※カーディナル視点
照明がない暗闇に立っていた。
意識はしっかりとしている。
周辺に物体がない事も、そして誰かが近くに潜んでいる事も既に分かっていた。
『出てこい』
カーディナルが云うと、その人物は姿を見せずに声だけ出した。
「どうやら不運みたいね、私。せっかく久しぶりにあの子と会えると思っていたのに」
その人物の声は、背筋を撫でるような薄気味悪さがある女声だ。
暗闇かつ、声がよく反響しているせいで、その声がどこで鳴っているのかをカーディナルは判断できない。
『何者だ』
カーディナルは窄めて問う。
「それは秘密よ」
『司教、だろう?』
「それは正解。でも、あなた達はもう番号のことに気が付いている。だから、私は無闇に名乗らない。私、こう見えて理性的なの」
『それは賢いな。聖装とやらも突き詰めて推理すれば、能力が分かってしまうものなのか? ……にしても不思議だな。どうして聖都ラディクラムが、このラカイムで密会が行われるのを知ったのか』
「あら」
カーディナルはその疑問を口にすると、声の主は面白そうに口を歪めた。
そして彼女は、カーディナルが何となくそのカラクリに気が付いた事を理解する。
「まあ、いいわ。始めましょう? あなた、ダンスの経験は?」
『五十年前に誘われたことがある。でも乗らなかったから、皆無だ』
「へえそう。じゃあ私が先行して教えてあげるわね」
彼女はそう云うと声を消し、そして本のページを捲った。
「ほんと運が悪いわ。せっかく成長した×■▼くんと話せると、思ったのに……」
*
※サクラ視点
大雨が降っている場所だ。
風景は黒い霧のせいで分からないが、雨雲の先に太陽はあるらしくその場所はふんわりと照らされている。
サクラが目を覚ますと、自分に覆いかぶさるようにベニがびしょ濡れで気絶していた。
「……邪魔」
「いてえ!」
サクラはベニを両手で乱暴に押した。
ベニはその衝撃で目を覚まし、腰の激痛に悶える。
「おいサクラ! お兄ちゃんになってことをするんだ!」
「我は兄と肉体関係を持つ予定はない」
「どこが肉体関係だ人聞きが悪いな! そんなことより、ここはどこだよ? っ。雨が凄いな」
起き上がったベニは、サクラと共に大雨の降る周辺を見回した。
だが、その場所は結果の外というにはあまりに何もなく、不思議とこの場所が結界内であるという感覚が二人を襲った。
そしてサクラは、近づいてくる大きな影に気が付く。
「何奴」
そうサクラが刀の鞘を握って言うと、その巨影は霧の中から現れた。
紫のちりちりとした髪に力んだ顔に大きな黒い瞳孔が特徴の大男が、どすんと地団太を踏んで静止する。大男は二人を発見すると、白い鼻息を吹き出して口を開く。
「女が一人と、男が一人かァ」
男は笑った。そして、もう一度地団太を見せびらかすように踏む。
「ひ、ひぇえ、俺より強面じゃねえか……」
「名を名乗れ」
ベニが腰を抜かして情けない事を云いつつ、サクラは刀の柄を握って臨戦態勢を取った。
大男はサクラの態度を見て、黒い瞳孔を更に大きくする。
「クク、冥土の土産にでもするがいい。俺様の名は第十一司教! 『狂暴』のガディライカだアアア!」
ガディライカは図太い声で、降り注ぐ雨粒を吹き飛ばす程の咆哮を繰り出した。
ベニは真っ青になり情けない声を継続的に漏らし、サクラはそれに一切動じず柄を握りしめている。ガディライカはサクラの態度を見て、眉を吊り上げた。
「お前、どうやら自分がどれだけの大敵と遭遇しているか分かっていないようだなァ」
ガディライカは太い人差し指でサクラを挑発する。サクラは落ち着いている。
「……女風情が、生意気だ」
「女風情か」
ガディライカの呆れた言葉に、サクラは反応する。
「ではその女風情に殺されるお前は、畜生風情だな」
「アア――ッ⁉」
「ちょ、ちょいちょいサクラさん?」と焦ったようにベニは声を裏返す。「あまり煽ってもいいことないですやん? ここはほら、お互いに話し合いで解決しま……」
「――良いだろうッ!! お前から殺してやる! 女ァ!」
ベニの言葉も虚しく、ガディライカの大きな咆哮にかき消された。
そしてガディライカは地団太を踏んで、その瞬間、自身の巨体が内側から蠢き、影がどんどん大きくなる。ガディライカの巨体は、二メートルほどから五メートルに伸びた。
「こっ、これが『狂暴』の聖装だったり⁉ 妹ぉよ!」
「うるさい」
更に情けなく泣き喚く兄に、妹のサクラはため息をついて一蹴した。
その間、ガディライカはまだ膨張を続け、ついに彼の姿が真っ赤な鬼に見えたとき――ガディライカはサクラに向かって突撃する。
「“俺様”が通るぜエエエ! ウオオオオオオオオオオオオオ!!」
地面は激しく揺れ、水溜りが宙に浮いた。
巨大な鬼が両手を広げてサクラ目掛け突進し、ベニも「うわあああ!!」と絶望して叫んだ。
「緋桜蓮華」
サクラはその中、丁寧に磨き上げられた紫の刀身を抜いた。
「無走」
刀――妖刀はややあって鞘に入っていく。
雨は依然、二人の頭を強く叩いている。
そして雨は、鬼だったものも執拗に叩く。
平等に、雨は全てを攻撃している。サクラは黄色い瞳で、自分が倒した男を見つめ。
命を奪った事を感じながら、サクラは妖刀を強く鞘に仕舞った。