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第146話 フォウリンとジェナ

―――エルカが中位魔術を修得したことで、八雲達の班が副担任のラーズグリーズに報告試験の申請へと向かった。


「ほう♪ もう全員修得しましたか!それは♪ それは♪……それでは修得確認の報告試験は明日―――フラクナス迷宮で行います」


「エッ!?―――ダンジョンで試験を行うのですか?」


フォウリンは驚いてラーズグリーズに訊き直したが当の本人は頷き返して、


「―――はい。この課題は実は中位魔術の修得とダンジョンでの実習が合わせられている課題なのです。と、言いましてもあのダンジョンには低級の魔物しかおりませんし、試験の実施には必ず私かゲイラホズが同伴しますから安全は保障しますよ」


「なるほど……そういうことでしたら、わたくし達も異論はございませんわ」


ラーズグリーズの説明に納得の意志を示したフォウリンだが、八雲はなにか引っ掛かっていた―――


「何故態々ダンジョンに?中位魔術の修得と関係が?」


八雲の質問にラーズグリーズは笑みを浮かべながら、


「―――この課題は中位魔術の修得とその発動を正確に、冷静に行えるかというところまでを纏めた課題となっているのです。ですが初めからダンジョンに行って試験しますと言ったら、突発的な出来事に対する生徒の反応が見られないでしょう?だから修得したと安心しているところに、こうした不意打ちのような試験を用意しているのです。意地悪とお思いかも知れませんが、世の中に出れば人を騙したり不意打ちしたりする者など腐るほどいます。そうしたことへの教訓も兼ねているのですよ」


ラーズグリーズの説明に八雲も納得はしているのだが、何故だろうか?ラーズグリーズの笑みが本物に見えないような気がしていた……


「試験は明日の朝に出発します。学園からフラクナス迷宮に移動して第二階層にある広間で試験を行います。途中の低級の魔物は勿論倒して進まなければいけません。ですが、それは剣でも下位魔術で倒してもかまいません。試験はあくまで第二階層の大広間で行うというのがミッションとなります」


ラーズグリーズは試験の流れを説明して、ダンジョンへの準備期間は今から明日の出発までということも付け加える。


短期間での準備についても総合点数に含まれるとのことで、査定内容は教師だけが知るところであるため、ダンジョン内での行動も気が抜けないということだった。


説明をすべて聞いて、八雲達はラーズグリーズの元を後にする。


「―――さて、これからどうしましょうか?」


フォウリンが少し眉を寄せて困り顔を見せると、カイルが八雲に問い掛ける。


「八雲様は確か自己紹介で冒険者ギルドカードはブラックと公言されていたと思うのですが、ダンジョンへの探索経験はおありなのですか?」


「ん?ああ、シュヴァルツにいた頃にあるよ。けっこう厳しいダンジョンだったし、別件が出来て第三階層までしか行かなかったんだけど」


するとイシカムは少し自信無さげに、


「僕はダンジョンなんて行ったこともないから、カイル君や八雲君の足を引っ張りそうで……」


と暗い表情で俯いてしまう。


「ダンジョンに行ったことがないのはわたくしとエルカも同じですわ。八雲様、素人のわたくし達でも必要な準備はしっかりして行こうと思います。どうか御知恵を貸してくださいませ」


