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第167話 剣聖との決戦

―――八雲が創造した空間に招かれたイェンリンは、その八雲を追って空間の裂け目に飛び込んだ。


魔剣=『業炎ごうえん』……正式名はフロックの鍛えし紅蓮剣ぐれんけん業炎ごうえんを手に空間の裂け目を抜けると、そこに広がっていたのは―――




―――何処までも広がる青空……




―――花が咲き誇る草原……




―――緑の木々が生い茂る森林……




―――遠くに見える雪を被った雪山連峰……




―――森林の傍には底まで見渡せる透き通った湖……




まるで理想郷のような世界が広がり、太陽までが温かな陽射しで地上を照らしていた―――




もしもイェンリンに意識があったなら感嘆の声を上げて感動していたに違いない。


だが【呪術カース】によって操り人形と化したイェンリンの目には、この景色もまるで白黒のモノトーンのように何の意味も無いものとして八雲の姿を探す。


空間の裂け目から飛び込み、晴天の空に空中浮揚レビテーションで浮かんだままのイェンリンに、更に上空の太陽の中に影が差す―――


―――その気配に気づいたイェンリンが上を向いた瞬間、




「イィェエンリィン―――ッ!!!」




イェンリンに向かって八雲が流星の如く一直線に直上から急降下して弾丸のように突撃していた―――


―――八雲は黒刀=夜叉も黒小太刀=羅刹も鞘に納めている。


その身ひとつを弾丸と化して天空から一直線にイェンリンの五体に直撃すると、その勢いのまま下に広がる湖へと飛び込んだ―――


―――超高速の物体が湖面に直撃し、巨大な水柱がそこに上がると周囲に大波を引き起こして湖岸に向けて広がっていく。


そしてイェンリンを捕まえて水中に潜り込んだ八雲は―――




(いつまでもそんな顔してんじゃねぇよ!!―――バカ野郎!!!)




―――イェンリンの顔に手を伸ばして、その顔にあった血の涙の痕を手で擦り落とす。


意識のないイェンリンは苦しそうな顔で自分の顔を擦る八雲の行動が、攻撃ではないことは理解出来ても何をしているのかは理解出来ない―――


―――水中で顔を擦る行動にまるで嫌気が差したように業炎を振り被るイェンリンを見て、八雲が夜叉と羅刹を抜き水中で渦を巻いて走る業炎を受け止めると剣の衝突で発生した衝撃波に八雲は水圧で後方へと流され、イェンリンは自らの羽根兜が水圧で脱げて湖底に沈んでいく。


―――黄金の髪に真紅のメッシュが入った長髪が水中でゆらゆらと揺らぐイェンリンは、そこで紅蓮剣=業炎を水中で超高速に振り抜き斬撃を八雲に向かって放つ。


―――『思考加速』


―――『身体加速』


―――『身体強化』


―――『限界突破』


それらを発動している八雲にはスローモーションのように接近する斬撃を手にした夜叉と羅刹で交差の斬撃を放ち迎撃すると、水中で斬撃同士が衝突して水中に強烈な水流を引き起こして広がっていく―――


―――水中に限界を感じた八雲は湖面に向かって上昇しながら空中浮揚レビテーションを発動し、まるで潜水艦から発射されたミサイルのように水面から飛び出して一気に湖の上空まで上昇する。


その直後に湖面から同じように飛び出してくるイェンリン―――


―――水を滴らせながら対峙するふたり……イェンリンの血の涙は洗い流され、その美しい顔が甦っていた。




「水も滴るイイ女になったじゃないか―――イェンリン」




「……」




「なんだよ……なんか言えよ……」




「……」




「普段は人類最強とかほざいてるくせに!なにをあっさり呪われてんだよ!!」




「……」




それでも表情ひとつ変えないイェンリン―――




「お前と初めて会った時、最悪だったよな?俺……お前に殺されたんだぜ?それから雪菜と再会した時にお前とも再会して、それからこのヴァーミリオンに来てみて、今じゃそんなに……お前が悪くないと思えてきたよ」




―――意識のないはずのイェンリンが、ジッと八雲の言葉を聞いているように見えた。




「だから、そんな人形みたいにされちまったお前の姿なんて見たくない。だから俺……お前を止めるよ。俺の全力で足りるかどうか分からないけど、それでも―――今のお前は気に入らない!!!」




