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第166話 西南の塔

―――ついに八本のうち七本の爪型塔が崩壊し、残り一本となった。


西南の塔―――


金の装飾を施された蒼い鞘から引き抜かれた蒼い刀身の剣を両手で握り、切先をアリエスに向け蒼白い闘気を纏う蒼天の精霊シエル・エスプリのファースト―――『無垢』のイノセント。


漆黒に金の蒔絵が描かれた鞘から抜き去り、イノセントに漆黒の刀身を向ける龍の牙ドラゴン・ファング序列01位アリエスの戦場は、空気ですら凍っているかのように動かない。


首都レッドの周囲に構築された魔力塔である爪型塔はここ以外すべて崩壊して、蒼神龍の状態異常バッド・ステータスの結界陣の効力も薄れ始めていた。


すでに結界陣の補助としての効力を殆ど担っていないと分かっていても、イノセントは退かないとアリエスに告げた。


―――そして、闘いの火蓋が切って落とされる。




蒼白い闘気の塊と化したふたりが一気に距離を詰めると、お互いの武器を衝突させる―――


―――金属の衝突音の代わりに闘気同士の衝突が巨大な炎のようになって天に吹き上がり、その周囲では衝撃波で大地が捲れ上がって波打ち、地形にまで影響を与えている。


鍔迫り合いのまま、お互いに退かないイノセントとアリエス―――


―――長い銀髪を後ろに纏めて両方のこめかみから一房ずつ髪を垂らして揺らすアリエスの蒼い瞳と、金髪の長い髪を後ろに纏め上げたイノセントの蒼い瞳が交差する。


やがて鍔迫り合いを続けていた美女同士がどちらからとなく間合いを取るためにその場を大きく離れると―――


アリエスが魔術を発動する―――




「―――水属性魔術・上位氷爆アバランシュ!」




同じくイノセントも魔術を発動する―――




「―――火属性魔術・上位炎爆エクスプロージョン!」




胸元に構築された魔法陣から互いに上位魔術を発動して相手に放つアリエスとイノセント―――


―――アリエスから放射された氷山の塊のような巨大な氷がイノセントに向けて飛翔する。


イノセントから放射されたマグマの塊のような巨大な炎がアリエスに向けて飛翔した―――


―――大きく間合いを取ったふたりの中間点で衝突する炎と氷の巨大な塊から強烈な蒸気と熱波が飛散する。


炎が氷を溶かし、その解けて蒸発した大気を再び凍らせ、そしてまたそれを溶かす―――


―――炎と氷の化物が互いを貪り喰い合っているかのようにして膨大なエネルギーが暴走していく。




「相殺してきますか……」




「お互い様ですね……」




炎と氷がやがて徐々に小さくなりだした頃合いでふたりが再び動く―――


―――上空でまだ炎と氷の塊が衝突している下で、幻影攻撃ミラージュ・アタックを繰り出したアリエス。


それを見て同じく幻影攻撃ミラージュ・アタックを繰り出すイノセントと三十人対三十人の幻影軍団が衝突する―――




「ハァアア―――ッ!!!」




「フゥウウ―――ッ!!!」




アリエスが上段から金剛を振り下ろすとイノセントが蒼神龍の剣で受け、一瞬で横薙ぎにアリエスの胴を薙ぎにいく―――


―――また別のイノセントがアリエスに剣で突きを繰り出すと、別のアリエスが金剛でその剣を巻き払い、さらに前に出て袈裟斬りに斬り掛かる。


また別のアリエスがイノセントに連突きを繰り出すと、それを受けるイノセントが『身体加速』を駆使して回避しつつ、剣をアリエスに向かって上段から斬り降ろす―――


―――また違うイノセントは剣圧による斬撃の衝撃波をアリエスに斬り飛ばすとアリエスが金剛から繰り出した剣圧で相殺する。


そして違うアリエスは金剛から連続の斬撃を繰り出してイノセントに向けて発射すると、イノセントは残像を生み出す連撃で剣を振るい迫り来る斬撃波を撃墜していく―――


―――魔法陣を繰り出したイノセントが上位魔術を次々と放ち、それに対するアリエスもまた魔法陣を展開して迎撃していく。


お互いに剣を弾かれたアリエスとイノセントは素手で体術を繰り出し、相手を沈めようと技を繰り出す―――


―――そうして三十人の幻影がひとり、またひとりとお互い数を減らしていく。




―――平原に広がるアリエス幻影軍団対イノセント幻影軍団の激突はお互いの戦闘技術のすべてを出し合って、ただ目の前の敵を葬ることに注がれていた。


衝突した炎と氷の塊も相殺効果で消えていく頃―――


―――ふたりの幻影達もまた相殺し合い、遂には本体のみがこの場に残っていた。


