「―――神龍の鱗を鍛えし剣、槍、弓、盾……さあ、数多の武装!ここに集え!!!」
八雲の詠唱が響き渡る―――
「八雲式創造魔術
―――
そう叫ぶ八雲の周囲に無数の虹色に輝く漆黒の魔方陣が生じる―――
―――イェンリンは警戒を強めるように業炎を握り直した。
するとその魔方陣が八雲の周囲を規則正しく取り囲んでいき、ゆっくりと回転していく―――
―――そしてその虹色に輝く魔方陣の中心から、これまでに八雲が『創造』した武装達が飛び出し、その姿を現す。
―――
黒大太刀=
黒脇差=
黒弓=
黒細剣=
黒戦鎚=
黒槍=
黒大剣=
黒直双剣=
黒曲双剣=
黒戦斧=
黒籠手=
黒包丁=
黒鞭=
黒短剣=
黒斬馬刀=
黒十文字槍=
漆黒杖=
黒盾=
黒鉄扇=
漆黒刀=
漆黒刀=
黒手甲鉤=
黒手甲鉤=
そして八雲の手にする黒刀=
「さあ、俺の『創造』したこいつ等と最終決戦といこうか―――イェンリン!!!」
八雲の周囲に浮かび回転するそれら
「いくぞぉおお―――ッ!!!!!」
両手に黒刀=夜叉と黒小太刀=羅刹を握った八雲と、黒き龍神器達がイェンリンへと突撃を開始するのだった―――
―――八雲の創造した空間に広がる蒼天の空で、自らが生み出した武装を引き連れて宙を舞う。
呪いで正気を失ったイェンリンを抑えるために八雲は突撃する―――
―――八雲の周囲に広がる
迎えるイェンリンは相変わらず無表情ではあるが、手にした紅蓮剣=業炎を握り直して脱力した姿勢から一瞬で業炎を振り抜き剣聖技・
―――だが、今の八雲には何度も見てきたその剣聖技は通用しない。
まるで戦闘機がフラットスピンするかのように空中で回転し、迫りくる真空の刃を眼前で回避しながら突撃を続ける八雲―――
「オラァアア―――ッ!!!」
―――空中に浮遊するイェンリンに八雲は渾身の黒刀=夜叉と黒小太刀=羅刹を打ち込む。
イェンリンは無言のまま右手に握った業炎でその打ち込みを受け止めるが―――
―――そこに黒脇差=金剛と黒大剣=黒曜が同時に左右からイェンリンを急襲する。
しかしその刃を空中でバックステップを繰り出して後方へと回避したイェンリンだが、そこに頭上から漆黒槍=闇雲が、足元からは黒十字槍=焔が、背後から黒戦斧=毘沙門が一直線に貫きにくると、そこから急上昇して加速するとそれらも回避する―――
―――その動きに呼応して軽く小回りの利く黒直双剣=日輪と黒曲双剣=三日月が高速で追撃すると、振り返ったイェンリンが日輪と三日月を業炎で弾き飛ばした。
だが
―――日輪と三日月を弾き飛ばして直後にイェンリンの目の前に黒包丁=肉斬・骨斬が現れて顔面に向かって突き立とうとしてくるところを、空中で背中を反らしながらバク宙でそれも回避する。
追われるだけでは終わらないと、イェンリンも業炎を持った右手とは逆の拳を腰元まで引き構える―――
―――そして一瞬で神速の拳を数十発、正面に向けて撃ち出すと拳圧が衝撃波となってマシンガンのように発射される。
「ウオォッ!!!―――まだそんな技を隠し持ってたのか!?」
―――剣聖技・
軽く音速を超える拳の連撃を衝撃波として敵に繰り出す脅威の技。
常人であれば一撃受けただけで全身の骨が粉砕され、絶命するほどの威力をもつ。
対集団戦用に編み出された剣聖技である。
まるで速射砲のような衝撃波の嵐に直撃した
―――また今のイェンリンには意識がないため、生物と無機物の違いが判断出来ておらず、八雲の『神の加護』から派生した『創造』のカテゴリーにある『疑似生命への自我の移植能力』によって自己判断でイェンリンをトレースし続ける武装達には八雲の魔力が続く限り疲れも限界もない。
