謎を解き明かすことが本懐なら必然的に、謎はそこにある。
そしてこの世界が、与えられた役割(キャラクター)に沿って進む推理ゲームなのであれば、なおの事。
もしニーナはジグラグラハムを倒したいのなら、
恐らく設定を操りジグラグラハムが殺人鬼であるようにするはずだ。
だがそれだと恐らく、彼女が面白くない。
彼女は謎を愛している。
答えが目の前にあるなら、その臨場感は減ってしまうだろう。
故に、――この事件の犯人は必ずしもジグラグラハムであることはないし、また、必ずしも探偵が殺人鬼ではないと言い切れない。
ジグラグラハムはこれから己に与えられた役割をこなしつつ、自分が楽しいと思うことを実行する。それは謎を解きつつ、己の享楽的な会話劇を、作り出すことだ。
「あの凶器の瓶は、もともと書斎に置いてあったものだ」
ジグラグラハムが言うと、ニーナは舌を巻いた。
「……」
「君なら気が付いていたはずだ。そうだよね? ニーナ」
そう言い放つと、ニーナは意外にも険しい顔をし、口をくしゃっと結んだ。
見る人が見ればそそるような暗い顔つきで、こちらを睨んでくる。
ジグラグラハムにそういった癖はなかった筈なのに、その顔を見て思わず心の中で興奮した。
周囲の反応が少し傾いた。
シャティアはニーナの答えを待ち、シャルロットはジグラグラハムを見つめ、カルは何かを考えているようだ。
「もちろん」
ニーナは持ち直して声を上げる。
「当たり前だよ。ボクの観察眼を甘く見ないでくれる?」
とニーナは冷たい表情をこちらに向けてきた。
ジグラグラハムはほくそ笑む。
(実際、鍛えているんだろう。
なんせ書斎の瓶なんてものをいちいち覚えているのだから。
しかし君のダメだった所は二つある)
ジグラグラハムは悪辣な笑みを我慢している。
(知っていたか? ニーナ。
探偵がどんなに真実を知っても、それを証明できなきゃただの詭弁だ。
だから探偵は丁寧に一つ一つを説明し、犯人を追い詰めながら他の人間を納得させなければならない。
だが、その手順をいま、踏まなかった。
恐らくニーナ・ヴァレンタインは焦っている。
つまり、この世界で流れる時間は現実世界と同じで、あまりもたもたしていると外の状況変化に追いつけないからだ。
そしてもう一つ、油断だよ。
ここは推理小説のように登場人物に個性があり、かつ生存と同列な大きさをしている目的を、もっているような存在はいない。
いい意味でリアル、悪い意味でリアル。
だから、俺のような場をかき乱す存在に早々会わない。そうだろう?)
ジグラグラハムは肘をついてこめかみに親指を押し込み、ニーナを見つめる。
「言わせてもらうけど、その瓶の事があったとしてもボクは身の潔白を証明できるよ」
ニーナは声に圧をかけて突き放すように云った。
彼女の顔色は曇り、余裕さが無くなっている。
「瓶があの書斎のものだっていうのは最初から気が付いていた。そしてそれが会食を終えてから書斎に入ったときに、一つ無くなっていたのも」
ニーナは言葉を選びながら考える。
「恐らく会食中に誰かが持ち出したんだと思う。だからボクはその時に席を離れた人に絞って推理をした」
「聞かせてほしい」
ジグラグラハムは体勢を維持したまま嫌味たらしく言った。
同時に、誰かが固唾を呑み込んだ。
「最初に立ち上がったのはシャティアだった。忘れ物をしたと言って、書斎の方から二階に上がって自分の部屋に行っていた」
「私は違うわよ!」とシャティアは焦って云う。
「次に君だ。君も書斎の方に向かったと思うけど、一応何をしていたのか聞いても?」
「俺はお手洗いだよ。思い出してほしい。手をハンカチで拭きながら出て来たはずだ」
ニーナは口ごもる。
「あと、それには建物の構造にも注視しなければならない」
ジグラグラハムは得意げに語った。
「この屋敷は中心に会食もしたこの部屋で、玄関もあそこにある。そこから(正面をこの部屋として)左に書斎と物置があり、二階に続く階段がある。右は風呂場やキッチン、そして地下への階段があって、その場所にも二階に続く階段があったな」
二階にはゲストルーム、つまりここにいる五人と死んだ一人の部屋が大半を占めている。
「そこで鍵になるのは、例えば瓶を持ち出したとしても、どこに隠して置いたか」
流石の探偵、そこも織り込み済みで考えていたんだなとジグラグラハムは微笑む。
「会食を抜け出して書斎にある瓶を、真反対にある地下室への階段に持って行くためには『いちど二階に登ってから反対側に渡る必要がある』」
様々な事を順番に揃えて処理していった。
まず凶器が書斎に飾ってあった瓶であるのは確定事項であり、とすると、どうやって犯行の時にそれを持って行ったのかが争点だ。
恐らくニーナの推測では『会食時に瓶を持ち出し、二階を経由して反対側へ移してどこかに隠した』ということだ。分かりやすくまとめるなら、
・会食中に席を立った人
→シャティア(忘れ物)、ジグラグラハム(お手洗い)――、
・凶器の瓶のあった場所
→書斎
・瓶が使われた場所
→地下室
・通り道のルート
→二階を経由する必要がある。
という感じだ。
むろん、なぜそんな手間をかけてまで『瓶』にこだわったのかは、今の争点ではない。
とにかく、あの瓶を使用して犯行に及ぶのなら、そういう手口を使わなきゃ不可能である。ただしそうなると。
「会食を抜け出して瓶を持ち去り、どこかに隠すっていうのは、短時間で終えられる作業ではない」
「――――」
「俺の記憶によると、お前も会食時に席を立ったな。向かった先は地下室側で、それも結構長い時間、席を外していたが……お前こそ、その時何していたんだ?」
ニーナ・ヴァレンタインは口を閉じた。