そう言い放った八雲にイェンリンが業炎を構え直して、超加速で飛び込んでくる―――


―――八雲も加速して正面からその一撃を受け止めると、そこに左右からふたりのイェンリンが剣を向けて振り下ろしてくる。




「―――チッ!」




舌打ちをしつつ急降下して左右から迫る剣を躱す八雲―――




「お得意の幻影攻撃ミラージュ・アタックか!けど、こっちもそれくらいは出来るようになったんだぜ!」




―――次の瞬間、数十体の幻影を生み出す八雲に、イェンリンもまた同じく大量の幻影を生み出す。




「うわ?!同じ顔ばっかりとか―――なんかキモチワル!!」




こっちも相手も同じ顔が数十個並んでいる様子は、正直言って気味の悪い光景だ―――


―――顰め面の八雲にイェンリンの幻影達は容赦なく斬り掛かってくる。




ひとり目のイェンリンが横薙ぎに振るう業炎を八雲が夜叉で受け止め羅刹で斬り掛かる―――


―――別の八雲は別のイェンリンの業炎と鍔迫り合いしながら羅刹で斬り掛かろうとするのをイェンリンの回し蹴りで阻止される。


また別のイェンリンは業炎から剣聖技・真空刃ホロウブレイドを放ち、八雲の幻影を切り裂くと、別の八雲からの斬撃にイェンリンの幻影も消滅する―――


―――違う八雲は夜叉と羅刹をクロスさせて、その刃の交差点に魔法陣を発動すると、中位魔術、上位魔術を空域のイェンリンに照準を合わせて連射していく。


繰り出された魔術を次々に業炎で切り裂くイェンリン―――


―――八雲幻影軍団とイェンリン幻影軍団の衝突は、八雲の創造した空間で大地には巨大な爪痕のような衝撃波の傷痕を刻み、湖には幾つもの炎や氷の塊が落下して凍らせたり蒸発させたりと有り得ない景色を生み出し、空に浮かぶ雲すら断ち斬る鋭い斬撃が飛び交い、世界の終焉を迎えるような激突が繰り広げられていた。




「ハァハァ、ハァハァ……」




「……」




そんな激闘の末に遂に本体のみとなった八雲に対して、イェンリンは息ひとつ乱さずに業炎を握り宙に浮かんでいる。




(やっぱ基本スペックはまだ向こうの方が圧倒的に上だ……かといってこっちはもう『限界突破』まで使っちまってる。これ以上、ステータスの底上げスキルもない……)




確かに八雲はイェンリンと初めて邂逅した頃にくらべれば随分Levelも上がってはいるものの、それでも七百年の研鑽を重ねたイェンリンに肩を並べるには圧倒的に時間と経験が足りない。


現に今までの戦闘で息を切らせた八雲とは裏腹にイェンリンは息切れひとつ起こしていないのだ。




(今の俺なんかじゃ正攻法じゃダメなのは最初から理解してる……だったら!ここからは俺のやり方でいく!!!)




剣士として、男としてのプライドとして正面からイェンリンを打ち破りたい八雲だが、今の意識のないイェンリンに勝てたとしても意味がないことは分かっている。


それに戦闘場所を『空間創造』で築いたこの空間に移したせいでイェンリンに影響を与えていた状態異常バッド・ステータスの結界陣から外れてしまったことにより、イェンリンの運動能力などが圧倒的に回復していることも相まって八雲は手段を選ぶ余裕などないのだ。




(どこまで通用するか分からないけど、やるしかない!)