そこからもお互いの剣術・魔術・体術と激突する度に衝撃波が走り、大地が悲鳴を上げるように裂けて、空は振動を遠く離れた距離まで轟かせていく―――




だが、そこまで激突を続けても、ふたりの勝敗は視えなかった……






「ハァハァ、やはり……簡単には決着といきませんね」


肩で息を切りながらイノセントを睨むアリエス―――


「フウゥ……貴女とこうして本気でぶつかり合うことなどありませんでしたから、改めて貴女の強さに敬意を表します」


―――息づかいの乱れたイノセントはアリエスに心から敬意を感じていた。


そこでメイド服の上から羽織っている金の刺繍が入った黒いコートに目をやるアリエス。




(八雲様……どうかご無事で。私もすぐにお傍に参ります)




心の中でイェンリンと対峙している八雲の心配をするアリエスを、イノセントはジッと見つめていた。




そして―――


―――アリエスは鞘に金剛を納めると、腰を落として再び黒脇差=金剛の鯉口を切る。




「―――イノセント。このまま闘っても時間の無駄でしょう。お互いに主の下に駆け付けたい気持ちは同じのはずです」




「そうですね。実力伯仲している相手同士、このままでは百年闘っても決着はつかないかも知れません」




「ですので、次の一撃で勝負しませんか?」




自分の知るアリエスらしからぬ提案にイノセントは表情を強張らせる。




「勝負?一体どうしようと?」




訝しげにアリエスを見るイノセントにアリエスは勝負の方法を告げる。




「次の一撃で相手に刃を届かせた者が勝利者というルールは如何ですか?私が負けたら此処からは撤退します。他の者にも此処へは近づかせないと約束しましょう」




「いいのですか?」




龍の牙ドラゴン・ファング序列01位が言っているのです―――必ず守ります」




真剣なアリエスの瞳にイノセントは―――




「―――分かりました」




―――そのアリエスの提案に承諾したのだった。




改めて二人が間合いを取る―――


―――アリエスは先ほどと同じく腰を落として金剛をコートのベルトに差して鯉口を切り、抜刀の構えを取っている。




「見た事のない構えですね……そして隙も無い」




イノセントの問いかけにアリエスは答えない―――




―――イノセントもまた両手で蒼龍剣=『蒼天そうてん』を握り、正眼の構えを取る。


お互いに手にするのは神龍の鱗で造られた神器名剣に値する武器―――


―――さきほどまでの激しい戦闘が嘘のように、平原は風ひとつなく時が止まっているかのようだった。


しかし、その静寂も次の瞬間―――


―――刹那の時の中でアリエスの黒脇差=金剛が鞘走りを開始して抜刀される。


―――『思考加速』

―――『身体加速』

―――『身体強化』 


超スピードの世界でお互いの動きがスローモーションのように駆けるアリエスとイノセント―――


―――超神速の抜刀に対して、正眼に構えていた蒼天を上段に振り上げるイノセント。


その間も鞘から抜刀されるアリエスの金剛―――


―――剣の動きと同時にお互い前に飛び出し、一気に刃の届く間合いへと詰め寄った。


しかし、そこでアリエスがイノセントを捉える位置から僅かに外れて左に着地してしまったのをイノセントは見逃さなかった―――




(―――獲った!)




―――刹那の時の中で、勝負は時に残酷な結果を生み出す。


アリエスの目算ミスなのか、しかし真剣勝負の中にいるイノセントにはそんなことは些細なことだと割り切った―――


―――アリエスが左に踏み込み過ぎたことで、がら空きとなった右肩を目掛けてイノセントの一撃が振り下ろされる。


しかし―――




九頭竜昂明流くずりゅうこうめいりゅう・八雲式抜刀術


―――『咆哮閃ほうこうせん』!!」




神速応変の出口は一瞬の間に在り、敵気を感じない出口は間が抜けた死太刀となり、武技にあらず。


居合の命は電瞬にあり。


変化自在の妙、剣禅一味の応無剣を至極とす。


八雲によって手解きを受け、身につけたアリエスの新たな技―――龍の咆哮は千里を駆ける。




「なっ!!―――まさかッ!?」




―――イノセントが気づいたときには、アリエスの放った龍の咆哮と化した居合いの一撃は空を切り裂き、真っ直ぐに爪型塔を目指していく。


アリエスの右肩に振り下ろそうとした一撃を止めてまで、その咆哮を止めようと振り返ったイノセントだったが一瞬で千里を駆ける龍の咆哮に追いつく手段を彼女は持ち合わせていなかった―――


