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第161話 西の塔

―――西の塔の袂で繰り広げられるふたりの激しい戦闘。




「ハアアア―――ッ!!!!!」




気合いと共に繰り出されるブリュンヒルデの一撃は、紅蓮剣=紅明を介して膨大な衝撃波となり『安息』のレクイエムに襲い掛かる―――




「アァアア―――ッ!!!!!」




―――それに呼応するかのようにレクイエムもまた蒼神龍の槍『蒼義そうぎ』に闘気を奮い、ブリュンヒルデの衝撃波に対して自身も巨大な衝撃波を放った。


間合いを取り距離を置いたふたりの中間点でお互いの衝撃波が衝突する―――


ゴオオオ―――ッ!!!と唸りを上げる衝撃波の渦が膨らむ。


―――その激突が更に衝撃波を巨大なものに変貌させていき、そして反作用を引き起こすかの様に弾けて周囲を衝撃の波で一気に飲み込んでいく。


西の爪型塔付近は地割れが起こり、大気は衝突した衝撃波によって震えて爪型塔もまたビシビシと振動をその身に受けて軋んでいた―――


―――だがふたりの衝突は終わらない。


『身体加速』により一瞬で間合いを詰めたブリュンヒルデとレクイエム―――


―――手にした紅明と蒼義が残像を幾つも繰り出しながら火花を上げて金属音を周囲に響かせていく。




「ハァアア―――ッ!!!!!」


「オォオオ―――ッ!!!!!」




無限に続くのかと錯覚を覚えるふたりの闘いはいつ、どうやって終わるのか想像も出来ない―――


―――そうして一段と大きな闘気を込めた一撃を衝突させた後に再びふたりが間合いを取った。




「……やはり強い。紅の戦乙女クリムゾン・ヴァルキリーの第二位の実力、改めて感服しましたよ」


「貴女もね……レクイエム。ここまで私の剣についてくるなんて腕を上げたようね」




ブリュンヒルデは瞳を細めながらその兜から垂れて風に靡く金髪を後ろへと流す。


そうして言葉を交わした後、同時にふたりの身体を蒼白い闘気が包み込んで天高く吹き上がった―――




「それでは『安息』の世界へといざないましょう!ブリュンヒルデ!!!」




―――先に声を上げたレクイエムが手にした蒼神龍の槍『蒼義』を逆手にして大地に突き刺す。


するとそこからまるで蒸気のような薄紫の霧が噴き出し、一瞬にしてブリュンヒルデの周囲を視界不能なほどに取り囲んでいく―――




「これは!?目くらまし、ということか?」




―――周囲を薄紫の煙に包まれて、少し甘い香りの漂う異常な状況にブリュンヒルデの『索敵』は警戒心と共に察知能力が上がっていく。


しかしこの状況に陥ってからはレクイエムの姿も、その気配も『索敵』で捉えることが出来ない―――




(私達の使う『伝心』を通さない障壁のように、『索敵』が不能になる障壁か……厄介なものを)




