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第163話 北東の塔

―――東の塔がゲイラホズによって崩壊を始めた頃


浮遊島の八雲の屋敷では―――


「あのね!あのね!お家がゆらゆらしてゆの!」


エルフのチビッ子四人組のお喋り幼女ルクティアが屋敷の中にある広間に他の三人と傍にいてくれているフィッツェ、それにユリエル、ヴァレリア、シャルロット、そして雪菜と護衛についているダイヤモンドに一生懸命になって浮遊島が揺れていることを説明している。


「ええ、そうね。ぐらぐら揺れちゃってビックリしたわね。でも大丈夫。今ノワール様がグラグラを止めに行ってくれたから♪ なにも心配しなくていいのよ♪」


広間は大きなソファーやテーブルの置かれた歓談室として利用出来るように造られた部屋で、そのソファーに座ったフィッツェの両脇にルクティアとシェーナが、同じくソファーに腰掛けた雪菜の左右にはトルカとレピスが膝の上にちょこんと手を置いて不安そうにくっついていた。


雪菜達はユリエルがルトマン校長の治療を施して、落ち着いたところで事態を重く見て屋敷に戻って来ていたのだ。



「ダイヤ。いつも頼ってばかりでゴメンね。でも、もしものことがあったとしても子供達を優先してほしいの」


バビロン空中学園で事の次第を聴いた白雪はダイヤモンドに護衛を指示して自分は下の状況を確認すると言って去って行ったのだ。


「雪菜様、私は貴女の護衛であると同時にこの子達の先生でもあります。なにかあったとしても私は貴女も子供達も護ります。勿論ヴァレリア王女やシャルロット嬢もユリエル殿も一緒です」


凛々しい顔立ちで雪菜にそう答えるダイヤモンドもまた白い妖精ホワイト・フェアリーという白神龍直属の眷属達のトップを張る総長だ。


「ありがとう、ダイヤ」


異世界から来た自分を白雪と共に保護してくれて、御子となった後も自分を立ててくれるダイヤモンドに雪菜は改めて感謝の気持ちが溢れる。


だが状況はあまり良くはない―――


蒼神龍セレスト=ブルースカイ・ドラゴンとその御子マキシ=ヘイトに襲撃されたヴァーミリオン皇国の首都レッドは、現在その蒼神龍の仕掛けた状態異常バッド・ステータスの結界陣により人体の自由を奪うほどの工作が行われている。


その力を補助するために魔力で構築された八本の塔をフレイア、アリエスを始め紅の戦乙女クリムゾン・ヴァルキリー龍の牙ドラゴン・ファング達が協力して排除に向かっていた。


浮遊島は辛うじてノワールの張り巡らせた障壁により状態異常からは護られている状況だった。


ノワールと紅蓮は落下し始めた浮遊島を状態異常の結界陣の影響範囲から退避させに向かったが、そこにセレストが現れて妨害を始めていた。


そして―――


雪菜を始め、ここにいる美少女達の想い人である黒神龍の御子、九頭竜八雲はマキシによって呪術カースで呪われ操り人形と化した紅神龍の御子、炎零イェンリン=ロッソ・ヴァーミリオンと交戦している。


―――果たして、この戦いの終わりにはなにがあるのか?


