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第132話 ブリュンヒルデとのデート(2)

―――魔術飛行艇エア・ライドで一番近い繁華街まで来た八雲とブリュンヒルデ。


当然の如く此処でも八雲達の乗っている魔術飛行艇エア・ライドが珍しくて、街中の民衆は誰もが注目していた―――


「こ、これだけ目立って注目を集めると、かなり恥ずかしい気がしてくるのだが/////」


八雲の後ろでそう呟くブリュンヒルデに、


「心頭滅却すれば火もまた涼し―――気にしなければ火も熱くないよってことさ」


と気軽に答える八雲だが、


「全身火だるまになった気分なんだが?/////」


顔を真っ赤にしたブリュンヒルデがジト目で返すも、前を見て運転する八雲にはそのジト目が見えていない。


「それで?最初はどこに行こうか?」


気にせず八雲がブリュンヒルデに問い掛けてくるので、


「―――八雲殿はどこか行きたいところはないのか?」


と逆に問われる。


「そうだな、さっきも言ったけど市場みたいなところには行ってみたいと思っていたから、まずはそこからかな」


「―――分かった。ではこの道をもう暫く真っ直ぐに進んでくれ」


「了解!」


三車線分の大通りを疾走してブリュンヒルデに案内してもらい、しばらくして首都レッドの市場のひとつ、タウンマーケットと呼ばれる区画に到着した。


「おお!―――これだけ大きな繁華街だと人出も多いなぁ」


大きな建物こそ少ないものの、同じような大きさの店舗が立ち並び、さらには屋台の出店まで彼方此方で声を張り上げて活気ある客引きをしていた。


「此処は紅龍城から一番近いタウンマーケットで、他のマーケットも大体同じような規模で幾つかある。日用品から食材まで色々取り揃えられているから、民達にもよく利用されている」


「なるほど確かに。この場所から見えるだけでも本当に色々な店が並んでいるな」


繁華街の通りの左右に立ち並ぶ店をザッと見ただけでも、人が集まって賑わう理由が見て取れる。


「ヴァーミリオンでは商人ギルドに特別国力を寄せているのだ。国民の生活の安定が第一だというイェンリンの方針によって大商人だろうと一個人の商店だろうと援助はする。反対に汚職や詐欺的な罪を犯すと厳罰も他国より厳しいものが下されるがな」


「真面目な人が馬鹿を見ては誰も一生懸命に働こうと思わないからな」


「フフッ♪ 確かに八雲殿の言う通りだ。イェンリンも似たようなことを言っていたよ」


そう言って横から八雲の顔を覗いてクスクス♪ と鈴の様な笑みを溢すブリュンヒルデに八雲は少し罰が悪い気持ちになる。


「うぇ……イェンリンと同じ思考とかちょっと凹むかも……でも、この市場は勉強になるよ」


「うん?八雲殿は勤勉家なのだな。市がそんなに勉強になるのか?」


不思議そうにして首を傾げるブリュンヒルデに八雲は目線を合わせながら、


「ああ!今シュヴァルツのうちの土地に街を開こうとしているんだ。途中でこっちに留学しに来たから今は止まっているんだけど、リオンから職人や商人も移住してもらっているところでさ!店舗型の居住区は建てられるだけ建ててきたんだけど、こうして発展している街はいい参考になるよ」


「そういうことだったのか♪……私も、その街を、見に行きたいな/////」


「うん?来ればいいじゃないか?別に紅の戦乙女クリムゾン・ヴァルキリーからすれば、そこまで遠いって訳でもないだろ?」


「うぇええ!?―――そ、そうだな!うん!いつか見に行かせてもらうよ/////」


「―――ああ!その時は歓迎するよ」


「う、うん/////」


八雲が笑顔で答えるとブリュンヒルデは顔を赤くして恥ずかしそうに俯きながら答えた―――






―――それから市場の区画を歩きながら八雲は通りの広さなど建築的な部分を見て頭に叩き込む。


「なるほど……大きな通りの真ん中に広葉樹なんかを植えて、人通りを自然と左右に振っているのか。馬車もこの通りの中は通行禁止だし、歩行者天国にすることで人が安心して歩けるようにしているんだな」


