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第139話 特別クラスへ

「―――さて……『特別クラス』の皆には、これからのことについて説明しておこうかのう」


八雲達はルトマンの話に改めて姿勢を正した―――


すると、そんな全員の緊張した表情を見たルトマン校長はフォッフォッ!と笑いを溢して、


「そんなに緊張せずともよろしい。特待生のクラスについて話は聞いておるかね?」


「―――はい。十六歳以上の特待生が集ったクラスだという話だけは」


八雲の返答にルトマンは長い白髭をスリスリと上から下に撫でながら頷く。


「うむ。その通りじゃよ。しかし特待生の特別クラスは色々と変わっておってな。まず通常クラスのような必須科目がない」


「必須科目がない?それはどういうことです?」


「年齢と共に毎年違う必須科目の単位を取っていくのが通常のクラスじゃが、特別クラスは年齢制限を定めていないため、16歳と18歳や20歳の者が混在するクラスじゃ。故に必須科目というものは設けずに、教師の課題のクリアを主なカリキュラムとしておる」


「年齢差に関係無い課題を全員に与えるということですか?」


「―――そういうことじゃ。課題の内容は教師に一任してあるが初めの三年間で月に3つ、合計108の単位を取得すれば三年での卒業を認める。四年目から最終の五年目までは月に1つ、合計24の単位を取り、且つ最終卒業論文を提出して卒業と認めるのが決まりじゃ」


「一ヵ月で3つしか課題が出ないのですか?それは難易度が高いということですか?」


八雲の質問にルトマン校長が頷いて答える。


「まあ時間の掛かる課題内容となるのでな。その分、一ヵ月で消化出来なくとも翌月に繰り越すことも出来るし、要は三年間で108単位を取れば三年で卒業は出来る。無理であれば五年目までに片付けて卒業するか、もしくは退学じゃな」


校長の立場にある人物がサラッと退学の言葉を口にしたことに八雲は顔を強張らせる。


「なぁに、それほど気負わなくとも真面目に取り組めば余裕も出来るくらいの課題じゃ。毎年先に単位を片付けて学生生活という名の自由を謳歌する生徒もおるぐらいじゃよ」


「あ、前倒しで先に単位取得も出来るんですね」


「うむ、やる気さえあれば教師に次の課題へ進ませてもらってかまわんよ。此処にいる方々は皆、後に国を動かしたり妻として支える立場になったりする方ばかりじゃから話しておくが、特待生などと大層に呼んではいるが、その実は此処を巣立つ前に協調性や有益な自身の能力の使い方を見つけてもらうためのクラスなのじゃよ」


「―――なるほど。鍛えるべきは精神、という訳ですか」


「身体は大人、頭脳は子供、そんな者誰も相手にはせんし、世界はそこまで甘くはないということを知ってもらうための課題が主な内容になるかの」


「分かりました。ところで、そのクラスには担任の先生はいるのですか?」


「いや特別クラスは色々な先生に持ち回りで課題を出してもらっておる。そうして様々な先生に世話になるということも学んでもらうためじゃ」


担任ではなく様々な分野の先生達によって課題が出されて、その課題を達成していくという内容に八雲は社会で大人になったら当然のように日々様々な人間からの問題が押し寄せて来ることを想定した模擬訓練のように思えた。


「それじゃあ後は実際にクラスに行ってみた方が話は早いじゃろう。今月から副担任というものを設けてラーズグリーズ先生とゲイラホズ先生に就いてもらうことにした。形上は生徒の相談役を設けるとしてあるが、その実は姫様達の護衛ということじゃ」


ルトマン校長の説明にラーズグリーズが身を乗り出して、


「つまり私達は課題担任の先生とは別に皆様についておりますので、どうぞご安心を♪」


にこやかに微笑みを見せるラーズグリーズだったが、八雲はどこかその笑顔に違和感を覚えるのだった―――






―――校長との話も終わり、長い廊下をラーズグリーズとゲイラホズに先導されて進む八雲達だったが、ようやくひとつの講義室に辿り着いた。


「―――此処が特別クラスか」


そう呟く八雲にラーズグリーズは先にドアを開けて中に入っていく―――


その中は八雲達の世界では大学の講義室のように教壇に向かってすり鉢状に低くなっていく造りで、三列に分かれた長机と椅子が並び、そこで特別クラスの生徒達がお喋りなどしてガヤガヤしていたのだが、教師らしき人物と見知らぬ生徒が入ってきたので自分の席へ静かに着いていく。


