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第162話 東の塔

―――東の塔で繰り広げられる戦闘は、壮絶を極めていた。


紅の戦乙女クリムゾン・ヴァルキリー第八位『槍を持ち進む者』ゲイラホズと蒼天の精霊シエル・エスプリフォース『願い』のウェンスが対峙する―――


「オラアアアア―――ッ!!!」


赤いブラウスに黒のパンツ姿で、足元には赤いヒールを履いているゲイラホズはストレートの長い白髪を靡かせてウェンスに向かって突進していく。




銀色の瞳を鷹のように鋭く研ぎ澄ませて、獲物であるウェンスに手にした槍を振るうゲイラホズ―――


―――迫る槍の穂先を両手に握ったロングソードで高速回転するスクリューのように迎撃、すべて回避する。


対してウェンスが右手のロングソードで槍を払い除けたかと思うと左手のロングソードで突きを繰り出す―――


―――すると再びあの紅神龍の鱗で造られたヒールでその切っ先をハイキックで吹き飛ばされていた。




「キィイイ―――ッ!!!なんですの!ホントにそのハイヒール!ムカつきますわね!!」


ハイキックを繰り出したあと、ゲイラホズが間合いを取り直して距離を取った。


「―――だから、文句なら紅蓮様に言えばいいだろう?」


と、悪びれもなく返すので―――


「神龍様にそんなこと言える訳がないでしょう!」


―――と、ますます顔を赤くするウェンス。


「ホントにもう!貴女とは昔から反りが合いませんでしたわ!!今日この場で引導を渡して差し上げます!」


「ほう?上等だ。では遠慮なくお前を貫くことにしよう」


次の瞬間、ふたりの身体が蒼白い闘気に包み込まれる。


まるで炎のように立ち上がるふたりの闘気は、天に向かって揺らめいていた。




―――先に動いたのはウェンスだった。


両手のロングソードを天と地に構え、『身体加速』を発動した身でゲイラホズに突撃する―――


―――繰り出した刃先はゲイラホズの首と腹部を貫いた、と一瞬見えたがそれは残像だった。


残像が残るほど超加速で移動したゲイラホズもまた、『身体加速』で超加速を行い回避と同時にウェンスに向かって攻撃を繰り出す―――


―――消えたゲイラホズが再び現れたかと思うと鋭い槍の穂先が目の前に飛んできて、ウェンスはヘッドスリップでその穂先を躱すと、ゲイラホズの懐に飛び込んだ。




「―――獲った!!!」




そう叫ぶウェンスがゲイラホズの懐で神速の突きを繰り出す―――


―――しかし、その突きに身体を右回転させて躱したゲイラホズが今度はウェンスの横に回り込み、その脇腹にヒールで回し蹴りを叩き込んだ。




「ゲフゥウ―――ッ!!!」




脇腹にヒールが突き刺さる感触を覚えたゲイラホズは、ウェンスの内臓にまで衝撃を与えたことを確信する―――


―――しかし、それで追跡の手を緩めないのがゲイラホズ・クオリティーだ。


ヒール攻撃で大地をまるで水面で刎ね飛ぶ水切り石のように、横飛びに跳ねて転がっていく蒼いバトラーの上着に蒼いベスト、白のブラウスに首元には蒼い大きなリボン、そして蒼いスラックスを纏った金髪巻き毛の赤い瞳をした美女を追撃するため、その場を蹴って同じく横飛びに追撃する―――


