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5「話を遮ってすまない」


「……奴らは、私達を炙り出すためだけに人を目の前で殺めました。そしてそれぞれが、強力な礼装、『聖装』と呼ばれるものを使用し、戦いに挑んできます。手段は様々で、ある人は私と相方を分断させるよう他者を利用したり、或いはこちらの逃げられないようなタイミングを狙い、目の前に登場しました。これまで私が出会ったのは『救済』の聖装の使い手、『爆裂』の聖装の使い手、『失格』の聖装の使い手でした」


「『救済』、『爆裂』、『失格』か……なんかそれ、ラディクラムにある教会の聖書に倣っていないか?」


 と、意見を呈したのはディーンだった。

 彼は右手を傾げ、シャルロットに語り掛ける。


「俺も詳しく内容を覚えている訳じゃないが、むかしあの聖書を読んだことがあるんだ。ラディクラムに伝わる聖書は、全部で十一の章があって……それぞれ順に『狂暴』『救済』『瞠目』『爆裂』『失格』『無闇』……あとはぁ、なんだっけ?」


『――『落下』『武器』『従者』『狂乱』、そして『秩序』だ。それは彼らが信奉する教会の方針であり、大昔、それこそあの大戦より以前の歴史が元となっているはずだ。ラディクラムは魔術都市いぜんに、どの国よりも歴史が長いという特徴もあるからな。……彼らの歴史、そして信じる思想を冠する能力。興味深い』


 シャルロットはそういえばと思い出した。


「た、確かその礼装を扱う時、『聖書』を媒介にしていましたね。でも、まさかこの能力が彼らの歴史に倣ったものだったなんて……」


 俯くシャルロットを見て、ザザが口を開いた。


「あり得ない話ではないはずだ。俺は色々あって奴らに雇われていたんだが、その時、その三人以外の名を偶然聞いた。――第二司教『狂乱』のシサ。これが俺の聞いた名前だ」


 「色々あって雇われてぇたぁ……?」とディーンの訝しむ視線がザザを捉えるも、ザザは両目を閉じて「色々あったんだ」と呟いた。「……まあいいけど」とディーンは肩を落とし、口を開く。


「一応、俺も司教と会って戦ったんだが、そいつは第十一司教とか名乗っていた。……とするとこいつの肩書は……」

「恐らくディーン殿が遭遇した司教は『狂暴』を司る人物だったのだろう」


 とサクラは凛とした態度で断定してみせた。

 そう、司教の肩書と聖書の章の並びは連動している。

 聖書の章は、先ほどの順に一から『狂暴』二に『救済』三に『瞠目』と続いている。

 そしてその『狂暴』の司教は十一。『救済』は十。その他、『爆裂』が八、『失格』が七、そして『狂乱』のシサというのが、二の司教。

 この事実から見えてくるのは、司教の肩書の順番と聖書の章の順番は連動しているということだ。

 つまりこのことから、敵の番号次第でどんな肩書を持っているか分かるようになった。


『その他、司教とみられる人物から急襲された人はいるか?』


 そう尋ねたのはカーディナルだ。

 すると横に座っているサクラが凛とした伏目のまま、瞳を薄く開眼させた。


「そうすると、我も奴らと出会ったかも知れん」


 サクラはおもてを上げると、黄色い瞳を全員に広く向ける。


『しれん?』


 カーディナルはサクラの疑問符を聞き返した。


「霞のような敵だった。悪食とは違う気配を纏い、突然急襲をされたことがある。声色は少年でありながら姿は見せず、林を歩いていると視界が覆われ、知らぬ幻想を見せられた」

『幻想……幻術系か?』


 カーディナルはサクラの言葉に反応すると、サクラは小さく頷いた。


「そうかもしれない。我が全てを見切って本体へ刀を振ったら、我は林の中で目を覚ました」

『……だが、客観的事実が足りない。それが司教であった証明はなんだ? その敵が名乗っていれば別だったんだが……』


 *


 その頃カルは、円卓を壁の近くで傍聴しながらカニ歩きで移動していた。

 今目の前でそれなりに議論が熱狂し、全員が意見を出して解決策を見出そうとしている。

 その時、カルはオトと共にいたのだが、今しかないと感じて物音をたてないように移動している。


「ん?」


 カルの接近に近づいたベニと目が合う。


「は、初めまして。シャルロットの仲間のカルと言います」

「おお、丁寧にありがとう。俺はベニって云うんだ。そこのサクラの兄貴だよ」

「さっき聞いていたので知っていますよ。でも、兄妹にはあまり見えませんよね」


 と訊いたのも訳がある。それは単純に見た目だ。

 サクラが黒髪に黄色い瞳に対し、その兄を語るベニは赤髪に黒目で、顔も似ている気がしない。


「よく言われることだ。単純に血の問題だよ。俺は父親似で、あいつは母親似だったってだけだ。しっかりと血は繋がっている。ところで、君はどうしてシャルロットと旅を?」

「僕は、そうですね。話すと長くなりますが……」


 カルは身の丈と出会い、そして旅の訳を短く説明した。


「なるほどな……赫病者か。噂には聞いていたが、会うのは初めてだぜ。確かに君から感じる魔力の雰囲気は、少し異質なものだった。あ、悪口じゃねえよ?」

「分かっていますよ」


 カルははにかんで笑顔を浮かべた。


「でも、すげえな。苦労しているんだなその歳で」

「確かにそうかもしれませんね。でも、嫌だったことはあっても、苦労したなとは思った事ありませんよ。僕、こう見えてポジティブなので」

「ポジティブっていうか、どちらかというと優しいだけだと思うけどな」


 「はあ、妹の先が思いやられる」とベニは困ったように首を振るも、カルはその意図が汲み取れず、首を傾げる。だがベニにその真意を問うのも、少し場違いな気がした。


「それでなんですけど、少し僕らの方でも話しませんか? この時間、卵の人たちにまかせっきりにするより、僕らも僕らで議論をするべきだと思うんです。それにベニさんには、僕が赫病者であることを伝えました。それについても、相談してみたい」

「そういうことか。良いぜ、少しは話そう。……その前によぉ、その陰にいる奴なんだが……」

「あ、あぁ」


 ベニがカルの背後に視線を向け、困ったように肩をすくめる。

 カルの背後には、初対面の大人の人に怯えているオトが、こちらをじいっと観察していたからだ。


「すみません、彼、年上には人見知りするみたいで……」

「凹むぜ。強面に生まれた俺が憎い」


 うるうるとした目つきでこちらを見るオトに、ベニはダメージを負ったようで胸のあたりを抑えて蹲ってしまった。

 カルは情緒豊かなベニを見て、心の内で緊張を解くことができた。

 カルとて別に初対面の人と話すのが得意な訳ではない。

 今回は自分が勇気を出さなきゃ始まらないと思ったからだ。


 カルはオトに手招きをして呼び出し、円卓の端で三人の付き添い人が集合する。

 それを振り返り、遠目で見つけたシャルロットは、口元をふと綻ばせた。

「さて、では僕らでもお話をしま……」




【――話を遮ってすまない】



 唐突にモノリスの音量が上がり、円卓で話していた卵たちやカルたちを静止させた。

 突然場は静まり返り、全員の視線がモノリスに集まる。


 モノリスは静かに円卓の上で浮いている。

 そして、限界まで張り巡らされた糸がぷつんと切れた感覚と共に、モノリスは云った。



【急襲だ。結界に誰かが侵入した】



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