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第107話 黒き魔女の魔神

―――魔術研究所の一部を倒壊してそびえ立つ『魔界門インフェルノ・ゲート


五十mもの巨大な門が扉の軋む様な音を立てて、ゆっくりと開門していくと回復薬で回復が進んだルドナがニヤリと歪んだ笑みを湛えている―――


八雲とノワール達は後退して距離を少し置いた場所から扉の動きを見つめていた。


「……ノワール、あの門は一体何なんだ?」


「―――あれは『魔界門インフェルノ・ゲート』だ。この世界とは違う別の世界……『魔界』と空間を繋げる門だ」


「魔界!?そんなのがあんの?」


八雲は別世界と言えば自分のいた日本が思い浮かぶので、新たな世界の存在を知らされて驚きを隠せない。


「ああ、魔界はこの世界とは全く別次元の世界で、その魔界の住人達は『魔神』という存在だ。今から三千年ほど昔に『魔界門インフェルノ・ゲート』が突如この大陸に現れて、そこから魔界の魔神達が此方の世界に侵攻してきたことがあった。その頃のこの世界は四柱神が人を生み出してから暫く経って、文明を創り始めていた時代でな。とても魔神に対抗する力など持っていなかった」


「―――それをノワール達が追い返したと?」


「そうだ。神々からの啓示を受けた我らは魔神を討伐して『魔界門インフェルノ・ゲート』を崩壊させることに成功した。あの時はフロンテ大陸の半分ほどが焼け野原になったくらいだった」


「―――おい、サラッと言ってるけど大陸の半分焼け野原って相当ヤバいだろう?!それじゃあ、あの門から魔神が?」


(それどこの世紀末?世界は核の炎に……)


八雲は思わず日本の某有名な世紀末伝説漫画を思い浮かべるが……


「いやあの時に出現した魔界門インフェルノ・ゲートはこれの百倍は大きさがあった。この大きさだと、せいぜい一匹くらいしか通れないだろう」


「―――ん?大きさと通れる人数に関係があるのか?」


疑問に思った八雲がそれを口にする。


「あの門は魔力の塊で出来ているからな。通る際に魔神の膨大な魔力に反応して通れる数に限界があるんだ。この門は寄せ集めた犠牲者の魔力と怨念で無理矢理に構成して造ったようだが、それでも魔神ひとり通ることが出来れば限界だろう」


「なるほど……ッ?!―――なにか来る!!」


少し開いた『魔界門インフェルノ・ゲート』の中から異様なプレッシャーを感じ取った八雲。


「スコーピオ!ジェミオス!―――エヴリンさんを護って後退しろ!街まで行って指揮を取っているエルドナさんのところに向かえ!」


「―――了解した」


「わ、分かりました!兄さま!お気をつけて……」


「―――サジテールは俺とノワールの援護を!」


「了解した……八雲様」


サジテールがいつの間にか自分のことを『八雲様』と呼んでいることに違和感があった八雲だが、今は気にしていられない状況でノワールと八雲が話している間に『収納』から取り出した予備のメイド服に着替えた三人に次々と指示を飛ばした。


スコーピオとジェミオスは八雲の指示通りにエヴリンをスコーピオが抱えて、ジェミオスが護衛になって首都ウィズドムで避難の準備などを行っているだろう三導師のひとりエルドナ=フォーリブスのところに向かう。


そうしている間に魔界門インフェルノ・ゲートの扉の隙間に―――




―――巨大な指が現れて扉をガッシリと掴んでいた。




その指一本だけでも大人の人間くらいありそうな手が、扉の縁を握り締めて現れたのだ―――


さすがに八雲もその巨大な手が出現したことには驚きを隠せなかったが、魔神と戦ったことのあるノワールは険しい顔はしているものの、まだ冷静な態度を取っている。


扉を握った指は力を込め、その扉をゆっくりとこちらに押し開くとそこには―――




―――巨大な身体をした男……魔神がその姿を現した。




人と同じような肌色に入れ墨のような紋様を全身と顔に浮かべ、巨大な西洋甲冑のような鎧に身を包む巨人……


―――それが八雲達の前に現れた山のように巨大な『魔神』の姿だった。


そうして扉から完全に此方の世界に出てきた魔神が通り過ぎると、魔界門インフェルノ・ゲートがまるで映像がぶれるようにして揺らぎ、それが続いていくとやがて静かに消滅していった。


