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第126話 五穀豊穣の神楽舞

―――黒龍城を飛び立った黒翼シュヴァルツ・フリューゲルは、暫くしてエーグル公王領に到達していた。


艦内の広間で皆は寛ぎながら窓の外を見下ろし、通り過ぎていく景色を楽しんでいた―――


「おおおっ!―――速い!!速いぞ!なんという速さだ!!あっという間にエーグルとは!」


そんな中でもイェンリンはかなり楽しんでいる様子で、まるで子供みたいにはしゃぐ717歳だった。


「ねぇ八雲!あれ!金色の野原が見えるよ!」


そう言って窓の外を指差す雪菜が示した先に目を向けると、平野一面の黄金の麦畑が広がっている。


「ああ、本当に綺麗だな……」


そこに広がる麦畑と、風に揺れる麦穂が八雲に笑顔のフレデリックを思い出させる。


『この国が誇り』と言った今は亡き皇帝の国は今年も見事な麦を実らせている……


「どうしたの?八雲……なんだか寂しそうな顔してるよ?」


付き合いの長い雪菜は八雲のほんの些細な表情の変化でも感情を読み取ることが出来るので、つい八雲に問い掛けてみる。


「いや、なんでもない。エーグルが誇りだって言っていた人のことを思い出しただけだ」


雪菜には誰のことなのか分からなかったが、すぐ隣国のイェンリンには八雲の言っている人物が先代のエーグル皇帝フレデリックだということは察しがついた。


ヴァーミリオン皇国も隣接するエーグル帝国とは麦の貿易を行っていたことから、イェンリンもフレデリックとは知らない仲ではなく、むしろ貿易を通じて八雲よりも長い付き合いと言える。


だからイェンリンもまたフレデリックを偲びながら、


「余よりも若造のくせに、先に逝きよって……馬鹿者が」


誰にも聞こえないようにそう呟いた。


黄金の麦畑は首都に向かって飛んで行く黒翼シュヴァルツ・フリューゲルに麦穂を揺らしながら見送っていた―――






―――エーグル公王領の首都ティーガーの中央、ティグリス城に到着する。


黒翼シュヴァルツ・フリューゲルから降り立った八雲達を迎えたのはエーグル公王領の公王にして女帝フレデリカと重臣達だった。


「黒帝陛下!お待ちしておりましたわ♪」


青み掛かった銀髪を後ろに編んで纏め、赤いドレスに黒い外套を羽織って愛しい男に会えたことを心から喜んでいるフレデリカを見て八雲は、


「悪かったな、フレデリカ。予定を一日早めてしまって」


「ふふっ♪ いいえ、かまいませんわ♪ わたくしからすればそれだけ早く八雲様にお会い出来るということですもの♪」


八雲は『伝心』でフレデリカに予定が早まったことを昨日伝えておいたのだが、それでもこちらの都合で予定を早めたことについては謝罪しておきたかったのだ。


「それと……此方の方々が?」


フレデリカは八雲の後ろにいるイェンリン達に目を向けると、


「余がヴァーミリオン皇国皇帝、炎零イェンリン=ロッソ・ヴァーミリオンだ。フレデリカ殿にお会いするのは初めてだったな。そなたの父上とは貿易を通じて何度か直接話したことがあるのだ。惜しい者を亡くした」


「エーグル公王領、公王であり皇帝を継ぎましたフレデリカ=シン・エーグルと申します。名高き北部ノルドの大国ヴァーミリオン皇国皇帝陛下にお会い出来て光栄です。父からも陛下のお話はよく伺っておりましたわ♪ エーグルとの貿易を良好にしてくださっていると、あと絶対に敵に回すな!とも♪」


皇帝にして剣聖のイェンリンに対するフレデリカの歯に衣着せぬ言いようにエーグルの重臣達は一気に青ざめていく。


だが、言われた当のイェンリンはというと―――


「ハッハッハッッハッ♪ なるほど、父上よりもよっぽど皇帝らしい!これならばフレデリックも冥府で安心して見守っておれよう!フレデリカよ……もし何か困ったことがあれば、八雲と共に余も頼るがよい」


