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第136話 イェンリンの料簡

―――三人の美少女との夜が明けて朝


雪菜を入れた五人で朝食を取りにやって来た部屋にはイェンリンに紅蓮とフレイアにブリュンヒルデ、ノワールにアリエス、雪菜とダイヤモンド、葵と白金、そして龍の牙ドラゴン・ファング達がいて食事の用意を進めている―――


チビッ子四人組はいつも通りノワール、アリエス、フレイア、ダイヤモンドの膝の上だ。


そして八雲達の姿を見止めたイェンリンは、


「―――おはよう諸君。昨日の夜はどうだったのだ?んん?」


冗談半分といった声色で問い掛けてくるので、ヴァレリアもシャルロットもユリエルもポッと頬を赤らめる。


雪菜は黙って右手を拳に握り、前に出して親指を突き立てドヤ顔をキメていた……


「どうやら上手くいったようだな。余もなかなか良い仕事をした」


「―――だが、ちょっとした別の問題が発生した」


真剣な顔でそう返してきた八雲の言葉に、ピクリと反応したのはイェンリンだけではない。


「問題とは?なにがあった?」


イェンリンの問い掛けに八雲は黙って黒いシャツのボタンを外し胸元を開けさせる。


すると、その胸板の中央に刻まれた紋章を目にして葵と白金が立ち上がり、クレーブスは目を見開いて八雲の胸元を見つめていた。


ブリュンヒルデだけは、


「―――ヒャッ!/////」


と可愛い声を上げて両手で顔を覆っていたが、ちゃっかり中指と薬指の間をVの字にして可愛い瞳が八雲の逞しい胸板を凝視していく……


「それは……見たことがないぞ?一体何の紋章だ?」


イェンリンが八雲に問い掛けると葵が口を開く。


「―――それは地聖神様の『神紋』です。主様、それはもしやユリエルから?」


「ああ、そうだ。葵、この『神紋』について何か知っているのなら教えてくれ」


すると葵は何か難しい表情を浮かべて口を噤んだ。


「八雲様―――その『神紋』については地聖神様の紋章ということは伝わっておりますが、その『神紋』を身に刻まれた者に何が起こるのかというのは有史以来記録がございません」


そう説明してくれたのはクレーブスだ。


「つまり『神紋』という紋章は昔から伝わっているが、こうして身体に刻まれたヤツの記録はないから分からない、ということか?」


「―――はい。その通りです。その『神紋』は地聖教会のかなり古い文献の中に出てきます。ですがそれらにも地聖神を表す紋章といった扱いしか出てきません」


そこで葵が口を開く。


「主様―――地聖神様は決して意味のないことをそのような形を残してまで行使されるはずがございません。いまはなくともいずれはその『神紋』に意味が現れるかと」


するとノワールが、


「う~む、我もその紋章について、その身に刻んだ者の記憶はないな」


そして紅蓮に白雪もノワールから向けられた視線とその言葉に黙って頷く。


―――続けてノワールが、


「思えば八雲とユリエルが邂逅した際に生じた地聖神の奇跡は、お前にその『神紋』を託すことの先触れだったのかも知れん」


「昨日ユリエルがただの推論で言っていたんだけど、残りの四柱神の『神紋』も持っている人がこの世界にいるんじゃないかって」


「そうそう♪ それで八雲がその四つの『神紋』を胸に刻んだ時!―――世界を手に入れる!!とかね♪」


雪菜が何かのキャラクターのように熱いコメントを挟んだが、何故かテーブルを囲む者達は雪菜の言葉にその身を硬直させたまま、少しの時が流れる。


「んん?どうした?」


八雲が少し不安になって問い掛けると―――


「―――世界を手に入れるだとぉお!!そ、そんな力があるのかぁ!!!」


イェンリンが突然叫び声を上げ、


「我はそんな力知らんぞ!―――八雲!一体いつそんな力を手に入れたのだ!?」


ノワールがパニクった表情でオロオロと騒めき始める。


「でもあながち間違ってもいないように感じるのよね。四柱神の『神紋』を揃えるのは在り得る条件だもの」


紅蓮は冷静にその推論を深く掘り下げだして、


「四柱神がそんな俗物的な力を与えるかしら?……もっと神に近づくような試練があるとか」


白雪は反対案を提示して別の意味を検討する。


―――そんな状況が展開されていると八雲が、落ち着け!と一喝して場が静まった。


「この場にいる者に分からないと言うなら、これ以上進展することもないだろう。ステータスに何も変化がない以上ユリエルの推論もあながち無いとは言えない。どっちにしろ、様子を見るしかないだろうな」


