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第148話 死の舞踏

「―――いつの間に階層主が引っ越してきたんだ?」


引き攣った顔で呆然とその影の主を見つめる八雲―――


階層主がいないはずのフラクナス迷宮で巨大な赤い光を放つ魔法陣より、突如現れた圧倒的な脅威を放つ存在にフォウリンやイシカム達も固まっている。


辛うじて口を動かしたイシカムは、震えながら―――


「まさか……死神グリム・リーパー……なの?」




―――死神グリム・リーパーGrim Reaper


生命の死を司るとされる神格でこの世界各地に伝説が存在する。


冥府においては魂の管理者とされ大鎌を持ち、黒を基調にした傷んだローブを身に纏った人間の白骨の姿で現れて完全に白骨化した馬に乗っている。


その大鎌を一度振り上げると振り下ろされた鎌は必ず何者かの魂を獲ると言われ、死神の鎌から逃れるためには他の者の魂を捧げなければならないと言い伝えられている絶大的な力をもつ。




イシカムの言葉にフォウリンもカイルもエルカも恐怖と共に冷たい汗が頬を流れる……


八雲もまた巨大な白骨の馬に乗り、黒いローブに大鎌を担いだその存在に途轍もないプレッシャーを感じていた。


「死神……だと?一応確認するけど、そんなのがこの世界にポンポン姿を現すのか?」


恐怖で震えているイシカムに訊ねると、歯をガチガチといわせながらも質問に答える。


「そ、そんな訳ないよ……死神グリム・リーパーは……冥聖神様の忠実なしもべで……神に近い存在だって伝承されてる。そんな存在が、こんな場所に現れるなんて絶対におかしいよ!」


イシカムの言葉に八雲も警戒心を引き上げて、死神と対峙する。


「―――冥聖神の使徒だと言うなら、言葉ぐらいは通じるだろうか!俺は九頭竜八雲だ!貴方は冥聖神の使徒で間違いないか?」


言葉が通じるかも分からない相手に対峙しながら八雲は、


―――『思考加速』

―――『身体強化』

―――『身体加速』

―――『限界突破』


それぞれ自身を強化するスキルを発動する。


【……汝の問いに応える義理は無いが、その勇気に免じて答えよう……我は崇高なる冥府の神に連なる者……】


重苦しくなるほどの低い声が閉ざされた大広間の壁に反響して、普通の人間ならそれだけで意識を刈り取られそうなほどの『威圧』が込められていたがカイルにより中位魔術の精神攻撃耐性障壁を張り、フォウリンとエルカ、そしてイシカムをその『威圧』から護っている。


「そんな冥府の御偉い様が階層主不在のこんなダンジョンに一体どういった要件がある?」


【目的は……我は召喚者の願いを聞き届け、この地に舞い降りたに過ぎぬ……】


「―――召喚者?それは誰か教えてもらえないか?」


【契約者の名は明かせぬ……それが召喚時の契約に含まれる故……ただ我を現世に顕現せし力は……紛れもなく強大な存在である証し……そして召喚に応じた以上、我はその契約を果たさん】