それぞれの思惑が交錯するこの首都レッドで、まだ戦いは続く―――






―――まだ周囲の塔でそれぞれが戦いを繰り広げている頃


この北東の塔でも龍の牙ドラゴン・ファング序列02位サジテールと蒼天の精霊シエル・エスプリテンス『運命』のデスティノもまた、戦闘を開始していた。




―――次々と黒弓=暗影から放たれる矢をデスティノも同じく弓を引いて次々と矢を放つ。


互いに放った矢が寸分の狂いもなく衝突していく中でサジテールは鷹の様な眼で狙いを定めて、確実にデスティノの急所を狙ってその矢を放っていく―――


―――同じく弓を得意とするデスティノも鋭い瞳でサジテールを狙い定め、連続で矢を放ち続ける。


ふたりの間合いの空中では放たれた矢が衝突しては大地に降り注ぎ、相手に届きそうな矢も次の矢で堕とされるため一本も相手の元に届かない―――


―――埒が明かないと見切ったサジテールは次の瞬間、


幻影攻撃ミラージュ・アタックを仕掛けて十数体の分身の一斉同時攻撃で矢を撃ち放つ―――


―――するとそれに呼応するかのようにデスティノも幻影攻撃ミラージュ・アタックを仕掛けると、


一斉射で飛び掛かるサジテールの矢を撃墜していった―――




「―――流石はサジテール。幻影攻撃ミラージュ・アタックを仕掛けながらも正確に私を狙って射かけてくるなんて」


蒼いバトラーの上着に蒼いベスト、白のブラウスに首元には蒼い大きなリボン、そして蒼いスラックスを纏い、紫の波打つ長い髪を掻き上げたデスティノは緑色の瞳を細めてサジテールに賛辞を贈る。


「貴様こそ俺の矢を墜とすとは褒めてやろう。だが、お前の腕では俺を殺せないぞ、デスティノ」


八雲と同じ金の刺繍が鏤められた黒いコートに身を包んだサジテールは、肩に掛かった金髪を揺らして蒼い瞳でデスティノを睨みつけた。


「うふふっ♪ 随分と余裕ね、サジテール。でも……貴女はまだ本当の私の力を知らない」


「なに?どういう意味―――」


そう言い掛けたサジテールの頭上から何かが急接近してくるのを感知してバックステップで身を引いたサジテールだが、さっきまでいた場所に上空から矢が飛来して大地に突き刺さった。


「……どういうことだ?」


サジテールが驚くのも無理はない―――


さっきまで立っていた場所はまったく移動していなかった訳ではないのだ。


幻影攻撃ミラージュ・アタックを繰り出して分身体と共に移動していたサジテールが偶々立った場所に過ぎないにも関わらず、デスティノは正確に矢で狙って上空に放ち、待ち伏せるような真似をしてきたのだ。


「不思議かしら?それは『運命』が見えるからよ。貴女がそこに来ると分かっていた。だからそこに矢を放っておいた。それだけのことよ」


デスティノがサジテールの疑問に答えて説明するが、サジテールにはそんな余迷い事のような言葉では納得出来ない。


だが、不可解な点を解明するには材料が足りない。




そう考えたサジテールは再び幻影攻撃ミラージュ・アタックを仕掛けて、黒弓=暗影から一気に一斉射を放つ―――


―――するとそれを今度はゆっくりと移動して動くのを止めたデスティノ。


次々と彼女の周囲に迫るサジテールの矢を彼女は涼しい顔で見送っていく―――


―――サジテールの放った先ほどの矢は一本としてデスティノに掠りもせず大地に突き刺さっていった。


だが、それを見てサジテールは漸くデスティノの能力に確信を持つことが出来た―――




「―――未来視だな」




サジテールの言葉にデスティノがクスリと笑みを溢した。




「ご名答♪ この能力は貴女と私の未来を見せる。貴女がどこに移動するのかも、私がどこに行けば貴女の矢が当たらないのかも、そう……すべてね」




―――未来視


この世界でも指の数ほどいるかいないかという固有能力ユニークスキルだ。


神の加護や万人が獲得出来るようなスキルとは全く別の次元にある能力スキルで、未来の映像が脳裏に浮かぶというが、所有者の能力によってどれだけ先のものが見えるかは個人差がある。


固有能力のため、あまり世間でも聴かれない能力だったが龍の牙ドラゴン・ファングの外部情報を司る左の牙レフト・ファングを統括するサジテールは、この手の能力についての情報を当然知っていた。




だが、サジテールはデスティノからそのことを聴いても特に驚愕も恐れもしていなかった。


それならばそれで、戦い様があるのだ。




サジテールは再び幻影攻撃ミラージュ・アタックを仕掛ける―――




「馬鹿のひとつ覚えなのかしら?序列02位の肩書きが泣いているわよ!―――サジテール!!」




―――最早その未来視を隠す必要もないデスティノは、未来視に映るサジテールの行く先々に先手を打った矢を放ちつつ、自身も『身体加速』で移動してサジテールの狙いを回避する。


