―――半日ほどで必要な家具や寝具は揃った。
そして八雲はフィッツェと一緒に厨房の造り込みに追われていた―――
「―――冷蔵庫の位置はこの辺りでいいか?」
「あ、はい♪ 大丈夫ですわ♪ この厨房、黒龍城の時とほとんど一緒なので使い勝手が良いですわ。ありがとうございます♪」
厨房にご満悦のフィッツェを見て八雲も笑顔を返して、
「俺もまたここで一緒に料理するから、よろしくな」
と伝えるとフィッツェもすぐに、
「はい♪」
と嬉しそうな返事を返した。
そんな厨房にひとりの戦乙女がやってくる。
「ああ、やっと見つけたわ。八雲殿、この土地の売却について正式に契約書を作成したから、一緒に来てもらいたいの」
濃い紫色をしたストレートロングの髪に藍色の大きな瞳をした
「ええっと、確か―――
「ええ、こうしてちゃんと話すのは初めてだったわね。私はスクルド。『未来を司る者』よ。この国では財宝省を統括しているわ。イェンリンから今回の土地の売買について正式な手続きを頼まれたの」
「―――財宝省?それってどういうところなんだ?」
「財宝省は皇国の財務や所有する国宝などを統括している部署のことよ。皇帝の所有する土地もまたその範囲になるから、こうして契約書も作ってきたのよ。それじゃ、来てくれるかしら?」
「ああ、分かった。フィッツェ、悪いけど後は頼んでいい?」
「勿論ですわ♪ どうぞお気になさらず」
フィッツェに見送られて八雲とスクルドは最上階の三階に造った八雲の私室に向かった。
部屋の中に入ると、三階の大部分を使った広い部屋には大きくて五mほどの半円型をした長いソファーが二つ、中央の円型テーブルを挟んで設置されている。
奥には書斎机も置いてあり、書斎棚もあるがまだ棚の中身はない。
壁の扉を開くとひとつは寝室、またひとつは広い浴室になっていて、更にもうひとつの扉の中は手洗いになっている。
寝室にはフロックの工房のドワーフ達が搬入してくれた巨大なベッドが広い寝室の真ん中を陣取っていた。
スクルドも一緒に部屋の中を見て回って感心していたが、
「俺も初めて入った……此処のドワーフ達も良い腕しているなぁ」
「うふふっ♪ それはフロックとドワーフ達に直接言ってあげて。さてと……それじゃあ契約書の方を片付けましょうか」
ソファーに座って向かい合い、スクルドは『収納』から一枚の紙を取り出す。
「この屋敷の土地と裏にある山も併せての面積とそれに対する土地の評価金額がこれになります。これをお支払い頂けば此処は八雲殿の土地になります」
そういって差し出してきた契約書にはこの屋敷の建っている土地の測量された広さが記載されており、またその土地の価格が『金額:白金貨十枚』と記載されていた」
「は、白金貨十枚!?……って、正直なところ、この金額ってどうなの?」
バリバリの異世界高校生、九頭竜八雲にこの世界の土地価格など分かるはずもなく、まして白金貨一枚で一億円、それが十枚で十億円の土地取引となると思わず訊かずにはいられない。
「そうねぇ……まずは此処が下の大地ではなく浮遊島の土地であること、ということは下の土地と此処の土地でどっちの価値が高いと思う?」
「それは……浮遊島の土地の方が高そうかな」
「正解。広大な土地を有するヴァーミリオン皇国の土地の値段と、浮遊島という全長二十kmしかない中で売買される土地の値段なら当然此処の土地の方が高くなるわ。でもそれはこの浮遊島の上にしっかりとした街が形成されていること、物資も潤沢であり、バビロン空中学園も建っているというステータスが大きく作用している点もあるわ」
「確かにこれだけの街が無かったら、ただの浮いている岩の上に住むだけだもんな。これだけ物があって人がいてって状況だからこそ価値が高いのか」
「そういうこと。因みに此処の土地代だけど、相場から見たらイェンリンはかなり安くしているわよ。感謝しておいた方がいいわ」
「白金貨十枚でも相場より安いの!?実際は……どのくらいになるの?」
「軽く倍は見積もっておいた方がいいわ」
「グハッ!?……だけど、イェンリンはそんなに安くしてくれていたんだな。今度顔を合わせたらお礼を言っておくよ」