「―――その契約とは?」


【汝……九頭竜八雲の魂を冥府にいざなうことだ―――】






―――そう言い放つや否や、死神は大鎌を構えてその白骨の馬を駆り八雲に突撃を開始する。


その突進を見て八雲は腰から黒刀=夜叉と黒小太刀=羅刹を抜き放った―――




「いけない!死神グリム・リーパーの大鎌は一度振り被ると必ず誰かの魂を刈り取るって言われているんだ!!」


八雲が受ける構えを見せていることにイシカムが大声を上げて警告する。


「―――マジかよ!?」




だが間合いからまだ遠かった死神が姿を掻き消したかと思うと、八雲の目の前に突如現れる―――


―――振り被られた大鎌が八雲に向けて空を切り裂きながら振り下ろされると、それを夜叉と羅刹で受け止める。


ガヂンッ!ギャリギャリ―――ッ!!と金属と金属が激突し擦れる音が広間に響く―――


―――しかし、その鍔迫り合いの最中、八雲は身体に違和感を覚えて死神の大鎌を跳ねのけバックステップで間合いを取った。




「なんだ……いまのは?」




その背筋がゾッとした感覚に八雲は己のステータスを開き『状態』の確認を行うと―――




「これは……」


―――ステータスの表示に異常を認める八雲。




オーバー・ステータス

【生命】

【41,950,543 / 41,961,791】




「おいおい……ちょっと鍔迫り合いしただけで、生命が10,000も削られてるぞ……」


大鎌に刀で触れただけで生命ライフが大幅に削られているのを見て、


「……そりゃあ振り下ろされたら普通の人間は即死だ」


と、妙に納得してしまう八雲。




―――だが、そこに死神の追撃が開始される。


まるで竜巻のように繰り出される死神の大鎌を八雲はスピードこそついていけているが、大鎌を夜叉と羅刹で受ける度にステータスの生命ライフが急速に削られていく―――


―――受けるばかりでは埒が明かないと思い、八雲も前に出て打ち込む。


すると―――


(ッ!―――こっちからの攻撃で触れても生命ライフは削られないのか!)


―――ステータスを気にしながら攻める。


そこで八雲からの斬撃では生命ライフの減衰は発生しないことに気づく―――




「だったら!!!」




―――八雲は夜叉と羅刹を縦横無尽に駆使して死神の打つ手を遮り攻撃に転じる。


八雲が急に攻めに転じたことでボロボロの黒いローブが更に傷つき、白骨の身体にまで斬り傷を佩びる―――


―――攻め手に回った八雲は『身体加速』と『身体強化』で重くなったその斬撃を撃ち込む。




【グヌウッ!……ここまで我と打ち合った人間はいない……貴様、何者だ!?】


「―――だから言っただろう!九頭竜八雲だァアアッ!!!」


そこから八雲と死神の激闘が続いていく―――






―――八雲が死神グリム・リーパーと死闘を続けている時、


「……ハッ!や、八雲様が時間を稼いでくれているうちに、わたくし達はあの瓦礫の撤去に努めましょう!向こうには先生もおりますわ!」


八雲と死神の戦闘に思わず魅入られてしまったフォウリンは、すぐに我に返り今すべきことを皆に伝える。


「エルカ!イシカム!わたくしと三人であの瓦礫に魔術で攻撃を!結界があることは分かっていますが、何もせずにいるよりかは出来ることを試してみましょう!カイルは防御をお願いしますね!」


カイルとエルカ、イシカムの三人は「はい!」とフォウリンに従う。


「いきますわよ!―――炎弾ファイヤー・ブリット!!」


「―――炎弾ファイヤー・ブリット!!」


「―――氷弾アイシクル・ブリット!!」


フォウリンとエルカが火属性中位魔術の《炎弾》を、イシカムが水属性中位魔術の《氷弾》をそれぞれ塞がった通路の出入口にある瓦礫に向かって発射する。


三人の手元から発動して飛び出して行った炎の塊と氷の塊が瓦礫に命中していくと、結界の内側からの攻撃は結界が効いていないのか、巨大な瓦礫に亀裂が入っていく。


「―――こちらからの攻撃は効いていますわ!続けますわよ!!」


フォウリンの指示に全員が頷いて答える―――






―――広間の脱出に僅かな光が見えた時、


八雲と死神は互いの武器を目にも止まらぬ速度で激突させながら、広間の床石を空中に巻き上げて横一直線に駆ける―――


―――死神の大鎌は前後左右、あらゆる方向から残像を引き起こしつつ八雲に襲い掛かる。


幾重にも見える大鎌の残像を鋭い視線で睨みつけて、自身も残像を佩びた太刀筋を放ってすべて打ち払い、更に攻撃も仕掛ける八雲―――


―――お互い致命傷とはいかずとも、身体中には次々に斬り傷が増え続けていく。


すると、死神が乗る白骨馬が有り得ない動きで膝の関節から逆に曲がり振り抜いた凄まじい高速の蹴りを八雲に叩き衝けた―――


「ウグウウウ―――ッ!!!」


―――白骨馬が常識では考えられない関節の位置から膝が逆に曲がるとは思いも寄らなかった八雲は、腹部に不意打ちを受けてそのまま広間の壁まで吹き飛ばされて叩き衝けられたことで、その壁にクレーターを形づくり血反吐が口から零れる。