デスティノにはサジテールの矢がどこに飛んでくるのかも未来視で分かっている―――


―――難なくサジテールの矢を躱すデスティノだったが、




「エッ?なに!?これ―――」




その時、未来視に映った自分には何本もの矢がその身に刺さっていた―――


―――そして次の瞬間、




「ヒィイイ―――ッ!!!!!」




デスティノの左肩にサジテールの黒い矢が命中している―――




「馬鹿な?!―――どうして私に矢が!?」




状況を理解できないデスティノが、ふと見ればサジテールの幻影攻撃ミラージュ・アタックは先ほどの十数人といった数ではなく、百人近くまで人数が増えている。




「……エッ?」




いつの間にか囲まれていることにも気付けなかったデスティノは周囲からも空中からも、その蒼い瞳を細めて睨みつけているサジテールに恐怖を覚えていた。




「どうした?デスティノ。お前の得意な『運命』でこの先の未来を覗いてみたらどうなんだ?」




「あ……ああ……」




百人近くにのぼるサジテールの幻影にこれから一斉射を放たれる―――


―――それは如何に蒼天の精霊シエル・エスプリのひとりであるデスティノでも無傷とはいかない。


デスティノが驚くのも無理はない―――


―――サジテールは幻影攻撃ミラージュ・アタックを仕掛けた際に十数名はデスティノの視界に入るよう振る舞っていたが、残りの大多数の幻影はデスティノの眼でも追えないほどの速度で展開されていたのだ。


その圧倒的な実力の違いは龍の牙ドラゴン・ファングの序列02位と蒼天の精霊シエル・エスプリのテンス、十番目の実力しかないデスティノとの差を見せつけたのだ―――


―――もしデスティノの『未来視』が強力であれば、蒼天の精霊シエル・エスプリ内の序列で十番目となるはずがない。


つまりその序列が彼女の実力を露呈していて、上位の者達は実力でデスティノを抑え込んだことが明確にサジテールには読み取れたのだ―――




つまりサジテールが実行したこととは―――




『如何に未来が視えたとしても、己の実力を超える相手には対処出来ない』




―――という、極めてシンプルで根本的な力業だった。




どんなに未来が視えていても、その攻撃を回避する実力がなければ攻撃は当たる。


デスティノの『運命』の敗因は彼女の実力以上の相手と相対してしまったという『不運』へと傾いていたことに気づけなかったことだ。


サジテールもまた、太古の昔から交流のある蒼天の精霊シエル・エスプリだが、デスティノは本来こうして前線に立って戦うタイプではないことは知っていた。


「デスティノ―――何故今回はこんな最前線まで出てきたんだ?お前は元々、蒼神龍様の元で意見を述べる役目だったはずだろう?」


サジテールの問いに青ざめたデスティノは俯きながら告げる。


「セレスト様は……もう私をお傍には置いてくれない」


震えながらそう返答したデスティノの言葉の真意が読み取れないサジテールは、警戒は解かずに問い掛ける。


「―――それは何故だ?昔の蒼神龍様はお前のことを可愛がり、信頼されているように見えたぞ?」


「確かに……私の未来視が且つてアズール皇国の危機を何度も退けてきたこと、そしてその度にセレスト様は私に感謝され、愛情を注いで下さいました。でも―――」


サジテールは黙ってデスティノの言葉の続きを待つ。


「でも―――あの日……ヨルン様がエズラホ王国を掌握して、ヴァーミリオンへと侵攻された時、そしてイェンリンとヨルン様が一騎打ちをされてヨルン様が討たれた時、私には何も視えなかったのです……」


およそ三百年前、先代蒼神龍の御子ヨルン=ヘイトが御子になった時、デスティノも他の蒼天の精霊シエル・エスプリ達も従軍していた。


進軍する度に参謀役として戦働きをしていたデスティノは、ヨルンに未来視で視えた情報を次々と進言し敵軍の裏を掻いて、短い期間であっと言う間に隣国のエズラホ王国を最小限の犠牲で制圧した。