―――イェンリンをジッと見つめる八雲。




「そろそろレッドのことも気になるからな。ここらで決着つけさせてもらうぞ!!!」




そう宣言した八雲の周囲に膨大な魔力が立ち昇る―――




『―――神龍の鱗を鍛えし剣、槍、弓、盾……さあ、数多の武装!此処に集えっ!!!』




八雲の詠唱が響き渡る―――




「八雲式創造魔術

―――黒神龍装目録ノワール・シリーズ・インデックス!!!」




そう叫ぶ八雲の周囲に無数の虹色に輝く漆黒の魔方陣が生じる―――


―――イェンリンは警戒を高めて業炎を握り直した。


するとその魔方陣が八雲の周囲を規則正しく取り囲んでいき、ゆっくりと回転していく―――


―――そしてその虹色に輝く魔方陣の中心から、これまでに八雲が『創造』した武装達が飛び出して、


その姿を此処に現す―――




―――黒神龍装目録ノワール・シリーズ・インデックス




黒大太刀=因陀羅いんだら


黒脇差=金剛こんごう


黒弓=暗影あんえい


黒細剣=飛影ひえい


黒戦鎚=雷神らいじん


黒槍=闇雲やみくも


黒大剣=黒曜こくよう


黒直双剣=日輪にちりん


黒曲双剣=三日月みかづき


黒戦斧=毘沙門びしゃもん


黒籠手=黒鉄くろがね


黒包丁=肉斬にくきり骨斬ほねきり


黒鞭=雷公らいこう


黒短剣=奈落ならく


黒斬馬刀=偃月えんげつ


黒十文字槍=ほのお


漆黒杖=吉祥果きちじょうか


黒盾=聖黒せいこく


黒鉄扇=影神楽かげかぐら


漆黒刀=比翼ひよく


漆黒刀=連理れんり


黒手甲鉤=睦月むつき


黒手甲鉤=如月きさらぎ




そして八雲の手にする黒刀=夜叉やしゃ、黒小太刀=羅刹らせつ―――




「さあ、俺の『創造』したこいつ等と最終決戦といこうか―――イェンリン!!!」




―――八雲の周囲に浮かび回転するそれら黒神龍装ノワール・シリーズの切先がすべて、イェンリンに狙いを定めて向きを整える。




「いくぞぉおお―――ッ!!!!!」




両手に黒刀=夜叉と黒小太刀=羅刹を握った八雲と、黒き龍神器達がイェンリンへと突撃を開始するのだった―――






―――八雲がイェンリンと最終決戦を迎え、


黒神龍装目録ノワール・シリーズ・インデックスを発動したその時に現実世界では、


「……ハッ!?―――八雲様!!」


首都レッドの街中でイマジンの自動人形オートマタの襲撃を撃退しているコゼロークが手にした黒戦斧=毘沙門が薄っすらと光を放っていることに気づくと、その光を通じて今どこかで八雲が闘っていることを感じ取った。


「これは!?―――御子か!」


同じくコゼロークと共に自動人形を迎撃していたスコーピオも、黒短剣=奈落の輝きから八雲の決戦を感じ取る。


「―――兄さま!!」


「―――兄ちゃん!!」


黒直双剣=日輪と黒曲双剣=三日月が放つ仄かな輝きでジェミオスとヘミオスもそれを感じ取った。






その輝きは次元を超えて遠く離れた地フロンテ大陸西部オーヴェストに残ったシュティーア、ジェーヴァ、アクアーリオ達の黒神龍装ノワール・シリーズにも同様の現象が起こり、対となる自分の分身達に力を送るかのように輝き続けていた……






龍の牙ドラゴン・ファング達だけではない―――


黒斬馬刀=偃月を贈られたティーグル皇国近衛騎士団長ラルフ=ロドルフォ。


英雄ルドルフ=ケーニッヒの黒十字槍=焔。


英雄レベッカ=ノイバウアーの漆黒杖=吉祥果。


ティーグル第一皇国騎士団長ラース=シュレーダーの漆黒刀=比翼。


ティーグル第三皇国騎士団長ナディア=エル・バーテルスの漆黒刀=連理。


それらの黒神龍装ノワール・シリーズも遠く離れた八雲の黒神龍装目録ノワール・シリーズ・インデックスに刻まれた自分の分身に向かって力を送るように輝いている。




「これは……黒帝陛下に何かあったのか!?」




「ルドルフ……これって……」




「おいおい、八雲のヤツ、なんかあったんじゃないだろうな?」




「ラース殿!この光は一体!?」




「ナディア殿もか。これはまさか黒帝陛下に……」




具体的な状況までは理解出来ないが、八雲が『創造』して贈ってくれたその武器が何かを訴えかけるように輝くその姿に、皆が八雲の無事を祈る。






―――そして西南の塔があった場所では、


「これは―――八雲様になにか!!!」


突然光に包まれた黒脇差=金剛を見てアリエスが取り乱す。


「落ち着いてください!アリエス。そのカタナはあなたと主との繋がりの証しなのでしょう?だったらそのカタナが教えてくれるはずです。主が無事なのかどうか」


イノセントの言葉にアリエスは金剛を胸の谷間に抱いて確かめる―――


金剛と『龍紋』の能力を同調させるようなイメージで確かめると、八雲がこの世界から外れた世界で戦っていること、そしてイェンリンに勝つために金剛や他の黒神龍装ノワール・シリーズの能力を発動していることが伝わってくる。


