※ジグラグラハム視点 現在
視界が暗転してからしばらく経った。
恐らく、何かが外で起こったのだろう。
(予定にあった結界の破壊か? だが少し早すぎる気がする……)
ジグラグラハムは一人で暗闇に立っていた。
遠くの方で瓦礫が落ちる音が微かに聞こえ、地面もそれに連動して揺れている。
だがまだ自分たちはあの推理ゲームの中にいるようだった。
「誰か! いないか⁉」
ジグラグラハムは叫ぶも、声は何度も反響していずれ闇に消えていく。
「魔術が使えれば照明も手に入るのに……」
無言で肩をすくめてみせる。
「しかし、こうなるとどうすればいいんだ? この精神世界から抜け出すために謎を解き明かすことが必要だとして」
ジグラグラハムは右手の親指を口の前に添え、左手を右手の肘に触れる。
「少なくとも舞台はこの有様だ。屋敷の面影は既にない。こんな状態でゲームが成立するのか?」
と考えていると、ふと物音がして振り返る。
「誰だ」
暗闇の中で何かが蠢いていた。
ジグラグラハムはじいっと見つめると、それは徐々に人の形をとっていき。
少年カルが起き上がった。
「カルくんか……。怪我はないか?」
自分以外の誰かを発見し、まだ推理ゲームが終わっていないということに確証を持ち忍び笑いをしつつ、ジグラグラハムは薄っぺらい善意で手を差し伸ばすと、
それをカルは右手で跳ねのけ、奥歯を噛んで後ろに飛んだ。
「……どうしたんだ、カルくん」
「近づくな」
刹那、カルの右腕に仄かな赤い光が灯った。
その態度をみて、ジグラグラハムは理解する。
「自意識を取り戻したか、赫病の少年!」
「
照明のない暗闇の地面を裂いて真っ赤な棘が創造された。
棘は交互に合体し、ジグラグラハムを囲むように『籠』を作る。
「……そうか。君の赫病は身体機能の一つ、だからこの場所でも使えるんだな」
「第五の司教! お前をここから絶対に出さない!」
カルは右腕から伝う赫い血管のような模様が、右手から首まで這い上がっていた。
興奮状態である。とジグラグラハムは分析した。そして微笑を添えて、
「殺すか?」
と訊くと、カルは目にぱちぱちと火花が走ったような怒りを覚えた。
この推理領域で感じる激情は、現実よりも鮮明である。
というニーナの言葉をカルは思い出した。
「お前が、殺したんだろう! クラーラ……さんを」
「クッ――」
カルは血気迫った顔で問いただす。
ジグラグラハムはよく響く声で哄笑して声を荒げた。
「んなわけねえだろ! 俺は無実さ。そしてお前らの中に犯人はいる。それを俺は見つけ出し、お前らに負け犬の烙印を押してやるさ!」
「そんなわけないだろ! 司教の言う事は信じられるか!」
カルの激昂に連動して、鳥かごの赤い物体が更に強く光った。
遠くの方で瓦礫が崩れる音がまた鳴り、今度はもっと強い揺れが二人を襲った。
――その時、ジグラグラハムは気が付いた。
「なア、赫病者」
そして悪戯な微笑みを添え、親指をこめかみにあて天井を仰いでカルを見下ろす。
「もし死後の世界があるとして、そこである人物が経営している相談所があるとしよう。君はそこに辿り着いたとき、その人物に何を語る?」
「……?」
「俺は自分がどれだけ素晴らしいことをしてきたかを出来るだけ雄弁に語るね! まず平和を作った! ラディクラムの幸福度ランキングは不動のものだ! 次に殺されるしかなかった命に救いを与えた! 蔑まれるべくして生まれた君たちに利用価値を見い出した! 一つの犠牲で大勢が助かる。なんて素晴らしいことなんだ! 俺は自分がそういう活動をしていたことに自信を持っている! プライドがある! こんな俺を俺はだアい好きだ! そういうことを時間のある限り語るだろう!!」
「……お前ッ」
