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第145話 胎動する東方

―――移り住んだ浮遊島の屋敷に造った中庭のバーベキューテラスに皆が集合する。


ウッドデッキの隣のスペースに土属性基礎アース・コントロールで中央が四角く凹んだ形の石で作ったテーブルを6個設置して、それぞれにウッドチェアを6席ずつ置いた―――


八雲はその横に調理台を造り、そこに水属性基礎ウォーター・コントロールで水を使えるシンクも設置して、肉や野菜を山積みにする。


調理台の傍に来て縁から、ちょこん♪ と可愛い顔を並べて出してくるシェーナ、トルカ、レピス、ルクティア。


そこで調理に取り掛かった八雲は―――


「危ないから手を出しちゃダメだぞ?」


―――とチビッ子達に注意しておく。


注意を受けた子供達は、調理台から出した頭をコクコクと頷かせる。


そしてフィッツェが連れて来たスルーズにも手伝ってもらって、調理台の上で八雲とスルーズが食材を切り分けていく。


(流石は紅神龍の料理番―――手際いいなぁ)


―――スルーズの豪快ながら美しい包丁捌きに見惚れる八雲。


そして『収納』から取り出した串に肉や野菜の刺し方を教えてスルーズとフィッツェにそれをやってもらっている間、八雲はバーベキュー用の石テーブルの凹みの中に『収納』から取り出した木炭を放り込んでから、


「―――火属性基礎ファイヤー・コントロール!」


火を操り次々に積み上げた木炭を加熱していく。


そして今度は火が起こった木炭の上に網を置き、赤くなってパチパチと音を立てる木炭の熱が石の台から上に昇ってくる。


「何故態々そのように木を燃やすのだ?火属性基礎ファイヤー・コントロールで調理すればいいのではないか?」


この世界ではガスコンロや都市ガス気分で使われる火属性基礎ファイヤー・コントロールだが、八雲にとってバーベキューは木炭でやるものだという拘りがある。


「ああ、それは―――遠赤外線を使った調理に優れているからだよ」


「えんせき、がいせん?なんだ、それは?」


八雲が聞き慣れない言葉を使った時点でクレーブスが高速で傍にやってきて話を聴こうとする。


「―――遠赤外線の赤外線っていうのは、簡単に言えば太陽光を思い浮かべてくれれば分かると思うけど、あの光にも含まれていて温かさや熱を起こす周波数っていうものが物質の分子を活発に動かして熱が発生する。そしてその周波数が高いものを近赤外線、低いものを遠赤外線と言うんだ」


「ふむ……よく分からん」


イェンリンは首を傾げていたが、クレーブスは真剣に聴いているので八雲は説明を続ける。


「―――そこでこの木炭の熱、これには遠赤外線が含まれている。遠赤外線は内部には浸透せず、表面で吸収されて熱に変わり、そしてその熱が内部に伝導して行く」


そう言って八雲は網の上に置いたバーベキューの串に刺さった肉を指差す。


「遠赤外線は浸透しない故に表面をパリッと、内部をしっとり焼き上げることが出来るんだ。炭火で魚や肉を焼いたり、石窯でピザやパンを焼いたりすることでその効果が分かる。石にもセラミックっていう成分が含まれていて遠赤外線を放射するから、そうした料理に効果を発揮するんだよ」


「ふ~ん……分からん」


「まあ、とりあえず食べてみてくれよ……」


「―――私は理解出来ましたよ!八雲様!」


イェンリンへの説明を諦めた八雲だが、知識欲の塊であるクレーブスに理解してもらえたことで救われた。


そこから炭火の上に敷いた網の上で串に刺した肉や野菜を続けて置いて焼き始めると、ジュウ~!という焼き音と共に肉の焼ける匂いが広がっていく。


「フィッツェとスルーズはこのぐらい火が通った焼き具合になったら、このバーベキューソースを両面に塗って少し網の上に乗せて再度両面を炙ったら出来上がりだから。テーブルを回ってやってくれるか」