「おい、門が消えたってことは……」


「―――このデカブツはもう向こうには帰れんな」


八雲の疑問に平然と答えるノワールだが目の前の魔神の放つ『威圧』はそこらの魔物とは比べようもなく強大だった。


「つまりこのデカブツは倒さないと……」


「―――世界の終わりだな」


「それ、サラッと言っていいこと?」


ノワールの返事に思わずツッコミを入れる八雲を振り返ってノワールは、


「なぁに♪ 倒してしまえば世界は安全だ」


ニヤリと笑ってそう言い返してきたことに八雲も溜め息のような笑みを溢して、


「―――そうだな!」


と覚悟を固めて力強く返すのだった―――






―――巨大な魔神はゆっくりと辺りを見渡す。


目の前に広大な森……遠くに流れる川……そして人が住むのであろう街の明かり……


そのどれもが魔神のいた魔界とはまったく異なる景色であり、その広がる景色をじっくりと眺める。


そんな魔神の目の前に虫のように宙に浮かぶ矮小な生物が魔神を見て笑っていた―――


「ハハハッ!―――遂に!遂に私は魔神を召喚したぞ!これで私はこのフロンテ大陸を!いやこの世界すべてを手にする力を持ったのだ!」


―――空中で笑いが止まらないその矮小な存在を魔神はただ無言で見つめている。


「さあ!魔神よ!!―――まずはあの足元にいる虫けら共を血祭りに上げるのだ!そして次にあれに見えるエルフの都ウィズドムを壊滅させ、その力を世界に知らしめろ!!」


ルドナがそう言い終わったところで―――


「―――エッ!?」


ガシッ!―――と巨人の右手に掴まれて身動きの取れないルドナは呆然と魔神を見ている。


「お、おい!離せ!私は召喚主だぞ!お前の主だ!離せ!!!」


表情の変わらない魔神に向かって怒鳴り散らすルドナだったが―――


メリメリ!メキメキッ!ベキッ!―――ゴリッ!と人体から聞こえてはいけない音が闇に包まれた森の中の研究所に響き渡った。


「ギャアアアアア―――ッ!!!うごおお!!!は、放せぇええ!があぁああああ!!!」


回復薬で繋がった骨も更に骨折箇所を増やして激痛がルドナを襲ってくる。


何が起こっているのかと呆気に取られていた八雲とノワールの前で魔神は握り潰して血の滴るルドナの身体を―――


「や、やめろ……おい!ま、まてぇ!わ、わたしはぁ!お前の―――」


ルドナが言い終わる前にその大きな口に放り込み―――喰った。


バキッ!クチャ!グチュ!クチャクチャ……


咀嚼音が辺りに響き渡り、やがてゴクン!と魔神は喉を鳴らして唇からはルドナの血を垂れ流している……


「喰われた……のか」


「……ああ。ルドナは魔神の召喚が成功すれば自分の思い通りに操れると勘違いしていたようだが、魔神と呼ばれるものがそれほど簡単に操れる訳などない」


「そう……だな」


あまりにあっけないルドナの最後に八雲は少し拍子抜けしてしまったが、問題はこの召喚された魔神の方である。


「友好的な関係になるなんて無理だよな?」


「お前は虫や獲物等と意志を交わして友好を築く手立てがあるのか?アイツからすれば人など餌にしか見えていないぞ」


絶望的なノワールの返事に、八雲はハァと溜め息を吐いて腹を括る。


「だったら―――やるしかないな!」


『収納』から追加で黒小太刀=羅刹を取り出し、夜叉と羅刹の二刀を構える。


「三千年振りの魔神狩りだ♪ 一匹だけなのが物足りないが、因陀羅の斬れ味を存分に味わってもらうとしよう!!」


武器を構える八雲とノワールを見下ろして魔神が徐に口を開いた。


【―――異界への門が開いたから覗いてみれば、此処はあの忌々しい龍のいる世界か……どうやら長い年月を経て文明も少しは進んだと見える……餌も随分と数を増やしたようだな】


