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第149話 エレファンの姫

―――八雲が死神グリム・リーパーと激闘を繰り広げてから数日が過ぎた。


あれから報告を受けたイェンリンと紅蓮、フレイアやブリュンヒルデは誰しもが静かに怒りを湛え、特にイェンリンは可愛いフォウリンがそのような危険な場に巻き込まれたことに激怒していた―――


死神の召喚理由が八雲の抹殺だったことにノワール達も含めて全員が殺気立っていたが、今はその召喚主が誰かという話題に八雲が誘導する。


「―――マキシ=ヘイト……か」


ノワールは静かに口にしたが八雲は、


「若しくはそれに近しい存在、協力者がやったのか……どちらにしろ俺のことを狙ってくる奴と考えたら、そうなるだろうな」


と冷静に話す。


「いずれにしろ余の血族に……フォウリンに危険が及んだことは最早看過出来ぬ。しかも死神グリム・リーパーとやりあったなどと、なんと羨ましい!!余もそのような超常の存在と相見えたいぞ!!!」


「―――最後はそれかよ!本当にこの戦闘狂が……こっちはイェンリン以外で生命ライフがあそこまで削られたことなんてなかったからマジでビビったんだぞ!」


「まあ、本当に―――よくぞ生きて帰った」


八雲の嫌味の籠った言葉にイェンリンが急に真顔になって少し笑みを浮かべ、よく生きて帰ったと言ってくれたことに八雲は照れや焦りが混ざったような何とも形容し難い心境になる。


そんな心境を払拭するように、慌てて話題を変えようと八雲は疑問に思っていたことを告げる。


「あの最後に死神を握り潰して魔法陣に引き摺り込んだ腕って一体何だったんだろう?」


それについては紅蓮が声を上げる。


「恐らくだけど、その巨大な腕というのは冥聖神様の『影』だと思うわ」


「冥聖神の影?」


聞き直す八雲に紅蓮が頷いて返す。


「その死神は召喚の契約で八雲さんの命を狙ってきたのでしょう?だったらきっと貴方の命が尽きるまで攻撃を止めることはなかったでしょう。でも、死神は冥府では冥聖神様に次ぐ高位の存在……そんな死神を握り潰して、しかも死神本人が主と口走っていたと言うのだから、それはもう冥聖神様としか考えられないわ」


「でも、だとしたら、あの死神をどうして?」


紅蓮の説明に新たな疑問が浮かんだ八雲。


「それは召喚の契約を反故にするためでしょう。一度召喚した者は契約を遂行するか、もしくは元いた場所に戻ることで契約不履行となって強制的に契約が切れるわ。勿論その時は契約を完遂出来なかった召喚された者は死ぬよりも辛い制裁を契約から受けることになるの」


「そうなのか、いや、そこじゃなくて、どうして冥聖神は俺を助けてくれたんだってことだ」


「それこそ―――神のみぞ知る、というものだ」


そのノワールの言葉に、八雲は釈然としない気持ちだったがどっちみち答えはでないので、このことは心に留めておくだけにしたのだった―――






―――さらに数日が過ぎた頃、


その間に特別クラスの課題はすべての班が達成していた。


勿論、あのフラクナス迷宮は使えないので学園裏の魔術練習場で試験を行い、ヴァレリアやシャルロット達もブリュンヒルデの指導に素直に従い、そして『龍紋』によりステータスが向上していることもあってコツを掴んでからは成長が早くて良かった、というのはブリュンヒルデの談だった―――


そんなこんなで次の課題がそろそろ出てきそうな時期に入り、そしてやはりその知らせが来て八雲達は学園に集まる。


「―――久しぶりぃ♪」


「―――課題終わってからどうしてたぁ?」


そんな女子のキャッキャ♪ とした声が響き、八雲と一緒にクラスにはヴァレリア、シャルロット、雪菜、ユリエル、そしてブリュンヒルデが入って来ると男子生徒が一斉に群がって行った。


「お久しぶりでございます!ヴァレリア王女殿下!わたくしは―――」


「シャルロット様!本日も可憐な花のように眩しい笑顔がわたくしの心を鷲掴みに―――」


「ブリュンヒルデ様!本日もご機嫌麗しゅう―――」


「ああ、聖女様!わたくしも天聖教会に改宗いたしました!どうぞわたくしをお導き下さい―――」


(―――最後のヤツ!改宗って大丈夫か!?)