ましてや破壊も不可能といった武装をいくら弾いても意味がないことだ―――
―――そんな中で漆黒刀=比翼と漆黒刀=連理が左右からイェンリンを突き刺そうと急接近を実行し、さらに上下から黒手甲鉤=睦月と黒手甲鉤=如月がその鉤爪で引き裂かんとして向かってくる。
すると四体の
(これだけ手数を増やしても、まだ軽くあしらえるのかよ……)
―――内心焦りを浮かべた八雲だが、まだ負けた訳ではない。
だがそんな心理を見抜くかのようにイェンリンは八雲に向かって突進し始める―――
―――それを妨害するために黒鉄扇=影神楽と黒細剣=飛影が迎え撃つが、業炎によって撃ち払われていく。
そして八雲を間合いに捉えたイェンリンだが目の前の八雲が突然、手にした夜叉と羅刹を自分に向かって投げつけてきたことに僅か0.0005秒ほどの一瞬の隙が生まれ業炎でそれらを薙いだ瞬間―――
「ハァアアア―――ッ!!!!!」
―――その手に黒籠手=黒鉄を装着した八雲のボディーブローがイェンリンの腹部に突き刺さった。
ボキッ!ゴキッ!メキメキッ!―――人体からは決して聞こえてはいけない破壊音がイェンリンの腹から響き渡る。
「―――やった!!!」
しかし初めてまともな一撃をイェンリンに入れた八雲は瞬間、舞い上がってしまった―――
―――次の瞬間、
イェンリンの強烈な右回し蹴りが左脇腹付近に突き刺さった―――
―――だが、そこには黒盾=聖黒の一枚がふたりの間に割って入る。
そしてイェンリンの回し蹴りの直撃から八雲を守護していた―――
―――そして追撃を恐れた八雲は間合いを取ろうとするが、至近距離から聖黒に
「―――まずいッ!?」
体勢の崩れた八雲は追撃に備えてすぐに体勢を立て直したが、イェンリンは先ほどの位置から動いていなかった―――
「ッ?!」
―――見れば無表情のイェンリンの口から血が流れている。
先ほどの刹那の隙に撃ち込まれた黒鉄の一撃が確実にダメージを与えていたのだ―――
―――そうと知って八雲は空中から黒斬馬刀=偃月を呼び寄せ、黒鉄を装着したその手に握る。
「この勝機を逃しはしない!!!」
叫びながらイェンリンに向かって再び間合いを詰める八雲―――
―――斬馬刀の間合いはイェンリンの業炎よりも遠い。
武器を用いた戦闘にとっての武器の間合いは重要な意味を持つ―――
―――八雲は振り翳した偃月で円を描くよう振り回し、その肉厚な刃先を何度も業炎と打ち合った。
イェンリンは相変わらず無表情でその攻撃を流しているため、実際にどれほどのダメージがあるのか見切ることは難しい―――
「オォオオオ―――ッ!!!」
―――だが、ここで攻撃の手を緩めては元も子もない。
そう判断した八雲は一心不乱に偃月でイェンリンを打ち付け、隙を伺っていく―――
―――その間に集結した黒神龍装達も次々にイェンリンの四方八方から攻撃を仕掛けるも、業炎一本しかないイェンリンだが見事にそれらの攻撃も捌いていく。
永遠に続くかのように思える攻防も、八雲が偃月で鍔競り合う業炎に黒鉄を装着した左手を伸ばして握り締めると『創造』の加護を発動して業炎の構成を解析すると同時にその強度を下げ、それを合図にするかのように業炎の左右から焔と闇雲が業炎を挟み込む―――
―――思いもよらない八雲の行動に無意識のイェンリンは理解が出来ないが、更にそこへ飛来したのは黒戦鎚=雷神だった。
ガキィイイ―――ン!!!!!と強烈な金属音が響き渡る―――