オーバー・ステータス

【生命】

【41,420,211 / 41,961,791】




これまで白骨馬の一撃を受けるまでの間に生命ライフは50万以上も削られている。


如何に八雲が超人とはいえ時間を掛けられて攻撃を受け続ければ、いずれ生命ライフが尽きるのは明らかだ。


「……だったら、これはどうだ!!」




壁から抜け出た八雲は、夜叉と羅刹を自身の前に突き出して交差させると―――


「―――輝弾ライト・ブリット


―――光属性中位魔術 《輝弾》を発動して死神に向けて発射する。




【愚か……】




そう呟く死神の身体に次々に直撃していく《輝弾》―――


―――しかし、その直撃の衝撃で舞った煙の中から現れたのは、


無傷の死神だった―――




【我を闇属性の魔物と……勘違いをしているのではなかろうな?】


「―――見た目からしたら、そう思うだろう!!もっと肉を喰え!!」


八雲が勘違いするのも無理はない。


見た目からすれば大鎌がなければ八雲の目に死神の姿は以前遭遇したリッチとそう変わらない魔物にしか見えなかったのだから。




―――この世界の死神とは、


見た目が不死者リッチのような姿で認知をされているが、死神は冥府の冥聖神に仕える中で最も重要な高位の存在の一柱となっており、神に次いで位の高い存在とされ、この世界では崇拝の対象にしている地域もある。


それは単に死神崇拝といっても「絶対的な力を持つ神」の能力の一部に「生死を操る能力」があるなど、所謂『邪教崇拝』という訳ではない点に注意が必要である。


穀物生成や輪廻転生の思想に関連付けられる地域では死と再生の神々として崇められるところもあるほどの存在なのだ。




八雲の誤算はその見た目から闇属性と勝手に思い込み、ならば!と光属性の攻撃が有効だと思い込んだことだった―――


―――大広間の彼方此方が八雲と死神の攻防戦によって石壁や石床が捲れ上がり、破壊された場所が見る間に広がっていく。


大鎌と夜叉・羅刹が交差し、激突する度にその場には火花と重たい衝撃波が広がっていく―――


―――カイルは物理耐性の障壁も精神耐性と同時に展開発動し、瓦礫を撤去しようと魔術攻撃を繰り出すフォウリン達を守護しながら、目の前で繰り広げられる八雲と死神の戦闘に驚愕していた。


そして未だにお互い致命傷を与えることの出来ない八雲と死神は決定打を打てないまま時が流れる―――


「ハァハァ……フゥ……骨だけの癖に、なかなかしぶといな」




オーバー・ステータス

【生命】

【32,256,245 / 41,961,791】




そんな口を叩く八雲だが内心削られた生命ライフの状況を、まだ余裕があるとはいえ冷たい汗が頬を伝いながら冷静に努めてステータスを眺めていると、


【不遜な人族だな……だがその力は紛れもなく強者……魂を持ち帰るのが惜しいくらいだ】


「―――だったら、見逃してくれてもいいんですけど?」


そう切り返した八雲に白骨と化した歯の間から、フシュシュと不気味な笑い声が漏れる。


【フッ……残念だが召喚の契約が発動している以上……我の意志ではどうすることも出来ぬ……】


―――その死神の言葉に八雲は、


「その契約を解除出来る条件はあるのか?」


と、死神に問い掛ける―――


【契約が結ばれた後に……それを反故にすることは……出来ぬ】


「ですよねぇ……」


死神の感情の籠っていない返事に八雲も肩を落とすが、今この時も死神に命を狙われているのだ。


神に近い高位の存在……死神に対して何ら活路の見いだせない八雲だったが、そこでふと考える。


(死神は元々冥府の住人……だったら、この世界に肉体はないんだよな?だとしたらあれは仮初の肉体……もしもそうだとしたら!)


―――八雲は自身の魔術スロットを頭の中で回す。


(これだ!使いどころなかったけど、こんなところで試すことになるか……これでダメなら脱出に全力を向けるしかない!)


如何に大きな広間とはいえ、高度な魔術を繰り出すのは生き埋めになる可能性もあるため魔術の行使は二の足を踏んでいた八雲だが、選択した魔術は破壊を求めるものではなく―――




