円卓の上で、モノリスとエナが対面した。
「初めまして」
【……これはこれはご丁寧に】
モノリスは嫌々ながらも声を出した。
すると、エナがまた嬉しそうに微笑んだ。
「あなたと語り合うために、どれだけの犠牲、そして労力を費やしたことか」
【他の卵たちはどうしたのかしら】
「安心してください。みんな、別々の場所に送りました。殺しはしませんよ」
……モノリスで語る魔女は、既に結界の制御が出来なくなっていた。
それは恐らく、目の前に立っているエナのせいだろう。
このエナは肩書を『秩序』と自称し、そして「“掟”が平和を想像させる」という台詞から、エナの能力が結界関係であると考えさせる。
モノリスは言葉を選びながら、裏で結界の主導権を奪うために努力を続けた。
【どうやってこの場所に?】
「……心を読める仲間がいましてね、力を貸してもらいました」
心を読める、ねえ。とモノリスを通して語る魔女は思う。
【それで、何か用かな。私達は別に暇って訳じゃないんだけど。ここまでの事をしておいて、私と顔を合わせるためだったとは言わないよね? その為だけに私のベイビーも危険な目に合わせたとも、言わないよね?】
「もちろん目的はありますよ。その目的の一つが、あなたとの対話です」
とエナは語りながら、彼女は地に足を着けた。
同時に世界が点滅し、円卓に一つのスポットライトが向けられる。
【…………】
スポットライトがあたる円卓には、六つあったはずの椅子が二つに変わっていた。
エナはそのうちの一つに座り、頬杖をついた。
「どうせなら同じ目線で話しませんか?」
エナは生気のない目を閉じ、モノリスに微笑みかけた。
モノリスの位置は円卓の中心から一メートルほど浮いている。
「私としてはあなたは敬うべき存在なので、上から来られても不愉快にはなりません。でも、ほら、ずうっと上の方をみて喋りかけるのも首が痛くなります。そうでしょう?」
【ふうん。随分と図太い度胸を持っているのね。大司教なんていうのだから、あの司教を束ねているのはあなたということ?】
エナは頭を縦に振った。その様子を見て、魔女は微笑を浮かべる。
「あら」
突如、モノリスは亀裂を入れてはじけ飛んだ。
白い粒が舞い、飛び散り、そして粒はエナと反対側に置かれた椅子に集まって――そこに体を作る。
青髪のポニーテールに黒と紫のマントを肩に留め、スカートから細い生足を組んで黒目を前に向ける。ネクタイを締め、胸のふくらみが傍から見て分かる程度ある。
エナは目の前に現れた女性をまじまじと見つめ、そして問う。
「あなたの名は?」
「……秘密よ。そこはね。それより、聞きたいことがあったんでしょ? 私もあなたに尋ねたいことがいくつかある。どうせなら、この機会に話しましょうよ」
エナは魔女の提案に引きつった笑みを浮かべる。
「もちろんです」
魔女と司教の会談が、奇しくも始まる。
*
エナはその時、心の中で(先ほどモノリスが砕けた時、光の粒が魔女の体を形作った。だが……、六つだけ、光の粒が違う方向へ飛んでいきましたね)と呟き、改めて目の前の人物が人の粋にはいないのだと再認識した。
「まず私から失礼しますね」
と先陣を切ったのはエナだ。
「魔女の卵のシステムについて、その狙いと黒魔術の仕組みについて教えてください」
「言えない事をとことん突いてくるね。知識欲の権化め」
魔女は意地悪に笑い、そしてエナの目を見た。
「あなたたちが知っている通り、魔女の卵は魔女に成り得る人に授けている特権よ。別に、それ以上もそれ以下もない」
「嘘ですね」
「…………」
エナは魔女の言葉を一蹴すると、魔女はエナの目を睨みながら口角をわずかに上げる。
「もし魔女の卵を授けた人物を魔女にするためのシステムなら、黒魔術をわざわざ使い魔に仲介させて扱わせるなんてことはしない。あなた方は、明らかに卵へもっと深い目的を与えているはず」
「私が言えることは言った。これだけははっきり伝えておく」
「つまり、全てを語るつもりはないと?」
「そこは想像にお任せするわ。にしても、あなた達は随分とむちゃくちゃしてるそうじゃない。魔女の卵に接触して、何をしたいの?」
エナの問いをはぐらかし、魔女は次の問いを用意した。
エナは魔女が交渉次第でぶれるような人物でないと理解し、素直にしつこく追及するのを断念し、魔女の問いについて口を開いた。
「察しはついている癖に。私はあなた方に会いたい。そして、理解を深めたいのです」
エナはわざとらしく頬杖を反対の手に変えて云う。
「分からないな」
と、それに理解を拒む魔女。
「それほど魔術に固執する動機は何かしら?」
思えばこれまで聖都ラディクラムが魔術研究の最先端であるというだけで、司教が魔女の卵を狙うことを説明してきた。
本来最初は、カルという赫病者が狙いだったはずなのに、
いつの間にかその狙いは魔女の卵へとシフトしている。
これには明確な訳があるはずだ。
「……私はただ、平和を作りたいだけなんですよ」
エナは云う。
「秩序を構築し、調和を目指す。その為には魔女の黒魔術が必要だった。だから魔女の卵を狙い、こうして強硬手段を行っている。赫病よりも黒魔術の方がもっと素晴らしい。歪なものより、緻密な数式の方が魅力的なように」
「私はそうは思わないけどね。自然界に生まれた歪な物にだって、それ相応の素晴らしさがあるはずだ。それを踏みにじっているのは、自覚している?」
「もちろん」
エナは即答する。
「ですが、私は国の責任者として、人々の為に平和を作らねばならないのです。その為なら私はなんだってする。それこそ――息子を目の前で殺されたとしても、私は動じないと約束しましょう」
魔女はその言葉を平然というエナの姿を見る。
確かにその生気のない瞳や無価値な微笑みは、あるものを得るためにあるものを手放した人の異臭がこびりついているような気がした。
「だからあなたは聖都で『聖母』と呼ばれているの? 国の為に尽くし、幸せを体現する象徴として」
「あら、ご存じだったんですね。うれしい」
エナは表情を輝かせて云う。目は据わったままだ。
「……いつもその気味悪い目を開いているの?」
たまらなくなって魔女は尋ねた。エナは首を傾げる。
「お答えする必要がありません」
「……あっそ。それで、もう何もない訳? 他は?」
魔女は面白そうに呆れてみせた。
魔女はそれなりに、自分も核心的な事を言うつもりはないし、相手もそれは同じだということを感じ取っていた。
だが魔女にとって今は、この結界を支配している女の気を引いておくことが、自分の出来る唯一のことであると分かっている。
「他ですか……」
エナはどこかを見て考えにふける。そして思い出したように手を叩いた。
「魔女さん魔女さん、質問なんですけど」
「なんだい?」
「七年」
「……?」
魔女は彼女が呟いた年数が何をさしているのかさっぱりだった。
その顔をみて、エナはまた気味悪く微笑み、
「この七年間、あの彷徨うばかりだった死の魔女の目撃情報が一切ありません」
「……」
「死の魔女は、本当に今も存命なのでしょうか?」
エナの言葉は蛇のようだった。
蛇のように舌をしゅるしゅると揺らし、獲物に対してタイミングを伺っているような。
或いは、獲物の目の前に獲物の大事だった人を突き出し、眼前でいたぶる事で反応を楽しんでいるような顔である。
魔女はしばらく口を閉じている。