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第104話 黒き魔女の陰謀

―――エルドナ=フォーリブスの屋敷


エルドナの屋敷は首都の北側にあるエヴリンの屋敷とは離れた場所の首都の西側に位置している。


緑の多いエルフの都ウィズドムの中でも特に自然の多い森の地域で導師という立場上、人が訪ねてくることは多いので道だけはしっかりしているが一歩外に踏み出せば迷ってしまいそうな場所だった。


「―――エルドナ様。只今玄関にサジテールと名乗る者が二名のメイドを連れて訪ねて来て面会を求めております。エルドナ様のお知り合いだと申しておりますが……如何致しましょう?」


書斎で本を読み耽っていたエルドナは、手元の本から視線を上げて知らせに来たメイドにその視線を向ける。


「サジテールですって?……確かエヴリンから半年ほど前に行方知れずになったという話しは聴いていたけれど、こんな時間に突然何があったのかしら……分かったわ。お客様を応接室へ」


エルドナからの指示を受けたメイドは畏まりましたと言って書斎から出ていく。


エルフという種族であるため容姿の美しいエルフの中でも特に美しさを際立たせたような存在であるエルドナは、長く美しいウェーブの掛かった金髪を揺らしながら立ち上がって書斎の窓の外を眺める。


「……なにか途轍もないことが起こりそうな夜ね。彼女が訪ねて来るということは、エヴリンに何か?」


嫌な予感しか湧いてこないエルドナは身嗜みを整えてサジテールの待つ応接室へと足を向けたのだった―――






―――メイドが開いた扉を抜けて応接室に入るとソファーには見知った顔のサジテールと眼帯をした美女、そして愛らしい金髪の人形のような少女が待っていた。


「お久しぶりねサジテール。半年ほど前から行方知れずだとエヴリンから聴かされていたけれど、こんな時間に訪ねて来るなんて穏やかじゃないわね?それに、そちらの御二人は?」


「―――突然押し掛けて来て申し訳ないとは思っている。このふたりは俺と同じく黒神龍様の龍の牙ドラゴン・ファングで、スコーピオとジェミオスという」


サジテールの紹介でふたりが軽く会釈をして応える。


「我が家に突然、龍の牙ドラゴン・ファングが三人もやってくるということは、それだけ只事ではない、という事ね?」


エルフの頂点に立つ三導師のひとりに名を連ねるエルドナはすぐに異変を察知しており、三人には本題に入れるよう言葉を選んでいる。


「ああ……先ほどエヴリンの屋敷を訪ねたら、自動人形オートマタが屋敷内に侵入していて、家人が皆殺しにされていた」


「―――なんですって!?そんな……エヴリンは?エヴリンはどうなったの!?」


サジテールの話が自分の予想を遥かに超えた訃報だったことに、エルドナも取り乱してしまう。


「屋敷中を探してみたがエヴリンの姿はなかった。おそらくは攫われたと見るべきだろう」


「そんな……」


エヴリンとは何百年もの付き合いをしていて、お互いの屋敷の家人とも親交があったエルドナにとってはこれ以上の不幸はないと言えるほどの表情で強張っていた。


だが、そんな重苦しい空気の中でサジテールが口を開く。


「次に狙われるのはエルドナ、貴女だと俺達は睨んでいる。ルドナ=クレイシアはもう形振り構っていない行動をしている。政敵となるエヴリンとあなたを排除しようと動き出したと見て間違いないだろう」


残酷な事実を突きつけられてエルドナは苦悶の表情を隠せない。


「まさかルドナがそこまでの暴挙を……エヴリンとはお互いに身辺には注意を払っているつもりだったけれど、エヴリンの屋敷の者達は魔術の腕は確かだったし信頼できる者達だっただけに……まさか命まで……」


「屋敷を襲った自動人形は以前リオンで『切り裂き魔』と呼ばれ、リオンの国民を惨殺していた物と同じだった。黒神龍様の御子、九頭竜八雲によればリオンの切り裂き魔事件は自動人形の実験だったのではないかという見立てだ」


「実験……確かにルドナは以前に人の魂を『核』とした自動人形オートマタの軍事利用を提案してきたことがあったわ。勿論そんな非人道的なことは私とエヴリンが反対したのだけれど。ルドナは諦めていなかったのね……」


