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第131話 ブリュンヒルデとのデート(1)

―――翌日の朝


八雲は身体に温かい感触に意識が覚醒していく。


「……おはよう。レオ。リブラ」


「おはようございます♪ 八雲様/////」


「おはようございます!八雲様/////」


「おはよう二人とも。朝から気持ち良くて目が覚めたよ」


レオとリブラの頭をゆっくりと撫でてから、八雲は疑問を問い掛ける。


「ところで、こんなこと誰に教えてもらったんだ?」


笑顔で首を傾げながら問い掛ける八雲にレオが、


「―――雪菜様です/////」


―――と、笑顔を八雲に見せながら答える。


「やっぱりか……」


「あのぉ……お気に召しませんか?」


少し不安げな表情を見せるレオとリブラだったが、


「いや最高。こんな可愛い専属メイドに朝から奉仕されて幸せを感じない訳ない」


そう答えるとふたりはパァッと花が咲いたような笑顔を見せる。


その後、ふたりに手伝ってもらいながら身なりを整えて、ブリュンヒルデとの約束の場所に向かうのだった―――






―――約束の時間は朝の九時だったので十分前に集合場所である紅龍城の正門へとやってきた八雲だったが、既にブリュンヒルデは到着して待っていた。


普段の戦乙女ヴァルキリーの鎧姿ではなく、今日は白いブラウスに胸元には赤いリボン、ロングの赤いスカートにピンクのカーデガンを羽織り、金髪も今日は下ろして長い髪が風に揺れていた。


