―――紅龍城のテラスに無事に接舷した
―――羽根兜を被り、
―――真紅の鎧を纏って、
―――籠手、具足を身に纏い、
その真紅の装いは紅の戦乙女と呼ばれるに相応しい九名の乙女達が待っていた―――
凛とした表情で出向かえる『
その熱烈な帰国の出迎えに八雲は、イェンリンがよほど愛されているのだと改めて感心していた。
だが、しかし―――
「おい!イェンリン!―――お前!決裁を頼んだ書簡を放り出してどこに行っていたかと思えば!シュヴァルツだとぉ?公務を何だと思っているんだ!」
「いやブリュンヒルデ!これには深い訳があって―――」
「北部の災害対策工事について決裁がまだ……」
「スクルド!?それはこの後すぐに―――」
「魔法省への予算案の許可が下りていないわ。すぐに下ろして」
「ゴンドゥルもか!余は今戻ったばかりなのだから―――」
矢継ぎ早に次々と詰め寄られるイェンリンを見て、黙って紅蓮に視線を向けると、
「アハハ……」
何故か愛想笑いで返されたことに八雲はこの件に絡んだらダメ!と心の中の何かが語り掛けてきた。
だが、そこはイェンリンの国、その義姉妹の国―――その中のひとりが八雲に問い掛けてくる。
「―――お前が黒神龍様の御子、九頭竜八雲か?」
他の戦乙女達と同じく真紅の装備を纏って背中には四本の剣を背負い、腰の左右にも一本ずつ剣を差した戦乙女が八雲の目の前に立つ。
「人に名前を問う前にまず名乗れ」
その問いに静かに返す八雲を見て、その戦乙女は兜を脱いで八雲に向かい合う。
兜の下から現れた長い金髪を編んで纏めていて、その深い緑の瞳で八雲を見つめる美女が笑みを浮かべる。
「アハハッ!―――これは申し訳ない。私は
「―――武器を轟かせる者?鍛冶師なのか?」
「ああ!お前のところのシュティーアとも仲がいいのさ。それより!!!あの船はあんたが造ったのかい?」
「うん?
「へええ♪ そうなのかい!今回シュティーアは一緒じゃないのかい?」
「ああ、すまない。今回は黒龍城のある土地でやってもらうことがあって置いてきたんだ」
「そうかい……久しぶりだから会いたかったんだけど、残念だよ」
「まあ、
シュティーアがいないことに落ち込み気味だったフロックに、八雲はそういって慰めていると別の戦乙女がユリエルに近づく。
「貴女は、オーヴェストのフォック聖法国で聖女と呼ばれているユリエル様ではありませんか?」
「え?あ、はい。たしかに私はユリエルと申しますが、貴女は?」
すると兜を脱いだその娘は頭を少し左右に振って兜から出てきた銀髪を払い、その蒼い瞳でユリエルを見据える。
「初めまして。わたくしはレギンレイヴ。
「はあ、『神々の娘』……ですか。それはどういった由来で呼ばれているのですか?」
その大仰な通り名にユリエルは神という言葉が気になって問い掛ける。
「わたくしは姉妹達よりも地聖神様の加護により『回復』の能力が優れて生まれました。以前から聖女様の巡礼のお話やフォックでの奉仕活動、治療院での治療のお話も聞いておりましたの。此方にいらっしゃる間、是非とも聖女様のお話をお伺いしたいですわ」
笑顔で語り掛けるレギンレイヴにユリエルも警戒心を解いて笑顔を返すと―――
「そうなのですね。私も是非お話させて頂きたいです」
―――と答えていた。
そんなふたりの会話が耳に入ってきて、どうやらユリエル達は仲良くやれそうだなと八雲が安心していると、
「―――おい!八雲!!いい加減助けろ!余がこれほど義姉妹達に責められていることに、なにも感じないのかお前は!」
「俺より先に紅蓮に頼るのが筋だろう?こっち来んな!」
そう言って掴み掛かろうとするイェンリンを押し返す。
「仕事を放っておいた余の味方を紅蓮がしてくれる訳なかろう!この馬鹿者が!」
