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第142話 課題は爆発だ

―――バビロンに通学を始めて二日目の朝。


昨日と同じく紅龍城からバビロン空中学園に馬車で向かった八雲達はそれぞれの学部に別れていく―――


チビッ子達は昨日の初日が余程楽しかったのか、ニコニコしながら白雪とダイヤモンドに幼年部へ向かって連れられて行った。


ヘミオスとコゼロークも初日からクラスの生徒達とも馴染めたとのことで八雲も一安心する。


ただひとり、恨めしそうな目で見つめていたクレーブスには仕方がないので白衣の着用を認めて納めてもらっていた。


そして八雲達はというと―――


講義室に向かうとクラスのメンバーはほとんどいなかった……


「……どういうこと?」


首を傾げる八雲達にフォウリン達が傍にやってくる。


「皆様、おはようございます」


「おはようございます」


「おはようございます。八雲様」


「おはよう八雲君」


フォウリン、カイル、エルカ、イシカムが順番に挨拶してきたので八雲も挨拶を返す。


「―――おはよう。ところでクラスの生徒がかなり少ないみたいだけど?」


挨拶をしてフォウリンにこの状況を問い掛けると、


「ああ、昨日新しい課題が出たので皆さんその課題の報告試験に向かったり、課題がクリア出来ない方は練習に向かったりしているのですわ。特待生は必須科目が無いので自分達のペースで課題に臨んでいますの。新しい課題が発表される時には全員集まりますわ」


という答えに八雲は自分の高校時代の感覚との違いに違和感があったが、それも異世界だからと納得する。


「そういうものなのか……かなり自由な体制なんだな」


「ええ。課題には素材を集めるだとか、校外に向かうものも出される場合がありますし、他には高等な魔術展開の論文といった内容の場合もあります。今回は中位魔術の発動課題ですので、班の中で未修得の方の対応に外に出ている方が多いですわね」


「なるほどなぁ~。それで、俺達は今日どうする?」


フォウリンに問い掛けると後ろに控えているエルカが俯いて元気がなくなってしまう。


「やはりエルカの魔術を練習するしか選択肢はありませんわね」


「―――申し訳ございません!」


そこでエルカが盛大に謝罪するのだが、


「もう、この子は。昨日あれほどもう謝罪はしなくていいと言いましたのに……」


フォウリンは謝罪を続けるエルカに昨日散々言いきかせたみたいだが、やはり気を落としているようでエルカは俯いている。


「そういう時は、頑張ります!の方が俺達も納得するぞ」


八雲の言葉にハッとして顔を上げたエルカは、


「が、頑張りましゅ!あ……/////」


盛大に噛みながら決意表明をするので、皆で吹き出しながらも応援することを約束し合う。


「―――それで、イシカムは魔術に詳しいって話だったけど実際のところ中位魔術の会得にはどうするのがいいんだ?」


自己紹介で魔術が得意と言っていたイシカムに、そのコツを教えて欲しいという話しをすると、


「魔術も剣や槍と同じように熟練度といった経験を重ねることで、より高等な魔術が扱えるようになっていくよ。だから今エルカさんが一番得意で熟練度の高い属性の魔術を練習するのが一番だと思う」


というイシカムのアドバイスを参考にする。


「属性は問わないってラーズグリーズ先生も言っていたもんな。それじゃあエルカさんはどの属性が一番得意なの?」


「あ、あの黒帝陛下、どうぞ私のことはエルカと呼び捨てにして頂いてかまいません」


「―――俺のことも名前で呼んでくれたらそうする」


「あううっ……や、八雲……様/////」


「うん、それでエルカはどの属性が得意?」


「は、はい!……やっぱり火か水……でしょうか。普段から家事をする際にもよく使いますので」


「―――なるほど。それじゃあ魔術の訓練ができる場所ってあるのか?」


フォウリンに問い掛けると、


「ありますわよ♪ この学園の裏がちょうど丘になっているので、そこは魔術訓練用の土地になっていますわ」


と教えてくれた。


「―――それじゃあ、そこに行きますか」


八雲の提案に全員が頷き、場所を移動することにする。


因みにブリュンヒルデが同じ提案をしてヴァレリア達もそこに向かうことに決めた―――






―――そうして移動した魔術訓練施設。


学園の校舎裏にある林の中の道を暫く進むと開けた場所になっていて、そこには休憩などが出来る建物が設置されている。


グループ毎に活動出来るように壁で仕切られていて、幅の広い射撃訓練場のようになっていた。


近づけば既にそこで訓練に入っているグループもあり、火属性や水属性といった普段の生活でも利用していることで熟練度の高そうな魔術の訓練をしている生徒達がいた。


「ごきげんよう。フォウリン様達もいらっしゃったのですね」


「―――ごきげんよう。私達も課題に向けて訓練しに来ましたの」


先に練習していた生徒達と挨拶を交わすフォウリン。


練習スペースにはベンチといった休憩出来るものも用意されている。


八雲達も空いている練習スペースを使ってエルカの訓練を開始することにした。


訓練場は練習スペースの先にある地面が剥き出しになっている丘に向かって魔術の発動をすることで熟練度を上げるといった仕様になっていて、目標となる岩に描かれた的も幾つか設置されている、そのまま射撃場のようだった。