「八雲様は今……ご自身で『空間創造』した別の次元でイェンリン様と対決しているようです」


イノセントに説明すると―――


「では私達も移動しながら仲間と合流しましょう」


―――他の仲間達との合流を提案され、アリエスも同意した。


首都レッドに向かうアリエスとイノセント―――


―――そこでは龍の牙ドラゴン・ファング達と紅の戦乙女クリムゾン・ヴァルキリー達が自動人形の掃討を行っている。


アリエスは胸に広がる嫌な予感を振り払って、仲間の元に急ぐのだった―――






―――そして、その様子を見張り台から伺う者達、


「あ~あ、何やってんだよ……ホントに使えない女達だな」


顔を歪めてそう言い放つのはマキシ=ヘイトだった。


―――イシカム=オチエとして学園に潜入し、特待生として生活していたマキシだが、そこへひょんなことから留学することになった八雲を利用しようと画策してここまできた。


途中、教師として学園にやってきた紅の戦乙女クリムゾン・ヴァルキリー第十位『計画を壊す者』ラーズグリーズを呪術師カース・マスターの能力【呪印カース封魂操戯マネッジシール】で操り、協力者として従えた―――


「―――ところでマスター、ひとつお伺いしても?」


同じく見張り台にいたラーズグリーズがマキシに問い掛ける。


「なんだい?ラーズグリーズ」


「貴女は何故、今ヴァーミリオンに攻撃をしようと思ったのですか?動機はやはり、お爺様のことで?」


「ん?ああ、そのことか。僕は顔も見たことがないジジイのためにこんな大それたことしようなんて思わないよ」


「では、どうして?」


ラーズグリーズに振り向いたマキシの顔は、欲望に歪み切ったドス黒い表情で、


「それは―――」






「―――マキシ様のお父様が原因です」


首都にいる仲間達の元に向かって疾走するイノセントがアリエスに語っていく。


「マキシ様のお父様……ライグ様はヨルン様が残した、たった一人のご子息でした。ですがライグ様が産まれた時にはヨルン様はもうこの世にはなく、蒼龍城で育てられましたがライグ様の母でありヨルン様の妻エチルダ様は幼い頃からライグ様に父ヨルン様の仇を討つことを教え込んでいったのです……」


子供に幼い頃から復讐を教え込む母親……そのことだけでもアリエスは悍ましいなにかを想像して背筋に悪寒が走る。


「―――そうして紅蓮様とイェンリン様への復讐だけを教え込まれたライグ様を、セレスト様は御子として迎えることはありませんでした。セレスト様はヨルン様を喪い、その上また争いを起こす火種となるライグ様を御子として迎えられないと、母であるエチルダ様に告げたのです」


夫の敵討ちを息子に託した母親が、最も頼りたい強大な力の持ち主に拒否される……その時のエチルダの心情は察するに余りある。


エチルダにとっては絶望的な状況、気の狂いそうな想いだっただろう。


「セレスト様に拒否されたエチルダ様は、そこから苦しみ悩んだのちに別の方法を考えました。正直に申しますとライグ様はヨルン様に比べると武も智も及ばず、なにより人を、軍を従えるほどのカリスマ性も持ち合わせてはいませんでした。そしてそのことはエチルダ様もとっくに気がついておられました」


首都を進みながら語り続けるイノセント―――


「―――そしてある時、エチルダ様はある女性をライグ様の妻にと連れて来られました。それは奴隷商から買い取った―――魔族の女性でした」


イノセントから徐々に語られるマキシ=ヘイトの出生の秘密について、話が進む度にアリエスは益々その胸の不安が膨らんでいくのを感じていたのだった―――



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