「畏まりました♪」


「了解だよ!御子様」


ふたりは順番にテーブルを周りながら八雲特製のバーベキューソースを塗って焼き上げていく。


八雲はイェンリンと紅蓮にフレイアとブリュンヒルデ、フロックにスクルドが座った席でバーベキューソースを塗り仕上げていく。


「―――なんだか野性的な料理ね。野営で作る料理みたいな」


「元々そういう野営でする料理なのさ。それが家族で楽しむ料理になって、こうして人が大勢集まった時にする料理に変わったって感じかな」


バーベキューソースを塗りながら説明する八雲の周りには、ソースの香ばしい匂いが立ち込めて今にも腹が鳴りそうになるのを皆で我慢する。


「―――さあ!出来たぞ!!どうぞ、召し上がれ!」


八雲の言葉に皆が串に手を伸ばして、まずは香りを楽しむとイェンリンが皇帝らしからぬ大口を開けて物怖じせずにバクリ!と串の先端に刺さっている肉にかぶりついた。


「んん……う、美味い!美味いではないか!」


続いて紅蓮がお淑やかな口元で小さくかぶりつくと、


「あら♪ 本当に美味しいわ!でも、木炭で調理するだけでこんなにも味わいが違うなんて……」


フレイアやブリュンヒルデ達も次々に食べていくと、


「―――八雲様、美味しいです!」


「これがバーベキューという料理か!八雲殿は色々なことをご存知だな」


フレイアとブリュンヒルデがニコニコと笑みを浮かべて味わいながら食べている。


スクルドも、「これは売れるのでは?」と早くも銭勘定が頭の中で始まり、そして隣のフロックは何故か青い顔をして止まっていた。


「―――どうした?フロック?ソースの味が好みじゃなかったか?」


その様子に心配になって問い掛けた八雲に、フロックは恐る恐るといった様子で、


「なあ、八雲様……この串って、まさか……」


「ん?―――黒神龍の鱗で造ったけど?」


それを聴いて紅の戦乙女クリムゾン・ヴァルキリー達はブフッ!?と思わず吹き出す。


「お、おい!―――今、ノワール様の鱗で造ったと言ったか!?」


ブリュンヒルデが驚いた顔のまま問い掛けるので、


「ああ。あとついでにその網も―――」


と、あっけらかんとした調子で返す八雲。


「―――あ、網もだと!?や、八雲殿、恐れ多くも神龍様の鱗をこのような調理用の道具にするのは……」


ブリュンヒルデまで顔を青くしだしたのだが八雲は笑顔を浮かべる。


「ちゃんとノワールには断って使っているから。それにこの鱗、熱伝導率が良いみたいで調理に最適なんだ」


眩しい笑顔でそう答える八雲に対して、もう何も言えなくなってしまう。


その後、色々とテーブルを周り、特に給仕で気をつかっているジュディやジェナ、ヘミオスやコゼロークといったメイド隊にもたっぷりとバーベキューを食べさせて普段の仕事を労った―――


―――フロックと一緒に屋敷の家具や寝具を作ってくれたドワーフ達にも酒と一緒にバーベキューで焼いた肉や野菜を豪勢に振る舞っていく。


雪菜やユリエルは元々バーベキューを知っているので喜んで食べていて、ヴァレリアとシャルロットは初めて食べる豪快な屋外料理に驚きながらも串から食材を抜いてはナイフとフォークで食べていて、育ちの良さが滲み出ていた―――


チビッ子達はノワール、アリエス、ダイヤモンドと今日はフレイアがイェンリンについているので、白雪の膝の上にレピスが座っていた。


ノワールを始めママ(仮)達に串から外してもらった肉や野菜をモキュモキュと頬張っているチビッ子達も満足そうにしている。


「あちゅ!……おいちぃ」


そんな浮遊島への引っ越し一日目は楽しく過ぎていくのだった―――






―――バーベキューを八雲達が楽しんでいる頃。


シュヴァルツ皇国エーグル公王領のティグリス城では……


「陛下。今年の麦はかなりの豊作となりました。これで輸出により財政も大きく安定することでしょう」


フレデリカの執務室に来ている財務官が今年の麦の収穫量と輸出予定の報告をしていた。


書斎机の椅子に座ったフレデリカは、ホッと息を吐きながらも―――


「―――いいえ。今年の麦は亡き先代のご尽力があってこその結果です。来年からの収穫がわたくしにとっての本当の成果となりますわ」


―――と神妙な顔で答える。


すると机を挟んで報告していた財務官も納得した顔をしながらも、


「そうですな。しかし、この国に地聖神様の使徒達が豊穣の舞いを納めて下さったのです。きっと地聖神様も我々の努力を無下になさることはございますまい」


そう答えて笑みを浮かべるが、フレデリカは苦笑いを浮かべる。


「それこそ八雲様のご厚意で実現したこと。わたくし達が驕ってはいけません。わたくし達は国民の生活をよりよくするために此処にいるのですから」


その言葉に財政官は一抹の不安を覚える。


「陛下……少し思いつめすぎではございませんか?たしかに陛下の双肩にはエーグルの未来が圧し掛かっているでしょう。ですが、今はシュヴァルツ皇国の一員として頼りに出来る国が三つもあるのですから」