―――視界もほぼ効かないその煙の中で、ブリュンヒルデは意識して心を鎮め、焦ったら負けだと自分自身に言い聞かせる。


だがそんなことはお構いなしといった様に、ブリュンヒルデの背後から突然貫こうとした槍の穂先が現れた―――




「クッ!!―――只の目くらましなんて、私には効かないぞ!レクイエム!!」




―――回避行動をとってその槍をなんとか躱したブリュンヒルデだったが、今度は左右から同時に槍が現れた。




「幻覚魔術も同時に?!」




右側からの槍に対応したブリュンヒルデの背後から、もう一本来ていた槍が左脇腹の肉を切り裂く―――




「ウグッ!!―――おのれぇ!!!」




―――このままでは埒が明かないと悟ったブリュンヒルデは紅蓮剣=紅明を両手で握り締めて、




「ウオォオオ―――ッ!!!!!」




身に纏った闘気と共にその場で旋回し、巨大な竜巻を巻き起こす―――




「なにぃ?!これは……」




―――しかし、吹き飛ばそうとした薄紫の煙は飛散するどころか益々色濃くなっていく。


そしてさらに今度は十数本の槍がブリュンヒルデに向けて攻撃を仕掛けてきた―――


―――その攻撃を幻影攻撃ミラージュ・アタックで十体に分身した残像により撃墜するブリュンヒルデ。


だがその槍の攻撃は煙の中から次から次へと生まれてブリュンヒルデに追撃を続けている―――


―――次第に数も増え続けてきた蒼義の幻影は次々にブリュンヒルデの残像を貫き、数を減らしていった。


そして―――




「アァアッ!!!―――クウゥ!!」




―――ついにはブリュンヒルデの本体を見つけ出して肩に、太腿に、左腕にと深い傷を増やしていく。


鮮血を身体中から滴らせるブリュンヒルデを霧の中から眺めているレクイエムは―――




「さあ、そろそろ終わりにしましょうブリュンヒルデ。貴女はよく戦いました。もう『安息』の世界に帰っても誰しもが納得してくれるでしょう」




―――その姿はなく薄紫の煙の壁から響いてくるレクイエムの声。




ブリュンヒルデは出血をしながら俯いている……




「レクイエム……この幻術はその槍に付与された能力ですね?」




俯いたままブリュンヒルデがレクイエムに問い掛ける―――




「ふふっ……流石に見抜きましたか」




―――蒼龍槍=蒼義そうぎ


蒼神龍の鱗で造られたスピア。


柄は蒼色で長い蒼義の穂先には両刃の蒼く鏡のように輝く刃が付いており、その強度は神龍の鱗で造られていることで折れることはなく、また付与された幻術の魔術を行使して相手を翻弄する効果も持っている。


本来はセカンドのサジェッサに手渡されるはずだったが、彼女が無手での戦闘を好むためサードのレクイエムへと受け継がれた。




「ですが今更それが見抜けたとして、貴女が『安息』の地へ旅立つことに変わりはありませんよ」




―――するとブリュンヒルデの周囲には今まで以上の槍の幻影が数百本その姿を現した。


しかしそんな絶体絶命の状況の中、血濡れのブリュンヒルデの口元は笑みを浮かべていた―――




「たしかに、その槍の力は賞賛に値するだろう……だが―――」




―――なにかを伝えようとしていたブリュンヒルデを遮るかのようにして、周囲に浮かんだ蒼義が一斉に彼女に向かって突撃を始める。


そして蒼い穂先がブリュンヒルデに突き刺さろうとしたその時―――




「なっ?!なんですか!この光は―――」




―――ブリュンヒルデの手にする紅蓮剣=紅明が真紅の光の線を幾重にも放ち、周囲の薄紫の霧を貫いて同時に数百の蒼義の姿を消しさっていく。


真紅の光で切り裂かれた薄紫の霧の中から蒼義を手にしたレクイエムが姿を現す―――




「これは一体……まさか、これは紅明の能力なのですか?」


「お前の神龍の槍だけが特別な能力を持っていると、いつから勘違いしていた?」




―――迸る紅い輝きの前に周囲の視界が開けていき、ほとんどの霧が掻き消されていった。


そうしてブリュンヒルデはその手にした紅く輝く剣をレクイエムに向ける―――




「私に傷を負わせたのは失敗だったな、レクイエム」


「なんですって?」


「この紅明は私が傷つくことでその能力を発動させる。『勝利する者』を導く燈火ともしびの剣なのだ」


ブリュンヒルデの言葉に今まで冷静な表情をしていたレクイエムの顔が歪む。


それは先ほどまでの有利な状況を覆されたことに無意識で面に出てしまった心境を表していた。


「さあ、紅明……その光で―――私を勝利に導いてくれ!!!」




―――両手で握り締めた紅蓮剣=紅明を天に向かって掲げると、その放たれる紅い輝きが増していく。


その状況に咄嗟に危険を感じたレクイエムは再び霧を生み出してブリュンヒルデの追撃を抑えようと動くが―――




「もうその手は喰わないぞ!―――レクイエム!!!」




―――振り下ろされた紅明の輝きによって霧が再び霧散して消えていく。




「その能力は?!まさか無効化魔術ディセーブルの付与!?そんな超高等魔術を付与など聞いたことがありません!!」


「ああ!―――だからその発動には条件がある!!」


そう言ったブリュンヒルデの腕の傷から流れる血が、紅明に滴り流れて赤い筋を作っている。


それを見たレクイエムはなにかを悟ったように、


「貴女が傷つくこと……発動条件は持ち主の血ですか。なるほど……だから貴女を傷つけたことが失敗だと」


「そういうことだ。レクイエム……この偉大なるヴァーミリオンの敵は即ち、我等紅の戦乙女クリムゾン・ヴァルキリーの敵だ。そして私は、その敵を撃ち払い進む『勝利する者』―――私の歩みを止められる侵略者はいない」




