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14「それはいけない」

 先ほどまで会食していた机に座り、全員が各々をちらりと確認した。

 先陣を切ったのは、訥々と喋るカル少年だった。


「ぼ、僕はこの場所で食器を洗っていました。ほらっ、あの。料理を作ったのは僕とシャルロットさんでしたから」

「そうだよ。私はカルと一緒にいた。これでアリバイになるかしら?」


 カルの台詞にシャルロットは同意する。


「あ、あたしは食器を運ぶのを手伝って、外に出て薪を取りに行っていました。裏口から出て裏口から帰ってきて、初めて納屋にいったものだから時間がかかってしまって」


 因みに、裏口というのは地下に続く階段の目の前である。

 だから彼女が第一発見者になったんだろう。


「つまりシャティアさんは、あの停電の時に屋敷にはいなかったってことなのー?」


 ニーナが首を傾げて尋ねると、シャティアは胸のあたりに手を添え、心音を抑えようとしながら不安げに頷いた。


「俺は部屋にいた。読書をしていて、その時に停電が起こったからろうそくに火をつけたんだ。その火をつけたろうそくがアリバイになるだろう」

「そ、それはアリバイとして弱いと思います」


 と、口を挟んできたのはカルだった。

 俺は思わぬ人選で面食らう。


「つまりカルくんは、俺を犯人だと?」


 一応そうやって真意を確かめると、カルは慌てて云った。


「そうじゃありません! ただ、その。アリバイとしてろうそくは、あまり信用なりません。確かにそれが灯った痕跡はあるでしょうが、点いている間、近くにジグラグラハムさんがいたという証明にはならないはずです」


 なるほど、つまりこの子は決して俺に疑いを向けたいというわけではなく、冷静に分析したうえで意見しているのだな。とジグラグラハムは心の中で確認する。


 (あいつから聞いていたカルの像と合っている。

 まさかみな演技をしているだけで、しっかりと自意識は保っているのか?

 いやしかし、にしては役になり切りすぎている気がする。

 まあ、俺も役になり切っているのだが)


 ジグラグラハムは結局、役になり切っていた。

 というのは先ほども言った通り、このニーナ・ヴァレンタインが作り出した領域のルールが分かるまで、下手なことは出来ないからだ。

 とにかく今は目の前にあるキャラクターに従って考えればいい。


 とはいえ、この世界は異質すぎる。

 ニーナ・ヴァレンタイン個人の黒魔術は、ここまで超越したものだったとは。

 とジグラグラハムは眉毛を落とす。


「それで、肝心のニーナちゃんはそのとき何をしていたの?」


 シャルロットが机に両手をついて身を乗り出し、遠くに据わっているニーナを見る。


「ボクは書斎で音楽を聴いていたよ! 蓄音機があったから、昔の音楽をね」

「ち、蓄音機?」


 とカルが首を傾げる。そんなカルにニーナは蓄音機について説明した。


「そんなものがあるんだね……、一回聴いてみたいな」

「……雑談はそのあたりにしよう。ニーナ、さんは確か、検死みたいなことをしていたよな?」


 俺が右手を傾げて尋ねると、彼女は「うん!」と元気よくかぶりを振る。


「ボクは探偵だからね」


 この世界でも探偵なのか、とジグラグラハムは思う。


「じゃあ探偵さんは」


 シャルロットが傾げて口を挟んだ。


「何か分かったのかしら?」


 というと、ニーナは鼻を鳴らししたり顔でじろじろ見てきた。

 その感じから、だいたいの見当はついているようにみえた。

 なんだ? もう分かっているのか。とジグラグラハムは内心落胆する。


「大方、それが出来る人と出来ない人が分かったヨ」


 ニーナはじれったく云った。

 ジグラグラハムも状況から推理してみるも、あと一歩のところで何かが足りない気がする。


 (そうだな。消去法で行くとするなら犯行が可能だった人物を洗い出すって感じだろう。

 まず現実的なのはシャティアだろう。

 彼女にはアリバイがない。

 地下への階段が目の前にある裏口から外へ薪を取りに行ったというが、十分間も外にいたというのはあまりに不自然。

 何より、魔力灯を束ねる管理盤は外にある。


 この屋敷は魔力を使って灯りをともしている。

 よく街中でも使われている凝縮魔石を応用した機能で、電気を生み出している。

 その管理盤が外にあるということは、つまり彼女が外で停電を起せたということだ。

 大方、停電の隙に呼び出したクラーラを殺ったのだろう。


 にしてもそれだと分かりやすすぎる。

 他に考慮していないことでいうなら、そうだな。

 俺とニーナのアリバイが足りない事と、凶器の瓶はどこから持ち出したのか)


 その時ジグラグラハムは、食道に何かが詰まったような感覚に苛まれる。


 (まて。もしもの話だ。

 この推理ゲームに勝ち負けが存在するとしたら、勝利条件とはなんだろう。

 犯人を当てた人が勝ち?

 それで後の人は何かしらの罰則を受ける。みたいな感じか?

 それだとシャルロットとカルが巻き添えになってしまう。


 ……何かがおかしい。この世界にはまだ俺の知らないルールがある。

 仕組みがまだ釈然としない。

 この世界でのニーナの勝利条件、そして俺やその他の人物の勝利条件とはなんだ?)


 ――その時ジグラグラハムの脳内に、一つの稲妻が光を落とした。

 それは過去の、この結界に来る前の記憶だった。


『ニーナ・ヴァレンタインという探偵が、魔女の卵の一人であるのを見た。彼女は謎を愛し、謎を抱きかかえ、謎を解き明かすことが生きがいである』


 それは、仲間が作戦会議中に出した判明している魔女の卵の情報だ。

 大体その仲間が云う情報が間違っていたことはない。

 なんせ、彼女の能力は『――』だからだ。

 つまりニーナ・ヴァレンタインは『謎』が好きなんだ。

 だから探偵をし、事件を解決している。


 彼女は絡み合った複雑な糸を解くのが好きということは。


 (この世界の勝利条件とは、――謎を解き明かすということか?)


「――犯人が、分かりましタ」


 ニーナが両腕の肘をついて手を重ね、それを口元に添えて呟いた。

 その場にいるシャティア、シャルロット、カルの視線がニーナに注がれる。

 だがしかし、ジグラグラハムはニーナを見ていない。


 ジグラグラハムの身に宿る衝動が強く脈打った。

 それは暗澹たる闇から顔を出し、そして語り掛けてくる。

 勝つ。これは自分にとって特別な言葉だ。

 相手を言い負かし、相手を翻弄し、自分が『落下』を実現する。

 自分が話のオチをつける。

 これがジグラグラハムの信条であり、これまで一貫して実行して来た理念。


 まだ様々な事実がしっかりと輪郭を持ち、意味を帯びているわけではない。

 自分の中で、間違った選択をとった場合の不安が徐々に募っていく。

 ――だが、このままではニーナが颯爽と謎を解決し、この世界における勝者になる。


 それはいけない。


 俺は第五の司教『落下』のジグラグラハム。

 語りにオチを飾る『洒落』使いだ。


 ジグラグラハムはニーナの言葉を遮り、真の通った声で言い放った。

 その言葉は空中で分解されることなく、その場の全員の耳に届いて鼓膜を破った。


「俺も犯人が分かった。犯人はお前だ。ニーナ・ヴァレンタイン」


 それが狂言なのか真相なのかは、まだ誰にも分からない。

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