デスティノはヨルンの率いるアズール皇国軍にとっては勝利の女神のような存在だった。


セレストもまた、自身の生み出した娘に等しいデスティノの働きには感謝していた。


何故ならセレストは戦争を嫌ってはいても、ヨルンの無事を祈らずにはいられなかったからだ。


だが、ついにその時を迎える―――


ヴァーミリオンに侵攻してすぐ後、平野で対峙したヴァーミリオン皇国軍の先鋒には紅の戦乙女クリムゾン・ヴァルキリー達と並んで立つ剣聖炎零イェンリン=ロッソ・ヴァーミリオンがいた。


イェンリンと一騎打ちをすると公言したヨルンは、その時、デスティノに問い掛けた。




『どうだ、デスティノ?―――俺の死は視えたか?』




その問いかけに未来視を用いたデスティノは―――




『―――いいえ、ヨルン様。貴方の死は視えません』




―――確かにそう答えたのだ。




だが、結果はイェンリンによってヨルンは斬られ、そのことでアズール皇国軍は敗走……


デスティノは目の前で起こった現実が受け止められなかった……






「―――それから、セレスト様は……口には出されないけれど、私がヨルン様をお止めしなかったことを御恨みになっていたのです。私を疎ましくされ、お傍に寄ることも許されませんでした……」


デスティノの話を黙って聴いているサジテールは、一騎打ちが行われたその時の状況について考えてみたがデスティノの未来視が外れた理由は見出せなかった。


「だったらどうして国に残らなかったんだ?最前線に来ると同じことが起こるかもと普通はお前を遠ざけるものだろう?」


国に残しておけばデスティノの顔を見る必要もない、とサジテールは思ったことを口にしていた。


「……私が死ねばいいと、そう思われたのです」


「……は?」


デスティノの言葉に思わずサジテールも呆然とさせられてしまう。


「貴女が気づいた通り、私には『未来視』があっても、こうして実力差のある相手では歯が立たないでしょう。セレスト様は……そうして私が此処で強い相手と対峙して死ぬことを望まれているのです。だから私にはこうして敵と闘う前線に出るしか道はありませんでした」


―――その話しにサジテールは自分の身に置き換えて考えてみる……


ノワールがもし、己に死ねと命じたなら自分はどうするのか―――


―――ノワールの言葉は絶対だ。迷わず死を選ぶ。


だが、その反面忠誠の対象であり象徴たる敬愛せしノワールが、己の眷属にその様なことを命じる訳がないと信じている―――


―――その上でノワールに命じられたなら、己の死を望まれたなら今のデスティノの気持ちは察して余りあるものだった。




サジテールは黙ってその黒弓=暗影に矢を番える―――


―――デスティノはもう諦めたのか、肩に刺さった矢もそのままにしてへたり込んでいる。


そうして百人近くいるサジテールの幻影達が、一斉に天にその矢を向ける―――




九頭竜昂明流くずりゅうこうめいりゅう・八雲式弓術

―――『雷帝矢らいていし』!!」




実は他の者には内緒で習った八雲直伝の構えと同時に黒い矢に魔術を付与すると、黒い矢の周囲に小さな紫電が走り出す。


紫電を帯びた矢が放たれると同時に迸る紫電が大きくなり、天に向かって一直線に昇っていくその姿はまるで紫電の昇り龍が如く、やがて雲の中にまで突き刺さる様に消えたその矢は巨大な紫電となって―――




―――そこにあった北東の爪型塔に落雷した。




―――そして塔に突き刺さった瞬間、その周囲数百mが真っ白な光に覆われた。




―――衝撃と轟音を伴って紫電が四方へと地走り、巨大な消滅の奔流に呑まれていった塔。




龍の牙ドラゴン・ファング序列02位の実力を持つサジテールの魔力は、この世の終わりのような光景をそこに広げていた……




圧倒的な力の前にデスティノはただ驚愕して目の前の大気中の魔力へと変換されていく己の塔を見送っている。


「……どうして?」


幻影の消えたサジテールを涙目で見上げながら問い掛けるデスティノ。


サジテールは座り込んで見上げてくるデスティノを見下ろしながら―――


「―――お前の『運命』など、俺は知らない」


―――そう一言だけ告げて背を見せると、デスティノの元から去っていくのだった。


爪型塔―――残り3本。



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