朝陽にあたって、まるで絵画の中の景色と錯覚させるブリュンヒルデの美しさに八雲は改めて神々しい魅力に気づかされた。


「すまん。待たせたか?」


「―――あ、八雲殿♪ いや、私が早く来過ぎただけだ!気にしないでくれ/////」


そう言って顔を少し赤くするブリュンヒルデだったが、口にはしていないがこの場に来たのは一時間も前だ……


いつから待っていたのか訊こうかとも思った八雲だが、追及するのも野暮だと考え直した。


「それで、八雲殿はどこに案内して欲しいのだ?私の知る範囲でどこにでも案内するぞ?/////」


「―――そうだな。やっぱり初めは市場とか店が多い場所だな。繁華街の様子を見れば、その国が賑わっているのか衰退しているのかが大体分かる」


「なるほど。では初めは首都でも一番店の多い繁華街の地区を案内しよう。ではどうやって行く?城から馬車を出すか?」


柔らかい笑みを浮かべながら気配りのできるブリュンヒルデに、昨日の突っ掛かってきた人物と同一人物なのかと内心疑ってしまう八雲だが移動手段はいつもの相棒だ。


「いや、俺が用意するよ」


そう言って『収納』から魔術飛行艇エア・ライドを取り出す。


突然現れた魔術飛行艇エア・ライドにブリュンヒルデは瞳を見開いて驚く。


「―――な、なんだ!これは!?変わった物だが、オーヴェストにはこんな変わった物があるのか?」


「ハハッ、違うよ。これは俺が作った乗り物、魔術飛行艇エア・ライドだ」


「エア……ライド?どうやって乗るのだ?というか動くのかこれ?」


そう訊ねてくるブリュンヒルデに、八雲は起動させて車体を空中に浮かせる。


「これは?宙に浮かぶのか!?これを八雲殿が造ったと?」


黒翼シュヴァルツ・フリューゲルも俺が造ったんだから、その小さいのがあっても不思議じゃないだろう?」


「そう言われてみればそうだな。それで……私は、どうしたらいい?」


「俺の後ろの隙間に横向きに腰を下ろしてくれ。そのスカートじゃ俺みたいに跨って乗るのは無理だろうし」


「なるほど……こう、でいいのか?/////」


八雲の後ろに横向きで腰を下ろしたブリュンヒルデは、かなり八雲に接近、いや密着レベルの距離まで近づいたことにまた顔が熱くなった。


しかし、そんなふたりのところに―――


「―――なんだそれは!?八雲!余もそれに乗せろ!!」


「八雲様!!―――それは乗り物ですか!?魔術の付与を感じますね!一体どういう仕組みなのですか!?きっとそれも良い稼ぎになりそうな気がしますよ!!!」


正門の影から突然飛び出してきたイェンリンとゴンドゥルを見て、八雲は顔を顰める。


「何故……いる?」


八雲の問いかけにイェンリンはぽよん♪ と揺れる胸を張って、


「ブリュンヒルデが初めて男とデートするのだ!気にならない訳がなかろう!!」


と当たり前のことのように告げてゴンドゥルはというと、


「私の統括している魔法省では魔術関連と同じく魔道具の管理研究も行っています!あの『冷蔵庫』といい、その乗り物といい、是非とも八雲様の協力を取り付けて魔法省の予算を稼ごうと思いまして!」


ゴンドゥルは『杖を振るう者』と呼ばれる紅の戦乙女クリムゾン・ヴァルキリーでは魔術が一番という戦乙女であり、クレーブスのように知識欲が強いのだ……それとかなりの強欲であることも紅神龍サイドの皆には周知されている。


「イェンリン!―――お前、政務はどうしたのだ!!ゴンドゥルもあまり八雲殿に迷惑をかけるな!!」


八雲の後ろに座るブリュンヒルデが物凄い剣幕でふたりに雷を落とすと、


「そんなことより余はお前のデートが気になって仕方がないのだよ。義姉妹として余の愛情の現れなのだ」


「―――それで本音は?」


「普段あれほど口うるさいブリュンヒルデが男とデートなんて弱みを握るのにもってこいではないか!」


堂々と白状するイェンリンがいっそ清々しいとさえ思える八雲だが、後ろで怒りに震えてプルプルしだしたブリュンヒルデを見ているとそう言ってもいられない。


「……二人とも、邪魔するならデートは無しにするぞ?いいのか?」


「―――エッ?」


すると真っ先に声を漏らしたのはブリュンヒルデだった。


「ウヌゥ!―――卑怯だぞ!八雲!!」


八雲は只それほど義姉妹想いのイェンリンが言い出したデートを、ここで中止すると言えば大人しくなるだろうと踏んでの発言だったのだが、当のイェンリンは八雲が中止すると言い出した時のブリュンヒルデの悲しそうな顔が目に入った途端、これ以上は逆に義姉妹を悲しませる結果になり引かざるを得ない状況になった。


「分かった!余はただ見送りに出てきただけだ。政務もあるから、ついて行くなどと無粋な真似はせん。ブリュンヒルデよ、今日は八雲と楽しんでくるがよい」


イェンリンの言葉に安心した八雲と同じく安心したブリュンヒルデだったが、


「イェンリン……ありがとう……それから戻って来てから、もしも仕事が片付いてなかったら……覚悟しておけ」


前半嬉しそうな笑顔、後半殺気の籠った笑顔でイェンリンを睨むブリュンヒルデにイェンリンも苦笑いを浮かべるしかない……


「―――それじゃあ、出発するか」


「ああ、それでは正門から道は暫く真っ直ぐに行ってくれ」


浮いていた魔術飛行艇エア・ライドの推進部に魔力を込めると、風魔術を付与された推進部から勢いよく風が噴射され一気に加速してその場から文字通り風のように飛び去っていった。


後に残ったイェンリンとゴンドゥル……


「八雲のヤツめ!まだあんな面白そうな物を隠し持っていたか……それでゴンドゥル―――あの乗り物のこと分かったのか?」


「―――いやすごいねぇ!なるほど重力系の魔術と風属性の魔術が付与されていたんだぁ♪ 風魔術で前に進む仕組みになっているとは、まったく本当に八雲様は発想が天才じゃないかと思うわねぇ♪」