「ここから向こうの丘に向かって魔術を発動させて訓練するってことか?」


初めて来た八雲はイシカムに問い掛ける。


「そうだよ。的を狙って魔術を発動すれば熟練度も上がりやすいんだ。集中力がその分増すから早く上がりやすいんだよ」


「なるほど……俺のコントロールも上がるかな?」


「話しを聞く限りだと八雲君は魔術より魔力の調整が苦手な感じってことだよね?」


イシカムの指摘に改めて思い返す八雲。


「そうだな、そんな感じだと思う。俺は魔力をどれだけ注入すればいいのか、その感覚が分かってないんだ」


「それこそ数をこなして感覚を掴むしかないね。最小だと思う魔力のイメージから少しずつ増やしていって、どの程度の魔力ならどのくらいの威力があるか試して覚えるといいんじゃないかな?」


「そうだな。よし!俺もエルカと一緒にその辺を訓練してみるよ」


「―――うん!頑張って!」


フォウリンとイシカム、カイルはエルカの訓練につくことにして、八雲は目の前の地面が剥き出しになった丘を眺める。


「俺もやってみるか」


そうしてイシカムのアドバイスを参考にして、自分で最小と思う魔力を注入し、


「―――炎弾ファイヤー・ブリット


火属性の中位魔術を発動する。


手元に発動した《炎弾》がみるみるうちに大きな炎の塊となり、そして―――


「―――フンッ!」


―――地面が剥き出しの丘に向かって発射された。


「弾着ぅ~~~今!!!」


と叫ぶ八雲の声と同時に地面に着弾した《炎弾》が激しい轟音と共に巨大な火柱を上げ、その衝撃波が遠く離れた訓練場にまで地表を走り抜けて襲い掛かってくる―――


「キャアアアア―――ッ!!!!」


―――彼方此方から響き渡る悲鳴に周囲のクラスメイトの安否を確認する生徒の叫び声が辺りに響き渡る。


フォウリン達も咄嗟にカイルが障壁を張って被害を逃れたものの、やはり目の前で起こったことへの精神的衝撃は防ぎ切れない……


「や、八雲様……」


呆然とした表情で見つめるフォウリンと周囲の生徒に八雲は、


「えっと……今ので最弱の魔力込めたつもりなんだけど?」


と返してみたがフォウリン達もその周りにいた生徒達も、ブリュンヒルデの障壁に護られたヴァレリア達でさえ驚愕の表情を浮かべて全員が、


(あれが一番弱い魔力ぅうう―――ッ!?)


と、ドン引きして口にはしないが心の中でツッコミを入れていた……


そんな八雲に近づいてきたイシカムは、笑顔を向けながら告げる。


「八雲君……報告試験まで魔術禁止ね?」


「あ、はい……」


この時の八雲が放った《炎弾》の爆発と衝撃は浮遊島を揺るがす勢いがあり、その後に校長や教師達まで駆け付けてくる事態に収まらず、なんと浮遊島に常駐している警備隊の兵士まで学園の訓練場に押し掛けてくる事態にまで発展したのだった……


―――そして事の次第を聴いたラーズグリーズ先生は、八雲にニッコリと黒い笑みを浮かべる。


「八雲君……君はもうさっきの中位魔術で今回の課題試験はパスにするから……浮遊島を堕とさないでね?」


「まさかの浮遊島墜としとか……あ、はい……ワカリマシタ……」


八雲はその指示に黙って従う。


そこからはエルカが指導されているのをベンチに座ってショボーンと見つめている八雲の姿があった……






―――ハプニングはあったが無事に二日目の学園を終えた八雲達。


学園の校門にはイェンリンと紅蓮にフレイアとフロック、ノワールとアリエスが乗って待っている真紅のキャンピング馬車が来ていた。


イェンリン用に用意したキャンピング馬車には、紅蓮から貰った紅神龍の鱗で赤い装甲を張り付けて、黒麒麟もその鱗で紅麒麟として紅色の麒麟を作り、その真紅のキャンピング馬車を曳かせていた。


