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13「あなたが殺したんでしょ!」

 ※ジグラグラハム視点



 カードは、六枚。

 一枚は探偵。

 一枚は殺人鬼。

 そして三枚が羊で、残りの一枚が死体。


 選ばれたのは女優クラーラ・シンデレラ。

 彼女は屋敷の地下に続く階段の下で頭から血を流して倒れていた。

 周辺には凶器であろう血の付いた瓶が雑に転がり、彼女の体は頭以外に負傷はない。

 舞台は屋敷。

 彼女が発見されたのは十二時で、集まって会食して解散した数分後の出来事であった。

 なお、十一時五十分に約十分間にわたる停電があった。死亡推定時刻はその間だ。


「これは……」


 死体を見て絶句するのは美しい青いドレスを揺らす女性、シャルロットだった。

 その近くで吐き気を催し、壁に片手をついて俯いている少年は、カルという。

 現場には屋敷に全ての人間が揃っている。

 第一発見者であるシャティアが腕を組んで階段の上から死体を見つめ、息を落とす。


「クラーラ……、死んでしまったのね」

「…………」

「ねえ、ジグラグラハム」


 重そうなドレスを着ているシャティアは、背後でぼうっとしている男性の方を向いた。


「あなた確か、クラーラと昔付き合っていたのよね?」


 ジグラグラハムはそう云われて思い出した。

 確かに、自分はこの世界でそういう設定であると意識に刻み込まれている。

 ジグラグラハムは階段の下で検死しているニーナを睨む。


「ジグラグラハム?」

「あ、ああ。確かにそうだな……」


 ジグラグラハムは身に覚えのない筈の記憶に翻弄され、とたんに胃の中でぐるぐると冷水が回ったような感覚になる。

 同時に、歯切れの悪い回答をしたからかシャティアはこちらを訝しんだ目で見つめてくる。


「君は、誰だ?」


 ジグラグラハムはシャティアに問いた。

 シャティア――、そんな人物を知らないはずなのに、記憶には彼女の情報がある。

 確か、クラーラとは親友の間柄だった。でも知らない。

 存在しない筈だ。まだシャルロットとカルは知っている。

 そしてあそこにいるニーナ・ヴァレンタインについても、この結界の中にいると聞かされた卵である事を覚えている。しかしこのシャティアは知らない。彼女はどこからやってきた?


 (いや、まさかこの女は存在しない人間か?

 この結界はどこか不気味だ。

 人の記憶に偽りの役職を与え、無理やりこの領域で劇をさせる気なんだろうか。

 それにさっきから聖装の能力が扱えない。

 もしやここは、ニーナ・ヴァレンタインの精神世界なのか?)


 精神世界に他者を引きずり込む禁術をどこかで聞いた事がある。

 詳しい事は分からないが、この空間がそういう類なら得心がいく。

 ただし分からない事はまだ多々あった。


 (シャルロットとカル。奴らは自意識がないのか?

 この世界に違和感を抱いているのは俺だけに見える。どういうことなんだ)


「クラーラには、殺される理由がなかったはずだわ」


 と涙目でぽつり呟いたのは、見間違えることなくシャルロットだった。

 彼女はあの声、あの容姿でこちらを見る。

 ジグラグラハムの脳内にある疑問が、新たな疑問を呼んでいる。


 (この場所がそういう世界なら、もし犯人が俺ということになると、どうなるんだろう。

 俺の記憶、というより設定的に、俺は殺人鬼ではないらしい。

 あのクラーラという女性を殺したのは、少なくとも俺ではない。

 もしやこれは推理ゲームの類か?

 勘弁してくれ、俺はそういう理屈っぽいものは得意じゃないんだ。

 くそ……このままだと、俺はただ流されるまま、ニーナの推理ショーを眺めるだけの観客になってしまう……!)


 ジグラグラハムはそうやって頭の裏を掻くフリをして平然を装った。

 改めてシャティアを見ると、彼女はまだこちらを訝しんでいる。


「俺を見て、どうしたんだ?」


 ジグラグラハムは困ったような表情のまま正直に問うと、シャティアはぎょっとする。

 そして沈黙を置いてから、突然わなわな震え出し、


「あなたが殺したんでしょ! あなたが停電の時に、彼女を階段の上に誘き出して殴ったんだわ!」


 シャティアは気が狂ったように声を裏返し、人差し指でこちらをさす。


 「何を言っているんだ。俺は違う」ジグラグラハムは右手を胸に添えて言う。「俺はあの停電のときは部屋にいた。読書をしていたんだ。少なくともそのはずだ」


 ジグラグラハムは自分が何をしているのか分からなくなりつつも、そう身の潔白を証明しようと舵を切った。

 恐らくこの精神世界はあのニーナ・ヴァレンタインの黒魔術なのだろう。

 黒魔術にしては異質すぎるが、この世界のテーマが推理ゲームなら……。


「一度、みんなを集め、一旦話をまとめよう」


 提案したのはジグラグラハムだった。

 ジグラグラハムは無実を証明し、このゲームに勝たなければならないのだろう。

 階段の下で何かを拾ったニーナは表を上げた。

 そしてジグラグラハムをじいっと見つめ、妖艶さを纏った舌なめずりをゆっくりとした。


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