重厚な声で八雲とノワールに話し掛ける魔神の言葉を聴いて、


「ハッ!三千年前に尻尾を巻いて逃げたくせに!随分と大口を叩くではないか魔神よ!」


因陀羅を肩に乗せながら見上げた魔神に啖呵を切るノワールと―――そのノワールを見下した魔神。


【随分と舐めた口を叩く餌だ……お前から真っ先に喰ってやろう。魔界の七十二柱アンドロマリウス伯爵の血統に連なるこのグラハムド=アンドロマリウスがな!】


そう言い終わるや否や魔神は右脚を上げたかと思うと、八雲とノワールを踏み潰そうと地面に叩き衝ける。


ドォーン!!!という衝撃と地鳴りに砂煙が舞い上がり一瞬視界が見えない状況になる周囲の中、既に八雲とノワールは魔神の頭上まで飛び上がっていた。


「次は―――こっちからいくぞォオオッ!!!」


飛び上がった勢いでそのまま夜叉と羅刹を振り被り、魔神の顔に向かって振り下ろす八雲の攻撃を魔神は左腕を上げて阻止するとガキンッ!!と金属がぶつかりあうような衝撃音と共に二刀の刃が魔神の手首の辺りで受け止められている。


「ッ!?―――か、硬ぇえな!コイツ!!」


―――さすがにここまで刃が通らないとは八雲の誤算だった。


「―――何をしている八雲!!!」


ノワールは振り被った因陀羅を同じく魔神の腕に打ち込むと因陀羅は易々と魔神の腕に食い込み、そのまま斬り落とさん勢いで傷口を拡大してそのまま斬りつけながら下に降りていった―――


【ぐうううう?!き、貴様ァアアッ!―――只の人間ではないな?この我の身体に傷を負わせるとは!】


ノワールの攻撃で傷を受けて大量に流血している腕を見て魔神が驚愕する。


「スゲェ……さすがはノワール」


手首に攻撃したまま《空中浮揚《レビテーション》》で宙に浮いていた八雲は、魔神を甘く見て刃の通らなかった自分と違い、完全に切り裂いて傷を負わせたノワールに改めて敬愛の念が募る。


「馬鹿!八雲!―――油断するな!!!」


そこにノワールの叫び声が届いたがもう遅い―――


「―――ウグウウッ!!!」


「八雲―――ッ!!!」


「八雲様―――ッ!!!」


―――八雲の正面から魔神の右拳がストレートな軌道で襲い掛かり、夜叉と羅刹を重ねてこれを受けた八雲はノワールとサジテールの叫びも虚しく、そのまま一直線に森の中へと吹き飛ばされていく。


