※カル視点
カルが滝の激しい音で目を覚ますと、酷く荒い感触がほっぺに広がっていることに気が付いた。
そこは岩肌の上だった。滝の真横に位置する茶色の岩の上に、カルは寝転がっていた。
「っ……ここは?」
起き上がって目を擦りながら呟くと、背後から聞きなれた声が言う。
「まだ私達は結界の中にいるみたいね」
思わず肩を揺らして声の方を向くと、そこには滝を覗き込んでいる黒髪のローブを着た女性がいる。彼女は振り返ると、真紅の瞳にカルが反射した。
「先に起きてたの? シャルロット」
訊くとシャルロットは頷く。
「元々はあの森の中で目が覚めたんだけど。私は飛ばされている間も気絶していなかったから開けた場所までカルを連れてきたんだ」
「森の中に居たの?」
「初めはね。あの円卓の事は覚えている?」
とシャルロットが尋ねるので、カルは記憶を思い返した。
「うん。突然景色が変わって、知らない女の人が亀裂から入って来たよね。あれが侵入者?」
「恐らくこの結界に侵入したのは、司教だと思う」
シャルロットが沈鬱そうに呟く。カルははっとして、考えるように俯いた。
「そっか。確かにあの時、自分の事を大司教って云ってた……」
司教の急襲。
彼らの魔の手は、こんな場所にまで伸びるのか。
と思うと改めてぞっとする話だった。
「うん。それも『秩序』と言っていたから、本当に聖書の章の順番通りなら、あのエナって人は第一の司教なんだろうね」
更に追い詰めるかのようにシャルロットは自分の見解を述べた。
「第一の司教って……、どうして急にそんな人が?」
「分からない」
シャルロットは首を振って云った。
「ただ、きっとどこかで情報が漏れていたんだと思う。だから攻めてきた」
司教の急襲は予期していないことだった。
何故ならこの場所、というより茶会の開催が漏れる事はあまり想像できなかったからだ。
その知らせが、使い魔を使って行われたこともそうだし、何よりこの『魔女の結界』が防衛にも富んでいると思っていた。
つくづく、司教たちはどうやって情報を集めているのだろう。とカルは顔を顰める。
「……どうして魔女の結界に入れたんだろう? この中って自由に魔女が操作できるなら、単身で乗り込むのは自殺行為なんじゃないかな?」
この場所には神が決まっているようなものだ。
そんな神に抗うことは、どれだけおかしな話か。
だが、司教は神に抗った。この結界の主である魔女から、恐らく……、
「現状を考えるとそうでもないのかも」
シャルロットは滝に手を突っ込み、激流に右手を遊ばせた。
そしてその精巧な水の表現に嫌な予感を蓄積していく。
「何故私達はあの円卓の部屋から飛ばされたのか。飛ばすことができたのか。そしてこの場所はどうしてこんなに水の流れや質感まで再現された、立派な空間になっているのか……」
シャルロットはカルの横に歩いて移動した。
「とにかくまだ分からないことが多々あるけど、少なくとも、あのエナが結界の何かに干渉しているのは間違いないと思う」
結界の中の景色の再現。それは、決して『森と、滝と、岩がある場所』のような軽い想像でできるものではない。
明確に細かな部分まで考え妄想し、実際に見に行って触ったりしなければ絶対に粗が出る。
だというのに、シャルロットが触れた滝はリアルな液体の動きをし、水の音までも再現している。
これは、普通の魔術の域を超えている。
「結界に干渉、一体どうやって……?」
カルは言ってから、そのような常識的な思考が司教相手にあまり通用しないことを思い出した。
奴らは様々な独自の手段を持っている。
きっと彼らなら、魔女の結界を解析して突破するくらい出来るのかもしれない。
「とにかくここでじっとはしていられない」
シャルロットは森を見て言う。確かにあまりじっとしていられない。
「結界からの脱出、または、他の卵と合流しなきゃ」
「――ごうりゅうー?」
刹那、男の声がした。
シャルロットとカルは咄嗟に声の元を探すと、滝の向こう岸に白い霧の中から人影が迫ってきている。
「……誰⁉」
カルが目を見開いて問うと、男は薄い微笑を浮かべて首を傾げた。
「誰、ね」
男は長身のすらりとした体形に白衣を纏い、薄っすら黒さの残る坊主頭。
黒いタトゥーの文様が頭を這うように刻まれ、顔からはザザのような決して明るくない不気味さが感じられる。そんな男が、不敵に笑ってカルの問いを復唱する。
その白い服から、その人物が味方ではないと瞬間的に理解した。
シャルロットは杖を構え、カルは服を捲る。
「はは、嫌われたもんだね。白衣ってだけで」
男は右腕の親指をこめかみにあて、自嘲気味に笑う。
「あんたは司教?」
「そうだよ」