―――フロンテ大陸北部ノルド最大の大国、ヴァーミリオン皇国




―――数々の侵略者を撃ち払い、退けてきたは紅の戦乙女クリムゾン・ヴァルキリー




―――紅き乙女達の行進を阻める敵はなく




―――紅き乙女達の前にはただ勝利あるのみ




六百年の治世を誇るイェンリンの皇国に古くから伝わるそのうたは、皇国の守護者である紅の戦乙女クリムゾン・ヴァルキリーを讃えるものだ。


かつて先代蒼神龍の御子ヨルン=ヘイトがヴァーミリオン皇国へ侵攻した際も兵達の間でその詩は唱和され、戦場に鳴り響いていた。




「たかが無効化するだけの能力に!いい気になるものではありませんよ!―――ブリュンヒルデ!!」




もはや体裁を整えない態度のレクイエムだが、その目に飛び込んできた光景とは―――




「ブリュンヒルデ!?その身体の紋様は、まさか呪術カースですか!?」




ブリュンヒルデの全身に浮かんだ紅く輝く紋様に、レクイエムはマキシの操るような呪術カースの類いが発動したと考えた。


だが、このブリュンヒルデの身体を包んだ魔法陣と炎のような紋様は、正確には呪術カースではない。




「これは呪術カースなんて下衆なものではない。紅明に秘められたもうひとつの能力よ」


「もうひとつの?……ハッ!?貴女、身体の傷はどうしたのです!?」


光の紋様に気を取られていたレクイエムだったが、ここで先ほどまでブリュンヒルデが負っていた傷が綺麗に消えていることに気がついた。


「今の私は不死身です。これこそ私が『勝利する者』と呼ばれる由縁。さあレクイエム―――決着をつけましょう!!!」




―――蒼白い闘気に身を包んだブリュンヒルデが一直線にレクイエムに向かって突撃を開始する。


虚を突かれたレクイエムは慌てて手元の蒼義で受けようと構えるが、紅い光を放つ紅明の一撃を受けようとした次の瞬間―――




「グハッ?!バ、バカな!?―――剣がすり抜けて……」




―――横に構えた蒼義でブリュンヒルデの上段から振り下ろされる紅明を受け止めようとした瞬間、


紅明が蒼義の柄をすり抜けて、レクイエムの左肩から右脇腹までを袈裟斬りにして引き裂いた―――


―――その傷から夥しい血を吹き出していくレクイエム。


傷口付近の衣服は切り裂かれて豊満な胸が飛び出し、曝け出されて血に染まっていった……




「この『勝利する者』の剣を阻むことは出来ない。たとえそれが神龍の武器であったとしても……終わりだ。レクイエム……『安息』の地へ旅立つのはお前だ」




凛々しい立ち姿で倒れ行くレクイエムを見送るブリュンヒルデの美しい声に、何故かレクイエムは満足気な表情で笑みを浮かべていた……


「馬鹿者め……」


太古の昔から親交のあった相手を斬ることはブリュンヒルデにとっても堪えがたい複雑な気持ちが胸に去来する。


出来ることなら争いなどしたくはなかった、斬りたくもなかったのだ。




「あとはこの塔だけだな……もう少し力を貸してくれ―――紅明よ!!!」




紋様の現れた全身から青白い闘気を放ち、両手に紅明を握りしめると、ブリュンヒルデは塔の先端に向かって飛び立った―――


―――光の緒を引いて先端に到着したブリュンヒルデは上段に紅明を構えると、そのまま力の限り振り下ろす。




―――紅い光を放つ紅明が塔の先端に斬りつけると、途端に亀裂が生じる。




―――ブリュンヒルデはかまわずそのまま地上に向けて、紅明で塔を両断しながら降りていく。




―――やがて地上に戻って大地に降り立ったとき、爪型塔は縦に分断され、左右のそれぞれに亀裂が走る。




―――そうして瓦礫となって崩れ落ちてくる塔は、魔力の構成が崩壊して大気中の魔力に溶け込んで消えていった。




その跡に残ったブリュンヒルデと大地に横たわるレクイエム。


ブリュンヒルデの手に握られた紅明からはやがて紅い輝きは消えていき、その全身に浮かんでいた紋様も消えていた。


ふと遠くに見える残りの爪型塔を確認すると、既に北と南の塔がその姿を跡形もなく消し去っていた。


「彼方はフレイア、北はたしかクレーブスが向かったと聞いていたが、どうやら相手に勝ったようだな」


だが、こうなるとブリュンヒルデの心配はやはり八雲とイェンリンのことだ。


そんなことを考えているとフレイアから『伝心』が届いた。


【―――ブリュンヒルデ!聞こえますか?】


【フレイアか。ああ、聞こえている】


【塔が消えたのが見えたので安心しましたが実は今、首都の内部にイマジンの放った自動人形オートマタが暴れています!私も其方の対処に向かっていますが貴女も急いでください!】


【なんだと?!分かった!急いで戻る!】


イマジンの自動人形オートマタ二千体の対応に追われている旨の連絡が届いて、ブリュンヒルデは首都に向かって踵を返すのだった―――


爪型塔―――残り5本。



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