財政官の言葉にフレデリカは目を見開き、


「わたくし……そんなに、無理をしているように見えましたか?」


と、自分自身が根を詰めていたことに気がついていなかったことを財務官に告げる。


「無理をしている、と言いますか……日々研鑽している御姿が心身共に削られていくようで、わたくしだけではなく政務に携わる者は皆、陛下のことを心配しておりました」


先代皇帝だった父親を突如失い、継母がその暗殺の黒幕だったという激動の代替わりをしたフレデリカは、知らず知らずのうちにその精神の負担に対して執務をこなすことで紛らわせていたのだ。


八雲との逢瀬もまたフレデリカの精神を安定させるには必要不可欠でもあった。


今は遠くヴァーミリオンに留学する八雲のことを思わない日は無いが、『龍紋』を与えられたことでいつでも会話が出来る。


そんなことを思っている時に執務室のドアがノックされる。


「―――入りなさい」


フレデリカの声で開かれたドアの向こうから現れたのは―――


「執務中に申し訳ございません。只今、国境警備隊より知らせが参りました」


―――入室してきた人物はエーグル騎士団の団長キグニス=オスロ―だった。


「オスロ―卿が態々此処に自らいらっしゃるということは、火急の知らせですか?」


フレデリカの顔が険しい表情へと変わっていく。


同席していた財政官も騎士団長の登場に緊張が走った。


「現在のところは、まだなんとも言えないことなのですが、それでも陛下にはお伝えしておかねばならぬと思い参りました」


「―――話しを聴きましょう」


「感謝致します。昨日のことですが、隣国である東部エストのエズラホ王国側で軍が妙な動きを起こしているそうなのです」


「―――妙な動きとは?」


「エズラホの首都を出発した軍が西側に向かって進軍しているとの伝令が参りました」


「……数は?」


「およそ六千といったところだそうです」


「こちらに攻めてくるということであれば、かなり少ない数ですね……」


フレデリカの言葉にキグニスも頷いた。


「現段階では軍の演習ということも考えられますので、何とも判断出来兼ねますが一応お耳にだけは入れておこうかと思いまして」


「ありがとう、オスロ―卿。引き続き動向に注意して、何か分かれば報告を」


「畏まりました」


そう言ってキグニスは踵を返して退室していく。




―――エズラホ王国


且つての先代蒼神龍の御子ヨルン=ヘイトによって侵略され、ヴァーミリオン皇国に侵攻するための橋頭堡にされた国である。


当時は略奪と強制徴兵により国を疲弊させられてしまい、イェンリンがヨルンを討ち取ったその後も復興には長い年月を掛けることとなった。




そんな国が今までにない軍事行動を起こしていることにフレデリカには不安が過ぎる。


(まずは八雲様に……いいえ、現状ではまだ何が目的なのか分からないわ。まずはエズラホの目的を確かめてから)


現状の不確定な要素が多い段階での八雲への報告は躊躇われたフレデリカは、エズラホの動向を監視して答えを出そうと決心したのだった―――






―――そんなエーグルの状況から三日が過ぎた頃。


バビロン空中学園では引き続きエルカの中位魔術訓練が裏の訓練場で続いていた。


同じくヴァレリア達もブリュンヒルデの指導で着実に実力を上げているようで、八雲も遠巻きに見て安心していた。


「八雲様。エルカもそろそろ修得が出来そうな感じですわ。それが出来ましたら報告試験にも向かえるでしょう」


フォウリンが八雲に説明して今月一つ目の課題も見通しが明るくなってきた。


そんな時ついに―――


「―――炎弾ファイヤ・ブリット!」


エルカの中位魔術発動が認められて、フォウリンは元よりカイルとイシカムも笑顔で称える。


「やったな!―――エルカ!おめでとう」


「あ、ありがとうございます♪」


エルカも足を引っ張っていると思っていた自分に出来たことで満面の笑みを八雲に向けて礼を伝える。


八雲もエルカに祝いの言葉を伝えてから全員の顔が喜びと自信に満ちたところで、


「よし!それじゃあ早速、報告試験に向かいますか!!」


そう気合いを入れた八雲に、全員が力強く頷くのだった。


そして―――


そんな八雲達の様子を離れたところからニヤリとした笑みを浮かべて見つめるラーズグリーズ……


「フフッ……さぁて、それじゃあ……どんな手を使って攻めましょかねぇ……」


不気味な笑みを浮かべながら、そう呟いたラーズグリーズは踵を返して学園へと戻っていくのだった……



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