フォウリンが八雲に対して頭を下げるのを見て慌ててカイルとエルカ、それにイシカムも頭を下げる。


「そう畏まるなって!同じグループだろう?―――よし!それなら、うちの屋敷に来ないか?明日の準備について話し合おう」


「まぁ♪ よろしいのですか?是非あのお屋敷の中をよく見てみたかったのです!それでは参りましょうか」


フォウリンは八雲が屋敷を建てた時から気になっていたので、八雲から招待されて急にテンションが上がった。


フォウリンの掛け声に従って皆で一路、八雲の屋敷へと向かうことにする―――






―――八雲の屋敷に到着して中に入った途端フォウリンが中庭側にある大きなガラス窓に向かって行く。


「これは!?―――建てられた当初はこのような中庭ではなかったと記憶しているのですが、このお庭も八雲様が?」


「―――ああ、引っ越した日に一緒に造ったんだ。ウッドデッキとかある庭が欲しくてさぁ~!つい調子に乗って色々造っちゃったよ」


嬉しそうに話す八雲に思わずイシカム達も笑みが零れる。


「そうだ!天気もいいし、そこのウッドデッキで作戦会議といこう!」


「あら♪ いいですわね♪ 是非お願い致しますわ」


フォウリンも中庭が気になっていた様子で、八雲がガラス窓の横にある中庭に通じる扉を開くと、


「はぁあ♪ 本当に素敵なお庭ですわね!羨ましいですわ」


と感想を述べながらウッドデッキに登って手摺りに手をやりながら反対側にある岩の滝や池を眺めたり、子供達用の滑り台などをキョロキョロと見回している。


「あの真ん中が凹んだ石のテーブルは何ですの?」


「あれはバーベキュー用のテーブルだよ。あの凹んだ中に炭を入れておいて上に網を置いて肉や野菜を焼いて食べるんだ」


「ず、随分と野性的なお食事ですのね?」


「うん。でも昨日皆でバーベキューをしてイェンリンや紅蓮も美味いって言ってたよ」


「イェンリン様も!?わたくしも食べてみたかったですわ……」


イェンリン大好きっ子のフォウリンは残念そうな顔をして沈んでしまう。


「またするから、その時はフォウリン達も誘うよ。昨日はドワーフ達もいて煩過ぎたところもあったし。ヴァレリアやシャルロット達は楽しそうにしていたから今度一緒にしよう」


八雲の言葉にフォウリンの沈んだ顔が一気に満開の花のような笑顔に変わる。


「是非お願い致しますわ!ふふっ♪ 今から楽しみです!」


そこまで期待を込められた笑顔を見せられると、八雲も全力で応えなければならないと思って気合いが入る。


そんなところにジュディとジェナのふたりがお茶の用意をしてやってきた。


アリエスに師事してメイド業務を鍛えられたふたりは、今や立派なメイドとして落ち着いた給仕を任せられるまでになっている。


「―――八雲様、こちらのおふたりは?」


「うちのメイドとして働いているジュディとジェナだ。ふたりは姉妹なんだけど少し縁があって働いてもらっているんだ」


「―――ジュディと申します」


「―――ジェナです!」


フォウリンはジェナの元気な挨拶に少し面喰らっていたが、すぐに笑みを湛える。


火凜フォウリン=アイン・ヴァーミリオンと申します。どうぞ宜しくお願いします」


「アイン・ヴァーミリオン家ということは、三大公爵家の!?」


驚いた顔のジュディにフォウリンは優しく微笑みながら、


「ええ。当主はわたくしの姉パトリシアですわ。わたくしは三女で学園に通わせて頂いております。フフッ♪ 特に何の役にも立たない娘ですわ。お姉さまもわたくしなんて、とっとと家から追い出したいことでしょう」