ヴァレリア達、美少女連中が入室すると一部の男子生徒からは「オオオ―――ッ!!」という歓声が上がっていたのは学園物のお話では定番のリアクションだろう。


「皆さん!おはようございます。私の名はラーズグリーズ。今日からこのクラスの副担任という立場になり、担任の先生の課題や皆さんの学業をサポートする立場になります。そして此方にいるもうひとりが―――」


「―――ゲイラホズだ。ラーズグリーズと同じくこのクラスの副担任となるのでよろしく頼む」


「さて、次に此方に並んでいる方々は今日からこの特別クラスに編入する留学生の皆さんです」


ラーズグリーズが八雲達を手で指しながらクラスの生徒達に紹介する。


だがそこで―――


「先生!―――少しよろしいでしょうか?」


―――金髪の長い髪に紅色の髪がメッシュで入っている紅い瞳をした少女が席を立ってラーズグリーズの紹介を中断させた。


「どうしました?―――火凜フォウリン=アイン・ヴァーミリオン君」


ラーズグリーズが今日初めて来る教室で何故彼女の名前を知っているのか?そして、その髪と面影がイェンリンに似ているという八雲の疑問は彼女の家名を聞いたことで解ける。


「……アイン・ヴァーミリオン」


そう呟いた八雲の声が聴こえたのか、フォウリンと呼ばれた女生徒は八雲に視線を向けながら、


「そちらの男子生徒は少し前にオーヴェストに建国されたシュヴァルツ皇国皇帝の九頭竜八雲黒帝陛下でお間違いございませんか?」


フォウリンの質問に講義室内がザワつくのがわかる。


八雲はラーズグリーズに視線を向けるが、彼女は両掌を肩の横で上に向けて「やれやれ……任せます」という意図をゼスチャーで答えてくる。


八雲は視線をフォウリンに戻して、


「―――ああ、そうだ」


と一言で答えると生徒達はさらにザワつきを増していく。


「ではこの度のご留学の目的をお伺いしてもよろしいでしょうか?」


「―――ちょっと、フォウリン君?」


ラーズグリーズが少し不穏な空気を感じて間に割って入ろうとしたが、そういう空気は大好物の八雲はフォウリンを見つめながら―――


「世界の見聞を広めるためだ」


とサクッと返答した。


「そうですか……見聞を広めるためにあのような巨大な空飛ぶ船に乗ってこの国に来られたと?」


「あれはイェンリンのヤツが乗せろ!って言って、うるさくて仕方なく―――」


「―――ちょっと!八雲君!?」


今度は八雲のトゲトゲしい言い方にラーズグリーズは八雲の発言に割り込むが、


「うふふっ♪ イェンリン様がおっしゃる通り、面白い方ですわね♪ラーズグリーズ様、ご心配なさらずともわたくしは別に黒帝陛下に対して喧嘩を売ろうなんて思っておりませんわ」


「ああ、そうなのかい?……だったらいいのだけれど。あまり驚かさないでくれ給え、フォウリン君」


「はい♪ 先日此方にイェンリン様とブリュンヒルデ様が留学の手続きでいらっしゃった際に、色々とお話させて頂きましたの。その時に黒帝陛下のことをお伺いしておりましたので」


「なるほど。それで?俺に訊きたいことはそれだけか?」


「いえいえ♪ まだまだたくさんございますけれど、それはまた後ほどゆっくりとお伺いすることに致しましょう♪」


そう言ってフォウリンは自分の椅子に着席した。


「ああ~それではひとりずつ自己紹介をしてもらいます。まずは八雲君から」


留学の最初はまず自己紹介―――


―――第一印象でキメる!と心を落ち着かせて口を開く八雲。


「はい。九頭竜八雲、十八歳です。隣の西部オーヴェストに新しく建国されたシュヴァルツ皇国で黒神龍の御子とちょっと皇帝やっています。座右の銘は常在戦場。趣味は鍛錬、料理、創作作業。冒険者ギルドカードはブラックカード。先日街で暴れていたルーズラー=ドゥエ・ヴァーミリオンを〆て地獄のような場所でサバイバルさせている、ごく普通の男子生徒ですが、どうぞよろしく」


