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第133話 ブリュンヒルデとのデート(3)

―――惨状が広がっていたタウンマーケットも今はトマトの残骸が彼方此方に潰れて落ちて、馬車に轢かれた民衆の血もルーズラーの血も見分けがつきにくい状況になっている。


「―――ハッ!そうだ!!怪我をした者達は!?」


八雲のお仕置きショーに呆気に取られていたブリュンヒルデだが、怪我人がいたことを思い出して通りの方を振り返ってみると―――


「―――もう怪我人は治したぞ?」


と飄々と答える八雲の言葉にブリュンヒルデは目を見開く。


「……いつの間に治したのだ?」


「ん?ああ、馬車の前に出る前に『索敵』で怪我人を『索敵』マップにマーキングして、後はあの馬鹿の相手している間に『広範囲回復』で治したって訳だ」


「あの騒動の間にそんなことまでしていたのか……レギンレイヴみたいな真似をするのだな」


「レギンレイヴ?―――彼女も広範囲回復が使えるのか?」


「ああ。昔は戦場で傷ついた兵士達を集めて治療したりもしていた。敵は何度倒しても、何度も最前線に舞い戻ってくる兵士達に恐れをなして逃げていくことがほとんどだったな」


「なにそのゾンビアタック……兵の数が減らないとか、どんなけ相手の心折りにいくんだよ」


そんな話をしているところに、さきほどまで傷ついて倒れていた人々が八雲達のところに集まってくる。


「あのぉ……先ほどの怪我を治してくれたのは、貴方様ですか?」


その中のひとり、歳は五十代といった見た目の男が声を掛けてくる。


「ん?ああ、もう何ともないだろう?それともまだどこか痛むところがあるのか?」


すると男は驚いた顔で、


「いえいえ!!もうすっかり怪我も痛みもなくなりました!本当にありがとうございました!……あのドゥエ・ヴァーミリオン家のご長男はいつも此処をあんな風に通っては怪我人を出すのです。死んだ者も何人かおります……」