と、そんな自虐的な言葉にジェナが突然大声を上げる。


「―――そんなことない!私もお姉ちゃんの足手纏いだったけど、お姉ちゃんのこと大好きだもん!お姉ちゃんもジェナのために―――ッ」


突然大声を上げるジェナに皆が驚き、声も出せずにいる中で八雲が言葉を遮る。


「―――ジェナ!ちょっと落ち着け。大丈夫だ。今のはそういう意味じゃない。ジュディ、ジェナを連れて行ってくれるか?」


「畏まりました!大変失礼を致しました!申し訳ございません!」


八雲の言葉にジュディが涙ぐんだジェナを連れて屋敷の中に戻っていった―――


―――八雲は内心、これは予想外だと溜め息を吐く。


「あの……わたくし、なにかあの子の気に触る様なことを―――」


突然大声を出されて少し顔色を悪くしているフォウリンに、


「―――いやいやいや!フォウリンは悪くない!断じて悪くないんだ!ちょっとあの子達の事情があって、それが原因なんだ。だからフォウリンは絶対に悪くない!」


そう言い切る八雲だったが、フォウリンはやはり納得し切れるものではない。


「……もし、差し支えなければ、あの子達の事情というのをお伺いしても?」


やはり訊いてくるかと思った八雲だったが、あのふたりの触れられたくないトラウマに関する個人的なことであり、それを他人に話すのはどうなんだと悩んだ。


しかしフォウリンの真剣な顔は髪の色もそうだが、たしかにイェンリンの血を引いていると分かる面持ちだった。


それだけに絶対に退かない強い意志も伝わってくる。


「はぁ……これは、気持ちのいい話じゃないし、いや聴かなければよかったと思う話になるぞ?それでも聴きたいのか?」


八雲は悪いと思いながらも『威圧』を少しだけ織り交ぜながら言い放つ。


エルカとイシカムはすぐに顔色が悪くなるが、カイルとフォウリンはそれでも表情を変えずに真っ直ぐ八雲を見つめる。


(ほう……カイルは兎も角、只の公爵令嬢という訳じゃないな。肝が据わっている)


「……分かった。ただ今から聴く話は他言無用。もしも誰かに話したら……たとえ誰であろうと話したことを後悔させる」


全員が黙って頷いたところで、八雲は簡潔にジュディとジェナに出会った時のことを語っていく―――




―――チンピラに追いかけられていたジェナを救ったこと。


―――自分の代わりに捕らえられた姉を救って欲しいと懇願するジェナ。


―――その元凶の男の元に乗り込んだ八雲。


―――そこには男達に暴行されたジュディの姿が。


―――そうしてその商会を主とチンピラ連中ごと崩壊させたこと。




「たぶんジェナは……姉が妹をいらないなんて言うはずがないし、そんな姉がいるなんて思いたくなかったんだろうと思う。ジュディはジェナを逃がすために自分を犠牲にして、ジェナは力のなかった自分のことを最初責めていたから。それで―――」


「―――先ほどのわたくしの言葉で、その時のことを思い出してしまったと」


全員静かに八雲の話しを聴いていたが、フォウリンは自分の言葉の何がジェナを怒らせたのか、傷つけたのかを理解した。


「人の事情なんて知らなくて当たり前だ。だからフォウリンが気にする必要はない」


「ですが!―――わたくし、ジェナさんにしっかりと謝りますわ!」


「フォウリン様……」


エルカも話を聴いていて自分に思うところもあるのだろう、少し涙ぐんでいた。


八雲は頭を掻きながら、『伝心』でシュディに呼びかける。


【―――ジュディ。ジェナは連れて来れそうか?】


【ッ?!―――八雲様!は、はい!えっと、ジェナも落ち着きまして、お客様に失礼をしたことをどうしようと、そのことで今は落ち込んでいます……】


【はぁ……ジェナ!!!】


【―――ヒャアッ?!ヒャイ!お、お兄ちゃん……?】


【ジュディと一緒にこっちに来なさい】


【あうう……ハイ……】


八雲に促されてジュディに連れられて、狼耳と尻尾を項垂れながら中庭に戻ってきたジェナにフォウリンは目の前に立つと、


「―――軽率なことを申しまして本当に申し訳ありませんでした。どうか許して下さい」


そう言って頭を下げるフォウリンの姿にカイルもエルカもイシカムまで驚愕する。


それはそうだろう、この皇国のイェンリンに連なる三大公爵家の令嬢がメイドに謝罪しているのだ。


「ヒャッ?!あ、あの……ジェナも、い、いえ!わたくしも突然大声をだしてしまって……ごめんなさい!!」


90°まで腰を曲げて深々と頭を下げるジェナに、フォウリンも競うように90°頭を下げる。


わたくしが!いえわたくしが!そんなわたくしが!いえいえ!ジェナが!と、このままではいずれ土下座大会になって床に穴が空きそうだったので、


「―――もういいだろう?このままだと床に穴が空くまで頭を下げることになるぞ?俺のウッドデッキ壊さないでくれよ?」


そう言った八雲の言葉にクスッとエルカの笑みが聴こえて、そこで皆で笑って謝罪大会はドローで終わった。


「―――これからは仲良くして下さいませ」


「ヒャア!?―――そ、そんな、お嬢様と仲良くだなんて/////」


すっかり照れてしまったジェナをジュディもクスリと笑みを溢して見つめている。


照れているもののジェナの尻尾はブンブン!と左右に力強く揺れていたからだ。


そこからはジュディとジェナも混ざりながら、ダンジョン準備について話し合う。


しかし探索用の道具や食料は八雲の『収納』の中に納まっているので、改めて用意する必要もないことを説明して装備だけは個人で揃えることで話は纏まった。


そうして後はお茶の時間にということで改めてジュディとジェナにお茶を用意してもらっていると、ノワールが帰ってきたシェーナ、レピス、トルカ、ルクティアを連れて中庭の遊び場にやって来る。