「―――本当に勉強熱心だな♪ さあ!少し店の方も覗いて行かないか?」


ブリュンヒルデに促されて近くの装飾品店を覗くと、店内には恋人同士らしき男女や女性同士で買い物に来ている風の人々が何組か見えた。


「へぇ~!装飾品もけっこう手が込んでいる品だなぁ。それに値段も高い物から安い物まで色々取り揃えている」


「ヴァーミリオンには宝石や希少鉱石の鉱山が多いのだ。それに伴って腕のいいドワーフも商人ギルドに紹介されて職人として働いているところが多い」


「まさに適材適所だな。そうだ!ブリュンヒルデは何か欲しい物はないか?今日のお礼だ。遠慮しないで言ってくれ」


「い、いや!―――この程度の案内で装飾品などと割に合っていない!」


「そうか?う~ん……だったら、今度俺が自分で造って贈るよ」


「へ?……や、八雲殿が自分で!?い、いやいや、それこそ手間をかけてしまうだろう?/////」


「別にそんなことないさ。俺は『創造』の加護があるからすぐに造れるし。遠慮するなよ」


「し、しかし……お、奥方達を差し置いて、私がそのような贈り物を頂くわけには……」


「皆にも何かひとつずつ造って贈るさ。だったらいいだろう?」


「そ、それって……/////」


何かを言い掛けたブリュンヒルデだったが八雲は他のところも回りたいと思い、彼女の手を自然に取って外に出ると、


「まだまだ見て回りたいところがあるからさ!―――行こう!」


「ちょっ!?―――待ってくれ!八雲殿ぉ!/////」


繁華街の店をブリュンヒルデに教えてもらいながら彼方此方と見て回り、昼時になったところで近くにあったレストランへと入って昼食を食べた。


「いい店だったなぁ~♪ 料理の下拵えがシッカリされていて凄く美味しかった!」


「ああ、あそこのレストランはけっこう有名な店でな。実は私の姉妹達もよく食べに来ている」


「エッ!?そうなのか?」


「ああ。城の厨房でも会っただろう?スルーズは料理の参考にすると言って、けっこう食べ歩きをしていると言っていた。他は紅の戦乙女クリムゾン・ヴァルキリーの情報関係を統括している『先駆者』と呼ばれるヒルドもよく出歩いていると言っていた」


「へぇ~『先駆者』ねぇ?情報関係って国外もか?」


「ああ。ヒルドは独自の部下を何人も持っていてな。国内から国外まで色々と調査に行かせているよ」


「―――シュヴァルツにも?」


「ウッ!?……それは……」


お喋りが楽しくなり、思わず要らぬことまで話してしまったと少し後悔するブリュンヒルデだったが、


「別にいいさ。俺達も同じようなことはしている。この世の中で一番重要なのは『情報』だからな。どうせ今も何人かは俺達のことを監視しているだろうから―――ねっ!!」


―――そう強調して屋根の上に視線を向けた八雲。


屋根の上のどこかの誰かは突然その監視対象から、ピッタリ視線を合わせられてビクリッ!と動揺し気配を深く隠す。


「ありゃ?隠れられたか。別に堂々としていればいいのに?」


「監視対象に視線を合わせられて、そのままでいるような諜報員はいないだろう……ヒルドにも言っておく」


「まあ、いいさ。敵意もなかったし、そこまで気にしていないから。それよりも次は文化的な物が知りたいな。美術館みたいなところがあればいいんだけど」


「ああ、それなら繁華街の区画近くに国立美術館があるが、そこに行ってみるか?」


「うん!そこに行ってみたい。案内を頼むよ」


繁華街から出たあと、そのまま歩いて行ける距離と聴いてふたりして並木道を歩く。


先ほどまでいた繁華街で立ち寄った店の話などをしながら歩いているうちに、芝生の敷地に囲まれた大きな建物が見えてくる。


「あれだ!ヴァーミリオン皇国国立美術館だ。この時間帯はまだ一般公開もされている時間だから大丈夫だ」


「そんな立派な美術館を一般公開しているんだな」


「イェンリンが―――文化の発展には美術感覚も育まれなければならない!とか言ってな。それで一般公開されているのだ」


「へぇ……言う事だけは立派だよなぁ」


そうしてふたりで神殿のような美術館の大きな入口に入館すると―――


その中はギャラリーとなっていて、壁には多くの絵画が展示されている。


―――春の新緑を描いた風景画。


―――人々が作物の種を撒く農作業の様子を描いた絵画。


―――逞しい馬の疾走する姿を躍動感ある筆で描いた絵画。


―――どこの戦争か分からないが多くの兵が激突し、戦っている戦場の絵画。


様々な写実的絵画が飾られ、またそれを静かに観覧する多数の客が美術品を見ようと訪れている。


だが、その中でも一番奥にある絵画の前で多くの人が集まっていた。


気になった八雲は其方の方に行ってみると一番奥の壁に飾られている巨大な絵画を見て―――


「オオォ……」


―――思わず八雲も言葉を失った。


その壁にある絵画に描かれていたのは、




―――『剣聖と戦乙女達』


と題され、壁一面に描かれた絵画の中央には、剣を身体の前に杖のように突き立てて真っ直ぐに立つ炎零イェンリン=ロッソ・ヴァーミリオン皇帝の姿と、その周りには躍動感溢れる姿で剣を取る戦乙女達の姿があった―――