バキッ!メキッ!メリメリッ!―――と次々に生木を薙ぎ倒していく勢いで森の中へ吹き飛ばされた八雲は、漸く大きな木の幹にぶち当たって停止する。


既に深夜となって闇に呑まれている森も数々の衝撃で眠っていた動物達から魔物まで遠くへ逃げ出していき、辺りには鳴き声や羽ばたく羽根音が響く。


八雲が吹き飛ばされた跡には薙ぎ倒された木々と衝撃で土まで左右に捲れ上がり、道のように開けてしまっている。


「あ痛てぇええ……少し油断し過ぎたな……」


先日のオーバー・ステータスを知って以降、少し驕りが自分の中に生まれていたことを今此処で八雲は反省する。


祖父に教えられた『常在戦場』の域から外れていたことを、心の中で祖父に詫びて再び八雲は立ち上がる。


「向こうも生き残るため……俺も生き残るため……」


己の中の闘争心と生存本能を振るい起こして全身の細胞に力を循環させるため精神統一を行い、魔神を討伐する意志を研ぎ澄ましていく。


自分が飛ばされてきた森の向こうではノワールが斬り込み、サジテールが黒弓=暗影で地獄の業火ヘル・ファイヤーの火矢を射かけていた。


八雲は魔神を倒すため『思考加速』でその手段を組み立てる―――


―――そして再び戦場へ向かって弾丸のような速さで突き進む。


蒼白い闘気オーラに身を包み、弾丸と化した八雲はそのまま魔神の胸を貫く―――


「―――八雲!戻ったか!!」


笑みを浮かべるノワールとサジテール。


次に八雲は―――


「―――光縛鎖ライト・チェーン!!」


かつてリッチを拘束したときに使った光属性魔術の光縛鎖ライト・チェーンを発動し、魔神の周囲の空中から光の鎖が両腕両脚、そして胴体まで雁字搦めにして身動きを封殺する。


【こんな人間の魔術如きがぁ我を抑えられるとでも!!―――ッ!?なんだこれは!】


光属性の魔術と舐めていた魔神グラハムドだったがオーバー・ステータスにまで達した八雲の膨大な魔力で編み込まれた光縛鎖ライト・チェーンは、ルドナの魔神拘束イーヴァル・バインディングなど足元にも及ばないほどの拘束力を持っている。


【馬鹿な!矮小な人間如きがこの我を拘束するだと!?―――ありえん!!あってはならんぞぉおおお!!!】


暴風を撒き散らすかの如く怒鳴る魔神グラハムドの大音量がレオパール魔導国の首都ウィズドムにまで届く勢いで叫ばれる。


だが魔神も魔界の高位生命体であり魔力も桁違いに持っている―――


―――そうして周囲を見回した魔神グラハムドは八雲やノワール、そしてサジテールの姿を確かめると、


【―――燃え尽きよ!虫共!!】


そう叫ぶと同時に研究所を中心にして周りの森を含め大地に巨大な魔法陣が出現し―――


-――その大地からあちこちに溶岩が噴き出してくる。


そこは一瞬にして溶岩の海と変わり、周りの木々や研究所までがその溶岩に呑み込まれていく―――


―――八雲の拘束は解けなくとも魔神の能力でもある無詠唱での魔法行使が出来る存在なのだ。


魔神にとっては詠唱や理論という魔術ではなく、その原初の力と言える『魔法』で世界の理を変えることが出来る。


『そこにあれ』と望めば『それ』が現れる―――それが魔神の『魔法』である。


空中浮揚レビテーションによって空中に逃れた八雲とノワールにサジテールは、足元に広がる溶岩の海に絶句していたが、


「流石は下端の雑兵共とは違い魔界の貴族の血統をもつ魔神だ―――面白い♪」


ノワールがまだ余裕のある表情で魔神を上から眺めている。


「―――如何なさいますか?」


サジテールがノワールと八雲を見ながら問い掛けると、


「魔神には弱点になる属性とかあるのか?」


八雲がノワールに問い掛けると、


「ああ、光属性の耐性が低い。三千年前も光属性の攻撃で討伐した数が多いからな」


「そうか……なら俺に考えがある。少しだけヤツの意識を引いて時間をくれないか?」


「―――いいだろう!夫の頼みは叶えてやらねばな♪」


ノワールがニコリと笑顔で返し、サジテールは―――


「む、無茶はするなよ……八雲様/////」


すこし頬を赤らめて八雲を労わる言葉を口にした。


「それじゃあ、やりますか!!」


気合いを入れて八雲は魔神討伐の手段を実行するために、更に上空へと舞い上がっていった―――



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