―――それと同時に業炎は刀身の横腹を雷神で打たれて、そこにピシッと亀裂が生じた。
世界最硬と世界最硬が打ち合えば、それはより質量を持ち、肉厚な武器に軍配が上がる―――
―――ましてや今の業炎は八雲の『創造』で強度を下げられ、切っ先を八雲の黒鉄の手に握られながら、鍔は焔と闇雲に抑えられて、がら空きの刀身の中間辺りで雷神が勢いよく撃ち込まれてきたのだ。
それで亀裂が生じない訳がない―――
「ごめんな、業炎……あとで必ず直してやるからな」
―――八雲が呟くと同時に再び強烈な雷神の一撃がその亀裂に撃ち込まれると、
パキィ―――ン!!!!!―――甲高い金属音を上げる。
それは紅蓮剣=業炎が刀身の真ん中辺りからへし折られた瞬間だった―――
―――雷神によって吹き飛ばされた剣先が、地上に向かって落下していく。
だがそこで―――
―――八雲を守護する聖黒の上から強烈なイェンリンの回し蹴りが炸裂する。
「ウォオオオ―――ッ!?」
その威力は今までの比ではない衝撃で、受け止めた聖黒ごと八雲は空中で吹き飛ばされた―――
―――折れた紅蓮の柄を地上に投げ捨てたイェンリンの全身は、蒼白い闘気に包まれている。
「なにそれ?変身隠してた?……まだ本気じゃなかったってことかよ……勘弁してくれ」
それはオーバー・ステータス発動の証し―――
―――八雲の後頭部がゾワゾワとした感触を覚える。
その感覚はイェンリンの底知れぬ力を前にして、八雲の潜在意識が危険信号を放っているのだ―――
―――八雲は静かに奥歯を噛みしめながらも何故か笑みが浮かび、イェンリンを見つめる。
イェンリンの力に敬意を抱きながら、最終決戦に臨むのだった―――
―――その頃、首都を駆けるイノセントがアリエスに語り続ける。
「―――そしてある時、エチルダ様はある女性をライグ様の妻にと連れて来られました。それは奴隷商から買い取った―――魔族の女性でした」
「魔族……」
そうして首都レッドに入って、幾つかの
アリエスの黒脇差=金剛はまだ今も淡い光で輝き、八雲が死闘を繰り広げていることを物語っていた。
そのことにアリエスの不安は拭えない……
そんな移動中、イノセントの話は続く―――
「エチルダ様が連れて来た魔族の娘は特別な能力を持っていました。それはあの【
「【
「はい……マキシ様はライグ様とその魔族の娘ヘルガとの間に産まれた人族と魔族のハーフです」
―――以前に話していたユリエルの推察は間違っていなかった。
「魔族とのハーフ……そしてその母親の【
そこでイノセントは暗い表情で俯く。
「はい……しかもマキシ様の能力は母親の能力をも超える強力なもので、五歳になった頃には【
―――この世界の冒険者登録は十二歳、成人は十六歳だ。
通常なら自身の能力に適したジョブを選択するのは、そのくらいの歳にまで成長してからがこの世界の常識だった。
それを鑑みると五歳で【
「ですが幼いうちからライグ様とエチルダ様に祖父の復讐を教えられたマキシ様はふたりを嫌い、母親のヘルガの元に泣いて縋りつく日々となりましたが、元々が奴隷身分のヘルガにはどうすることも出来ず、ただマキシ様の頭を撫でて慰めることしか出来ませんでした……」
アリエスは黙ってその話しを聴きながら、首都レッドを進む。
「そんな生活が続きマキシ様が十歳を迎える時、ライグ様とエチルダ様は復讐の邪魔になるとヘルガを城から追い出しました。マキシ様はもう十分に自我もありましたから、もう世話をする母親は不要と判断したのです」
「なんてことを……」