「造れそうか?」


「う~ん―――無理」


「―――何故だ?そんなに複雑には見えなかったが?」


真顔でゴンドゥルに問い掛けるイェンリンだったがゴンドゥルは、


「いや造るのは多分フロックでも作れると思うし魔術の付与は私でも出来るけど、あれ相当魔力消費するよ?私達なら使いこなせるだろうけど、一般人が乗って動かしていたらすぐに魔力枯渇起こして落っこちると思うわ」


「だとしたら真似して売るのは無理か……」


「そうねぇ……魔力の消費を抑える工夫をすれば何とかなるかもだけど、八雲様あれ、ワザとだと思うよ?」


「ワザと魔力の消費を大きくしていると?」


「そう。そうすれば他の誰かに盗まれても動かせないもの。動かせても、そこら辺で盗んだ人が魔力枯渇で転がっているだろうしね」


「―――抜け目のないヤツめ。まあいいさ♪ ブリュンヒルデが今日一日で八雲を見る目がどう変わるのか、楽しみにするとしよう♪」


「ブリュンヒルデを嫁がせる気なの?イェンリン」


ゴンドゥルの質問にイェンリンはニヤリと笑みを浮かべて、


「―――それはブリュンヒルデ本人が決めることだ。余は義姉妹が全員、八雲の元に嫁ぎたいと言ってきたとしても不思議とは思わん」


と言い切ったイェンリンにゴンドゥルは一瞬その瞳を見開いて驚いていたが、


「イェンリンがそこまで言い切るとは……でも確かに私も彼に魅かれるところはあるのかもね」


八雲達が向かった方向を見つめながらイェンリンと肩を並べてゴンドゥルはそう呟いていた……






―――紅龍城を出発した八雲とブリュンヒルデ


城の正面から繋がるメインストリートと思しき道を疾走して突き進んでいた。


流石はノルド最大国家の首都だけあって紅龍城に繋がる道は片側だけでも3車線ほどの幅を持ち、その通りの左右には大きな建物が立ち並ぶ。


「城の周りには随分と大きな屋敷や建物が多いな」


八雲がブリュンヒルデに問い掛けると、後ろから彼女が答える。


「―――ああ、紅龍城の周辺は皇族に貴族、それと大商人の屋敷が固まっている」


「皇族?ヴァーミリオンに王族がいるのか!?」


六百年も国を治めてきたイェンリンがいて皇族という家系があることに驚いた八雲。


「ああ。イェンリンが治める前にこの国の皇帝のところにイェンリンが嫁いだのだ。それからイェンリンの産んだ子供が三人。そこから皇族としてこの国には三大公爵家と呼ばれる皇族がいる」


「エエエッ!?―――イェンリンに子供がいたのか!!?」


イェンリンが結婚して子供が三人もいたという事実に驚愕する八雲だったが、


「イェンリンにはあまり家族のことは言わないでやって欲しい……永遠に近い寿命を持ったことであの子はずっと家族を看取ってきたから……」


ブリュンヒルデの言葉に八雲は初めてイェンリンに出会った頃のことを思い返す。


まるで早く死にたいと己を超える誰かを求め、挑み、倒してきたことで死ねない自分に嫌気の差している様子だったイェンリンの心情は、そうやって幾度も身内を看取ってきたことからなのではないかと思い至る。


「それで、その三大公爵家っていうのは?」


「ああ、ひとつはアイン・ヴァーミリオン家、二つ目はドゥエ・ヴァーミリオン家、そして最後にトロワ・ヴァーミリオン家だ」


「その三家は持っている力も同じくらいなのか?」


「ああ、拮抗しているな。イェンリンの悩みの種でもある……」


どこか沈んだ表情のブリュンヒルデだったが、運転中で彼女の顔が見えない八雲でも声の具合であまり良い関係ではないことの予想がつく。


そんなふたりを乗せた魔術飛行艇エア・ライドは、間もなく上級階級の屋敷が多い区画を抜けて、繁華街へと向かっていくのだった―――




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