―――死神と対峙していた八雲は、夜叉と羅刹を握り直して再び広間の中央側へと駆け出す。


その八雲の動きを見て死神もまた白骨馬の手綱を引き、八雲を追撃する―――


―――中央へ躍り出た八雲は反転して夜叉と羅刹を前に突き出すと、選択した魔術の付与を二刀に施す。


死神は白骨馬を駆けさせながら大鎌を大きく振り被り、そして八雲の頭上に届く間合いで振り下ろす―――


―――その大鎌を夜叉で振り払うと同時に飛び上がった八雲は、白骨馬を飛び越え死神の懐に入り羅刹を死神の横腹辺りに突き刺した。




【GUOOO―――ッ!!!き、貴様ぁ!!一体何をした!!!!】




すると―――


―――今までにない広間中に轟く苦悶の声を死神が叫んだ。


「やっぱり魂への直接攻撃には流石の死神グリム・リーパーも耐えられないようだな!!」


八雲が夜叉と羅刹に付与した魔術とは―――


「闇属性魔術・極位―――魂喰ソウル・イーター


―――あらゆる魂を喰らい、この世界から消滅する魔術だ。


透かさず二の太刀を夜叉で繰り出して、袈裟斬りを喰らわせると死神は更に苦しみ出す。


【UGAAA―――ッ!!!我の魂魄体アストラル・ボディに直接、傷を負わせるだとぉお!!!】




死神は間合いを取ろうと白骨馬を後退させるが、その判断は遅すぎた―――


―――八雲の追撃は止まらない。




九頭竜昂明流くずりゅうこうめいりゅう・八雲式剣術

―――『魂食たまはみ』!!!」




後退した死神を追撃して八雲は肩越しに夜叉と羅刹を構えたまま死神の懐に再度飛び込み、胸の辺りに二刀を突き出して夜叉が死神の背中まで貫く―――


―――そして突き刺さった黒いオーラを放つ夜叉と羅刹の二刀を強引に左右に押し開くと、刺し傷を軸に両腕で時計回しに円を描くようにして傷を抉る。




【GYAAAAA―――ッ!!!!!】




闇属性魔術・極位の《魂喰《ソウル・イーター》》を付与された夜叉と羅刹に仮初の身体の内にある魂魄体を直接突き刺された上、傷を抉るようにして回転された死神は、自身の魂を黒いオーラの《魂喰《ソウル・イーター》》に食い荒らされ、現世に顕現したことで構成された白骨のボディに次々と亀裂が走り、その存在が揺らぎ始める。




【GUHUU!!!!……き、貴様のような人間如きに……この我が……ありえぬ】


「アンタも俺も魂があることは変わらない。そんなことも知らなかったのか?―――さあ!とっとと冥府に帰ってもらうぞ!死神グリム・リーパー!!!」




そう言って今度は時計回りとは逆に二刀を回転させて傷を抉ると、叫び声を上げながら死神は石床へとガシャリと骨を叩き衝けて落馬した。


―――しかし、そこで死神が召喚された際の赤い魔法陣が再び光りを放つ。


「ッ!?―――なんだ!?」


すると魔法陣から突然―――腕が現れた。


その腕は女の腕に見えるが途轍もなく巨大な腕で、魔法陣から生えてきたように飛び出すと八雲は退避して躱したが、その大きな手が死神と白骨馬を握りしめた。




【オオオ―――ッ!!!わ、我が主よぉお!な、何故ここにぃ!?】




巨大な手に握り締められたことで亀裂が入っていた白骨の身体からはバキバキッ!と更に骨が粉砕される音が広間に響き渡り、死神の叫ぶ声が木霊しながら巨大な腕により魔法陣に向かってズルズルと引き摺られていき、やがて魔法陣の中へと沈み込んで叫び声と共に消えていった―――


八雲とフォウリン達は呆然として、その光景を見守るしかなかった……






―――その直後、


結界が消滅して瓦礫を破壊したラーズグリーズが広間に飛び込んでくる。


「―――八雲君!皆!無事ですか!?」


周囲を見回して全員の無事を確かめるとホッと息を吐くラーズグリーズに、八雲が此処で何があったのか一通り経緯を説明した。


「―――死神グリム・リーパーですって!?何故そのような高位の存在がこのようなところに……」


経緯を聴いて考え込むラーズグリーズを八雲は訝しむが今のところ関与した証拠はない。


「あの、先生……それで、試験の方はどうなりますか?」


フォウリンが一気に学生気分を引き戻す質問をラーズグリーズ先生に問い掛けると、


「ああ、その点は問題ありませんよ♪ 貴方達が瓦礫を崩すために中位魔術をぶつけていたこと、カイルが中位の防御障壁を張り、敵から皆を護っていたことは瓦礫の向こうから察知していましたから♪ 八雲君は元々免除していましたので、これで皆さん合格ですよ」


と、笑顔でフォウリンに説明してフォウリン達はホッと胸を撫でおろしていた様子を見た頃には八雲にも笑みが戻っていた。


「さあ!それでは早く帰りましょう。此処は暫く調査のために封鎖します」


その後―――


―――冒険者ギルドと紅龍城の戦乙女ヴァルキリー達が合同で調査することになる。


ラーズグリーズの試験終了の言葉に、八雲達はようやくフラクナス迷宮を後にするのだった―――



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