「ええ、私達も憤慨する行為でしたがセレスト様はそのことにも触れられず、むしろマキシ様のことも遠ざけていました。私達にも干渉するなと命じられて……」
「そんな……」
「ヘルガによって育てられたマキシ様のその心根は優しく、ライグ様やエチルダ様の言う復讐の押し付けを嫌っていましたが、それまで護ってくれていた母親が排除され、精神的に疲弊していきました」
ヘルガは母親として懸命にマキシを護っていたのだ。
「そんな復讐に靡かないマキシ様にライグ様とエチルダ様も精神的に闇を抱えていたのでしょう……マキシ様が十二歳になった年、ある事件を起こします」
「事件?」
「マキシ様の誕生日にライグ様達はある提案をしました。冒険者として呪術師として一人前だと示したならもう復讐などしなくてもいい、自分の人生を謳歌して世界に飛び出すことも許すと」
イノセントは更に顔色が悪くなるのをアリエスは見逃さなかった―――
「それを聴いたマキシ様はどうすればいいかとライグ様達に訊ねました。すると城のある部屋に連れて行かれ、そこには木箱が置いてあり、その中には魔物が入っている。その魔物を【
そこでイノセントの顔色が更に悪くなる……
「そして【
「―――そこには母親が入っていましたとさ♪」
見張り台の縁に座るマキシの昔話の最後で歪んだ笑顔を見せるマキシにラーズグリーズは戦慄した。
「母親……ですか?」
「ああ、馬鹿な父親と祖母がいつまでも復讐に気乗りしない僕に対して、その理由は母への想いが断ち斬れないからだと勝手に思ったんだろうねぇ……僕と引き離してから何かの機会に使えるだろうとずっと幽閉して飼い殺しにしていたのさ。そして上手いこと言って僕を騙してその母親を手にかけるよう仕組んだ―――そういうことだったよ」
「それで、貴方は父上の意に沿うように復讐していると?」
ラーズグリーズの質問に一旦外に目を向けていたマキシは再びラーズグリーズに視線を合わせる。
「はぁ?―――アハッ!アハハハハハッ!違う違う!……あんな親父と婆ぁはその直後に殺したよ」
「―――エッ?」
笑いながらそう答えるマキシに思わず声が漏れるラーズグリーズ。
「その時の母はね、碌な食事も与えてもらえてなかったんだろうねぇ……痩せ細ってて手足が枝みたいになってたよ。狭い木箱に詰め込まれて、涙の痕を残しながら箱の中で【
「……」
ラーズグリーズはただ無言でマキシの話しに聴き入る。
「だからその場でふたりに最も苦しみを受ける【
「ですが、それでは何故ヴァーミリオンに?父君と祖母の意に従いたくなかったのでは?」
壮絶なマキシの話を聴いたラーズグリーズは、ヴァーミリオン侵攻の意図が視えない。
「そうだね。当然あのふたりの意志に従った訳じゃない。此処に攻めてきた理由は、ただあの馬鹿親子が尊敬してやまないジジイが出来なかったことをしてやろうと思っただけさ」
ラーズグリーズはその無茶苦茶な理由を聞いて逆に―――
「―――なるほど」
―――と理解出来た。
何故?どうして今更?と誰もが思考を巡らせ、この侵攻の意図や狙いを探ろうとしていたが壮大な計画が用意されているのかと思ったら、まったくの別次元の理由、つまりは自己顕示欲による気まぐれから始まったことなのだと。
それを思うとラーズグリーズは笑いたいのをグッと堪えて、窓の縁に座り外を眺めるマキシが愛おしいとさえ思えてくる。
とっくの昔に壊れてしまったマキシ=ヘイトと『計画を壊す者』ラーズグリーズ―――
このふたりはただ―――『何もかも壊れてしまえばいい』としか考えていない。
そんなふたりの意図に沿ってか沿わずか、物語は終盤へと向かっていくのだった―――