「俺は半年前にエヴリンからルドナの軍が東部の村を狙って動いたという情報を元に、東部の村に赴いて村の娘達を保護していたんだ。そのことも落ち着いたので、エヴリンに現状を聴こうと訪れたときの出来事だった」


「半年前!?それって……確か軍が東部の村に異変があったと検分に行って、魔物の群れに襲撃されて全滅したと報告をしてきたけれど、まさかそんなことが……」


「軍がしたことを軍が検分して報告するんだ。隠蔽し放題だな」


サジテールの言葉にギリッと奥歯を噛み締めるエルドナ。


「向こうもエヴリンの屋敷の人形達がやられたことには遠からず気づくだろう。それを考えて御子がお前の護衛につくよう我らに命じた。此処の警護に就くことを許可してもらいたい」


サジテールがエルドナに許可を求めるとエルドナは目を見開いて、


「こちらこそ、お願いします。今のルドナに対抗出来るのは……悔しいけれど貴女達しか思い浮かばないわ。黒神龍様の使徒である貴女達に改めて私に力を貸してくれるようお願いします。そして、どうかルドナの暴挙を止めることに協力してください」


「承知した―――ッ?!……スコーピオ、ジェミオス」


エルドナに返事をした直後サジテールが妙な気配を感じ取り、他のふたりにも確認する。


「ああ、どうやら早速此方に来たようだ」


「エルドナさんには指一本触れさせません!!」


スコーピオもジェミオスも臨戦態勢に移行していく。


「エルドナ、俺達は表に出て敵を迎え撃つ。お前は家の者達と出来るだけ身を隠していてくれ」


「わ、分かりました。貴女達もどうか気をつけて」


エルドナに強く頷き返して、左の牙レフト・ファングの三人は屋敷の外に向かうのだった―――






―――屋敷の外に出ると、そこには屋敷を包囲するように数十体の自動人形『切り裂き魔リッパー』が姿を現していた。


「随分と団体で来たな。ふたりとも、あの自動人形に使われている『核』の魂は、元は善良なこの国の国民の魂だ―――」


「―――分かっている。だからこそ早く解放してやらなければならない」


「―――はい!頑張ります!!」


サジテールの言葉を聴いてスコーピオとジェミオスはその意志をしっかりと受け取り敵と対峙する。


「スコーピオは裏を頼む。ジェミオスは右、俺は左側を殲滅する―――何かあれば報告を」


スコーピオは黒短剣=奈落ならくを取り出して握り締めた。


「了解した―――スコーピオ出る!」


ジェミオスも『収納』から黒直双剣=日輪にちりんを取り出してかまえる。


西洋剣風の両刃の黒い直剣に金を用いた鍔、白を基調にした柄、そして黒い鞘には太陽を模した蒔絵のような模様を入れた日輪をジェミオスは自動人形に向けて、


「―――右翼は任せてください!」


そう言って先手必勝―――果敢に突撃していった。




まず前に出たジェミオスは日輪を握りしめて、向こうから飛び出してきた切り裂き魔リッパーの鎌型の剣を軽く流したかと思うと、竜巻のような斬撃の連続で切り裂き魔リッパーをバラバラにする―――


―――ここで本来、切り裂き魔リッパーは身体をバラバラにされても各部のパーツに刻まれた魔法陣で独立稼働して敵に襲い掛かることが出来るのだが、ジェミオスの斬撃はその個別に稼働を実現させる『コア』を的確に斬り砕いていた。


屋敷の裏に回ったスコーピオは、そこにある雑木林の中で蠢く自動人形を捕捉していた―――


―――雑木林から飛び出してくるリッパー達を奈落で応戦しつつ、眼帯を外して『瞳光術どうこうじゅつ』を発動するスコーピオ。


次々と的確な狙い撃ちで体内に取り付けられた『核』を撃ち抜かれていくが、リッパーも数が多い―――


―――しかしスコーピオはこの状況に一切焦る様子もなく的確に淡々と一体、また一体と奈落の斬撃と黄金の瞳から発射される光線でリッパーを沈めていった。


サジテールは屋敷の壁を垂直に駆け上がると屋根の上で暗影に矢を番えて自身の『身体加速』を発動してまるでマシンガンのように弓を連続発射していく―――


―――ほぼ同時に身体中に矢の刺さったリッパー達は、そこから発動する地獄の炎ヘル・ファイヤーに身を焼かれて、あっという間に人型の消し炭へと変貌していく。


八雲と邂逅した際に千五百mの距離から的確な射撃を行ったときに比べれば、ほんの数十mほどの距離にいるリッパーを射抜くことなどサジテールにとっては目を瞑っていても出来る―――


