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第165話 東南の塔

―――東南の塔から周囲に響き渡る巨大な金属の衝突音




「ハァアア―――ッ!!!!!」




「オラァアア―――ッ!!!!!」




重厚な真紅のハルバートをまるで羽毛のように軽やかに振るうスクルド―――


―――同じくトゥルースも身の丈ほどもありそうな肉厚な大剣を、こちらも羽毛のように軽々振るう。


幾重にも響き渡る衝突音と残像までも引き起こす連撃の嵐を生じさせながら、平原の彼方此方に『身体加速』と『身体強化』で瞬時に移動して激突するふたりが残像で消えては現れ、現れては消えるのを繰り返して平原に激突の爪痕を刻んでいく―――


―――そうして一旦間合いを取り合うふたり。




「フゥウゥ―――やはり強いねぇ。昔と変わらない、いや……昔以上に腕を上げているじゃないか」




蒼いバトラーの上着に蒼いベスト、白のブラウスに首元には蒼い大きなリボン、そして蒼いスラックスを纏い、後ろにひとつに編み込んでいる赤い髪を肩から背中に払いながら、その茶色の瞳を懐かしいものを見るかのようにトゥルースは細めた。


紅の鎧装備に身を包み、手にはフロックの鍛えた紅のハルバートを握り締めて対峙するトゥルースを見つめるスクルド。


フレイア、ブリュンヒルデに次いで第三位の戦乙女である『未来を司る物』スクルド。


蒼天の精霊シエル・エスプリのシックス『真実』のトゥルース。


太古の昔からお互いの主である神龍に仕え、ときには交流もしていた者同士がヨルンの侵攻時以来、再び相対することになった。




「トゥルース……昔の貴女は蒼神龍様にすら諫言をするほどの忠義の武人だったはず。それがどうしてこのような民を巻き込む策謀をお諫めしなかったのですか?」




スクルドの問い掛けにトゥルースは顔色が変わる。




「なんだい、いきなり?昔話に花を咲かせたいのかい?……まあ、全くもって耳の痛い話さ。こんな茶番劇にヴァーミリオンの民まで巻き込んで、それを止められなかった自分の不甲斐なさには反吐が出る思いがするのは確かだよ」




「貴女はこの侵攻が愚かな行為だと認識はしていたということですね」




「ああ、今更の私の言葉なんて信用出来ないだろうけど―――」




「―――信じます」




「……スクルド」




「他の誰でもない、『真実』のトゥルースがそう言うのなら、私は信じます」




真っ直ぐにトゥルースを見つめ、自分のトゥルースに対する信用を告げるスクルド。




「そうか……最後にお前ひとりでも、私の言葉を信じてくれる者がいて、もう思い残すこともない」




「退いてはもらえないのですか?」




「他の塔で今闘っている者達がいる。その者達のいる前で私だけが退くなどということは―――出来ない!!!」




覚悟を決めた叫びを上げたトゥルースは、身の丈ほどもある大剣を再び構え直す。




「仕方がありません。退かないと言うのであれば―――殲滅するのみ!!!」




ふたりの身体が一気に蒼白い闘気に包まれ、ふたつの巨大なオーバー・ステータスの発動に大地が悲鳴を上げ、空気が震えだした―――


―――ふたつの蒼白い流星が駆け出し、衝突するだけでクレーターのような傷跡を大地に刻む。


大剣とハルバートが残像を生じながら何百という応酬を繰り返して、周囲にその衝撃波を振り撒く―――




「ハアァアア―――ッ!!!!!」




「ウリャアア―――ッ!!!!!」




―――技と技、力と力の衝突による衝撃は爪型塔の外壁にも轟き、衝撃波だけで亀裂を何本も生じさせる。


だがふたりの激突は終わりの見えない連続の残像だけでスクルドの羽根兜は吹き飛び、鎧には亀裂が入って崩れ始め、ガントレットまで砕け散る―――


―――そしてトゥルースの蒼いバトラーの上着に蒼いベスト、白のブラウスに首元には蒼い大きなリボン、そして蒼いスラックスに至るまで、切り裂かれて無事な物はなかった。


この時―――


―――トゥルースはスクルドの攻撃が自分を追い詰めるために繰り出されていることを理解している。


『未来を司る者』……それはスクルドの天才的な戦闘センス、戦略家としての能力の高さから未来を切り開く存在と謳われてきた呼び名だ―――


―――こうして一対一で対決していても、身体に傷を刻まれているのは明らかにトゥルースの側だった。




(鎧までは届いても、その身に刃を届かせることも許さない……流石だ……スクルド)