「馬鹿はどっちだよ!鏡見てから言ってください。ゴメンナサイ!」
すると先ほど真っ先にイェンリンに詰め寄ったブリュンヒルデと呼ばれた戦乙女が八雲に近づく。
「おい、黒神龍様の御子殿。随分とイェンリンと仲が良いようだが、我らの義姉妹に手を出したらどうなるか分かっているだろうな?」
と、唐突に突っかかって来られたことに八雲もカチンと来てしまう。
「は?これが仲良いように見えるなら『回復』掛けてやろうか?それに手を出されているのは俺の方だ!」
するとブリュンヒルデの『威圧』がテラスに充満する。
八雲は咄嗟にヴァレリアとシャルロット、それにユリエルに障壁を展開した。
チビッ子四人組はそれぞれの保護者(仮)がその『威圧』から護っている。
「おい!―――普通の人間もいるのに、そんな馬鹿みたいな『威圧』出すんじゃねぇよ!馬鹿なの?」
「なっ?!……なんだと?いま、私に向かって馬鹿と言ったのか?」
「馬鹿の自覚がなかったのか?馬鹿だな」
「貴様ぁ……この『勝利する者』である第二位のブリュンヒルデに向かって、暴言を吐いたこと後悔させてやろう」
(―――これは話し合いで収まる雰囲気じゃないな)
そう思った八雲はチラリとイェンリンを見るが、何故かイェンリンは顎をフン!フン!と前にクイッと突き出しながら、やっちまえ!の合図を出している……
(なんで事をややこしくしようとしてんの?―――お前の義姉妹だろ!お前がなんとかしろ!)
そう思って今度は紅蓮に目を向けると、何故か黙って右手を胸元に上げて親指をグッと突き上げていた……
(はぁ……ダメだ、コイツら……早くなんとかしないと……)
「はあ……分かった。だが此処だと他の子達が巻き込まれるから下に降りるぞ」
「ふん!よかろう。逃げるなよ」
(一々腹立つな、コイツ!イェンリンの身内は煽り属性とか持ってんの?)
そんなことを考えながら八雲はテラスの手摺りに昇ると、崖に面して建つ城の地上からビル十階くらいの高さにあるテラスからヒョイ!と飛び降りた。
「―――八雲様!!!」
ヴァレリアとシャルロットは八雲が飛び降りたことに心臓が止まりそうなほど驚いたが、ユリエルはダンジョンで八雲の実力を知っていて、子供達はまだ状況がよく分かっていないためキョトンとした表情をしている。
「フンッ!」
八雲を追うようにしてブリュンヒルデもそこから飛び降りると地上の広い中庭に降り立った。
既に八雲は大地に立っていて、ブリュンヒルデを待ちながら『収納』から黒刀=夜叉と黒小太刀=羅刹を腰に差している。
「カタナを使うのか。アンゴロ大陸出身のようだな」
「―――さあ、どうだろう。それにお前に教える義理もない」
素っ気ない八雲の返答がさらにブリュンヒルデに反感を募らせた。
城の上部テラスからは皆が覗き込んでふたりの様子を窺っている。
「もう……八雲ったら本当に気が短いんだから……」
雪菜の言葉にユリエルが、
「八雲君、普段はとても優しいのに、でも間違ったことには容赦ないって感じだとは思っていたけど気が短いというより相手を見て決める気がする」
「お♪ ユリエルもだいぶ八雲のことが分かってきたみたいだねぇ♪ よしよし♡」
「ちょ、ちょっと!―――もう、雪菜さんは本当に掴みどころがないね/////」
そう言って雪菜に頭を撫でられるユリエルも満更でもない様子だった―――
―――中庭ではブリュンヒルデが一本の剣を『収納』から取り出してくる。
その剣を八雲は『鑑定眼』を使って調べると驚いたことに『紅神龍の鱗』製だった。
「おい、その剣は誰が造った?」
訊かずにはいられない衝動にかられて思わずブリュンヒルデに問い掛ける。
「―――気づいたか。これはフロックが鍛えた剣よ。彼女は姉妹の中でも鍛冶が得意で唯一紅蓮様の鱗を加工して武器を造れる者よ」