といった朝の挨拶と自己主張を彼女達に始めていたが、そこで八雲の『威圧』が静かに発動すると群がっていた男子生徒が蜘蛛の子を散らすようにして乙女達の周囲から姿を消した。


そうして自分の席に着いた八雲に一番初めに声を掛けてきたのはフォウリン達だった。


「おはようございます♪ 八雲様」


「おはよう、フォウリン。エルカもカイルもイシカムも、おはよう。あれから特に体調は問題無かったか?」


フォウリンは気丈だったが、特にエルカやイシカムはかなり死神の出現に動揺していたから八雲は気をつかって訊ねたのだ。


「は、はい!お気をつかって頂き、申し訳ございません!」


「あの日はショックで寝付けなかったけど、今はもう以前のように眠れるようになったよ」


エルカは申し訳なさそうに頭をペコリと下げて、イシカムは不眠になって少し体調を崩したが今は大丈夫だと話す。


「そろそろ次の課題が出されると思っていましたが、知らせが来てまた八雲様にお会いするのを楽しみにしておりました♪」


「え?俺そんなに面白いこと出来ないよ?なんかゴメンね?」


「―――いえ!?そういう意味で言った訳ではございません/////」


妙に照れだしたフォウリンに首を傾げている八雲の首に、雪菜の腕が絡みつく。


「コ~ラァ~!まぁたこんなところでフラグ立ててるの?ホント八雲は少し目を離すと女の子の熱い視線を集めるんだから!」


そう言ってギュッ♡ と胸で後頭部を包み込む雪菜に対して、


「おい……俺は今、男子達の冷たくて殺意の籠った視線しか集めてないんだけど?」


ギリギリとロボットのように振り返って雪菜にそう返す八雲だが、


「んん?」


と、可愛い笑顔で首を傾げる雪菜に八雲は心の中で、


(―――お前!絶対ワザとだろ!!)


とツッコミを入れておいた。


そんなところにラーズグリーズとゲイラホズが講義室に入って来る―――


その副担任ふたりの姿を見て生徒達は自分の席へとそそくさと戻っていった。


「―――みなさんおはようございます♪ 前回の課題は皆さん無事に単位取得となり、副担任となった私とゲイラホズもたいへん喜ばしい限りです。さて!今日皆さんに集まって頂きましたのは次の課題について発表するためです」


『次の課題』という言葉に皆が緊張した顔になり、強張るのが見て取れる。


「それでは早速、発表致します!次の課題は―――『創作』です!」


「……創作?」


八雲が声に出していたが、他の生徒達も皆心の内では同じ疑問を浮かべていた。


「では!これから詳しく説明させて頂きます。今回の課題は『個人』で取り掛かって頂く課題です。そして、『創作』とは文字通り個人で創り上げる作品という意味です!どんな物でもかまいません♪ 絵画や石像、編み物や小説、何かの研究成果によりできた物など、形が残るもので皆さんの創作意欲を掻き立てて頂きたい」


具体的な話を聴いてもまだザワつく生徒達もいたが、かまわずラーズグリーズ先生は続ける。


「但し!購入して持ってくるなんてズルをしてはダメですよ!その時は、きっとそんなことをしたことに一生後悔することになります……」


(おいおい!最後の『威圧』は余計だろ!?)


最後の言葉に『威圧』を込めたラーズグリーズに八雲は内心冷や冷やしてヴァレリア達を見るが、ステータスが底上げされている彼女達はどうやら無事のようだ……他の生徒達は少しだけ顔色が悪かったが。


「それと、個人の課題ではありますが誰かに教えてもらったり、手伝ってもらったり程度は問題ありません。主体が本人の創作であればそこは容認します」


最後にクラス中を見渡してから、


「では質問がなければ、これで解散としましょう」


そう言ってラーズグリーズとゲイラホズは退室していく。


「……遂に、この課題が来ましたわね」


八雲の席にヴァレリア達とフォウリン達が集まってくる。


フォウリンの言葉に八雲は、


「ついに来たってどういう意味?」


と、問い掛ける。


「ええ……この課題はすぐに達成してもかまわないですし、最後に回して達成してもいいということですわ。『創作』という課題は必ず特別教室の課題に出されるのですが、それを先に終わらせる者は単位が取れますし、拘りのある方は時間を掛けて最後に提出する方もいて、人それぞれなのです。あと創っておいて最後に単位が足りなくなりそうな時に提出して単位を補充するという方もいらっしゃいますわ。それと、評価の高い物は実際に商会が買い取ったり、商品として採用されたりもするようで気合いが入る生徒もいるようです」