残像を繰り出しながら打ち合う二人には明確な差があることを見せつけるスクルドの実力に、トゥルースはいっそ清々しい気持ちにさえなってくる。


そう、それがもはや勝ち目のない闘いだということが『真実』だとしてもトゥルースの気持ちは前へ、ただ前へと歩みを進めさせる―――


―――だが、ついにそんな中で音を上げるモノが出た。


ガキィ―――ンッ!!!と強烈な金属破壊音と共に砕け散ったのは、トゥルースの大剣だった―――


―――業物ではあったがスクルドの持つフロックの手による真紅のハルバートと打ち合ってはもたなかった。


何度となく死線を共に歩んできた相棒たる大剣の死はトゥルースに敗北を、終わりを告げるのに相応しい―――


―――そして、その得物の破壊に至ったスクルドは上段に構えたハルバートを力の限り振り下ろす。




(ああ……これで終わりか。私の長き生の果てがこのような幕引きであったとしても、スクルドのハルバートによるものであれば悪くはない)




―――胸の内でそう呟いたトゥルースの頭上にスクルドのハルバートが頭を叩き割らんと迫る。


『思考加速』があるため一瞬の瞬間がトゥルースにとって、まさに走馬灯と呼ばれるものとして脳裏を走っていた―――


―――迫り来るスクルドのハルバートの刃先がいま、トゥルースに届くその時、




肉を断ち斬る音ではなく、豪快な金属音が辺りに鳴り響いた―――




―――トゥルースの目前に迫ったハルバートを遮り、ギリギリと金属同士が擦り合う音が続く。




「―――ッ?!」




目の前に現れてスクルドのハルバートを止めた漆黒の大剣―――




「どういうつもりですか?―――リブラ」




ハルバートを止めた大剣の持ち主であるメイド服に身を包んだ龍の牙ドラゴン・ファングのリブラを横目に睨んで佇むスクルド。


その間もハルバートに掛かった力は緩まることはなく、ギリギリと擦れる金属音が鳴り響く。


「申し訳ありません、スクルド。ですが私も八雲様から命を受けておりますので」


「八雲殿が?一体何を命じられたのですか?」


訝しむようにリブラを見つめるスクルドだがハルバートに掛けられた重みは緩められている。


「主は違えども同じ神龍の眷属……出来るなら命までは奪わないように、と」


リブラの言葉を聴いてスクルドは一瞬瞳を大きく見開くも、


「なにを甘いことを……このヴァーミリオンに牙を剥けば、それは即ち死あるのみ。私達戦乙女ヴァルキリーの役目はそのための剣であり盾であること」


「―――スクルドの言うことは尤もです。ですが私も八雲様の命は絶対なのです。それに、トゥルースは元々死ぬつもりだったように見えましたが?」


「呆れた……最初から見ていたのね?」


今度は元々死ぬつもりだったと指摘されたトゥルースが声を上げる。


「リブラ、私は別に死のうと思っていた訳じゃない!だが、コイツがもうやめろと言うみたいに砕けて逝っちまった……なら、ここで終わりにするのも悪くないと……そう思っただけさ」


その言葉を聴いてスクルドはハルバートを引き、リブラも黒大剣=黒曜を引いて鞘に納め、鞘に付いたショルダーカバーを肩に掛けて鎖で固定した。


「それが死のうとしていたと言っているんですよ、トゥルース。周りを見てみてください。もう残っている塔は、此処と西南に建てられた塔だけです」


リブラの言葉に辺りの景色を改めて見渡すトゥルースの目には確かに南西の塔しか見えない。


「他の皆はやられたのか……ならば、私だけおめおめと生き長らえるなど―――」


「―――誰も死んでいませんよ?」


「……ヘエッ?」


リブラの呆気らかんとした言葉に思わず間の抜けた言葉が漏れるトゥルース。


「ですから、八雲様の命で誰も死なせていません。サジェッサもイマジンもウェンスもデスティノもレーブも生きています。レクイエムは危なかったですが……あとレーブは残念です」


「―――レーブに何かあったのかい!?」


「ゴンドゥルにお持ち帰りされました」


「ハアアアア―――ッ!?……あいつ……終わったな」


何故か遠い目をしているトゥルース……『真実』のトゥルースは現実を知った。


そんな中でまだシリアスムードを保っていたスクルドだったが、「ハァァ」と溜め息を吐いて肩の力を抜いた。


誠実なトゥルースと素直なリブラは昔から馬が合う間柄だった……大剣好きという点も含めて。


「リブラを見ているとなんだか争っているのも馬鹿らしく思えてきますね……しかし、この塔は破壊させてもらいますよ、トゥルース」


「ああ……もう好きにしてくれ」


溜め息混じりに吐き捨てるように呟いたトゥルースに、リブラがぴょんぴょん飛び跳ねながら、


「はいはい♪ だったら私がズバッとやっちゃってもいいですか?いいですか?」


スクルドに飛び跳ねてお願いするリブラ。


「ええ、破壊出来るのであれば誰がやってもかまいませんよ」


「ありがとうございます!」


そう言うが早いか仕舞った黒大剣=黒曜を再び抜いて身構えるリブラ。


「では……参ります!