するとノワールが八雲に、


「うむ……それしかないだろうな。八雲……もしも身体に変化やステータスに変化が現れたら伝えて欲しい」


と注意を促して八雲もそのことを了承する。


「―――それじゃあ、今日は何か予定はあるのか?」


明日からバビロン空中学園に通学することになっているので、何か準備が必要だろうと考えていた八雲にイェンリンが淡々と答える。


「ああ、今日は先日タウンマーケットで騒ぎを起こした愚か者が登城してくる、というか呼びつけた。父親と共に、な……」


「……それって……もしかしなくてもルーズラー君のこと……かな?」


八雲はバツが悪そうな顔で恐る恐るイェンリンに問い掛ける。


「別にお前が気にすることはない。余の身内の恥を晒しただけのことだ。むしろ、こちらが謝罪するところだ」


「いや、イェンリンはなにも悪くないだろ。俺が勝手にやったことだ」


「だったら―――」


そこでイェンリンが八雲にある提案をしてきたが、八雲はその提案を受け入れるのだった―――






―――それから暫くして。


紅龍城の玉座の間にはドゥエ・ヴァーミリオン家の現当主ヨゼフス=ドゥエ・ヴァーミリオン公爵が膝をついていた。


―――その後ろには顔面が真っ赤に腫れ上がり、歯も何本か失っているルーズラー=ドゥエ・ヴァーミリオンの姿もあった。


だが、この場にいるのはそれだけではない―――


ヨゼフスの隣には、アイン・ヴァーミリオン家の現当主であり黄金の長い髪を後ろに纏め上げて当主と言ってもまだ三十代に入るかどうかという大人の色気を醸し出すパトリシア=アイン・ヴァーミリオンがいる。


さらに反対の隣にはトロワ・ヴァーミリオン家の現当主である白髪の長い髪を後ろで一纏めに結び、口髭を生やした筋骨隆々とした体格のジャミル=トロワ・ヴァーミリオンが同じく膝をついている。


そんな玉座の間に現れたフレイアの姿を見て、イェンリンの玉座入場が始まると瞬時に理解したヴァーミリオン家の三大公爵家当主とルーズラーは深々と頭を下げて声が掛かるのを待った。


「―――面を上げよ」


声だけでヴァーミリオン家の当主達をビクリと反応させるイェンリンの重たい声が玉座に響いて、ゆっくりと一族全員が頭を上げるとそこには―――


中央の巨大な黄金の玉座二席には、剣聖にして皇国皇帝である炎零イェンリン=ロッソ・ヴァーミリオンが静かに一段上の檀から見下ろしている。


そして同じく中央隣に置かれたもうひとつの黄金の玉座には、北部ノルドを縄張りとする紅神龍紅蓮グレン=クリムゾン・ドラゴンが座していた。


だが普段の玉座と違うのは巨大な玉座の両隣には更に二席ずつ用意された四席の椅子に座している者がいることだ。


そしてそこに座した人物を見た瞬間―――ルーズラーが声を上げる。


「―――な、何故お前が此処に!!ち、父上!!あの男です!!!私の足を逆様に付け替え侮辱したのは!!!」


ボコボコにされた顔で指を差しながら黄金の玉座の右側にノワールと共に並んで座っている八雲を指差しながら叫ぶ。


左側の二席には、それぞれ白雪と雪菜が座していた。


イェンリンが八雲に告げた提案とは―――今まさに行われている玉座への同席であった。


「ほう?……余が招いた客人をお前呼ばわりとは、随分と偉くなったものだな?ルーズラー」


「え?へ、陛下の、客人?……その男が!?」


自分にこんな仕打ちをした男がまさか皇帝イェンリンの客だと知った瞬間―――ルーズラーは呆けた顔になってしまう。


「その男呼ばわりに昇格したか……ところでパトリシアとジャミルは何故この玉座の間に?お前達とは謁見の予定は無かったように記憶しておるが?」


ここまで罪を曝け出しておいて、この場に集結した他のヴァーミリオン家の当主に問い掛けるとアイン家のパトリシアがその美しい顔を少し下げて―――


「―――恐れながら申し上げます。この度のこと、同じヴァーミリオン家の者として市井に皇族の恥を振り撒いた者の所業……許し難しとこうしてジャミルと共に御前に参上した次第でございます」