―――アリエスの一撃は音もなく爪型塔に吸い込まれていく。


まるで無傷のように見えていた塔だったが、やがて斜めに切れ目が浮かんだかと思うと―――




―――中腹辺りから斜めに塔の上部が滑りながら落ちていく。




―――上部が崩れ落ちると共に落ちていく部分が次々と光の粒子に変わっていく。




―――魔術制御を失った塔は、その構成が再び大気中の魔力へと溶け込み戻っていく。




―――そうして、ついには元の何もない平原へとその景色を蘇らせたのだった。




その崩壊する塔の姿を呆然と見つめるイノセント―――


―――実力伯仲のふたりの決着をつけるにはアリエスにはこうするしか手がなかった。


隙の無いイノセントに隙を作る方法―――


―――それは己の身を斬らせようとも目的を果たす、まさに『肉を切らせて骨を断つ』戦法。




「……」




アリエスの位置取りはワザとイノセントに右肩を狙わせるためのもので、アリエスの本当の目標は最初から最後まで塔の破壊だったのだ。


そのことにイノセントが気づいたときには、もう遅い。


昔のアリエスからは想像も出来ない己を犠牲にしてでも手段を択ばず目的を果たすという、その心境の変化にイノセントが気づけなかったということが敗因だが、それはアリエスが八雲と出会ったことで培った新たな変化だった故に、長い間その交友を行っていなかったイノセントが気づかないのも無理からぬことだ。


そんな呆然とするイノセントを背に、アリエスが金剛を綺麗な型で鞘に戻す―――


そしてゆっくりとイノセントに向かって振り返ると―――イノセントは泣いていた。


ただ声もなく、その蒼い瞳から美しい雫がはらはらと頬を伝っていく。


「イノセント……」


アリエスは彼女の名を呼ぶだけで、精一杯だった。


イノセントの涙が意味するもの、アリエスには図り知れないことだと理解しているからだ。


だがそんなイノセントは涙を伝えながら、薄っすらと笑みを浮かべて―――


「ズルいですよ、アリエス……」


―――そう言葉にした。


「はい。私はズルくなりました。たとえ、貴女にあの時斬られていたとしても、私は塔を破壊しました。最初から私の目的はそれでしたから」


アリエスも少し笑みを浮かべて、それでも眉は困ったかのように少し下がっていて、まるで言い訳をする子供のような表情をしている。


その表情を見たときイノセントは、昔から優しさはあったが主に対しては無表情に黒神龍ノワールに従い龍の牙ドラゴン・ファングを取り仕切っていた昔のアリエスとは変わったのだということを改めて覚える。


「いいえ。この勝負は貴女の勝ちです。貴女は変わったのですね……あの頃と違って」


「はい……私に愛を教えて下さった御子様、九頭竜八雲様に出会ってから私の世界は変わったのです」


今度は満面の笑顔でそう語るアリエスにイノセントはなんだか無性に―――


「―――羨ましい」


―――と無意識に言葉にして、そしてそんな言葉を漏らした自分に驚いていた。


「イノセント……」


「今のは!?わ、忘れて下さい!アリエス!/////」


思わず自分の言った言葉に赤面するイノセントを、アリエスは心から可愛らしいと感じていた。


「いいえ―――絶対に忘れません」


「―――アリエス!?」


「だから、ふたりだけの秘密にしておきましょう」


「……ふたりだけの」


アリエスの言葉が、優しさが、昔と変わらぬ彼女の心に触れたイノセントは、且つては自分と同じ立場にいることで交友していた頃の思い出が蘇ってくる。


「イノセント。もう勝負は終わりました。だから蒼神龍様に何があったのか、マキシ=ヘイトとはどういう人物なのか教えてもらえませんか?」


「……」


「まだ、取り返しはつくのかも知れません。ですが、これ以上踏み込めば本当に大陸を跨いだ戦争になってしまうでしょう。それは、貴女達が本当に望むものではないはずです」


「……アリエス」


「お願いします。私達にもあなた達に力になれることがあるはずです―――イノセント!」


アリエスの感情の籠った言葉に、黙って聴いていたイノセントの重い口が開く。


「分かりました。すべてをお話します。そして、そしてどうか我が御子を救うことに力を貸して下さい」


そして、このあとにイノセントから語られる話に、アリエスは驚愕するのだった―――






―――首都レッドの上空


北部ノルド、ヴァーミリオン皇国の皇帝にして剣聖、そして紅神龍の御子、炎零イェンリン=ロッソ・ヴァーミリオンと対峙する西部オーヴェスト、シュバルツ皇国皇帝にして黒神龍の御子、九頭竜八雲は黒神龍の加護『空間創造』を発動して、別空間への入口を展開した。




「おい!イェンリン!!俺と勝負したいなら―――俺について来い!!!」




そう言って自らの創造した空間に飛び込む八雲―――




―――その八雲を当然の如く追うようにして、その空間の入口に飛び込むイェンリン。




果たして、その先に広がる空間とは―――




物語は最後の局面へと確実に進んで行くのだった。


首都レッドを包囲していた爪型塔―――完全崩壊。



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