「……奴らは、私達を炙り出すためだけに人を目の前で殺めました。そしてそれぞれが、強力な礼装、『聖装』と呼ばれるものを使用し、戦いに挑んできます。手段は様々で、ある人は私と相方を分断させるよう他者を利用したり、或いはこちらの逃げられないようなタイミングを狙い、目の前に登場しました。これまで私が出会ったのは『救済』の聖装の使い手、『爆裂』の聖装の使い手、『失格』の聖装の使い手でした」
「『救済』、『爆裂』、『失格』か……なんかそれ、ラディクラムにある教会の聖書に倣っていないか?」
と、意見を呈したのはディーンだった。
彼は右手を傾げ、シャルロットに語り掛ける。
「俺も詳しく内容を覚えている訳じゃないが、むかしあの聖書を読んだことがあるんだ。ラディクラムに伝わる聖書は、全部で十一の章があって……それぞれ順に『狂暴』『救済』『瞠目』『爆裂』『失格』『無闇』……あとはぁ、なんだっけ?」
『――『落下』『武器』『従者』『狂乱』、そして『秩序』だ。それは彼らが信奉する教会の方針であり、大昔、それこそあの大戦より以前の歴史が元となっているはずだ。ラディクラムは魔術都市いぜんに、どの国よりも歴史が長いという特徴もあるからな。……彼らの歴史、そして信じる思想を冠する能力。興味深い』
シャルロットはそういえばと思い出した。
「た、確かその礼装を扱う時、『聖書』を媒介にしていましたね。でも、まさかこの能力が彼らの歴史に倣ったものだったなんて……」
俯くシャルロットを見て、ザザが口を開いた。
「あり得ない話ではないはずだ。俺は色々あって奴らに雇われていたんだが、その時、その三人以外の名を偶然聞いた。――第二司教『狂乱』のシサ。これが俺の聞いた名前だ」
「色々あって雇われてぇたぁ……?」とディーンの訝しむ視線がザザを捉えるも、ザザは両目を閉じて「色々あったんだ」と呟いた。「……まあいいけど」とディーンは肩を落とし、口を開く。
「一応、俺も司教と会って戦ったんだが、そいつは第十一司教とか名乗っていた。……とするとこいつの肩書は……」
「恐らくディーン殿が遭遇した司教は『狂暴』を司る人物だったのだろう」
とサクラは凛とした態度で断定してみせた。
そう、司教の肩書と聖書の章の並びは連動している。
聖書の章は、先ほどの順に一から『狂暴』二に『救済』三に『瞠目』と続いている。
そしてその『狂暴』の司教は十一。『救済』は十。その他、『爆裂』が八、『失格』が七、そして『狂乱』のシサというのが、二の司教。
この事実から見えてくるのは、司教の肩書の順番と聖書の章の順番は連動しているということだ。
つまりこのことから、敵の番号次第でどんな肩書を持っているか分かるようになった。
『その他、司教とみられる人物から急襲された人はいるか?』
そう尋ねたのはカーディナルだ。
すると横に座っているサクラが凛とした伏目のまま、瞳を薄く開眼させた。
「そうすると、我も奴らと出会ったかも知れん」
サクラはおもてを上げると、黄色い瞳を全員に広く向ける。
『しれん?』
カーディナルはサクラの疑問符を聞き返した。
「霞のような敵だった。悪食とは違う気配を纏い、突然急襲をされたことがある。声色は少年でありながら姿は見せず、林を歩いていると視界が覆われ、知らぬ幻想を見せられた」
『幻想……幻術系か?』
カーディナルはサクラの言葉に反応すると、サクラは小さく頷いた。
「そうかもしれない。我が全てを見切って本体へ刀を振ったら、我は林の中で目を覚ました」
『……だが、客観的事実が足りない。それが司教であった証明はなんだ? その敵が名乗っていれば別だったんだが……』
*
その頃カルは、円卓を壁の近くで傍聴しながらカニ歩きで移動していた。
今目の前でそれなりに議論が熱狂し、全員が意見を出して解決策を見出そうとしている。
その時、カルはオトと共にいたのだが、今しかないと感じて物音をたてないように移動している。
「ん?」
カルの接近に近づいたベニと目が合う。
「は、初めまして。シャルロットの仲間のカルと言います」
「おお、丁寧にありがとう。俺はベニって云うんだ。そこのサクラの兄貴だよ」
「さっき聞いていたので知っていますよ。でも、兄妹にはあまり見えませんよね」
と訊いたのも訳がある。それは単純に見た目だ。
サクラが黒髪に黄色い瞳に対し、その兄を語るベニは赤髪に黒目で、顔も似ている気がしない。
「よく言われることだ。単純に血の問題だよ。俺は父親似で、あいつは母親似だったってだけだ。しっかりと血は繋がっている。ところで、君はどうしてシャルロットと旅を?」
「僕は、そうですね。話すと長くなりますが……」
カルは身の丈と出会い、そして旅の訳を短く説明した。
「なるほどな……赫病者か。噂には聞いていたが、会うのは初めてだぜ。確かに君から感じる魔力の雰囲気は、少し異質なものだった。あ、悪口じゃねえよ?」
「分かっていますよ」
カルははにかんで笑顔を浮かべた。
「でも、すげえな。苦労しているんだなその歳で」
「確かにそうかもしれませんね。でも、嫌だったことはあっても、苦労したなとは思った事ありませんよ。僕、こう見えてポジティブなので」
「ポジティブっていうか、どちらかというと優しいだけだと思うけどな」
「はあ、妹の先が思いやられる」とベニは困ったように首を振るも、カルはその意図が汲み取れず、首を傾げる。だがベニにその真意を問うのも、少し場違いな気がした。
「それでなんですけど、少し僕らの方でも話しませんか? この時間、卵の人たちにまかせっきりにするより、僕らも僕らで議論をするべきだと思うんです。それにベニさんには、僕が赫病者であることを伝えました。それについても、相談してみたい」
「そういうことか。良いぜ、少しは話そう。……その前によぉ、その陰にいる奴なんだが……」
「あ、あぁ」
ベニがカルの背後に視線を向け、困ったように肩をすくめる。
カルの背後には、初対面の大人の人に怯えているオトが、こちらをじいっと観察していたからだ。
「すみません、彼、年上には人見知りするみたいで……」
「凹むぜ。強面に生まれた俺が憎い」
うるうるとした目つきでこちらを見るオトに、ベニはダメージを負ったようで胸のあたりを抑えて蹲ってしまった。
カルは情緒豊かなベニを見て、心の内で緊張を解くことができた。
カルとて別に初対面の人と話すのが得意な訳ではない。
今回は自分が勇気を出さなきゃ始まらないと思ったからだ。
カルはオトに手招きをして呼び出し、円卓の端で三人の付き添い人が集合する。
それを振り返り、遠目で見つけたシャルロットは、口元をふと綻ばせた。
「さて、では僕らでもお話をしま……」
【――話を遮ってすまない】
唐突にモノリスの音量が上がり、円卓で話していた卵たちやカルたちを静止させた。
突然場は静まり返り、全員の視線がモノリスに集まる。
モノリスは静かに円卓の上で浮いている。
そして、限界まで張り巡らされた糸がぷつんと切れた感覚と共に、モノリスは云った。
【急襲だ。結界に誰かが侵入した】