目次
ブックマーク
応援する
6
コメント
シェア
通報

第103話 黒き魔女の胎動

―――アイネソン邸に現れた切り裂き魔自動人形オートマタに対峙するサジテールとスコーピオ。


屋敷の玄関から表に飛び出したサジテールとスコーピオを追うようにして飛び出してきた自動人形三体は、手に持った鎌型に歪曲した剣を改めて握りしめる―――


そんな自動人形を相手にスコーピオは『収納』を開き黒神龍装ノワール=シリーズのひとつ―――黒短剣=奈落ならくを引き抜くと両手に構える。


全長四十五cmの二本の短剣ダガ―は鏡面加工された片刃で刃幅は広く、背にはギザギザのノコギリ刃も付いた大型のサバイバルナイフであり、本格的な戦闘から暗殺、そして料理からサバイバルにまで幅広い用途に使える万能ダガ―である。


サジテールは自動人形から距離を取り『収納』から八雲から受け取った黒弓=暗影あんえいを取り出すと、口が『収納』に繋がった矢筒から黒い矢を取り出し番えて弓を引いた―――


弓全体が鱗で出来ているが矢を発射するのに撓りが必要なので、鱗の強度と同時に弓を引いた際には撓るのに必要な柔軟さも『創造』されている。




自動人形の一体がスコーピオに向けて突進してくるのを正面から奈落を構えて剣を受け止める―――


―――すぐに二体目が一体目を飛び越えてスコーピオに向かって上から剣を振り下ろそうとする。


しかしそこにサジテールが目にも止まらぬ速さで矢を放ち、二体目の自動人形の額を撃ち抜く―――


―――体制を崩した二体目がそのまま一体目の上に崩れ落ちると、その横から三体目がスコーピオの側面から鎌型の剣を横薙ぎに振り放った。


常人からすれば高速の斬撃である自動人形の攻撃だが、人を越えた存在である龍の牙ドラゴン・ファングのふたりには児戯に等しい攻撃だ―――


―――横薙ぎに接近する剣を奈落で受け止めて、さらにその反動を利用して重なり合う剣を支点に側転状態で位置を変え、スコーピオは着地と同時に長く美しい右脚で自動人形を蹴り飛ばした。


その蹴りで吹き飛ばされた三体目の身体に、サジテールが『身体加速』により早送りの映像のように連続で発射する炎を纏った矢が自動人形の身体中に突き刺さる―――


地獄の炎ヘル・ファイヤーを纏った矢だ……燃え尽きろ」


―――以前ノワールが発動したのと同じく地獄の炎を召喚して武器に付与するもので、その自動人形を一気に焼き払う。


屋敷前の庭で炎に包まれて藻掻き苦しむ自動人形を意に介さず、無表情な顔をした残り二体の自動人形はスコーピオとサジテールに襲い掛かってくる―――


「御子に聴いた話し通りか……魂を利用した自動人形オートマタ


―――リオンに現れた切り裂き魔の自動人形について八雲から話を聴いていたスコーピオは八雲に教えてもらった魂を植え付けられた『コア』の位置を探るために右目の眼帯を外すと金色の瞳が眼帯の下から現れ、指で金髪を掻き上げて自動人形を見つめる。


スコーピオの瞳に何かを感じ取ったのか対峙する自動人形の脇腹から服を突き破って左右に腕が生えたかと思うと、合計四本の腕になった自動人形が無表情の顔のままで突撃して来た―――