「お帰り~♪ 我の天使達~♡」


幼年部のチビッ子達を順番に抱き上げて頬にキスをするノワール。


八雲始め特待生の皆は今日の訓練を幼年部の帰りに合わせて切り上げて下校した。


今は必須科目の授業を受けているヘミオス、コゼロークと授業をしているクレーブス達教師はまだ学園に残っている。


「―――剣帝母様!今日はどうしてこちらに?」


一緒に下校したフォウリン達がイェンリンの姿を見て驚きの声を上げ、エルカとカイルはすぐに膝をついて平伏する。


「剣帝母?」


八雲がその呼び名に首を傾げるがイェンリンはフォウリンを見て、


「別に公務でもないのだ。普段通りでよい。剣帝母というのは表で公爵家が余のことをそう呼んでいるのだ。剣帝母や大帝母とな。紅蓮とこの皇国で盟約した国母は別におるから、公爵家の者達が代々そう呼んでいるだけのことよ」


「ああ、ティーグルでいうマリアみたいな人がいたんだよな」


―――マリア=ハイリヒ・ティーグル。


大陸歴20年にフロンテ大陸西部オーヴェストでティーグル皇国を建国した女王で出生当時は国ではなく豪族が覇権を争っている時代であり、その豪族の娘として生まれた。


黒神龍と友となり、そして盟約を交わすことで皇国を建国、そこから首都アードラーを中心に多くの協力者と共に繁栄させ、国内では国母様と呼ばれて敬われているティーグル皇国初代女王だ。


そしてこのヴァーミリオンにも紅蓮と盟約を交わした人間がいる。


その国母と呼ばれる人間と呼び分けるために、公爵家ではイェンリンのことを公式の場では『剣帝母』や『大帝母』と呼んでいる。


「フォウリン達も予定が無いのなら共に行くか?八雲が浮遊島の土地が欲しいとのことなのでな。今から見分に向かうところだ」


「―――浮遊島に土地を!?しかもイェンリン様の土地を八雲様が!それは凄いですわね♪ 是非お供させて頂きます」


エルカとカイル、それにイシカムも誘い一緒に向かうことになった。


「ではお前の希望に叶う余の土地に向かうことにしよう」


しばらくは浮遊島の街並みをその馬車で走るが巨大な宙に浮いている馬車に街中の人々は驚愕していたが、窓にイェンリンが顔を出して手を振ってやると、


「―――皇帝陛下!?皇帝陛下だ!!陛下が浮遊島にご来訪されているぞ!!!」


「―――陛下があの馬車に!?流石は陛下!なんと素晴らしい馬車だ!!」


と歓声が広まっていく。


(造ったのは俺ですけどね……私が造りました!と写真付けて宣伝したい気分)


そんなことを考えているとヴァレリアとシャルロットが、


「八雲様。訓練場での八雲様の魔術、本当にビックリ致しました」


「はい!あんな凄い魔術が使えるなんて流石は八雲様です☆」


「アハハ……ありがとう。でも俺は魔力のコントロールが下手でさ。もっと俺も頑張るよ」


「あれだけの爆発させておいて下手とかないでしょ……自衛隊みたいな弾着報告までしてたし」


横からツッコミを入れる雪菜に、


「いや、あの場面はアレ言わないとダメでしょ?」


と惚けながらもそう返事する八雲に雪菜は呆れ顔で返していた。


車内のソファーで彼女達の訓練の様子を聞いたりして、フォウリン達とヴァレリア達も交流している間にイェンリンの言う目的の場所に到着する。


「着いたぞ!―――此処がそうだ。お前の言っていた希望に近い場所だと思うのだが、どうだ?」


「おお……此処がそうか」


そこは浮遊島の市街地から少し離れた郊外ではあるがバビロン空中学園からも近い位置にあり、八雲が言っていた土地の奥には小高い丘が希望通りあった。


「凄いな……イメージにピッタリなところだよ!」


「それはよかった。では工事の具体的な日程や資材を見繕っていかねば―――」


「―――いや、今から建てる」


八雲がイェンリンの話しを遮るように言い切ると、全員が「エッ?」と固まる。


「おい八雲よ。今からとはどういう―――」


「―――まぁ見ていてくれ。その後フロックには協力してもらうけど」


「エッ?ああ、それはかまわないけど―――八雲様は一体何を?」


不思議そうにするフロックに笑顔を返して、八雲は草原になっている浮遊島の大地に両手をついた。


「―――土属性基礎アース・コントロール!!」


その大地に流し込まれた土属性の基礎魔術によって、地中に含まれる鉄が集中して大地から鉄筋が立ち上がっていく。


「なっ!!こ、これは―――」


周囲で見ている全員が目の前に高速で組み上がっていく鉄筋と壁の部分に立ち上がっていく土壁に驚愕する。


エルフの娘達の家を建てた時よりもかなり大型の建物が早送りの映像のように組み上がっていく様は、初めて見た者達の誰もが言葉を失って見つめるしかなかった―――



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