先ほど言葉を交わしたフロックだが、シュティーアにも出来ない神龍の鱗を加工出来るということに八雲は驚いていた。
「そんなことより、勝負するのだから当然勝った時と負けた時の条件をつけましょう」
「ほう?別にいいけど―――お前が勝ったらどうしたい?」
レディーファーストという訳ではないが、八雲は彼女の条件を聞いてからそれに見合う条件にしようと考えた。
「そうねぇ……よし!私が勝ったならばお前を自由にさせてもらう!お前が勝ったならば私を好きにしろ!」
「え?お前……まさか俺の身体を!?」
思わず自分の腕で自分を抱きしめる八雲を見て、ブリュンヒルデが顔を真っ赤にする。
「―――ば、馬鹿者がぁ!!!だ、誰がお前の身体などいるか!!!私が勝てばお前をイェンリンの下僕にして一生こき使ってやるだけだ!!/////」
「―――冗談だ。マジになるなよ。乙女だな」
と素に戻って鋭くツッコミ返す八雲に、ブリュンヒルデの沸点は一瞬でプツンと突き抜けた。
「お前ぇえ!!!―――もう容赦はせん!決闘は剣でも魔術でも好きに使え!!!」
「―――え?いいの?それじゃあ遠慮なく」
そう言って静かに夜叉と羅刹を抜き、ブリュンヒルデに構えを取る八雲。
「―――行くぞ!!!!!」
その掛け声と共にブリュンヒルデの姿は八雲の前から消えた―――
―――『思考加速』
―――『身体加速』
―――『身体強化』
そして『限界突破』まで発動する八雲―――
相手は
フレイアの能力を考えれば良くて同等、普通に考えれば八雲でも敗北が当たり前の超人達の集まりなのだ。
最善を尽くして漸く『思考加速』の中でブリュンヒルデの動きを捉える。
―――掻き消えたブリュンヒルデが上空から八雲に向かって容赦なく剣を振り下ろしてくる。
それに気づき夜叉と羅刹をクロスに重ね構えて、その振り下ろされた剣を衝撃と共に受け止める八雲の足元が大地に少し沈み込んだ―――
―――八雲が反応したことに一瞬驚いたブリュンヒルデだが、すぐに剣を引いて空を切る高速の突きを連打してくる。
次々と一瞬でも油断すれば貫かれる威力の突きを、夜叉と羅刹で円を描くように火花を輝かせて弾き躱していく八雲―――
―――このまま突き崩すと言わんばかりに攻撃の手を緩めないブリュンヒルデとの間に剣と剣がぶつかり合う甲高い金属音と火花が飛び散っていく。
「ほう♪ ブリュンヒルデの突きを受けきるか。八雲め……ますます面白い♪」
上のテラスからその様子を見ていたイェンリンがひとりそう呟く。
「あのカタナは……まさか黒神龍様の?」
そう呟くフロックに、シェーナを抱いたノワールが、
「―――ああ。あれは八雲が造った武器だ。ちなみに我も八雲の造った武器を使っているぞ」
「やはり!―――黒神龍様!後で八雲様の武器を見せてもらってもよろしいですか?」
「ああ、見たければ八雲に頼むといい」
そんな和やかな会話とは裏腹に、地上では今も八雲とブリュンヒルデの剣が打ち合いを続けている。
このままでは埒が明かないと八雲は『身体加速』から分身を行い四方からブリュンヒルデに同時攻撃を行う―――
―――だがそんな小手先の技と言わんばかりにブリュンヒルデの神速の剣と瞳は、確実に本物の八雲を見定めて剣を振り抜く。
接近する神速の剣を受けた瞬間、分身はその場から消え去り、ギリギリと音を立てて首の近くまでその剣を押しつけられてくるのを八雲は二刀で押し返して堪えていた―――
「……なかなかの腕だ。それは認めよう。どうやらオーバー・ステータスにも達しているようだな。だが、ここまでだ」
重い剣を押し付けながら、ブリュンヒルデがそう言い放つと、
「そ、それはどうかな?たしかにお前達は強い。だがそれ以上に―――純粋すぎる!!!」
「えっ!?」
八雲の言葉に驚いたブリュンヒルデだったが、そのときにはもう遅かった。
「―――
