、吹き出すように笑った。


「何か変でした……?」

「人のこと笑うのはいけないんだー」

「わぁるいわるい。くく、あまりに面白くて吐きそうになるくらい笑っちまった。そうだな。六人目が気になるか。それならそこにいるぜ、最初からな」


 ベニは嫌に上機嫌に笑いながら、指をさした。

 その指が向かった先にある柱は、この部屋に入った時からそこにあった何の変哲もない柱の筈だった。

 ――そこには女性が柱に背もたれし、双眸を瞑って立っていた。


「あ、あなたが?」


 驚きつつ訊くと、その女性はゆっくりと目を開いた。

 その瞳はとても澄んだ美しい月の色だった。

 短い黒髪の毛先は跳ねており、顔はとてもよく整っていた。

 体のバランスもよく、白いシャツに黒い長いスカートを履いて――その腰には、紫色の刀がぶら下がっている。

 女性はこちらをじっとみて、口を開いた。


「如何にも。我の名は『サクラ』。緋桜の刀使い。またの名を『魔女の卵』と云う」


 こうして

 『シャルロット』

 『ザザ』

 『ニーナ』

 『カーディナル』

 『ディーン』

  そして『サクラ』の、『魔女の卵』六名が、一堂に会した。


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