八雲は自分自身で完璧な自己紹介だと心の中で絶賛していたが、シーンと静まり返った室内でブリュンヒルデは額に手を当てて顔を俯かせ、ラーズグリーズはポカーンとした顔で固まり、ゲイラホズは我関せずといった雰囲気を醸し出していた……


先ほど声を掛けたフォウリンもまさか自分の親戚に当たるルーズラーがそんな目に合っているとは微塵も考えておらず、口に手を当てて呆気に取られていた。


「それじゃあ、次の方どうぞ」


そんな空気を読んでか読まずなのか、八雲はなにも無かったとしてバトンを渡すように隣の雪菜へ自己紹介を振ると、


「―――この空気で自己紹介するの?えっと……草薙雪菜といいます。十八歳です。八雲とは幼馴染で白神龍の御子になりました!好きなことは料理と八雲が喜ぶことです!これから皆さんと仲良くお勉強出来たらと考えています!どうぞよろしくお願いします!」


ペコリと礼儀正しく綺麗なお辞儀をするのは元々お嬢様として躾されてきた賜物だが、凍った時間を溶かすかのような可愛らしい声の力強い挨拶に、まずは男子生徒から凍った時間が動き出した。


「でも今、あの皇帝を喜ばすこと、とか言わなかったか?」


雪菜の自己紹介に含められていた言葉に動揺しながらではあったが……


次にヴァレリアが自己紹介に入る。


「皆さま初めまして。わたくしはシュヴァルツ皇国ティーグル公王領の第三王女であり八雲様の婚約者でもありますヴァレリア=テルツォ・ティーグルと申します。今年で十七歳になります。学校に通わせて頂くのは生まれて初めてのことですので、ご迷惑をおかけするとは思いますがよろしくお願い致しますわ」


するとさらに男子生徒達が―――


「本物のプリンセス……だと!?」


「お姫様なんて生まれて初めて間近で見たぞ!?」


と一般出の生徒からどよめきが広がるが、やはり全員が「八雲の婚約者」だという言葉に引っ掛かってどよめいている。


その次はシャルロットだ―――


「初めまして☆わたくしはシュヴァルツ皇国ティーグル公王領のエアスト公爵家から参りましたシャルロット=ヘルツォーク・エアストと申します♪ 十六歳です!わたくしもヴァレリアお姉さまと同じく学校に通わせて頂くのは生まれて初めてのことですので、どうぞ皆さま仲良くしてください☆」


「お姉さま呼びキタ―――ッ!!」


「公爵令嬢様だぁ!!!」


もはや遠慮も配慮も無い男子生徒の盛り上がりに、


「あっ!言い忘れてしまいましたが、わたくしも八雲様の婚約者です☆」


というシャルロットの爆弾が投下されて男子生徒のトキメキハートは脆くも砕かれた……


そんな机に崩れ落ちていく男子生徒達にラーズグリーズは同情と憐れみの視線を向けている。


そして次にユリエルの番だ―――


「あの、初めまして。オーヴァストのフォック聖法国より参りましたユリエル=エステヴァンと申します。今年で十八歳になります。国では天聖教会に所属しております。まだまだ修行中の身ではありますが、どうかよろしくお願い申し上げます」