「ありがとうございます陛下」


「イェンリンでよい。八雲の妻であれば余にとっても身内のようなものよ」


「重ね重ねありがとうございますイェンリン様。それとそちらの御方が紅神龍様ですね?」


紅蓮に向かって目線を送るフレデリカに紅蓮は笑顔で返す。


「ええ♪ 初めまして。私が紅神龍紅蓮グレン=クリムゾン・ドラゴンよ♪ よろしくねフレデリカ」


「ご尊顔を拝しまして恐悦至極でございます紅蓮様」


頭を下げるフレデリカに八雲は次に雪菜を紹介する。


「フレデリカ、こいつが俺の幼馴染で白神龍の御子、雪菜だ」


「ちょっとぉ!もう少しちゃんと紹介してよね!え~と……草薙雪菜と言います。白神龍の御子をしています!宜しくお願いします」


ペコリと綺麗なお辞儀をして頭を下げる雪菜にフレデリカも微笑みを浮かべて、


「まあ♪ 思っていた以上に可愛いらしい御方ですね♪ 今度わたくしにも八雲様の昔話を聞かせてくださいませ♪」


「はい!八雲のことはなんでも知ってますから!」


「―――ねぇ、ちょっと待って?雪菜ちゃん?昔話って何?え?お前そんなこと話してんの!?え?なんでもは知らない、知ってることだけだよね?」


「ムフフ~♪ 八雲のことなら私は何でも知っているよ♪」


そう言ってニッコリと可愛い笑顔を浮かべる幼馴染だが、只でさえ昔から一緒にいる時間が長く、お互い悩みなども話し合った仲だけに他の子達に何を話されているのかまったく見当もつかない八雲はひとりパニクっていた……


「そして貴女様が白神龍様ですね?初めてお目に掛かりますこと恐悦至極でございます。フレデリカ=シン・エーグルと申します」


「白神龍白雪シラユキ=スノーホワイト・ドラゴンよ。雪菜共々よろしくね」


皆と挨拶を交わしたフレデリカは今回の祭事の舞台に案内すると言って、皆を城の馬車に乗せて首都の中央にある広場へと案内した。


街の中央にある広場の中心には、予め伝えておいた一辺が二十mほどの大きな舞台が設置してあり、その周りには首都の民が幾重にも連なり輪になって周囲に集まっている。


「―――何があるんだ?」


「何でも明日から麦の収穫だから、フレデリカ様が地聖神様の使徒様をお招きして祭事を行うって話だ」


「地聖神様の!?へぇ~!!そりゃあスゴイ!!」


などといった声が彼方此方から耳に届く。


「それでは主様。御勤め、執り行って参ります」


そのような中で葵が白金を連れて八雲の元にやってくると、葵は赤い袴、白金は蒼い袴にそれぞれ両手に鉾鈴を持ち、頭には黄金の冠と髪飾り、そしてそれぞれ薄く透けている羽衣をふたりとも纏っていた。


「ああ。ふたりの神楽舞、ちゃんと見ているから」


鉾鈴―――


災禍の戦後に鎮魂の舞でも葵が用いていたが八雲の世界で神社の巫女が神楽を舞う時、手に持つ鈴の一種だがよく見られる鈴は下から七・五・三の数で鈴が付いており、その音で邪なるものを祓い、その音は神を呼び込み、神を宿らせるものといった意味がある。