―――と、呼ばれてもいないのにこの場にいる理由を述べると、極僅かだったがイェンリンの眉毛がピクリと動いたのを八雲は見逃さなかった。


「なるほどのう……ジャミル、お前もパトリシアの話しに相違ないか?」


「確かにその通りではありますが、わたくしが参りましたのは、ルーズラーの助命を嘆願するためでもあります」


突然ルーズラーを擁護するような言葉に、今度は八雲の眉毛がピクリと動いた。


「―――ほう?その訳を訊こう。許す……申してみよ」


「感謝申し上げます陛下。ルーズラーの行いはハッキリ申し上げまして万死に値するものと断言致します」


「―――言っていることが真逆だな?ジャミル」


八雲も内心でイェンリンのツッコミには同意した。


「はい。ですが現在ドゥエ家の嫡男はルーズラーのみであり、その者の廃嫡となる処罰はつまり、ドゥエ家の断絶……ということになります。それは陛下にとっては我等には想像も出来ぬ哀しみが押し寄せること、察して余りあることでございます。ですので、どうか!―――命だけはお助けくださいますよう伏してお願い申し上げます」


ジャミルの話を聴いて、八雲はこの問題がひとつの公爵家の未来を左右する判断だということを理解した。


「そうか。だがそのルーズラーが今までどのような所業に興じていたのか、まずはそれを聴くこととしよう―――ヒルド!そ奴のこれまでの行いについて報告せよ」


すると玉座の下段にて他の姉妹達と並び立っていた中からヒルドが書簡を持って前に出る。


「ルーズラーが街で行った罪状について述べる。まずは―――」


―――そこからは昨日のタウンマーケットの一件よりも、かなり昔の所業から調べられるだけの悪行をすべてヒルドが読み上げていく。


時間にしておよそ三十分はヒルドの口から詳細な内容と被害者の名前が、その後の状況など事細かく報告が読み上げられていった―――


その内容は散々たる物でまさに特権階級の威を借りた非情な行いの数々に、聞いている八雲が疲弊しそうなくらいだった。


告げられる内容に自分の知らない罪状が山ほどあることに父であるヨゼフスは憔悴していき、そして漸くその長い報告が終わったところでイェンリンがある人物に問い掛ける。


「―――お前は何かいう事はないのか?ヨゼフスよ」


すると三人の当主の中央で深々と頭を下げて、赤髪をオールバックにした眼鏡の紳士然としたヨゼフスが静かに答えた。


「……ございません」


「……何もないと?」


イェンリンが改めて問い掛ける。


「我が愚息の所業は公爵家としてあるまじき行為であったことは明白。であれば、ここは陛下の御裁定に従うのが我が家の使命と存じます。如何様なお裁きも受け入れる所存でございます」


イェンリンの目をジッと見つめ、そう言い切ったヨゼフスの口にした決意は嘘ではないだろうと、部外者の八雲も察することが出来る意志の固さを感じた。


だが、そこで当のルーズラーが暴挙に出る―――


「お待ちください父上!!!―――何故わたくしが罰せられなければならないのですか!?わたくしは三大公爵家のひとつ!ドゥエ=ヴァーミリオン家の次期当主となる者!そのわたくしが民のひとりやふたり、傷つけただの命を奪った程度のことで何故断罪されなければならないのですか!?」