―――何度も地面を跳ねながら砂煙を上げて、大地に滑り込んだウェンスは身体に負った衝撃ですぐには起き上がれない。




「カハッ!!―――ゲ、ゲイラホズゥ!こ、このまま、ただではおきませんわ」


「―――そうか。だったら大人しく死ね」




横になった大地から見上げた先にはゲイラホズが槍を自身に向けて突き下ろす瞬間だったことにウェンスは悪寒と同時にその場を離脱する―――


―――途端に一瞬前までウェンスが倒れていたところに突き立てられた槍の衝撃で大地が窪み、地割れがいくつも走っていた。


その様子を見て思わずゾッとするウェンス―――


―――ゆっくりとウェンスに向かって顔を向けるゲイラホズ。


その美しい容姿とは裏腹に殺意に満ちた銀色の瞳はウェンスのことを獲物としか見ていない眼だ―――


―――するとウェンスは両手のロングソードを大地に突き刺す。


何を始める気だとゲイラホズはウェンスを訝しげに見ていると―――




「ゲイラホズ……『槍を持って進む者』の名の通り、無茶苦茶なようで常にその槍の様に真っ直ぐ突き進む貴女は、紛れもなく戦乙女ヴァルキリーですわ。ならば、わたくしも全力をもって貴女に対するのが礼儀」


そう言ったウェンスは両手を前方に真っ直ぐ突き出すと両掌をゲイラホズに向ける。




「我が偉大なる主より賜りし蒼神守護の鎧よ!―――我が身に装え!!」




ウェンスの足元に蒼い魔法陣が構成されたかと思うと、そこから天に向かって蒼い光が放たれた。




光の中で何かがウェンスの身に纏われる―――




―――全身をその光に包まれたウェンスは一回り身体が大きくなったように見える。




その様子を見つめるゲイラホズの前に、やがて光の中から現れたものは―――




―――全身を覆う蒼い重装プレートアーマー姿のウェンスだった。




喉を守るゴージット、スポールダと呼ばれる肩当て、そしてそれを補強するガルドブラ、肘を守るコーター、前腕を守るヴァンブレイス、下腕部を防護するリアブレイス、手首を守るゴーントリット、脇をまもるベサギュー、胸部と背部を守るブレストプレートは強調するかのように胸の形を施してバックプレートと重なっている。


腰部を守るフォールド、フォールドから吊り下げられた二枚一組の小板金のタセット、胸部のブレストプレートと対になったバックプレートから吊り下げられ臀部を守るキューリット、チェインメイルスカートの下には純白の布スカートが纏われ、まるで戦乙女ヴァルキリーのような装いだった。


大腿部を守るクウィス、膝を守るパウレイン、脛を守るグリーヴ、足を守る鉄靴ソルレットからなる鏡面に仕上げられた見事な鎧。


一角獣のような角が付けられた頭部を保護するヘルムはフェイスオフ状態で美しいウェンスの顔が覗いていてヘルメットの間からは金髪の巻き毛が風に靡いていた―――




「見事だ……実に素晴らしい」


フルアーマーの鎧を目にしてゲイラホズが口にした誉め言葉に、


「お褒めに預かり光栄ですわ。貴女も他人を褒めることが出来るのですね?わたくしのこの鎧を見て、引くと言うのであれば見逃してあげますわよ」


ウェンスは得意気に返すが、ゲイラホズは首を傾げた。


「いや、褒めたのは鎧であってお前ではないぞ?」


「はぁ?……あ、あ、貴女って人はぁ―――ッ!!素直に褒めることも出来ませんの!!!」


「いやだから褒めただろう?鎧を」


「―――もういいですわ!!この蒼神龍様の鱗で造られた鎧、『蒼壁そうへき』の前には、貴女の槍もヒールも通りませんわ!覚悟しなさい!!」




そうして両手のロングソードを改めて構えるウェンス―――


―――両手で槍を握りしめて、鎧姿のウェンスを睨みつけるゲイラホズ。


睨み合う両者の口火を切ったのは、やはりゲイラホズだった―――




「オラァアアア―――ッ!!!」




―――気合いと共に『身体加速』で一気に間合いを詰め、改心の踏み込みと同時に手にした槍をウェンスの胸元に打ち込む。


だがウェンスは両手にロングソードを構えたまま動かずにいる―――


―――だがそんなウェンスを気に掛けることもなくゲイラホズは踏み込んで槍を突き出した。




キィイイイ―――ンッ!!!!!




強烈な甲高い金属の衝突音が鳴り響くと同時に―――




ピシピシ―――ッ!