フォウリンから一通り概要を聴いていた八雲は頷きながら告げる。


「つまり、この課題をどう使うか、そういう事情も含めて駆け引きになっている訳か」


「はい。最終的には提出になりますから結局は単位になるのですが、拘りのある方は最後まで時間を掛けるパターンが多いそうですよ。商会に買い取ってもらえたら財産にもなりますし」


「でも八雲様ならいつも凄い物を造っていらっしゃいますし、問題ないのではありませんか☆」


そこでシャルロットが今まで見てきた八雲の数々の創造物を思い返して、思わずそんなことを口にしたものだから、


「―――八雲様!!どうぞわたくしと『創作』の課題を!!!」


ひとりの男子生徒が擦り寄ってくる。


「―――あの空飛ぶ船を造られた陛下でしたらきっとこのような課題、造作もないこと!!!」


「ええい!―――控えろ、お前達!!陛下は私とこの課題に取り組まれるに決まっているだろう!!!」


と男子女子関係なく怒涛のお誘いが開始される―――


「いや、ちょっと待て、お前等!!俺は誰とも組んだりしないし、それにあくまで個人課題だろう!?」


ブレザーの裾にまで手を伸ばして覆い掛かってくる生徒達に八雲も落ち着けと促すが、収まる気配がない。


いい加減、鬱陶しい!と弾き返そうかとしたところで、講義室の扉が歪むんじゃないかと思う位に派手な衝突音を響かせて勢いよく開かれた―――


「たのもォオオオ―――ッ!!!」


大音量の女子の声が響き渡り、その開いた扉には茶色の癖毛をした長髪を後ろでポニテ―ルにして青い瞳が鋭く睨みつけるようにクラスを見渡す少女が立っていた……


顔立ちはどこかで見たことがあるような気がする八雲だが、その獅子耳を見て―――


「あ!もしかして……レオンの下の娘って……」


―――そう八雲が言い掛けたところで彼女の後ろからヘミオスとコゼロークが現れる。


「ご、ごきげんよう。特別クラスの皆様……」


「はじめまして……」


苦笑いを浮かべて潜入用の丁寧な口調で挨拶するヘミオスと、相変わらず表情の薄いコゼローク。


「ヘミオス、コゼローク。どうして此処に?それにその子は?」


「ええっと……八雲様、こちらは―――」


「―――お前の婚約者だ!!!」


「……へ?」


少女の放った大声が講義室いっぱいに響き渡り、八雲は思わず変な声が漏れ出たが、


「誰の婚約者?カイル?」


「―――御冗談を」


「それじゃあイシカム?」


「―――なんで僕!?いや可愛い子だけど/////」


「それじゃあ―――」


「お前だ!お前!!―――九頭竜八雲!!!」


「ちょっと九頭竜く~ん!この子呼んでるよぉ~」


「いい加減、現実逃避は止めようよ、八雲君……」


ユリエルの一言に現実へと戻された八雲だが、そこで今度は八雲が声を上げる。


「いやいやいや!?―――婚約者ってなにそれ?美味しいの!?君が誰かも知らないんだけど!?」


「私はエレファン獣王国、いや今はエレファン公王領か。そのエレファンの先代王レオンの娘アマリア=天獅・ライオネルだ!国からお前との婚約について知らせが来たから、こうして挨拶に来た次第だ!!」


「国からって!?―――エレファンのエミリオからの知らせか?いや、そもそもそんな話なんて聞いてないぞ?」


「当然だ!私がお前に届くはずの書状を握りつぶしていたからな!!」


「おい勝手に人の手紙握りつぶすなよ……」


八雲の呆れた顔のツッコミにも、ブレないアマリア。


「私の結婚相手は私が決める。親父や兄貴に決められるなんて真っ平御免だからな。だから私はお前が婿に相応しいかどうか自分自身で見極める!そう決めたからな。今日はその挨拶に来た!」


「はぁ……それで?ヘミオスとコゼロークはどうして此処に?」


「それが……わたくし達が八雲様の従者だと知るや否や友人になれと絡まれ、いやお誘い頂きまして……」


「―――要は俺の関係者だと知られて絡まれていたと」


ヘミオスは何も言わない……まるで屍のようだ……


「これから私もお前の屋敷に住まわせてもらうから、今日からよろしくな!」


「はあ……え?……うちに住む!?なんで?」


するとニヤリと笑みを浮かべたアマリアは、


「自分の夫がどの程度の力を持っているか、どのくらいの度量があるのか、側で観察するのが一番ではないか?」


そう言い放つ。


「なんだろう……頭痛がしてきたんだけど?」


講義室は終始アマリアの空気に染まり、誰も声を上げることが出来なかった……



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