八雲様にご指導頂いた剣技……」


―――膨大なリブラの魔力が黒曜に注がれていく。




九頭竜昂明流くずりゅうこうめいりゅう・八雲式剣術

―――『殻断からたち』!!!」




黒曜の刃に流れるように注ぎ込まれる魔力が黄金の魔術回線を浮かび上がらせる―――


―――漆黒の刃に黄金の魔術回線を浮かばせ輝く黒曜を手に一瞬で塔の先端の高度まで飛び上がったリブラは、大上段に構えたその大剣を一気に塔へと振り下ろした。




―――スッと吸い込まれるように塔の先端に斬り込む黒曜。




―――するとその先端から光の一線を引きながら亀裂も入れずに塔の麓へと舞い降りていく。




―――そして、大地まで降り立ったリブラ。




―――塔に入った縦の切れ込みが黄金の光を放ち出す。




―――次の瞬間、中央に入った縦の切れ込みから左右へと黄金の亀裂が無数に走り出した。




そこからは塔が崩壊を始めると、崩れた瓦礫は次々と大気中の魔力へと還元していった……




「―――お見事」


スクルドは賛辞の声を上げ、


「また強くなってるじゃないか。リブラ」


トゥルースはニコリと笑みを溢しながら、ゆっくりとその瞳を閉じていく。


ヴァーミリオンの侵攻を後悔していたトゥルースはこの結果をどこかで望んでいたのかも知れない……


「では、トゥルース。貴女のことはこの件が片付くまで拘束させてもらいますよ」


「ああ……今更抵抗する気もないし、好きにしてくれていい。この国の罰でも何でも科してくれ」


「それを決めるのはイェンリンです」


炎零イェンリン=ロッソ・ヴァーミリオンか……それも、すまないと思っている」


「いま、謝罪は後回しです。それに謝罪する相手も私ではありません」


「そうだったな……」


「それでは、私は街に放たれたイマジンの自動人形オートマタを殲滅しに向かいますね!」


「―――ちょっと待って?自動人形?一体なにが起こっているの?」


「クレーブスから『伝心』が来まして―――」


リブラは事の経緯を説明し、緊急事態にリブラとレオも呼び戻されたことを伝える。


「レッドが今そんな事態に!!―――急がなければ!!」


「私も行こう。これ以上レッドの民にまで手を出すことは私も許容出来ない」


トゥルースも共に首都へと向かうことにスクルドとリブラも同意して、その場を駆け出して急ぐのだった―――






―――蒼神龍セレストの状態異常バッド・ステータスの結界陣に包まれた首都レッドの周囲に、その結界の補強のため蒼天の精霊シエル・エスプリの魔力によって構築された巨大な建造物『爪型塔』を破壊に向かった龍の牙ドラゴン・ファング紅の戦乙女クリムゾン・ヴァルキリー達。




周囲の爪型塔が次々と消滅していく中―――




西南の塔では―――




「どうやら、我が蒼天の精霊シエル・エスプリの同胞達は敗れているようですね……」




蒼天の精霊シエル・エスプリファースト

―――『無垢』のイノセントは静かに告げる。




「同胞達がどうなったか、気にならないのですか?」




対峙する龍の牙ドラゴン・ファング序列01位アリエスは、手にした黒脇差=金剛で正眼の構えを取ってイノセントに問い掛ける。




「戦場に赴く以上、いつどこで倒れることがあったとしても当然。その覚悟なくして戦場には立てません」




そう答えるイノセントにアリエスは瞳を細める。


邂逅してから今までふたりは黙って立っていた訳ではない。


お互いに神龍に仕える眷属のトップを張る者同士、蒼白い闘気を揺らがせながら相手の出方をまるで針の孔を通すように爪先から髪の先までその動きに警戒の目を向け合っている。


そうして睨み合うまま時は流れ、ついにここ以外の塔で最後に残っていた東南の塔までが黄金の輝きと共に分断され、魔力の奔流へと帰っていく―――




「……遂に此処だけになってしまいましたか」




消え去っていく東南の塔を見つめながら呟くイノセント。




「もうこの塔の構築を解いたら如何ですか?」




八本あった結界の補助として建てられた塔も、最早この西南の塔しか残っていない。


こうなっては結界補助の役目など無いに等しい状況なのは明らかだった。


だがイノセントは地に立てた剣の柄頭に両手を重ねて直立したまま動かない。




「いいえ。この塔は今や私の存在証明。貴女が私を倒してこの塔を崩すのか、それとも私が貴女を倒してこの塔を護りきるか、道はそれしかありません」




その言葉にアリエスも黙って蒼白い闘気を今まで以上に噴き出すと、『無垢』のイノセントとの決戦に覚悟を決めたのだった―――


爪型塔―――残り1本。



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