「凄い迫力だな……」


ようやく八雲が言葉を発すると隣のブリュンヒルデは顔を赤くして、黙って俯いている。


「……どうしたんだ?」


不思議に思った八雲が問い掛けると、


「うぅ……自分が描かれた絵が展示されているのだ……恥ずかしいだろう/////」


その返事を聞いて八雲も納得する。


「ああ~確かに……シュヴァルツで俺の絵画を飾りたいとか言われたら、間違いなく炎弾ファイヤー・ブリットぶち込んで灰燼に帰すな」


「うううぅ!―――許されるなら私もそうしている!/////」


ブリュンヒルデの精神的ダメージがクリティカルにヒットしているようなので、美術館からはそこで撤退したのだった―――






―――再び繁華街近くに戻ってくると突然一台の馬車が歩行者天国状態の繁華街へと突入していくのが見えて、同時に彼方此方から悲鳴や怒号が響き渡ってきた。


「―――ブリュンヒルデ!!」


「―――ああ!!」


ふたりは『身体加速』を発動して人混みの繁華街通りをすり抜けるように疾走すると、さっきの馬車は止まるどころか数多くの人を轢きながらも先に進もうとしているのが見えた。


「オラオラッ!!!―――どけどけぇ!!!ルーズラー様のお通りだぞ!邪魔をするなぁあ!!!」


馬車に乗った馭者はそんな台詞を吐きながら人混みの中で馬に鞭を打ちつけていく。


「クソッ!!―――あの馭者!なにを考えているんだ!!!」


そこからさらに『身体加速』を上げて先行した八雲は馬車の前に回り込み立ちはだかると、


「―――邪魔するな!死にたいのかぁあ!!!」


馬車に乗った馭者が八雲にかまわず馬に鞭を打ちつける。


だが、しかし―――


ガグンッ!!!と強烈な急制動を掛けて繋がれた二頭の馬がその場に停止した。


「なに!?オワアアァア―――ッ!!!」


馭者台にいた男は有り得ない馬達の急制動によって馭者台から前に吹き飛ばされ、八雲のすぐ横の宙を飛び地面に砂埃を巻き上げて顔面から着地する。


―――八雲は馬車の前に出た瞬間に馬達へ『威圧』を発したのだ。


その『威圧』に驚いた馬達は恐れ慄き、急停止せざるをえなかった―――


「―――八雲殿!無事か!?」


―――すぐに追いついたブリュンヒルデが馬車に標された紋章を見て顔を歪ませる。


「ドゥエ家の紋章……」


ブリュンヒルデが呟いた馬車には龍紋の下に天秤の描かれた紋章があった。


そして、その馬車のドアがゆっくりと開くと中から十代後半くらいの歳に見える男が出てきた。


「ウウッ……これは一体……何事か?……」


恐らく急制動によって馬車の中で頭をぶつけたのか、クラクラしている意識を払おうと何度も首を横に振っている。


「―――この馬車に乗っていたのは、お前だけか?」


八雲が冷静な声色で男に問い掛ける。


「ハ?なんだと?貴様ぁ誰に向かってものを言っている。俺はこの国の公爵家のひとつ!ドゥエ・ヴァーミリオン家の長男ルーズラー様だぞ!!下賤の輩が簡単に声を掛けていい相手ではないのだ!!!」


ルーズラーと名乗った男は怒鳴り声を上げながら八雲を睨んでくると、


「ううっ……ルーズラー……さまぁ……あいつが、突然、飛び出してきて……」


噴き飛んだ馭者が地面に顔面キスしたせいで、その髭面を血に染めながら這ってきてルーズラーに告げる。


「なに?―――おい、お前が前に出て来て馬車を止めたのか?」


「―――ああ、だったらなんだ?」


「ちょ、待ってくれ八雲殿!あの者は三大公爵家のひとつのドゥエ・ヴァーミリオン家の跡継ぎだ」


八雲の後ろからブリュンヒルデが小声で伝えるが当の八雲は、


「ふ~ん……あっそう」


と、まったく動じない……いやむしろこれまでに傍若無人な態度を取ってきた権力者達に見せていた時と同じく、一切の感情が分からない氷のような眼差しを向けていることにブリュンヒルデはゾクリとした悪寒が走る。