―――硬いものに亀裂が入るような音が耳に届くと、ウェンスの胸元のブレストプレートに直撃したゲイラホズの槍の穂先が、音を立てて亀裂が走り、その場で砕け散っていた。




「オホホホッ!この蒼神龍様の鎧にそんな槍では傷ひとつ付けることなど叶いませんわ。さあ、今度は此方の番ですわよ!」




ウェンスが槍の砕けたゲイラホズに左右からロングソードを挟撃するように振るうと、ゲイラホズは一瞬の差でその間合いからバックステップを行い回避する―――


―――だが鎧を着ているのにまるで羽毛のように軽やかにその後を追撃してくるウェンスは、武器が柄だけになったゲイラホズに容赦なくロングソードを叩きつけていく。


穂先の砕けた槍の柄を巧みに扱い、ウェンスの雨のような連撃を躱し続けるゲイラホズ―――


―――次第にその柄もロングソードの斬撃に耐えきれなくなってしまい、無残にも斬って落とされた。


そうして無手となったゲイラホズは間合いを取り直そうとするが、無手となったゲイラホズを一気に畳み掛けようとウェンスがさらなる追撃を仕掛ける―――




「もうこれで終わりですわ!―――ゲイラホズ!!」




―――無手となったゲイラホズは両手でウェンスのロングソードの側面を払って直撃を避けながら、強烈な足蹴りで自分の間合いを確保して攻防戦をしのいでいく。


だが状況は鉄壁の鎧を身に纏い、剣を持ったウェンスが圧倒的に有利である―――


―――次第に赤いブラウスと黒のパンツにもウェンスの斬撃が刻まれて、致命傷とはいかずとも斬り傷が増え続けていた。




「無手で戦うというのであれば!!!」




ウェンスは手にしたロングソードに魔術付与を発動する―――


―――燃え上がる二本のロングソードは、一気に加熱されて紅く焼け燃えて、素手で払い除けることは出来なくなってしまった。


その状況では無理に剣を払うことも出来ず、バックステップで身を引くゲイラホズ―――




「いくら貴女といえども、完全装備のわたくしに勝つことなど出来ませんわ。分かったら―――」


「―――たしかに素手で倒すのは骨が折れそうだ」


ウェンスの話しの途中から割り込んだゲイラホズは、腕の傷から滴る血を口でペロリと舐めたあと、ペッ!と吐き捨ててから、


「本気を出したお前に対して、私の本気というのも見せてやろう―――」


そう言ったが早いかゲイラホズは『収納』を開くと、その中から現れたものとは―――




―――その全体を朱色で染められ、




―――その穂先には紅い刃が輝く、




―――美しくも巨大な存在感を放つ一本の見事な朱槍だった。




「それは―――ッ!?」




「主から装備を賜ったのが、自分だけだと思うなよ?―――ウェンス!!」




朱槍を両手に持って構えたゲイラホズは、その槍と共に全身を蒼白い闘気に包み込んだ―――


―――その異様なまでの強大な闘気に、ウェンスも自身のオーバー・ステータスを開放する。


お互いに闘気の塊と化したところで、ゲイラホズが突撃を開始した―――


―――遅れずウェンスもその身を流星のようにして前に繰り出す。




「オォオオオ―――ッ!!!!!」




「ヤァアアア―――ッ!!!!!」




ウェンスの振り翳したロングソードとゲイラホズの朱色の槍が激突した瞬間―――


―――甲高い音を立てて、ウェンスのロングソードが二本とも呆気なく砕け散り、その豊満な胸の形をしたブレストプレートに朱槍の穂先が衝突するも、蒼神龍の鎧は貫けない。




「グウウウ―――ッ!!!ですが!この鎧は貫けませんわよ!!!」




「ウォオオオオオ―――ッ!!!!!」




世界最硬の神龍の鱗で出来た朱槍を持ち出したゲイラホズだが、同じく神龍の鱗で出来た鎧を砕くことは出来ない。


しかし、それでもひとつの流星と化して激突したゲイラホズはウェンスをそのまま押し込むようにして前へと飛び続ける。