―――そうして次々と倒されていく切り裂き魔リッパーの数が半分を切った頃だった。


その自動人形達が退いて行く―――




「―――流石は黒神龍の申し子達だ。あんな自動人形オートマタ如きではやはり相手にはならんようだな」


淡い光を湛える月を背にして空中の人影がサジテール達にそう語り掛けてくる。


長い銀髪に赤い瞳をして軍帽と軍服の装いをした上着とタイトスカートに身を包んだダークエルフ……


「貴様……ルドナ=クレイシア」


屋根の上から宙に浮いているルドナを睨みながらその名を呼ぶサジテールと、そのサジテールと同じく屋敷の屋根に飛び上がってきたスコーピオにジェミオス。


「答えろ。エヴリンをどこにやった?」


サジテールは尋常ではない『威圧』を放ちながらルドナに問い掛ける。


だが、そんな『威圧』を自身の魔力で遮断して平気な様子でいるルドナの様子は彼女もまた実力者であることを誰が図った訳でもなく証明することになった。


「―――心配するな。エヴリンはまだ生きているさ。すぐにお前達もそこに行くのだからな!」


そう言い放つと同時に闇属性魔術の闇刃ダーク・ブレードを発動してサジテール達に放つ―――


―――並みの人間なら暗闇の広がる夜に黒き刃の闇属性魔術闇刃ダーク・ブレードなど放たれては見切ることも難しいだろうが、龍の牙ドラゴン・ファングの三人にはどうという攻撃ではない。


的確に見切りつつ、ジャンプで屋根から地面に飛び降りて着地する―――


―――しかしそれと同時に三人の両脚が地面にめり込んだ。


「―――なにっ!?この地面は一体!?」


三人とも膝までめり込み、これが地面の感触ではないことはすぐに分かった。


そして更に地面に見えるそこから触手のような動きで紫色をした塊が伸びてきたかと思うと三人の両手に纏わりついて動きを封じる。


「こんなもの!!―――ッ!?どういうことだ?魔術が発動しない!!」


火属性魔術で焼き切ろうとしたスコーピオが魔術の発動を阻害されるような感覚に全身が覆われて、上手く魔術が発動しないことに奥歯を噛み締める。


「―――き、気持ち悪いですぅ!!」


全身に纏わりつく粘液体にジェミオスが涙目に変わる。


そんな三人の目の前まで宙に浮かんだルドナがゆっくりと舞い降りると―――


「どうかしら?元々は魔神を捕獲するために開発した魔術なのだけど、黒神龍の人造人間達を拘束出来るなら成功と言っていいようね。その魔術は拘束した相手から攻撃力と同時に魔力も奪うの。だから力も上手く入らないし魔術も撃てないでしょ?」


「―――魔神だと!ルドナお前、まさか『魔界門インフェルノ・ゲート』を開く気なのか!!」


『魔神』という言葉に反応してサジテールが声を上げると、ルドナは不敵な笑みを浮かべながらサジテールを見下している。


「ええ―――その通りよ!魔界門インフェルノ・ゲートを開き、魔神を此方の世界に召喚するのよ」


「―――愚かなことを!魔神はエルフ如きが操れるような存在ではない!食い殺されて終わりだ!!」


サジテールの反論にもルドナの笑みは崩れない。


「普通ならそうかも知れない―――だが私は違うぞ。現に今お前達は身動きが取れないだろう?開発したその新魔術魔神拘束イーヴァル・バインディングをもってすれば、黒神龍の生み出した最強の人造人間ですら身動き出来なくすることが出来る……クックックッ!いやぁ!いいテストの相手になったよ!サジテール!!」


「ッ!―――貴様ぁああ!!」


強引に粘液体を身体から振り払おうと力を入れるサジテールだが、拘束されているようであっても実際はまるで無重力の空間に放り出されたような状況を作り出されていて力点の作れない状態にその身を置かれてしまっては脱出も攻撃する術もすべて塞がれてしまっている。