「俺のことを知らずに、しかも馬車を止めたというなら―――万死に値する!」


「これだけの人混みが目に入らなかったのか?―――此処は馬車の通行は禁止だ」


「フンッ!―――俺は急いでいたのだ!それには此処を通り抜けるのが一番早い!!だから通ったまでのこと!今までだってそうしていた!!この公爵家時期当主たるルーズラー=ドゥエ・ヴァーミリオンに逆らえる民などおらんのだからな!」


―――周りの民衆をまるでゴミでも見るかのような目で見回すルーズラーは、以前からこのような暴挙を繰り返していたと自ら八雲に教えてくれたのだ。


実際に今までもこうやって人を馬車で轢いたり、街中で気に入った娘を攫ったりしていてルーズラーの悪名はヴァーミリオン中に知れ渡っており、国民もイェンリンのことは敬っていてもドゥエ・ヴァーミリオン家には数々の恨みを連ねてきたのだ。


そんな奴には八雲の心の中で開廷された裁判により、八雲流の地獄巡りをさせるということで即刻判決が下された。


「人を人と思っていないような言動だけど、お前が一番のゴミだから」


「おのれぇえ!―――貴様ぁ!生きてこのレッドを出られると思うなよぉ!」


「なんだ?自分ではやらないのか?腰の剣は飾りか?―――あ、そうか!使わないから錆びついて抜けないのか!ダメだろう?ちゃんと使えなくても手入れしとかないと」


言葉は感情の起伏がある話し方をしているが、その時の表情は完全に氷の仮面となっている八雲から完全に馬鹿にされて、初めはポカーンとしていたルーズラーだったがすぐに、


「―――き、き、貴様ぁああ!この俺を!ドゥエ・ヴァーミリオンを愚弄するかぁああ!!!」


一気にそこで頭に血が上ったルーズラーは、力み過ぎてカタカタと震わせながらも剣を抜く。


「ああ、錆びてなかったか。それじゃあ、お遊戯の稽古をつけてやるから―――さっさと踊って見せろ」


八雲は掌を上にして拳を握りながら、人差し指だけクイックイッと挑発的に動かす。


「し、しし、死ねぇえええ―――!!!」


怒りが頂点に達したルーズラーは右手に持った剣を八雲の上に振り下ろそうと襲い掛かり、それを見ていた民衆達は彼方此方から悲鳴が上がる―――


―――しかし、


「ギャアアアアア―――ッ!!!」


―――醜い悲鳴を上げて地面に倒れ伏したのは、ルーズラーだった。


そしてその地面に寝転がった身体の横に、剣を握った右腕がボトッ!と天から落ちていた―――


―――『身体加速』で『収納』から黒刀=夜叉を取り出した八雲は、そのまま抜刀すると神速の太刀筋でルーズラーの腕を斬り飛ばしたのだ。


「イ、イデェエエエ―――ッ!!!お、俺のう、腕がぁ、腕がぁああああ!!!」


地面をのたうち回るルーズラーとそれを見て、


「ああ―――やってしまった……」


と顔を青ざめさせるブリュンヒルデ。


だが―――ここから八雲クオリティの地獄巡りショーが始まる。


「ああ―――痛くない痛くない」


そう言ってルーズラーに近寄ると、落ちている右腕を拾ってから失った右腕の傷口同士を近づけて『回復』の加護で傷を治す。


「ウグウウッ!!!―――あ、あれ?……んん……い、痛みが?」


八雲の『回復』で完全に元に戻った腕から痛みが消えたかと思うと、ルーズラーは胸座を掴まれて立たされる。


「よぉし!―――それじゃあ、二回目いってみようか」


「……へ?」


腕を斬り落とされる前の状態に戻されて、ルーズラーはキョトンと立ち尽くす。


「おい―――どうしたんだ?お坊ちゃま。俺のこと斬るんじゃなかったのか?ほら、来いよ」


そしてまた先ほどのように人差し指をクイックイッと手繰り寄せるように動かして挑発するが、ルーズラーも流石にそこまで馬鹿ではないようで安易に踏み込まない。


だが次の瞬間―――


―――ボト!ボトリッ!とふたつの物体が地面に落ちた音がしたと同時に、


「うぎゃやァアアアアア―――ッ!!!!」


―――今度はルーズラーの両腕が地面に落ちた。


常人の目では捉えられない速度で斬り飛ばされて片腕だけでも強烈な痛みだったのに、両腕分の激痛が脳を直撃してルーズラーは白目を剥いていた―――