槍とゲイラホズの勢いに押されてそのまま後方に飛んで行くウェンスだが、そこで今度は背後にある何かに衝突する。




「こ、これは!?ゲイラホズ、貴女まさか―――」




「オォオオオ―――ッ!!!!!貫けぇえええ―――ッ!!!!!」




美しいその顔を鬼の様な形相に変貌させたゲイラホズは、その壁、爪型塔に背を打ち付けたウェンスをさらに押し込んでいく―――


―――すると、ウェンスの背後にある塔の外壁に亀裂が入り、クレーターのように窪んでいく。




「や、やめなさい!ゲイラホズ!!!このままでは―――」




「吹き飛べぇええ―――ッ!!!!!」




さらに踏み込んだゲイラホズの強烈なプレッシャーによって遂に塔の壁は崩れ去り、更にその内部へと貫通していくウェンスを鎧ごとそのまま押し込んでいくと同時に、朱槍の能力である雷撃が鎧の中のウェンスにも伝わっていく。




「グゥウウッ!!!―――こ、こんな雷撃なんてぇえ!!!」




そう言って抗おうとするも、ウェンスの身体は身動きが取れない。


一度崩れた塔の構成は、そこから次々に崩れ去っていく中でウェンスを押し込んで塔を貫くゲイラホズ。




「オォオオオオ――――ッ!!!!!」




そしてとうとう塔の反対側まで押し貫いて、トンネルのような穴を穿ったゲイラホズはそのままウェンスを大地に突き飛ばして放り出すと、今度は上空へと飛び上がって塔の先端へと向かった。


塔を追い越すと今度は―――




「我が主の鱗より生まれし槍―――『朱雷しゅらい』よ!!今こそ、その力を示せぇええ!!!」




―――天高く塔の上部を見据え、そう叫んだゲイラホズが手にした槍に紅い闘気を纏わせる。




「いっけぇえええ―――ッ!!!!!」




叫びながらその紅蓮槍=朱雷を塔の頭頂部へと投げ放つと、一本の巨大な朱色の雷と化した朱雷が塔に落雷する。


それと同時に魔力で構成された爪型塔は、塔の先端から朱色の雷を受けて次々に砕け散っていく。




―――先端から放電されたように紅い光を放って崩れ落ちる




―――亀裂が下に向かって伸びていき、瓦礫が次々と大地に向かっていく




―――魔力で構成されたそれらは、やがて大気中の魔力と溶け合ってその姿を消しさっていった。




最後に大地に突き刺さった紅蓮槍=朱雷を残して、塔の建っていた平野は元の姿を取り戻していた―――




そして大地に降り立つゲイラホズはそこに刺さった朱雷を抜き、穂先をブン!と振り抜くと地面に倒れているウェンスを上から見下ろす。


塔を貫く衝撃と朱雷の放つ特殊な雷によって全身が麻痺して動けないウェンスは、鎧を纏ったまま恨めしそうにしてゲイラホズを睨んでいる。




「おのれぇ!ゲイラホズ!!―――ええ、認めますわ!わたくしの負けです!ええ!好きになさればいいですわ!さあ!殺しなさい!!」




動けないウェンスは塔も護れず無様に大地に倒れる己に対して自暴自棄に陥っていた。


だが、そんな全身を麻痺させたウェンスを見下ろしながら、




「何を言っている?私はお前を貫けなかった。むしろ私の方が負けだ。今度はその鎧を貫けるようにさらに己を磨いてくる。それまではお前も誰かに負けるんじゃないぞ」




「……へ?」




そう言い残して背を向けて立ち去っていくゲイラホズに、ウェンスは思わず変な声が出る。


衝撃と雷撃で身動きの取れないウェンスは、そのまま天を仰いで溜め息を吐く……




「まったく……最後まで貫けるかどうかの勝負をしていたなんて。本当に馬鹿ですわ……ゲイラホズ。申し訳ありませんセレスト様……塔を……護り切れませんでしたわ」




主命を全う出来ずに倒れたウェンスは最後に残った自分の『願い』……




『願わくば、この愚かで悲しい戦いに終止符を……』




その秘めたる願いを天に祈るのだった―――


爪型塔―――残り4本。



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