その声が玉座に響き渡った時、パトリシアとジャミルは瞳を伏せて頭を横に振りながら呆れていることを態度で示し、イェンリンは冷たい溜め息を吐いた。


―――だが、八雲だけはルーズラーをただ静かに見下ろして何もしなかった。


「この期に及んでなお、その言い草……いい加減に余の我慢も限界というものよ……」


その玉座にいる誰もが、剣聖の放つ『殺気』に全身纏わりつかれて、突然訪れた死の予感にガタガタとその身を震わせ冷や汗が滝のように流れる。


―――皇国を六百年以上統治する剣聖のそれは誰もが己の『絶体絶命』を体感している。


だがそんなところに横からイェンリンに声を掛ける人物がいた―――


「ところで陛下、客人と言っておいて我々をご紹介頂けないのでしょうか?」


―――処刑場のような雰囲気に呑まれた玉座に明るい口調で切り込んだのは、なんと雪菜だった。


「おお……すまぬな。それを忘れていたな。一同の者……此方は余が招いた客人の白神龍白雪しらゆき=スノーホワイト・ドラゴンと、その御子の草薙雪菜だ」


白神龍と聴いてヴァーミリオン皇族達は目を見開き驚く。


「そしてこちらが黒神龍ノワール=ミッドナイト・ドラゴンと、その御子にしてオーヴェストで新たに建国されたシュヴァルツ皇国の皇帝―――九頭竜八雲だ」


「なんと!白神龍様に黒神龍様と、その御子様達までお揃いでの御来訪とは……」


パトリシアは感嘆の吐息を漏らして驚く。


「ハアッ!?―――シュヴァルツ皇国の皇帝……だと!?」


そして八雲の紹介に一番驚いていたのは、誰あろうルーズラーだった。


「ふたりと、それにティーグルの第三王女と公爵家令嬢、それとフォック聖法国の聖女を余が招いたのだ。明日から『バビロン空中学園』に留学してもらうことになっている。皆、そのことくれぐれも心に留めておけ」


イェンリンの説明に皇族達はずっと驚きっ放しだったが、最後の言葉を聴いて深々と礼をする。


「それでは話を戻そう。ルーズラーについては―――」


―――そこでイェンリンの声が途切れた。


表情は変わらず、だがその唇はフルフルと小さく震えていることが八雲には見えている。


自らの判決で一族のひとつの家系を断絶するということがどれだけ重い決断かということは察して余りあることであり、それは八雲が初めて見たイェンリンの本当の意味での『人間らしさ』だった。


―――イェンリンにとっては生涯で最も愛した男性との間に産まれた三人の皇子から脈々と続く公爵家の断絶は、自らの言葉で家族を斬り捨てる行為だからこそ、それを躊躇する人間性が出てしまったことは、まだイェンリンの中にも人としての感情が残っているという証明に他ならない。


そんなイェンリンの歴史を共に見て、共に歩んできた紅蓮にとってはこの判決は見るに堪えないものであり思わず目を伏せてしまう―――


「―――極刑を申し渡す」


まるで静止画のように凍りついた玉座の間で、いち早く動き出したのは死を宣告されたルーズラーだった。


「イ、イヤ、イヤだぁ、イヤだぁああ!!!ど、どうか!どうかお助けを!!!―――陛下ぁああ!!!」


極刑……この国では絞首刑がそれに相当する。


ヴァーミリオン三家の当主達はイェンリンの断腸の思いを察して、異論も唱えずにただ深々と頭を下げた。


ルーズラーの父であるヨゼフスは息子のことよりも、イェンリンに声を震わせながら自身の家の断絶を口にさせてしまったことに後悔の念が重く圧し掛かってくる。


しかし―――


そこでスクッと椅子から立ち上がったのは―――八雲だった。


「―――どうしたのだ?八雲よ」


突然立ち上がった八雲にイェンリンは問い掛ける。


「なぁイェンリン―――アイツは死刑なんだろ?」


と、いきなり言葉を選ばずに無表情でルーズラーを指差しながら聞き返してきた。


それに驚く玉座の間の一同だが、そこで普段は大人しい紅蓮が声を荒げる。


「八雲さん!―――イェンリンは今とても傷ついているわ!なのに……そんな言い方しなくてもいいのではないかしら?」


すると八雲は―――ニヤリとして答える。


「ああ、そんなことは分かっている。俺が訊きたいのは、どうせそこの男は死刑になることで物言わぬ肉の塊に変わるんだから―――俺が好きにしてもいいか?てことを訊きたいんだよ」


突然の横暴な発言を口にする八雲に、彼のことをまだよく知らないヴァーミリオン家の者達は呆気に取られていた。


だが―――


ジッと見つめるイェンリンに八雲がウィンクで返した時、イェンリンには八雲が何か考えがあるのだということを瞬時に読み取る。


そこで、皇帝の自分が極刑を言い渡した者は最早死体になるしかないのだから、ここは八雲の考えに乗ってみてもいいだろうと思い切った判断を下した。


「……いいだろう。好きにせよ」


―――と、静かな声で八雲の希望を了承した。


しかし、その判断に―――


「ヒィイイ―――ッ!!!ソ、ソイツの好きにされるなんて!そっちの方が死ぬよりイヤだぁあああ!!!」


突然絶叫を上げたルーズラーにヴァーミリオン公爵家の当主達は、八雲と何があったのだ?と驚くが八雲はニコリと笑みを浮かべながら、


「そんなに喜ぶなよ♪逆さ足の男リヴァース・フット……これから死ぬより楽しいことが待っているから♪」


そう言ってルーズラーを見つめる眼は、餌を見つけた猛禽類のように光っていたのだった……



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