―――チビッ子達は皆で滑り台に走っていく。


「どうしたのだ?学園はサボリか八雲?」


「そんな訳ないだろ。明日、課題試験でフラクナス迷宮ってところに行くんだ。ノワールは行ったことある?」


「フラクナス迷宮?……ああ、あのスライムとゴブリン程度の魔物しかいない初心者迷宮か。あそこに行くのか?」


「ああ、ラーズグリーズ先生から課題の裏メニューらしくて、試験はそこの第二階層でするって言われたんだ」


「第二階層?ふむ、たしか広間があったな。だがあそこには階層主もいないし、学生の実習くらいには丁度いいのかもな」


「なるほど……」


気楽にノワールと会話している八雲だが、フォウリン達はやたらと恐縮していて借りてきた猫のようだった。


「―――どうしたんだ?急に大人しくなって?」


「だ、だって八雲君……そちらの方は、こ、黒神龍様でしょ?フロンテ大陸の西部を縄張りとされる神龍様だよ?そりゃ……」


最早日常生活がノワールな八雲とは違って、フォウリン達からすればノワールは紅神龍と並ぶ偉大な黒神龍であり尊き存在、神格化して信仰まである存在なのだ。


「ハハハッ!―――我を敬うのは良い心掛けだが、そのように畏まらなくてもよい。八雲の学友であればゆっくりとしていくがいい」


普段のダラけたり我が儘を言ったりしてくるノワールとは別人のようなキリッとしたキメ顔をしていることに八雲が驚愕していた……


「あ、そうだ!ノワールに訊きたいことがあったんだ」


「―――ん?なんだ?」


「ラーズグリーズって、どんな戦乙女ヴァルキリーなんだ?」


「んん?―――あの『計画を壊す者』が、なにか気になるのか?」


「うん……なんだか普段見ている顔が本物なのか、どうも気になってさ」


八雲がそう言うとノワールは顎に手を当てながら考え込む様子を見せて静かに話し出す。


「あれは『表』も『裏』もある。だが、どちらが『表』で、どちらが『裏』なのかが分からない……そんなヤツだ」


ノワールの言葉に今度は八雲が考え込む。


「あの……八雲様?先生がどうか致しましたか?」


八雲の質問と考え込んだ様子を見てフォウリンが恐る恐る問い掛けてくるが、


「いや、大したことじゃないんだ。俺は疑り深い性格なんでね」


と、八雲はこの話しを流す。


「とりあえず明日の試験!頑張って行こう!!」


急に元気な声を上げた八雲にフォウリン達は呆気に取られていたが、すぐに拳を握って、


「オオオォ―――ッ!」


と気合いを入れて皆は帰宅の途に着いた―――






―――そうして翌日の朝


バビロン空中学園に集合した八雲達を連れて馬車で移動したラーズグリーズはこの浮遊島にあるダンジョンのひとつに立ち、八雲達に振り返る。




―――『フラクナス迷宮』


浮遊島にあるダンジョンのひとつで中にいる魔物は低級という初心者推奨のダンジョンである。


この浮遊島にも冒険者ギルドの支部があり、そこの初心者がLevelの上げ始めの場所として薦められる場所でもある。




勿論、低級でも魔物は魔物なので油断すれば命が危ないのは当然であり、ラーズグリーズはその点を何度も注意した。


「それでは、迷宮探索で第二階層の一番奥にある広間を目指して下さい。そこで中位魔術の試験を行い、無事合格すれば課題達成となります♪ それまでの道のりでは基本的に私は手を出しません。生命の危機と判断した場合のみです。ですがその場合、試験は中止して課題は未達成となりますので注意して下さいね♪」


笑顔で説明するラーズグリーズに八雲はやはり何か違和感を覚えるも、


「さあ!―――それでは皆様!参りましょう!!」


号令を掛けるフォウリンと共にフラクナス迷宮へと足を踏み入れるのだった―――



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