その瞬間、ブリュンヒルデの足元が一瞬で紫色の粘液に変わり、あっという間にその身に纏わりつく。
「キャアッ!!!―――な、何なのこれは!?気持ち悪い!!!というか、なにこれ?ち、力が抜けていく!?」
粘液がどんどん自分の身体を覆っていくことに嫌悪感と力が抜ける状況に恐怖を感じたブリュンヒルデだったが、
「さあ……これで俺の勝ちは決まりだな」
大地に腰を着いたブリュンヒルデを見下ろすようにして八雲がそう言い放つと、悔しそうな顔のブリュンヒルデが、
「ま、まだよ!こんな拘束術式如き、すぐに振り切ってやるんだからぁああ!!!!」
そう言って全身に力を入れようとするブリュンヒルデだったが、その粘液地獄から抜け出せる様子はない。
―――何故八雲と同等以上のブリュンヒルデを拘束出来るのかと言えば、この魔術の特徴である相手のステータスから力を吸い取る特性にある。
神龍クラスとなれば話は別だが、その牙から生まれた彼女達の能力ではこの魔術から逃れる術はなく身柄を抑えることは可能だ。
いつまでも振り解こうと藻掻くブリュンヒルデを見ていると、上の方からイェンリンの声がする。
「お~い!八雲ぉお!―――薬!く~す~り~は使わないのかぁああ!!」
そう叫ぶイェンリンにドン引きして、八雲もさすがに初対面の乙女にそこまではする気もなかったので、
「ほい!―――俺の勝ち」
と夜叉の峰でコツンとブリュンヒルデの兜の天辺を叩いた。
ブリュンヒルデは最初なにが起こったのか?という顔をしていたが、やがて見る間に怒りが顔に浮かび上がる―――
「―――ふざけるな!お前の好きにされるくらいなら死んだ方がましだ!!さあこの首を落として自慢するがいい!!!/////」
と負けを認めないブリュンヒルデにも八雲は頭が痛くなる。
「あのなぁ?確かに頭にはきたけど、それでいきなり首を取るとか取らないとか物騒すぎるだろう?」
「黙れ!
「おう……どこまで俺のこと蔑むのかな?ちょっと頭にきたぞ」
「フンッ!だからなんだ?私はこんなもの敗北と認めんぞ!!!」
「ああ、ハイハイ。そういうの、もういいから」
付き合っていられないと思った八雲はお仕置きも兼ねてブリュンヒルデの服の隙間から中に粘液で作った触手を操作して忍び込ませると、形のいい大きな胸をニュルニュルと這いずり回らせる。
「ヒィッ!?き、貴様ぁあ!/////一体何を―――痛ぅ?!」
服の中に触手が忍び込む感触に何かを喚くブリュンヒルデを無視して、八雲はブリュンヒルデの胸に貼り付いた拳大の触手の内側でそこに細い針を突き刺し、右から媚薬を、左から過敏薬を大量に流し込んだ。
「痛ぅ!!貴様言え!ハァハァ……私の身体に一体なにをしているのだ!!!/////」
早くも媚薬が効きだしてきて顔を紅潮させてくるブリュンヒルデに、八雲は静かに近づくと、
「負けず嫌いの我が儘
そう言って最大出力にして発動した『神の手』を両手に纏い、ブリュンヒルデのスベスベした両頬を挟むようにしてその手を当てると、
「なああぁあ!?な、なんだ!!!か、身体が、あん♡ うそ!?は、放せ!やめろぉ!!!いや、やだ!やだやだ!!こんなので!!!あああ!!!いや!グゥウ!ダ、ダメぇえええ―――ッ!!!/////」
かなり抵抗を見せていたブリュンヒルデだったが、とうとう全身をビクビクと痙攣させて、半白目を剥きながら震える舌を突き出して大地に倒れ込んでいった。
その様子を上から見ていた雪菜は、
「ゴクリ……やっぱり、あのプレイを―――/////」
「―――やめなさい!」
八雲に頼もうとしていたが、白雪に叱られてしまうのだった……
一方、意識を失いそうになりながらもブリュンヒルデの口から零れたのは、
「あ、ああ♡……クッ……コロセぇ……/////」
という名言だった―――