―――だがそこで両手の奈落をブランと下ろしたスコーピオ。


そしてそこから次の瞬間―――


―――シュオン!!!と黄金の瞳が輝きを放つ。


眼帯の下から現れた黄金の瞳から強烈な光線が四本腕の自動人形に向けて発射された―――


―――まるでレーザーのような光によって喉元を貫かれて焼け溶けたような跡を残して大きな穴が空く自動人形。


そして膝からガクリと崩れ落ちて、その場に倒れるとすべての機能を停止していた―――




「―――まさか『瞳光術どうこうじゅつ』を使って倒すとは、意外だな」


スコーピオの後ろから声を掛けるサジテールの更に後方には体に無数の矢を受けて庭の木に縫い付けられるようにして燃えている自動人形の姿があった……


「御子から、あれは魂を移し替えた『核』によって永続的に稼働すると聴かされていたから、それならこれで核の場所を特定して焼き尽くした方が早いだろうと思ってな」


そう言って再び眼帯を戻すスコーピオにサジテールは改めて屋敷を調べてみることを提案した。


「まだ罠があるかも知れん。警戒を怠るなよ」


「―――ああ、了解した」


―――再び玄関から屋敷の中に侵入したふたりは、やはり人気のない静かな屋敷の中を警戒しながら進むとやがて自動人形達が出てきた扉の部屋へと向かっていく。


するとそこには―――


「―――ッ?!」


「……これは」


―――部屋の中を覗いたふたりは言葉を失っていた。


部屋の中には―――


―――入口を入ったところにエルフの男の首が血溜まりの中で転がっていた。


「この屋敷の家令をしていたロインメルクだ……」


その首は長年このアイネソン家で家令を務めていたロインメルクという高齢の男性エルフで、エヴリンとの付き合いが長いサジテールは無論だがエディスも当然幼い頃から世話になったことがある人物だった。


そして更に室内には―――


―――メイドらしき女の首がまだ乾ききらない血の海の中で三つ転がっていた。


無造作に床に転がされた首と同じように、その四人のものと思われる腕や脚も部屋中に散らばっている。


広い部屋ではあるが遺体から流れ出たと思われる血が大量に流れ落ちて、彼方此方が血の海地獄と化している惨状にスコーピオは思わず―――


「惨いことを……」


と呟くと左の赤い瞳を細めながら部屋の中を見回して胸の奥で怒りが込み上げてきていた。


「―――これを見てみろ。スコーピオ」


そこでサジテールが家令の首とメイド達の首を拾い集めて床に並べてスコーピオを呼ぶと、その首の顔をじっと見て普段は冷静沈着なスコーピオが思わず目を逸らす傷痕があった。


メイドの首はすべて下を向くか壁に向かって転がっていたので、すぐには気づけなかったが……


メイド達の首には―――眼球がない。


強引に繰り抜かれたようにぽっかりと空いた穴から、引き摺り出されたのであろう視神経や血管が外に飛び出している……


眼球だけではなく鼻もその顔から失われていて骨が露出し、他にも上唇や耳まで無くなっているといった首もあった……


そしてよく見ると首が転がっていた辺りから少し離れたところに斬り落とされた鼻や耳、そして繰り抜かれた眼球まで転がっているのも見つけた。


「これは一体……どういう意図があるんだ?」


スコーピオはこの異常な遺体の状況を見てサジテールに意見を求めるもサジテールは黙って瞳を細めたまま、そのメイド達の首と傷のない家令の首を見つめている。


「恐らくだが女を拷問する必要があったんだろう。理由は分からん。だが―――」


そこで首を検分するために膝を着いていたサジテールはスッと立ち上がると、


「―――知っている者達を、こんな姿にしてくれた報いは必ず受けさせる……必ずだ」


スコーピオは龍の牙ドラゴン・ファングの序列02位を本気で怒らせてしまった今回の首謀者に同情はしないが哀れな最後を迎えることになるのは確かだと心の中で確信していた―――






―――それから別行動を取っていたジェミオスと『伝心』で連絡を取り合うと一旦集合するようにサジテールは指示を出した。


夕暮れ時の美しい首都ウィズドムにある宿屋に入った三人は部屋のベッドに腰掛けるとそれぞれ『伝心』でお互いの報告を行う。


どこに聞き耳があるとも知れないとき左の牙レフト・ファングの諜報員は常に『伝心』で会話するのが鉄則だ。


まずはジェミオスの調査した市場の状況とレオパールの軍部に徴集されていった魔法薬や食料備品について細かく訊いてきた内容を報告する。


【―――その状況だけ聞けば、まるで戦争前の兵站を集めているように見えるな】


【そのまま兵站にするんだろう。エヴリン=アイネソンも姿を消している今、残っている邪魔者はエルドナ=フォーリブス導師のみといった現状だ。これは御子の言っていた通り導師ふたりを亡き者にして―――】