葵と白金の持つ鉾鈴は先が剣になっており、大きな鍔に八個の鈴が付いており、八雲の世界の鉾鈴はそれで三種の神器を表していると言われていた。


剣は草薙の剣、鍔は八咫鏡、鈴は八尺瓊勾玉を表していると言われている―――


―――そうして舞台に上がって行った葵と白金は並んで瞼を閉じていた。


その様子に舞台の周囲に立つ人々は静まり返り、やがて広場全体がその静けさに包まれていった―――






―――そして葵と白金は立っているその場で歌いながら、やがて神楽を舞い始める。


歌は地聖神を称え、五穀豊穣を祝うという内容の歌で鉾鈴の音が歌と共に鳴り響く度に、ふたりの美しい歌声が風にのって首都ティーガーを駆け巡る―――




―――水豊かな地で米は実り、


―――黄金の麦は穂を風に揺らし、


―――豆は大地に大きく育まれ、


―――粟は穂を大きく垂らし、


―――黍は秋に花を咲かせる。


―――五穀の豊穣は神の恵みなり……




いつの間にかふたりの後ろにはふたりの式神達が楽師姿で現れて、アンゴロ大陸の楽器と思われる笛や鼓を奏で、ふたりの神楽舞は幻想的な世界を創り出していた……


「……きえい♪」


「……ああ、そうだなぁ。とっても綺麗だな」


ノワールに抱き抱えてもらって神楽舞を見ていたシェーナが、葵と白金の神楽舞を見つめてそう呟いたことを、ノワールは微笑みながら見つめていた―――






―――そうして無事に神楽舞を終えて広場にはパチパチパチッ!と拍手が巻き起こり、歓声が沸き起こっていた。


フレデリカより国民に地聖神へ五穀豊穣の神楽舞も奉納されたことで収穫期の宣言を行い、その日の国民達は夜まで盛り上がっていったという。


その後、城に戻ってからフレデリカとエヴリンの会談を行い同盟関係についての話し合いが行われ、特に問題もなく終了した。


しかし、先を急ぐ八雲達はすぐに次のエレファン公王領へと出発する。


「もう行ってしまわれるのですか?」


フレデリカが後ろ髪を引くように八雲に縋る様な瞳を向けてくる。


「いつも短い時間しか会えなくてゴメン。次に落ち着いたときにはゆっくり会いに来るよ。後もしなにかあったら、そのときは『伝心』ですぐに伝えてくれ。何があっても必ず駆け付ける」