「そうか……なら腕も反対に付けて帰すべきだったな」


斜め上の八雲の言葉に男や周りにいたマーケットの人々も目をひん剥いて驚く。


「―――そんなことをしたらドゥエ・ヴァーミリオン家の兵達に掴まります!いえ、もう既に兵を連れて引き返してくるかも知れません!!どうか!早く逃げてください!」


「―――そうだぜ!アイツをやっつけてくれたことには感謝しているが、それ兄ちゃんが捕まって下手したら死罪だなんてなったら洒落になんねぇからよ!」


「子供の怪我を治してくださってありがとうございます。ですが、ここは早く逃げて身を隠してください」


「そうだぜ!隣の姉ちゃんは恋人だろう?だったら一緒に逃げねぇと!アイツ等に一緒に掴まったら何されるか分かったもんじゃない!」


「―――わ、私は恋人などではないぞ?!/////」


マーケットの人達が余りにも心配してくれるので、ここは素直に従って形上は逃げる振りをすることにした。


すると、マーケットの野菜を売っていた男が、


「兄さん!あんた『収納』が使えるんだろう?だったらこれを持って行ってくれよ!逃げてる時にでも食ってくれ!」


と籠に入ったリンゴを山盛り持ってくる。


するとそれを見た街の商人達が次から次に肉や魚、加工した腸詰やチーズなどを持って来ては八雲にお礼を言って渡してくる。


「―――も、もう結構ですから!!そ、それにほら!早く逃げないと」


流石に大量に持ってくるものだから、八雲も遠慮してすぐにマーケットの人々にお礼と挨拶をして通りから出ていくことにした。


そんな時ブリュンヒルデにはマーケットの女将さん達から、


「―――彼氏とお幸せにね♪ 絶対離れるんじゃないよぉお!!」


と謎の『威圧?』が籠った声援を受けて、それに圧されてしまい顔を真っ赤にしながら、


「―――はい/////」


と返事するのが精一杯だった―――






―――タウンマーケットをあとにして、魔術飛行艇エア・ライドで走り出す八雲。


「とりあえず、どこか落ち着けそうなところはあるか?」


後ろに乗っているブリュンヒルデにそう問い掛けると、


「今の時間なら丁度『バビロン空中学園』が発着場に来る頃だけど、見に行ってみるか?」


「おお!―――そうなのか?いいな、それ。それを見に行こう!」


八雲も実物が見たくてウズウズしていたので、ブリュンヒルデの案内で首都の中央部にある『バビロン空中学園』の発着場へと向かって疾走する―――






―――三十分ほど走ったところに、巨大な台座のような建造物があり、円になっているその建造物には長い階段が付いていて、その上は競技場のような形をしている。


階段を上って一番上まで行くと、円を囲むようにして歩道になっており、その円の中心部は巨大なクレーターのような擂り鉢状の穴になっていた。


「これが……発着場?デカいクレーターにしか見えない……」


「ハハッ♪ たしかに!此処は昔、この首都レッドで最も激戦が行われた戦場跡なんだ。この穴は紅蓮様の放たれた咆哮ブレスの跡だよ」


「これを紅蓮が!?普段はお淑やかなイメージだけど、怒らせないようにしよう……」


そう言って中を覗き込んだ八雲の目には穴の壁伝いに金属の甲板が打ち付けられて、それが穴の底まで完全に覆われている。


「―――来るぞ!!」


「エッ?来るって?」


そう問い掛けた八雲達は、一瞬で巨大な影に呑まれた―――


「―――これは!?」


気がつくと頭上には巨大な岩が、いや―――もはや浮遊する巨大な島が頭上の空を覆っている。


「……デケェ……本当に凄いな」


全長二十kmの巨大な島は底の部分の一番下に向かって伸びている尖ったところに、地上の擂り鉢と同じような円状の金属に覆われた部分があり、どうやらそれがこの発着場に接舷する造りになっているようだった。


「普段は隠蔽ハイディングによって覆い隠されていて、肉眼で確認出来るのはこの発着場付近だけだ」


「それじゃ遅刻して空中浮揚レビテーションで追いかけてきても、肉眼では探せなくなる訳か?」


「いや、学生は学生証を所持していれば個人には見える。あと上に住んでいる住人達も住人証を所持していれば同じだ。乗り降りするのにもその証明で出来る。観光目的などで訪れる者は、この停留場に定時に来れば入場できるという訳だ」


「上手く作っているなぁ」


「だろう?魔術関係はすべてゴンドゥルが手配している。まったくもって我が姉妹ながらいつも驚かされる」


そうこうしているうちに接舷部が音もなく吸い寄せられるようにして無事に地上へと着地した。


「ほら、八雲殿。あの子達が学園の生徒達だ」


ブリュンヒルデに指差された先には、接舷部から巨大なハッチのような扉が開き、そこからゾロゾロと下校してくる生徒達と、別の搬入用と思われるハッチには逆に地上側から大量の物資を納入していた。