スコーピオが八雲の予測していたことを告げようとしたところで、


【―――推測で動くのは命取りだぞスコーピオ。俺達は自分の目で確かめた事実のみで行動する。それが左の牙レフト・ファングの鉄則だ】


そう返してサジテールが窘めた。


【そうだったな……すまない。少し推測が過ぎたようだ。それでサジテール、これからどう動く?】


スコーピオの問いかけにしばらく瞳を閉じて熟考していたサジテールだったが、


【まずはあいつとノワール様に現状の報告を包み隠さず行う。そこで新たな指示があればそれに従うが現状続行なら魔導軍の魔術研究所へと向かう】


そう伝えてきたサジテールの方針にスコーピオは頷いて返しジェミオスも反対はないと頷いた。


そうしてサジテールから八雲とノワールへ『伝心』によって報告が行われた―――






―――サジテールからの『伝心』報告を聴いた八雲とノワールは、


【―――予想以上に状況が悪い方向を向かっているな……】


サジテールの報告に暗い表情で答える。


【ああ、残念だがお前の予想通りエヴリンは行方不明でこのままではエルドナ=フォーリブス導師もどうなるか分からん。それでこのまま最初の指示通りに動くのがいいのか確認しておこうと思って報告した次第だ】


報告を終えたサジテールの『伝心』に八雲が顔を上げて、


【―――これから三人でエルドナ=フォーリブス導師の安否を確認してくれ。まだ無事なら三人で警護するんだ。俺達もレオパールに向かう】


【御子達もこちらに?】


スコーピオが『伝心』に割り込む。


【ああ。恐らくことは一刻を争うところまで来ている気がする。三導師に手を出すのは事を起こす最終段階に近づいたからだろう。だから三人はそのままフォーリブス導師の元に向かってくれ。俺とノワールもすぐにそっちに向かう】


【……了解した。お前の指示に従おう】


そう言ってサジテール達の『伝心』は途切れた。


丁度ミネアでの歓迎会も終わり、黒翼シュヴァルツ・フリューゲルに戻っていて八雲の部屋で一緒に報告を聴いたノワールの顔は曇っていた。


「……エヴリンのヤツは気に入らなかったが、あいつの屋敷の者達は皆が気さくで明るい良いやつ等だった。そんな者達を拷問して殺すようなヤツは生かしておく訳にはいかない」


本当はエヴリンの安否も気にしているということは八雲には分かっていたが、ここでそれを言ってもノワールは意地を張って認めないだろうから黙っておくことにする。


「明後日は学院祭もあることだし、今から出てレオパールに行くぞ。誰がどういう意図でこんなことをしているのか、ハッキリさせるために」


そう言ってノワールに手を伸ばす八雲―――


―――その手を取り、立ち上がったノワール。


「そうだな……裏でコソコソするようなヤツは、我とお前でサッサと片付けて終わらせてやろう!」


お互いに意見も一致したところで八雲はクレーブスに『伝心』で指示を送り、ノワールとともにレオパールへと向かう手筈を整えるのだった。


しかし八雲には一点だけ気になることがあった―――


アイネソン邸で見つかった家人達の遺体は首と手足があっても―――


―――胴体が見つからなかったことだ。


サジテールとスコーピオが屋敷中を探しても発見出来なかったという……


―――天井を見つめた八雲が呟く。


「一体、どういうことなんだ……」


不安を抱えながらも八雲はレオパールに向かうのだった―――






―――八雲がリオンから動こうとしている頃、


レオパール魔導国魔導軍魔術研究所の一室で執務机に腰を掛けていた黒く長い髪に褐色の肌をしたダークエルフの女ルドナ=クレイシアの元に魔導軍の白衣を着た男のエルフがドアをノックして入室してくると、血相を変えた様子で早口に報告を始めた。


「―――申し上げます!先ほどアイネソン邸に配置していた105番、106番、107番の魂魄ソウル反応が―――消失致しました!」


その報告にピクリと眉を動かしたルドナが、


「消失だと?リオンで実験に使った55番と同じようにか?」


ルドナの言った55番―――それがリオンで出没していた『切り裂き魔』の自動人形のことだ。


「はい!あの時のように急に反応が途絶えました!それも三体ともです。これは……考えにくいことですが……あの三体が倒されたのではないかと」


白衣の魔術師の立場からすれば、あれほど強化した自動人形オートマタを倒せる者など英雄クラスでもなければ存在しないだろうと思い込んでいたので急に三体も倒された可能性があることに驚愕していた。