「ああ、大丈夫、大丈夫」


そう言ってまたルーズラーに近づくと八雲は落ちた両腕を『回復』でまた繋げてやり、胸座を掴んで引き起こすと頬を往復ビンタで叩き、気絶したルーズラーを覚醒させる。


周囲で見ているブリュンヒルデも街の民衆達も、何を見せられているんだと只々その場に立ち尽くして驚いた顔で固まっている。


「よぉし!―――それじゃあ、三回目いってみようか」


そして三度同じ位置に戻って刀を握る八雲。


何がどうなっているのか混乱したルーズラーは恐怖で両脚の膝がガクガクと女のように内股になって震え、今にもまた気絶しそうな状況に陥っている。


「どうしたお坊ちゃま?―――そっちから来なくても、またさっきみたいにこっちから行くぞ?」


漆黒に染まり光を失った瞳で八雲に睨まれながら、そう言い放たれてルーズラーはその場に剣を落として、


「こ、今回のことは俺から親父に言ってなかったことにしてやる!だ、だからもうこれ以上は―――」


そう言ったところで、ルーズラーは視界が斜めに流れながら、上半身が地面に転げ落ちた。


「へ?……あ、あああ…アギャアアアア―――ッ!!!!!」


―――地面を転げるルーズラーには、


―――両膝から下を失っていた。


そして膝の傷口から噴水のように吹き出す出血―――


―――その惨状を見て気分の悪くなったご婦人達が何人か、その場で気絶して倒れ込んでしまい周囲の人が慌てて介抱する。


両脚を失って藻掻き苦しむルーズラーに近づいた八雲は、上からルーズラーの股間に向かって黒刀=夜叉を突き刺す。


「ヒギィイイイヤアアア―――ッ!!!!!」


―――ルーズラーの絶叫が響き渡ると同時に周囲の男達が自分の股間を押さえて背中を丸めた。


ルーズラーを上から見下ろす八雲は氷の視線で睨みながら、


「―――お前みたいな奴がイェンリンの子孫かと思うと反吐が出る」


「ヒィイイ―――ッ!!!!」


ルーズラーはもはや涙と鼻水と涎でグチャグチャの顔になっている。


そして今度こそ痛みで気絶したルーズラーに『回復』を掛けて両脚を接着すると、ガタガタ震えていた髭面の馭者にこっちに来いと合図して、それに従って恐る恐るゆっくりと近づいた馭者に、


「―――コイツを担いで、今すぐこの場から消えろ。いいな?」


「は、はいい!あの、ですが……」


「なんだ?」


「いえ!その、ルーズラー様の、足が……逆に着いていますけど?」


馭者が恐る恐る訊いたのは今現在、気絶しているルーズラーの足が―――左右逆に着いていたのだ。


「……だから?なに?」


ニコリとして答えた八雲の笑顔は決して笑顔ではない―――


―――そう思った馭者は震えあがって、


「な、なんでもありやせん!―――俺の勘違いでしたぁああ!!!」


と泣きそうな顔をしてルーズラーを背負うと、そのまま繁華街の外に向かって逃げ出した。


―――すると八雲はすぐ傍の通りの端で見ていた少女が抱えた籠の中にある物が目につき、その少女に銀貨1枚を渡すとすべて買い取って、そして野球投手張りのモーションから逃げていくルーズラー達に向かって剛速球を繰り出す。


「鬼は―――外ぉおお!!!」


そう叫んで投げた物は気絶したルーズラーの頭に直撃して赤く弾けた。


八雲が投げたのは―――真っ赤なトマトだった。


さらに鬼は外と叫びながら連投するトマトが次々にルーズラーに直撃して弾けていく。


それを見ていた繁華街の連中から、ひとり、またひとりと彼方此方からトマトが投げつけられる。


次々とぶつけられるトマトによって馭者も、担がれたルーズラーもトマトの青臭い汁と赤い身でグショグショになっていった。


―――これが後にヴァーミリオンのタウンマーケット名物「鬼は外」と叫んでトマトをぶつけ合う『鬼トマト祭』の起源になるとは、この時の八雲は知る由もなかった。


そして―――


「やりすぎだ……」


―――そう呟くブリュンヒルデの溜め息が繁華街の喧騒に消えていった……



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