「ええ。でもあの子も貴方に何か頼み事をしているのでしょう?だからこの値段でいいって言っていたし」
そこで八雲はイェンリンから頼まれた天翔船の建造を思い出していた。
「ああ~船を造ってくれって言われてるんだ」
「―――船?それってあの天翔船とかいう空飛ぶ船のこと?」
「うん。前から欲しいって言われていたんだけど、土地を買いたいって話をした時に頼まれたんだ」
「ハァ……まったく仕方がない子ね。それに乗ってきっとまた政務をサボる気なんだわ」
スクルドがやれやれといった表情で額を抑えていた。
「でも、あの子も最近貴方達が来てくれてから随分と笑うようになったわ。それには感謝してる」
「そうなのか?俺には出会った頃からあの態度だったけど?」
「ふふん♪ その理由は自分で考えなさい。さあ、それじゃあ払うもの払ってもらいましょうか!」
「目が怖いよ……はい、これでいいな」
八雲は『収納』からノワールに渡された十六億円のうちの十億円分になる白金貨十枚を取り出すとスクルドの前に置いた。
金額だけ思い浮かべれば高額すぎる取引だが、それでもまだ六億円残っていると思えば残りも多額なのは間違いないのだし、正直なところ八雲に金への執着はないのですぐに支払った。
「あら、アッサリと出すのね―――良い心掛けだわ♪ 貴方良い為政者になるわよ」
「俺は政治はやらないスタンスなの」
「同じ皇帝でもイェンリンとは大違いね。でも、あの子もそんな貴方だから……」
「―――ん?俺だから?」
「いえ、なんでもないわ♪」
「あ、支払いで思い出したけどフロックのところで作ってもらった家具とかの支払いはどうしたらいい?」
「ああ、そっちはフロックが引っ越し祝いだからと言って土地代には入れていなかったから、別にいいんじゃない?」
「いや、この屋敷の家具から寝具からすべて作ってもらっておいて、それはないだろ?」
普通に街の家具屋に頼んでいたら時間も掛かっていただろうし、量も全部屋分なので半端ではない。
「―――いいの♪ いいの♪ あの子達は作った物を大切に使ってもらうのが何よりの喜びなんだから♪」
「それじゃあ、俺も『創造』の加護でなにか出来ることがあれば、それで恩返しするよ」
「ええ、それがいいと思うわよ♪ それじゃあ集金も終わったし、この契約書は大切に保管しておいてね」
そう言ってスクルドは手を振りながら退室していった―――
―――その後一階に下りると玄関の入口から中に入ったところにエントランスのスペースが広がり太い飾り柱が立っていて、その中にはあの鉄筋が要の柱として入っているといった場所が目に入る。
入った正面から吹き抜けになったロの字型の中庭が一望できる大きなガラスが取り付けられていて、その中庭に入れるようにと出入口も各辺に備え付けられていた。
吹き抜けの中庭側はすべて通路になっていてそこにはすべて大きなガラスが続いており、各階どの方向からもガラス越しに中庭が見える。
出入口の扉を開いて中庭に立つ八雲はそこで―――
「―――
―――魔術を発動して庭部分に残っていた雑草を地中深くに飲み込み、庭の土地を綺麗に平坦に整えた。
【―――葵、白金。聞こえるか?】
【はい主様。聴こえておりまする。如何なされましたか?】
『伝心』で呼びかけるとすぐに葵が返事をしてくる。
【手が空いていたら中庭に出て来てくれないか?庭のことで相談がある】
【―――すぐに参ります】
するとしばらくして中庭への出入口の扉が開き、葵と白金が八雲の元にやってきた。
「庭が随分とスッキリいたしましたね。それで主様、妾達にご用とは?」
「ああ、此処の中央に桜の木を植えたいんだけど、ふたりの力で此処に桜を植えることって出来るか?」
「そのようなこと、造作もないことにございますれば」
そう言って白金に目配せをすると、頷く白金。
「では―――桜花の舞いを!」
―――そう告げるや否や、葵は白金と共に鉄扇ではない普通の扇を取り出して両手に持って広げると白金と共に舞いを繰り広げる。
すると中庭の中央に木の芽が出たかと思うと―――
―――その芽が苗になり、
―――みるみる太くなって木の容姿を整えて緑を湛え、
―――やがて立派な桜の木がそこに聳え立った。