「思ったよりも生徒は少ないんだな?」


「いや、殆どの生徒はこの上の学生寮か、もしくは家族でこの上に家を建てて住んでいるか、住み込みで働きながら通っているかのどれかだな」


「この島の上で生活しているのか!?だからあんなに物資が搬入されているのか……そう言えば店もあるとか言っていたような気がする」


「ああ、この上は最早ひとつの街と言っていいだろう。多くの住民が生活している」


「こういう風景を見ると、ここがやっぱり異世界なんだってことが分かるよ」


「―――異世界?どういうことだ?」


「うん?―――あ、そうか。まだ話してなかったな。俺は異世界からこっちの世界に飛ばされてきたんだよ」


「なんだと!?そんなことが……ああ、確かに過去そういった人物がいたのは確かだ。でもまさか八雲殿がそうだったとは……このことイェンリンは?」


「知っている。あと紅蓮とフレイアもな。でも教えた当初、俺が誰にも話さないでくれと頼んでおいたんだ」


「そういうことだったのか……では、そうなると此方に家族は……」


「いない、というか向こうでもいなかったんだ。死別したんだよ」


「す、すまない!余計なことを訊いてしまった……」


八雲の言葉にブリュンヒルデはなんて事を訊いてしまったのかと自己嫌悪に陥って表情が陰る。


「いいって。それにこっちに新しい家族が出来て、俺は幸せなんだ。だから本当に気にしなくていい」


「八雲殿……/////」


逆に笑顔で気をつかってくれる八雲に、ブリュンヒルデの胸は締めつけられるような思いがした。


いつの間にか沈み出して少しずつオレンジの光を差し出した太陽がその色にふたりを染め始める―――


―――すると夕暮れを告げるのであろう教会の鐘が首都レッドの彼方此方から響き出した。


八雲は少しまだ明るめの夕陽に染まっているブリュンヒルデの美しさを改めて見つめている。


教会の鐘の音が鳴り響く場所で、風にその金髪を靡かせて揺らしている姿が神々しくもあり、そして儚くも感じさせる。


彼女を取り込んだそんな世界が一枚の風景画のように八雲の瞳には眩しく映っていた……


「―――どうかしたのか?」


不思議そうに覗き込むブリュンヒルデに八雲は首をゆっくり横に振って、


「さあ、それじゃ、そろそろ帰ろうか」


と笑みを浮かべながら答えるのだった―――






―――八雲達が城に帰ろうとしていた頃、


紅龍城の上階のテラスにある空中庭園では、イェンリンが紅蓮と紅茶を楽しんでいた。


八雲と一緒に帰国した際に接舷した黒翼シュヴァルツ・フリューゲルは、その後に八雲が空間船渠ドックに入渠させたため、今ここでは見られない。


―――そしてそのイェンリンと紅蓮の傍に立っている戦乙女がいた。


イェンリンは口に運んでいたティーカップをテーブルの皿の上にゆっくりと置いた―――


「―――以上が、本日タウンマーケット内で発生した件の報告だよ」


「ご苦労だった、ヒルド」


紅の戦乙女クリムゾン・ヴァルキリー第四位―――


―――『先駆者』ヒルド


金髪の髪は肩程の長さで風に揺れ緑色の瞳をしていて、その肌は褐色に染まっている褐色美女だ。


彼女は独自の配下を持ち、国内外問わずにあらゆる情報収集を行っている、いわば諜報部の責任者である。


そんなヒルドから報告されたのは昼間の八雲が行ったルーズラーへの対処のことだ。


「八雲め……まったく余計な事をしてくれたものだ」


イェンリンは顔を顰めてそう吐き捨てるように告げると、隣で紅茶を飲んでいた紅蓮が問い掛ける。


「でも彼がしたことは街の民達が望んでいたことでもあるわ」


「分かっておる。これまでもルーズラーのような馬鹿は公爵家に生まれて来たことはあったが、あの馬鹿は特に質が悪い。アレの父親は有能だから司法省の長を任せておるが、いつまで経っても更生できん馬鹿はそろそろ処罰せねばならん……」


しかし、そこでヒルドが口を挟む。


「いいのかい?あそこはあの長男だけで嫡子がいなくなったらドゥエ・ヴァーミリオン家は……」


「お家断絶の憂き目にあうな……」


イェンリンの言葉にヒルドも紅蓮も俯いてしまう。


「まあ、アレの父親のヨゼフスは決して悪い男ではないのだが、子供の教育だけは最後まで出来なかったか」


普段は破壊的なイェンリンであっても、かつて愛した男との間にできた三人の子供達の血を受け継いできた公爵家達に愛情がないわけではない。


当時の皇子、後の皇帝と結ばれて産んだ三人の皇子達をイェンリンも夫も愛し、そして正しく強く育てた。


そこからおよそ六百年、大国ヴァーミリオン皇国を統治し続ける中で、その子達の子孫がこうして今も皇族として続いていることはイェンリンにとっても誇りであり、亡き夫への愛の証しでもあったのだ。


だが、その三大公爵家のひとつが今、断絶しようとしている―――


それはイェンリンにとってこれまで多くの公爵家の一族を看取ってきた悲しみの中でも、過去に無い一番の深い悲しみを引き起こすことは本人のみならず今まで彼女と共に長い時を過ごしてきた紅蓮と義姉妹達にも分かり切っていることだ。


「―――明日、ヨゼフスとルーズラーに登城するように申し伝えよ」


「……畏まりました。我が御子」


ヒルドはそれ以上、何も言わずに空中庭園から退出していくのだった。


その姿を見送ってからイェンリンは再びティーカップを持ち上げて口に運ぼうとするが―――


―――ピシッ!


ティーカップに突然、音を立てて亀裂が入った。


「……お気に入りだったのだが」


寂しそうにそう呟いたイェンリンに紅蓮は掛ける言葉が見つからなかった―――






―――城に戻り、ブリュンヒルデと別れた八雲は自分に割り振られた貴賓室へと向かう。


そして何も考えずに中に入ると―――


「―――お帰り♪ 八雲」


「―――お帰りなさいませ!八雲様」


「―――待っていました☆八雲様」


「お、お帰りなさい、八雲君……/////」


そこにはすでに臨戦態勢の整った雪菜、ヴァレリア、シャルロット、ユリエルの四人が、あのベビードールに身を包んでベッドの前で待っていた。


「いや、ちょっと待て。なんで雪菜がいるんだ?いや、いちゃ悪い訳じゃないけど」


「それは~♪ この三人をコーチしたからです!」


ムフーと鼻息を吐く雪菜に付き合いの長い八雲は、


「あ、なるほど……」


とつい納得してしまう。


今夜はついにロイヤルヴァージンを捧げる夜になる三人に、八雲の中の獣がドクン!と早鐘を打つのが自身でもわかるくらいに四人のベビードール姿は魅力的だった。


これから、長い夜が始まる―――



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