※ジグラグラハム視点
俺の推理を言ってやろう。
犯人は『シャティア』だ。十中八九、間違いない。
凶器は『瓶』。わざわざ書斎から持ち出したということは、計画的な犯行であり、なおかつ『瓶』である必要があったということだ。
なぜ『瓶』だったのか?
それは『違和感なく持ち運べる』からだ。
地下室やゲストルームには、もっと重くて殺傷能力の高いものがいくらでもあった。
だが、停電の暗闇とはいえ、『普段持ち運ばない物』を抱えていれば、被害者も警戒するはず。
そこで、『瓶』だ。
例えば「水を替える」と言えば、違和感なく持ち運べた。
そうやって油断させ、背後から襲い、階段から落とした。
つまり、犯行の決め手は『停電』・『瓶』・『犯行時の居場所』の3つ。
この条件に当てはまるのが、『シャティア』だ。
……だが、一つだけ問題がある。
『停電』という要素を省いた時、もう一人条件に当てはまる人物がいる。
それが、ニーナ・ヴァレンタインだ。
シャティアが瓶をどこかに隠し、その間に怪しい行動を取ったのがニーナ。
もし彼女がその時間、何をしていたかを突き止められれば――この推理ゲームの勝者は俺になる。
きっとこの推理ゲームの勝利条件は、謎を解き明かす事だ。
犯人を見つけてはいお終いという訳ではなく、全ての謎を先に解決しなければならない。
俺は一人でも辿り着いてやるぞ。誰かを蹴落とすのは、『落下』の俺の専売特許のはずだ。
さあ、どうする――ニーナ・ヴァレンタイン。
ジグラグラハムは彼女を見て、にたっと笑った。
ニーナは眉をひそめ、口を開いた。
「ボクは、弟を探しに行っていたんだ」
「………………なに、おとうと?」
彼女から発せられた台詞は、ジグラグラハムにとって恐ろしくつまらない回答だった。
彼はとたんに血の気を引いて真顔になる。
また、その言葉は、その場にいた二人の仲間の意識を少しだけ揺らした。
「……弟」
シャルロットが感慨深げにつぶやいた。
そろそろ、夜が明けそうである。
そして巨大な地震が、突如ニーナ・ヴァレンタインの結界に直撃した。
*
※シャルロット視点 ―停電時―
頭がくらくらしている。
シャルロットは驚くほど重い自分の肉体に唖然としながら、両腕で起き上がる。
重心をお尻に預けて目を擦り、まつげを上げた。
「え?」
暗闇だった。
自分が暗闇に身を沈めていることに気が付いて、シャルロットは息を潜め、右手を心臓のあたりでぎゅうっと握った。
恐怖と焦りが小太鼓を叩いている。
シャルロットは深呼吸を繰り返した。
ジグラグラハムとの邂逅、からの浮上の流れまでは覚えている。
まて、何かが変だ。
シャルロットは記憶を吟味し、ゆっくりと思い出す。
「ニーナ?」
彼女の声がした気がする。
意識を失う直前、彼女が何かを言ったような……。でも覚えていない。
(……推理領域)
ふとあの劇場で起った事件を思い出し、彼女が扱った黒魔術に辿り着いた。
シャルロットは自分の体を触る。
暗闇に目が慣れ始めたからだ。
青いドレスを着ていて、つけた事もない可愛らしい髪飾りが頭からぶら下がっている。
肩は出ていて服が軽い。
「やっぱり、ニーナが言っていた推理領域だ」
推理領域――、探偵役、犯人役、羊役、死体役に別れてゲームを行う黒魔術だ。
その仕組みがこれまた複雑で、まず
そして犯人役になった人物に沿って物語が形成され、犯人役の頭脳に合わせて『謎』の複雑さが変化する。
この領域は術者であるニーナファーストではなく、この犯人役に合わせてシナリオが作られる。
「シナリオの作り方が『謎』から『人物』たちを配置するのではなく、『人物』から『謎』を作り出す。従来のミステリとは違った形式だから、勘違いしやすいんだよねー」とニーナが説明していたのを思い出した。
故に繰り出される『謎』は、犯人役が得意とする舞台、トリックで開始される。
中へと選抜された役者はニーナの意思で選り分けることができるが、これは完全ではないと自分で言っていた。
どういうことかというと、意図しない人物までも中に入ってくることがあって、
そんなことは滅多にない。
と言いながらも、ニーナはその不便さを早く治したいとため息をついていた。
この黒魔術は不完全ながら洗練されている。
オトと仲介しオトの精神でシナリオが組まれるため、ニーナはこのシナリオに一切関与していない。
またシナリオは犯人役の頭脳から形作られるから、
ニーナは本当にこのシナリオを自由に操る事は出来ない。
因みに、犯人役に指定した人物の頭脳によっては、
謎が早々に解き明かされ領域が終了することがある。
ここからが肝心だ。
「……領域の終了後、謎を解けなかった探偵は死に、謎を解き明かされた犯人は最も自分が晒したくない状況に陥る」
巨大な疲労感が積もり、思考力も一時的に下がる。
推理領域とは生死のゲーム。
探偵ニーナの命をかけて不可思議を突破する物語なのだ。
「――――あ」
シャルロットは自分が、キッチンでカルと一緒に料理していたことを思い出した。
そしてどんどんと目が慣れ、場所の輪郭が徐々に明らかになる。
「カル?」
名前を呼んでも答えは帰ってこない。
どこかに移動しているのだろうか?