すると、生徒達の中から、


「フォック聖法国のユリエル様って、もしかしてあの聖女様なの!?」


ユリエルには女子生徒も反応を過敏に示してく。


「あの高名な聖女様がバビロンに留学だとぉ!これは大変な騒ぎになるぞ!」


だが、重要なのはそこではない……男子生徒達の視線はユリエルに次の言葉があるかどうかが気になって彼女を必死に凝視する。


すると、その視線に気がついたのかユリエルは顔を赤らめながら、


「その、八雲君の婚約者です……/////」


そう答えた瞬間、講義室の男子が―――


「チキショ―――ッ!!!けっきょくハーレム野郎かよぉ―――ッ!!!」


―――と、リア充爆発しろと言わんばかりの恨みに満ちた怒号を上げていた……


「いやぁ~男子の連帯感が半端無いですね先生」


まるで他人事のように言ってのける八雲。


「いや、あの怒りはすべて君に向けられているのだけどね?八雲君……」


ラーズグリーズは呆れた声で八雲に返す。


そして最後はブリュンヒルデの自己紹介だが―――


「私もやるのか?私のことは知っている者も多いだろうが一応自己紹介させてもらおう。紅の戦乙女クリムゾン・ヴァルキリーの第二位、ブリュンヒルデだ。今回は姫達の護衛も兼ねて此処に来ている。諸君らにも家臣が護衛としてこの場に同伴している者もいるだろう。今後同じ講義室で学ぶ立場としてよろしく頼む」


ブリュンヒルデの言葉に何人かの要人護衛任務で主と一緒にいる生徒達が反応していたが、それよりも気になるのは……


「……なんだ?その視線は?……私は……婚約者ではないぞ」


ボソリと不機嫌そうに答えたブリュンヒルデに、最後の希望の光を見た男子生徒達は歓声を上げた。


「―――やっぱ『勝利する者』は違うぜ!」


「ウウゥ……俺……ブリュンヒルデ様のファンでよかった!」


涙を流してまで喜ぶ生徒までいる中で、ブリュンヒルデは、


「なんか納得がいかないぞ!―――ウウゥッ!!」


唸り声を上げながら、こちらも別の意味で半泣きになっていて、そんな歓声を上げる男子生徒達を女子生徒は冷めた目で見ていた……






それからクラス全員の自己紹介が行われ、中には勘違いして八雲のハーレムメンバーに猛烈アピールをしてくる輩もいたが、すべて華麗にスルーされていき、そして女子生徒達からの冷めた目つきは氷の視線に昇格していった。


さすがにニ十九名の特待生生徒達の自己紹介は個性の強い者や早くも皇帝位にいる八雲に取り入ろうとする者が多く、全員が回り終えるまでけっこうな時間を使った。


そして八雲達も講義室の割り振られた席に座ると、早速ラーズグリーズが今日からの課題について話し出す。


「さてさて♪ 自己紹介も終わったことですし、今日は新たな課題の発表と説明をして終わりたいと思います。先月の課題が残っている人もいるでしょうし、今月のものと合わせて皆さん頑張ってくださいね」


今月の課題と聴いて、八雲はルトマン校長の説明を思い出す。


「今回の課題は個人ではなくグループ課題になります。ですので、班を組み必ずグループで課題に当たる様にしてください。課題の達成はグループで当たって頂いてかまいませんが、課題報告は全員が必ず提出すること。なおグループ人数の上限は五名とします」


そこで八雲は「ん!?」と反応する。


自分がグループを組むとして、ヴァレリア達全員と組めば六名になる。


八雲達を含めて三十五名のクラスで五名ごとに分かれて七組の班ができるのだが、それでは八雲達の中から誰かひとりは外れなければならないのだ。


「それならば私が抜けよう」


そう言い出したのはブリュンヒルデだったが、それを八雲は引き止める。


「いやここで抜けるのは俺だろう。ブリュンヒルデは俺よりもこの国や学園の事を知っているし、彼女達の傍にいてやってくれ。俺はどこか別の班に―――」


「あら♪ 黒帝陛下はおひとりになりますの?それでしたら、わたくしの班にどうぞいらしてくださいませ」


そこで八雲にすかさず声を掛けてきたのは、他ならぬフォウリンだった。


「フォウリン?いいのか俺なんかで?」


「うふふっ♪ このヴァーミリオンに匹敵する国土を有するシュヴァルツ皇国の黒帝陛下とは思えない言葉ですわね♪」


「国と皇帝位から離れている間は名前で呼んでくれ。八雲でも九頭竜でも好きに呼んでくれたらいい」


「そうですか。では、八雲様とお呼び致しましょう。それではわたくしの班で課題に取り組むことに致しましょう」


そう言って握手を求めてくるフォウリンに八雲も手を握って―――


「ああ。これからよろしく頼む」


―――と、笑顔を浮かべて返事をする。


こうして八雲の学園生活はスタートを切るのだった―――



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