※カル視点 ―停電時―
おでこに触れた人差し指と、眼前から流れ出る冷気が、僕の意識を冷まさせた。
「え?」
突然僕はこの屋敷の客人から、冒険者であり赫病者であるカルへと覚醒した。
目をしばたいて両手を持ち上げ、自分の掌をじいっと眺めながら記憶の整理を始めている。
すると、
「大丈夫?」
目の前の冷凍庫から同じ大きさの手が伸び、カルの頬に優しく触れる。
僕は頭を上げた。
「オト?」
左目に黒い眼帯を着け、中性的な顔立ちをした少年が、体のいたるところに霜焼けが出来ている少年が三角座りをして凍えている。
その顔は生気が殆ど無く、唇からは小さな氷柱を垂らしている。
「どうしてこんな所に⁉」
カルは額に添えられた彼の手首を握り、体を寄せて尋ねる。
「隠れて、いるんだ。狙われた……」
「狙われた?」
その言葉と同時にカルは記憶の中で全ての整理が終わった。
そして、今自分がニーナの推理領域にいること、今は停電が起こっており、シャルロットがまだ覚醒していないこと。
事実を時系列順に並べ、この領域の中でしっかりと覚醒する。
「僕は、あの円卓で姉さんとはぐれた。でも推理領域は僕が居なければ成立しない。だから、僕は今、ここに無理やり連れてこられた。たぶん、姉さんは僕も探そうとしているんだと思う」
「それでいきなり推理領域を?」
「きっと、君たちの近くに姉さんはいて、危ない所を見ていたんだと思う」オトは白い息を落として力を振り絞るように語る。「いちおう感覚は繋がっているから、その時の焦りとかが、僕にも伝わって来た。姉さんは本当は、この推理領域に知り合いは入れたくないと思っているのに……」
「無理に領域を使って、僕らを助けてくれたんだね?」
カルは前のめりになってオトの事を冷蔵庫から出そうとした。
触れて気が付いたが、オトの体はまるで死体のような冷たさをしていた。
「大丈夫だよ、カル」
オトはカルの耳元で囁いた。
「僕は元々、人間じゃない。ドラゴンなんだから。このくらいの冷気じゃあ、死なないよ」
「でも、君は苦しそうだ」
オトは心配するカルの背中に手をぽんと置いた。
「僕がここに隠れているのは、狙われたからだ」
そしてさっきの言葉の続きを言おうとする。
「推理領域にアクシデントがあった。犯人に定めた人物が、僕を狙っている……彼は何故か、領域が始まると共に覚醒し、僕を探し出した。僕は見つかる訳にはいかない。僕の身に何かがあったら、この領域のルールは成立しなくなる」
(司教、ジグラグラハムはそこまで恐ろしい人なのか?)
「確か君は、この領域におけるゲームマスターの立ち位置なんだよね?」
犯人の選定、シナリオの構成、人物の背景、舞台の操作。
その全てを決めるのはこのオトである。
オトはゲームの終了条件を決め、謎の解決を判定する。
つまりオトは、ゲームが終わるまでここで起こる全ての事象を見て居なければならない。
だが様子を見るに、オトは満足にゲームマスターとしての役割をこなせていないようだった。
「既にどこかしらにシナリオの淀みが生まれている。舞台設定も、正直手が回っていない。でもなぜかこのゲームは成立し、謎は順調に組み立てられている」
よほど犯人役は頭がいいみたい。とオトは小声で云った。
「後は、姉さんが謎を解き明かし、ゲームを終わらせることができれば……それまでに、僕が犯人から隠れ切って、意識を保てば……」
「そうか……君は、犯人を
オトは声も出さずに、ゆっくりと頷いた。
「話すことはできない。ゲームマスターは、干渉しちゃいけないんだ」
「……もし干渉したら?」
「どうなるかはわからない。いい結果にはならないと思う」
「…………分かった」
「――――」
カルは右腕を捲り、力んだ。
「オトくん、謎を解くまでの間、
ニーナの弟であるオトの意識が途絶えれば、ルールは成立しなくなる。
そうなる前に、ニーナかシャルロット、またはカルが謎を解明しなければならない。
僕らは今、生きるか死ぬかの瀬戸際にいる。
「全てに決着をつけて、また一緒に旅をしよう。オト」
「……うん」
彼は、綻んだ口元を見せて頷いた。
それと同時刻にシャルロットが覚醒、後に謎の男を発見し、ジグラグラハムはその数分後に覚醒する。
カルはジグラグラハム。
シャルロットは謎の人物。
ジグラグラハムはニーナ。
それぞれが異なる犯人像を持ち、そして別々の目的が交差していた。
全てはこれから行われる解決編で明かされる。
オトを探し出そうとし、シャルロットが姿を目撃し、
ジグラグラハムが喜々として解き明かそうとしている謎の犯人は、一体誰なのか。