シャルロットは立ちあがりキッチンから出る。
目の前には先ほど会食をした机があり、その上はまだこまごまとしたものが下げられていない。
――物音がした。
「……カル?」
角を曲がり、奥を見る。その廊下の闇を凝視する。次の瞬間。
「ぇ?」
鈍い音が目の前から響いて、物が壁や地面を強く叩きながら勢いよく何かが転がっていく音がした。
しげしげと闇を凝視するが、漆黒のベールが音の正体を覆い隠していて分からない。
ゆっくりと壁に手をついて進む。そしてやっと、その人物を瞳に収める――。
「……」
シャルロットは一歩下がる。
「だれ?」
地下に続く階段の入口で、一人の見知らぬ男が手から何かを階段に転がして地下に落とした。
そこに立っていたのはザザでもニーナでもカルでもない。
ましてやジグラグラハムでもない。
全く見覚えのない男だった。
シャルロットは絶句し音をたてないようにして後退し、背中に壁をつけて腰を砕いた。
そして両手で口を閉じて、音を探った。
恐怖が背中を這い上がり、両足が無意識に震える。
未曽有の慄然が、彼女の鼓動を早める。
身に覚えのない人が誰かを殺した。その事実だけが強く鼓膜を叩いている。
シャルロットは意識が『覚醒』していることを隠すことにした。
ニーナが言っていた。
「領域の中で役職を与えられると、一時的に自分が本当にその役職通りの人であると錯覚してしまうことがある。ボクは何度か領域に入ってるからすぐ覚醒できるけど、人によっては自意識を取り戻すことが遅れてしまう事があるんだよね~」と。
つまり、この屋敷にいる人の中で自分が『推理領域』の中にいる事に、気が付いていない人物がいるかもしれない。
たまたまシャルロットはこのタイミングで覚醒したが、カル、ジグラグラハム、そしてあの男すらも自分が何者なのかを見失っている可能性がある。
そしてその覚醒によっては、キャラクターが大きくぶれてしまう。
「キャラクターがぶれると混乱が起る。ボクもその人がいると謎を解明するのに時間がかかるし、その人も他の役者から疑いの目で向けられる。この推理領域を甘く見ちゃいけない。ボクもこの中にいる限り命をかけているし、とりわけ『激情』はとてもリアルなんだ。焦り、不安、恐怖は特に顕著に出ると思った方が良いよ。だから、ボクは可能な限りこの領域に知り合いは入れたくないんだ。ここはボクと悪い人が中に入るべきであって、無実な人が強制的に参加するものじゃない。この中では倫理が無くなり、タガが外れるから」
ニーナの言葉を思い出していると屋敷の照明が灯った。
遺体はすんなり見つかった。
シャルロットは自分が何も覚えていないように振る舞った。
だがそれからのこと、ジグラグラハムの会話の主導権握りにより、彼女はニーナに真犯人について、知らせる間もなくなった。
ジグラグラハムの追撃がニーナを襲っているとき、とたんに地面が大きく揺れ、視界の端で推理領域が大きく歪んだのを目撃した。