「君は何を語る? その平和活動を破綻させ、人々に不安を与えてしまいました? それとも、生まれてきた事の懺悔でもするのかなア? 教えてくれよカル! 君はどういう思い出を語るんだ⁉ ――思い出なんてねえええええよな! お前は生まれちゃいけなかった! お前は人々を不幸にし、誰かを爆殺させる時限爆弾だ! 今に見てろ、お前は誰かを必ずその手で殺すぞ? 見ず知らずの無辜な人々? それともよく知る仲間をか? 絶エ対にお前はその力で殺して見せる!」
恐々とした罵りはカルの心に届き、名も分からぬ感情が背筋に這い寄った。
勝手に足に力が入り、腕に力が入り、そして力んで震え始める。
この男を野放しにしてはいけない。
この男の、口を閉ざさなければならない。
カルは思い、そして留まる。
流されてはいけない。いくら激情がこの空間において強力なものであったとしても、この感情に身を乗せてはだめだ。
「どうした?」
ジグラグラハムは言う。
「何も言い返せないんだな。効いてるじゃねえか、しっかりと、可哀想だなぁお前」
「…………」
「なんか言ってみたらどうだよ」
「…………」
「ここまでコケにされてだんまりかよ」
「……僕は」
カルはわなわなと震えながら声を絞り出した。
ジグラグラハムはそれに耳を傾ける。
「確かに、僕は時限爆弾だ。僕は人々を不幸にして恐怖させる。それは、カシーアで悲しいくらい味わった。僕が力の制御を忘れたあの街で、僕は自分がどれだけ恐れられているかを知ったんだ」
「――――」
「でもそれでも、僕を見捨てない仲間がいた」
カルは一歩踏み出し、そして前を見る。
「僕はその仲間のおかげで、初めて人を助けた。彼女はちょっと強気な子だったけど、その心には孤独を抱えていて、いなくなった友達を必死に探していた。僕は彼女の為に力を使って、初めて彼女たちの笑顔を見たんだ。仮面舞踏会ではシスターと協力して戦って、最後は失格の司教を倒した。その時に彼女から譲り受けた力は、こうしてしっかりと僕の中で脈打っている。そんな彼女も僕の力を肯定して、訓練に付き合ってくれた。――なあ第五の司教」
「――――」
「こんな僕の軌跡を、お前はどうやって否定する?」
カルが語ったこれまでのこと。それには確かに力があった。
あの引きこもっていたカルに勇気が芽生え、誰かを助ける喜び、そして希望を知った。
これも全て、あの場所から連れ出してくれたシャルロットがいてこそだ。
「僕はみんなを助ける。冷蔵庫で凍えるしかなかった彼も、必ず僕はこの右手で助けてみせるんだ!」
ジグラグラハムは知らなかった。
彼はカルが、どういった希望を持っているのか。
カルが持っている希望は七色の輝き、その掌で輝きを漏らしている。
それは煌々と燃え盛り、カルの胸の心臓に近い場所で確かな温度として存在している。
彼が持っている勇気の名前は、色んな人から向けられ託された『愛』そのものだ。
赫病である彼が、蔑まれる彼が、殺されるはずだった彼が、手にした。
『愛』だ。
「……小癪なっ」
ジグラグラハムはそうやって唾を吐くしかなかった。
カルの声は、彼の闘争心を弱らせた。
「だが、君はもう俺の術中に嵌っている。どれだけ惨めに叫ぼうとも、もうそれは無意味だ」
とたん、ジグラグラハムは指を鳴らすと、ゆっくりと囁いた。
「我々は代弁者である」
そうしてジグラグラハムは神々しい服を身に纏った。
推理領域の破綻が近づき、各々の眠っていた能力が目覚め始めていた。
力の封印は解かれた。
これから始まるのは、第五の司教と、赫病者カルの一騎打ち――。
のはずだった。
「武力行使とは頂けない」
甲高い声が二人の間を突き抜け、地面から大きな瓦礫が生み出された。
瓦礫は形を成し、接合し、そして二人の間に歪なテーブルを作ると、その椅子に彼女は座った。
彼女は虫眼鏡を格好良く取り出すと、満面の笑みで語る。
「さあ、続きをしよジグラグラハム。『
彼女は椅子に右手を置いて、明るく云った。全ての謎解きを終わらせよう、と。
「うふふ、探偵冥利に尽きるね」
鋭い碧眼が、ジグラグラハムの興味を刺した。