「オオオ……流石は葵と白金。これで来年には桜の花見が出来そうだな」
「花見とは風流ですこと。その時は是非とも主様に一献、お酌をさせて頂きましょう」
葵が今から楽しみにしているといった笑顔でクスクスと笑っていると白金が、
「しかし主様、葵義姉様。桜の木だけでは随分と殺風景ではありませんか?」
と、桜の木が一本しかない中庭を見回して言ってきた。
「たしかに……如何なさいますか?」
葵が八雲に問い掛けると、
「これからの季節は先に紅葉の季節になるだろうし、紅葉の木も植えるか」
「それはよろしいですね♪ 子供らも紅葉が色づけばきっと美しさに夢中となりましょう」
「そうだな。あの子達にはこれからも、もっと美しい物や綺麗な景色も見せてやりたい。よし!それじゃあ桜の木の周りは芝生を植えて公園のようにして、あちらの片隅には岩と池も造ってそこに紅葉を植えよう。あっちにはウッドデッキを造って、そこでお茶も飲めるようにしよう!ウッドデッキにはガラスの屋根も付けるぞ!」
段々と創作意欲に駆られた八雲を見て、葵と白金も顔を見合わせて笑みを溢す。
そうしていつの間にか見る間に造り込まれていった中庭には―――
―――大きな岩から滝が流れ落ち、その流れ落ちた水が造られた池に流れていくという景色や、その池の畔に紅葉の木が何本も並び秋に向けて色づき育つ準備を始めている。
因みに滝は
ウッドデッキは八雲が『収納』から取り出した木材『創造』の加護を用いて加工して、五段の階段を上ると木で出来た平面のデッキがあり、そこには木で造った丸みのある長テーブルと椅子が並び、そのデッキの上に柱と梁を通してガラスの屋根が覆っている。
これで雨が降っても涼みながらお茶が楽しめるようなちょっと贅沢なデッキに仕上がった。
他にもバーベキューテラスをその横に設置して、いつでも中庭でバーベキューが楽しめる環境を整備。
空いたスペースには子供達が遊べるように洗浄して滅菌した綺麗な砂場や全体を丸く滑らかな形にした滑り台も造ってみた。
「ふぉお~☆おにわ、きえい♪」
いち早く庭の変化に気がついたシェーナが中庭に入ってくると、それに三人のチビッ子達も続いて入ってくる。
何事かと追いかけてきたダイヤモンドと白雪も、さっきまでの中庭からガラッと変わった景色に驚きの顔をして固まっていた。
シェーナ達を連れて滑り台に向かう八雲。
後ろから角の丸まった階段を登り、前側の滑り台をツルン♪ と滑っていくシェーナを見て、子供達が順番に滑って遊びだした。
砂場にも案内してそこで穴を掘ったり山を作ったりして遊ぶ子供達。
その姿を見て八雲に白雪、そしてダイヤモンドと葵に白金もほんわかとした温かい気持ちに包まれる。
「アアアア―――ッ!!!なんだ此処は!どうしてそんな可愛い遊び場で遊ぶ天使達の姿を我に黙っているのだ!!」
と突撃してくるノワールを宥めて中庭の説明をして誤魔化す八雲。
「ほおお、これはまた面白い庭だな」
イェンリンと紅蓮、フレイアにブリュンヒルデとフロックも中庭にやってきた。
「―――素敵なお庭ね♪ 八雲さんが造ったの?」
紅蓮が八雲に問い掛けると、
「物は俺が造って木や植物は葵と白金に植えてもらった」
「さすがは地聖神の使徒といったところか。こんな場所があると余も紅龍城に戻りたくなくなってしまうなぁ~」
そう言ってウッドデッキの椅子に座るイェンリンにブリュンヒルデが
「ふざけたことを言うなよイェンリン!お前には戻ってから政務がまだ残っているのだ!」
と、小言を振り撒いていくとイェンリンの顔があからさまに嫌そうに歪む。
「まあまあ、今日はうちの引っ越し祝いだし、ブリュンヒルデも泊まっていって屋敷の使い勝手とか色々意見を貰えたら嬉しいから、今日は大目にみてくれよ、な?」
八雲にそう言われて頼まれると、ブリュンヒルデも吝かではない。
「わ、分かった。八雲殿がそこまでいうのであれば、今回だけは目を瞑るとしよう」
「でかしたぞ!八雲よ!後から余が直々に閨の作法を伝授してやろう♡」
「あ、そういうのはいいんで」
アッサリとイェンリンの誘惑を振り解いて、
「それじゃあ今日は此処でバーベキューをやります!」
と高らかに宣言するのだった―――