そんな時スコーピオが黄金の右目をルドナに向けて『瞳光術』で狙い打とうとするが、地面から新たな粘液体が飛び出してきてスコーピオの右目を、べちゃり!と顔半分ごと覆い隠した。


「―――クソッ!!」


瞳を塞がれたことで瞳に宿した魔力も吸い取られ、既に三人の身体は胸近くまで地面に張られた魔神拘束イーヴァル・バインディングに沈んでいた。


「―――俺達をどうする気だ!」


肩まで沈んだサジテールが頭上のルドナに叫ぶ。


「フフッ……勿論……今までの生贄達と同様にその魂を捧げてもらうのさ。その心臓をね!……でも、後でちゃんと拷問してあげる。絶望や苦しみといった負の感情を持った魂の宿る心臓を移さなければ、魔界門インフェルノ・ゲートの開放に必要な術の生贄にならないからな」


そのうち首まで魔神拘束イーヴァル・バインディングに浸かり藻掻いているサジテールの頭を、ルドナは空中から踏みつけて捻りながら―――


「フウゥ―――沈め!」


―――と一気に押し込んだ。


やがてスコーピオとジェミオスもその中に沈み込んでいく……


そうして周囲には静寂が訪れていく。


「……あれほどの素体が三人も手に入った以上もうエルドナなど取るに足らない。今さらアイツひとりで何が出来るというものでもないだろうからな。昔からのよしみだ……私が魔神を従えてこの世を支配する様をじっくりと寿命が尽きるまで見ていてもらうとしよう。クックックッ……」


そう呟くとルドナは再び空中に浮き上がり雲の隙間から朧げにしか差し込まない月の光の下、空闇の中へと消えていくのだった―――






―――屋敷の外が静けさを取り戻してから暫く後、


屋敷の中から恐る恐ると外の様子を見に出てきたエルドナと家人達は、そこに転がっている多数の自動人形の残骸を目にして先ほどまでこの場が戦場であったことを改めて認識し背筋がゾクリと震える。


しかし目の前の危機は去ったのだ。


エルドナを始め全員がその場で安堵の溜め息を吐いたその時、物凄い光がこちらに向かって近づいてくるのが見えた。


ルドナが戻ってきたのか!?と慌てるエルドナ達の前に、


「―――此処はエルドナ=フォーリブス導師の屋敷で間違いないか?」


若い男の声がその光の向こう側から聞こえてきた。


「おお!―――あいつだ八雲!あそこにいるのがエルドナだ!お~い!エルドナ!!」


もうひとり女の声がするのを聴いて、光の向こうに現れたふたりの姿を確認したエルドナは驚きの表情を浮かべて叫ぶ。


「あ、貴女様は―――黒神龍様!」


光を放つ魔術飛行艇エア・ライドに乗って現れたのは―――


―――お揃いの漆黒のロングコートに身を包んだ男女ふたり。


黒神龍ノワール=ミッドナイト・ドラゴンとその御子の九頭竜八雲だった―――






―――どこまでも紫に染まった世界が広がる粘液の中


魔神拘束イーヴァル・バインディングに呑み込まれたサジテールは飛びそうな意識をずっと保ちながら脱出の糸口を探していた。


周りは紫の粘液に取り囲まれていて、未だに力も入らず魔力も発動出来ない。


だが流されるような感覚は感じ取れていて、暫くすると粘液の中から顔、肩、腰までが外界に飛び出す形となり両腕両脚は拘束されたままだった。


周囲には自分と同じように下半身と両腕を粘液に拘束されたスコーピオとジェミオスがいた。


「スコーピオ!―――おい!大丈夫か!ジェミオス!大丈夫か!」


ふたりに叫びながら安否を確かめるサジテールの声にスコーピオジェミオスも反応を示す。


「此処は……どこだ?」


「あ、あれ?う、動けないぃい!」


ふたりの無事を確認しホッとするのも束の間、その粘液で造られた洞窟のような部屋にサジテールの瞳に探していた人物―――エヴリン=アイネソンが映る。


「エヴリン!―――おい!エヴリン!!」


サジテール達と同じく下半身と両腕を壁の粘液に拘束されて、一糸纏わぬ全裸という状態で大きな胸を曝け出しているエルフの三導師のひとりエヴリン=アイネソンと思ってもみない形での再会を果たしたサジテールはエヴリンの名を呼び続けるのだった―――



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