「この世界に絶対はない。魂魄ソウルの反応が消えたというのなら、それを事実として受け止めろ。問題はその後の処理だ」


「―――と、言いますと?」


執務室の椅子を引いてルドナは脚を組み直すと、


「あそこには確か魔道具科が開発した索敵用魔道具を仕込んであったな?」


「ああ、はい!―――『飛翔眼フライ・アイ』のことですね!確かに何か映っているかも知れません」


「すぐに記憶を此処で見られるように手配しろ」


「―――ハッ!」


返事をして執務室から飛び出して行く白衣の配下を見送りながら、ルドナの胸中に他の導師達とは違う第三勢力の介入を予感させる。


暫くすると巨大な水晶の玉を積んだワゴンを押して先ほどの白衣の男と、他数名の白衣を着たエルフの男達がやってきた―――


そしてルドナの指示通り彼女の執務室で『飛翔眼フライ・アイ』と呼ばれた魔道具―――現代日本で言うならば『ドローン』のようなもので、軽量なので無属性魔術の重力系魔術を付与されて空中に舞い上がり一定の高さから映したものを記憶として残す魔法石が組み込まれている魔道具を起動する。


ドローンとの違いは操作する系統の付与魔術がないので、一度上げた空中で固定されて移動できない点だ。


その魔法宝石が記憶したものを刻んだ魔法陣同士のパスを通して遠く離れたこの研究所で見ることが出来るのだ。


その『飛翔眼フライ・アイ』から送られてきた映像を映し出す水晶を見て―――


―――まず一体目はサジテールの地獄の炎に焼き尽くされて反応を消した。


―――次に二体目はスコーピオの術でトドメを刺されていた。


―――そして三体目もまたサジテールによって炎の矢に全身を貫かれて燃え尽きていた……


その状況を目にして―――


今まで自分達の手掛けてきた自動人形の最後をこんな形で目にするとは思っていなかった白衣の男達は焦燥感と絶望感に包まれていた。


「こいつは……そうか、読めたぞ。今回の自動人形三体を破壊して私の計画に干渉しているのは―――黒神龍とその御子だ!」


その言葉に白衣の男達は驚いて、


「―――こ、黒神龍とその御子ですって!?し、しかし何故そうだと分かったのですか?」


映像を共に見ていた男達からすると映っている女ふたりの戦闘力は驚異的なものだったが、そこから黒神龍に繋がる理由がわからない。


「この短い金髪の女……こいつは確かサジテールだ。昔エヴリンと一緒にいるところを何度も見かけて直接話したこともある。黒神龍の造った人造人間にして比類なき強者だ!エヴリンは黒神龍と昔から親交があった。そしてティーグルとエレファン、それにエーグルとリオンを統一して共和国とし、皇帝位に就いたのはその黒神龍の御子だ。間違いない……クックックッ♪―――これは愉快だ!」


黒神龍の御子とその配下が相手だと分かっても愉快だと言ってのけるルドナに周囲の配下達は恐怖すら感じている。


「……クレイシア導師、一体どうなさるおつもりですか?」


ニヤついた顔で水晶に映ったサジテールの顔を眺めているルドナに白衣のひとりが問い掛けると、


「ああ?……そうだな……エヴリンの屋敷の状況を見たのなら次に奴等が向かうのは間違いなくエルドナ=フォーリブスのところだ。だから其方に自動人形オートマタ切り裂き魔リッパー』を向かわせろ。数は……そうだな……五十体出せ」


「え、『切り裂き魔リッパー』を五十体ですか!?本気ですか!?」


問い直す白衣の男にルドナの鋭い視線が突き刺さる。


「……二度は言わん」


殺気と魔力の奔流に呑まれるかのような感覚に全身を貫かれた配下の男はただ震えながら―――


「―――し、承知致しました……」


―――と答えるのがやっとだった。


慌てたように執務室を飛び出して行く配下の男達を睨みながら部屋に残った水晶と、その中に映る美しいサジテールを見つめながらルドナは再び狂気に満ちた笑みを浮かべる……


「お前を拷問すれば、一体どんな声で鳴いてくれるのだろうな?サジテール……クックックッ」


サジテールの金髪と同じく黄金の光を放つ満月を窓越しに見上げながら、いつまでもルドナは笑みを浮かべていた……



この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?