そう言って八雲はフレデリカを抱き寄せると、


「はい♪―――でも、何かなくても『伝心』でお話してはいけませんか?/////」


と、顔を赤くして上目遣いで問い掛けてくるので、


「勿論いいに決まってる!」


そう答えて口づけを交わすのだった―――






―――過密な旅路の予定だが、次の目的地エレファンでは『伝心』で伝えることのできる相手も、今はいないため首都レーヴェは突然の黒帝の来訪に騒動となっていた。


レアオン城に到着した八雲の元へはエミリオ王始めレオン先代王、そして国の重鎮達が雁首揃えて出迎えに来た。


「黒帝陛下!急な来訪で驚きましたが、なにかございましたか?」


代表してエミリオが八雲に問い掛けると、


「いや実は―――」


これまでの事とこれからの事、ヴァーミリオン皇国への急な留学について説明する。


そして八雲がエミリオに説明をしているところで、


「お久しぶりでございます。イェンリン様」


レオンはイェンリンの前に巨体を跪かせて頭を深々と下げる。


「なんだ小僧?あれだけ余に向かって粋がっていた悪ガキが随分と礼儀を学んだようではないか?」


イェンリンはニヤニヤしながらレオンを見下ろす。


「どうかそのことはご勘弁を。あの頃は右も左もわからぬ若造でございました。陛下のご温情がなければ今こうして生きて故郷に帰ることもできなかったことでしょう」


「ただの余の気まぐれよ。気にするではない。まだ息子を仕込むのに時間が掛かろうが、落ち着いたらヴァーミリオンに顔を出しにくるがよい」


「ハッ!是非そうさせて頂きます」


再び深々と頭を下げるレオンを立ち上がらせてから、何かを思い出したようにイェンリンはレオンの傍によってコソコソと話しかける。


「ところでレオンよ」


「ハッ。如何なさいましたか?」


「確か、今お前のもうひとりの娘がヴァーミリオンに留学しておったな?」


「はい、下の娘アマリアは確かにそちらで学ばせて頂いておりますが?」


「そうか。レオンよ、その娘を八雲に会わせてもよいか?」


「アマリアをですか!?いや!?しかし!あいつは父親の私ですら手を焼くほどの粗暴なヤツです……もしそれで黒帝殿に何か粗相をすれば……いや、必ずやります!」


イェンリンの話しに巨躯を仰け反らせて驚いたレオンは、かなり顔を顰めて否定の意を表す。


「クックックッ♪ 若い頃の父親にソックリではないか?大丈夫だ。責任は余がもつし、八雲もそんな器の小さい男ではない。上手くいけばこの国にも八雲の妻ができる。そうなればエレファンにも八雲の声と意志が届くことになろう」


「いや、しかし―――」


レオンが言い返そうとしたところで、


「―――何を話しているんだ?ふたりして」


八雲がレオンの様子が気になって声を掛けると、


「ああ、実はこのレオンも昔、ヴァーミリオンに留学していたことがあるのだ」


イェンリンが流し目でレオンを見ながら八雲に伝えてくる。


「エッ!?そうなのか?」


「あ、いや、まあ、昔のことで」


「それはそれは問題児でなぁ♪ 余に挑んで来たりして、ボコボコにされておったのだ」


「へ、陛下!!どうかそのことはご勘弁を!!」


「へぇ~!なんか意外……でもないか」


「黒帝殿!?」


そんな焦るレオンも新鮮だったが、そのあとイェンリンが、


「ところで八雲、実はレオンの娘がヴァーミリオンにいま留学しておってな。お前達の行く学園に在籍しているのだ」


「エッ?娘ってアンジェラのことじゃないよな?」


「はあ……その妹のアマリアのことです」


レオンはここまで八雲に知られたら諦めるしかないといった風に答える。


「そのアマリアなんだが、ヴァーミリオンに行ったらお前に紹介しようという話をしておったのだ。お前の国の姫なのだ。謁見くらいしておくべきだろう?」


「そうだな。挨拶くらいは礼儀だよな」


それを聞いたレオンが肩を落としていたことに八雲は「?」が浮かんでいたが、イェンリンは終始ニヤニヤしていた。


そこから、エーグルと同じく五穀豊穣の祭事として神楽舞を披露して、葵は八雲が新しく開墾した水田の様子を確認して問題がありそうなところはその場で指導する。


そしてエーグル同様、エヴリンがエミリオ達と会談を行い同盟についての説明をエミリオとレオンに行い会談は終了した。


そしてここでエヴリンとは一旦別れることとなる。


「―――ではまた会おう、元気でなエヴリン。我が友よ」


「ええ♪ 今度はエディスの結婚式かしら?それじゃあねノワール。私の友人」


お互いを信頼する瞳で見つめ合うふたり、そしてノワールに手を繋がれたシェーナに目線を合わせて屈んだエヴリンは、


「貴女の大切なものを守れなくてごめんなさい……でも、貴女は多くの人に愛されているわ。今はその意味が分からなくとも、どうか健やかに育ってちょうだい」


そう言ってシェーナの頭を撫でている。


シェーナは可愛く首を傾げて「?」となっていたが、ノワールはなにも言わなかった……


そうしてエヴリンはキャンピング馬車に乗り、サジテール、スコーピオ、ジェミオスが護衛についてレオパール魔導国へと帰っていった。


それを見送って八雲は―――


「そえじゃあ今度こそ、ヴァーミリオンに向かうぞ」


その言葉にノワールを始め皆が力強く頷く。


陽も傾きだしたエレファン公王領の空を黒翼シュヴァルツ・フリューゲルは飛び立つのだった―――



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